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第三話 飯を食う

 広場を通る大通りには食事処が立ち並んでいる。大通りの近くには屋台も催されていて、モグラのお勤め帰りに喰って帰るというのがよくあることだ。


 ヨーデル運河から運ばれてくる鮮魚、畜獣、穀物を使用した料理と魔石採掘の金にものを言わせて集めた料理人に作らせた飯は北部でもかなり好評で、都市経済に多くの人間が組み込まれていくシステムになっている。


 通りに立つ建物の一つ一つがカイネ家マラデの代に集められた建築家によってリデザイン化されたものになっている。都市構想についても一家言あるカイネ家は大量の資金を投じ、この都市を一つの作品としても育て続けている。


 家の人間の奇抜さからは想像できない現実的かつ先進的なセンスには驚かされる。


 街並みを眺めながら、まだ準備をしている馴染みの店に押し入った。クローズと書いている立て看板があったが、開いているのが悪い。


「いつもの」


 煮物に火が入れられて、香辛料と肉の混ざった匂いがする、誰も席についていないテーブルが幾つも並ぶ店も、もう数十分もすれば開けて人が大勢入ってくる頃合いだろう。


「あの、アリウスさん。まだ店開けてないっていうか、看板見てないんですか?」

「見た。いつもの」

「……あいよー。ま、もう開けちまおうか」


 店主のヒトが何かを迷惑そうな面をして、渋々承る。厨房で火が熾されて、じゅうっと料理の音が聞こえてきた。


「あれ、おはようございます。今日は早いですね」

「仕事の癖が抜けなかった」


 給仕の娘がやってきてこちらに挨拶をし厨房へと向かっていく。ここの給仕はケツがいい。ちょっと田舎っぽいのがいいよな。


 店内の奥、こじんまりとした席について料理が運ばれてくるのを待つ。手持ち無沙汰の間に今日の予定を再度組み立てることとする。





 香辛料がたっぷり使われた鳥肉に、潰した芋、魚で出汁をとった豆のスープ、新鮮な春野菜のサラダ、別皿には柑橘の乗ったフルーツ。極めつけにはバターの入った白いパン。店の中でも一番上等な部類の食事がテーブルに並んだ。


 肉体労働を前提とされた料理群を胃の中に黙々と放り込んでいく。ナイフとフォークを使って丁寧に鳥肉を切り裂いて口に放り込む、臭み消しに使われた香辛料と肉汁が混じりあう、これを飲み込んで、塩分の残る口にパンを裂いて放り込む。


 もくもくもりもり、臓腑に料理が放り込まれるたびに熱が宿っていく。身体づくりを前提とする冒険者たるもの、肉も野菜も偏食せずに燃料にしていく。


 舌をリセットするのに野菜を放り込み、潰した芋を喰う。ここのはドレッシングが美味い、塩と油と酢の割合にニンニクや香辛料を加えられていて手間がかかっている。


 食べている間に、店にはちらほらと人が入ってきていた。食事をしながら視界に入れて誰が来ているかを確認すると、見知った顔がいた。そいつは席に座って注文をして、持ち込んだ本を取り出した。


 音の鳴るオモチャを見つけたので、サラダとフルーツを一口で放り込み、スープで流して芋も飲み込む。残ったスープと鳥肉の皿と手にもって席を立つ。


「よぉう、タル子ぉ、元気にしてるか?」

「うげっ、アリウス」


 赤髪ショートカットの魔術師、ほつれたボロい家紋入りローブを羽織った女。『餓狼の牙』のタルタンシア・コートウェンがいた。


 彼女の隣に料理をおいて、俺も席に着く。嫌そうな顔をしてタルタンシアは一つ席を隣に移した。


「しばらく仕事はしないんじゃなかったの?」

「どいつもこいつも会うたびに似たようなことをいう。仕事の癖が抜けなかったんだよ」


 あっそ、と聞いてきたくせに言ってタルタンシアは続けて言う。


「追放されたのに何の用?」

「べつに、追放されたからって元の人間と話しちゃいけないルールなんてないし、取り決めもしてない」

「普通は避けるもんでしょ」

「安易にカテゴライズするのはやめろと教えただろ。普通なんてものはない」


 タルタンシアの注文したものはすぐに届いた。大皿いっぱいに入った粥。中心に緑の草と、肉の端切れが浮かぶ下から数えた方が安いメニューのもので、匙を取ると俺を気にせず食べだした。


「相変わらず貧乏食をする。小規模迷宮(インスタント)と言えども踏破者が喰うもんじゃねえぞ、それ」

「……人が何食べようと自由でしょ。肉、冷めるわよ」


 まあそうか、と思い肉を食する。じっと肉を見つめてからタルタンシアは自分の粥に目を向ける。味わいながらタルタンシアを見つめる。


 すらりと伸びた肉付きの良い足に、立派なガキがこさえられそうな尻に、ローブをしていても強調される豊満な胸。うーん、毎回思うが貧相な飯に対してこのワガママボディはどうなってるんだ。


 翻って同じく『餓狼の牙』のルクレティアは教会で飯を食って貧相な身体。天使族を創り給うたケトン=ウルツァはスレンダーな身体をお好みのようだ。


「失礼な目で見ているならさっさとどっか行ってくれない? 横領犯」

「横領犯は人聞きが悪い。殺人鬼って呼んでくれた方がいいなタル子」

「コートウェンと呼びなさい。平民」

「あいタル子」


 はぁあとわざとらしく溜息を吐いてまたコート麦の粥を食べる。ぷちぷちしたコート麦の粥、不味くはないが連続して食べるようなものではない。


 ふと思い付きの考えが頭に浮かんだので、口にする。


「……なあタル子。俺と組まないか?」

「っぶ、えふっ、んふっ! 何言ってんのよアリウス!」


 麦粥が鼻に入ったのかえふえふ咳をしながらタルタンシアがこちらに問う。そこまで驚くような考えだろうか。


「新しくパーティ組むにしても、人集めるのが面倒でなあ。タル子みたいに腕の良いやつ今の内に目を付けておこうってな」

「あのねえ! いくらなんでも馬鹿にしてるでしょ! どこの世界に追放されたパーティに引き抜きかける冒険者がいるのよ!」

「ここだが」

「馬鹿! メリットがないでしょ!」


 どんと机を叩くタルタンシア、人の衆目が集まるが気にする様子はない。にやにや面白そうにみているやつの顔を何人かしっかり覚えておく。あとでしばく。


「あるぞ。あるある。お前とその子孫がこんな麦粥喰わなくていいくらい稼がせてやるよ」

「……横領犯がいう台詞!? どっからその自信が湧いてくるの!?」

「そら自信満々なのも当たり前だろ」


 手を広げて堂々と言う。店に入ってきた人間は俺たちの会話を聞いている。


「カイネで十四年、冒険者として喰ってきて、ド素人集めて二年で踏破者に育てた男だ。俺はな」


 むっ、とその言葉に反論しようとしたタルタンシアが詰まる。事実、育てられた人間としては反論するのが難しいだろう。それでも大学出で頭の回る彼女は反論する。


「……普通ね、カイネで成功した人間は仕官するなり、店を持つなり故郷に帰るなりするものでしょう。そうしてないのが駄目な証左じゃない?」


 一番多いのは残っても死んでく馬鹿だけどな。と口にはしない。冒険者は成功する前に殆ど死んでしまうなど、よくある話だ。


「だが俺は稼げる。お前を都市一番……は俺だから二番の冒険者にしてやるよ。その後なんならカイネ家に口利きしてもいい。仕官の口も用意してやるよ」

「どうせまた着服するくせに」

「するだろうけど、いいだろ。んなもん誤差にするくらいに食わせてやる」


 やれやれと首を振ってタルタンシアは粥を口にして。



「今更そんなこと言っても、もう遅いでしょ」



 ふん、と鼻を鳴らして食事を再開した。もう俺を一瞥することもない。完全に無視する体勢になったようだ。こうなっては交渉も糞もない。


「俺はいつでも待ったりしないが、まあタル子なら多少は待つさ。その内俺の偉大さに気付くときが来るだろう」


 返事は返ってこない。粥啜りのタルタンシアを横目に俺も肉を切って口に運ぶ。冷めても中々うまい。スープはまだ暖かい。


「そうだ、あとルクレツィアにも同じこと聞くからガルーガによろしく」

「…………」

「ガルーガにも聞こうかな」

「ぶっ……げほっ、ごほっ」


 何か琴線に触れたのか、音の出るオモチャことタルタンシアが噎せた。それでも俺を無視しようとする。こういうムキになるところがオモチャにされるのだが、分かっているのだろうか。


 今度はどうやってオモチャにしてやろうか考えていると、店にきょろきょろと誰かを探すような素振りの男が入ってくる。


 あれは今朝の受付男、サボって飯でも喰いに来たわけでもあるまいし、と思っていたら目が合った。


「あ、いた。アリウスさん! ちょっと――」

「飯食ってるのが見えないのか?」

「……えーっと、お食事終わったらご足労をお願いしても……その、いいですか?」


 新しい音の出るオモチャが入ってきたのでうーん、と悩んだふりをする。


「今朝の人のお話なんですけど……お願いします」

「仕方ねえなあ」


 さらっと残った肉を一口にいって、俺はスノウエルフ関連の話を聞くことに決めた。


Q.もう遅いするのお前かい。

A.何回も出るフレーズだから気にしないように。

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