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第二話 スノウエルフに道案内

 空が白み始めると、都市は動き出す。


 恒星と公正の神サナト=マフの恩寵による陽の光が天に昇れば、カイネの住民は起き出して店を開いたり朝の仕込みを開始する。


 迷宮というものは人間と違って夜中でも在るものだが、冒険者というものも所詮は統治体制に組み込まれた歯車の一つに過ぎない。であるから彼らの多くもまた、都市の目覚めと共に動き出す。


 俺もまた、その一人に過ぎない。だからお日様サンサン迷宮モグラをガンバルゾするべき……なのだが、つい昨日四度目の追放を喰らった身の上、迷宮モグラ業をするにも一人じゃ利率が悪い。


 またテキトーに馬鹿を騙くらかしてパーティに潜るなり、暇してるやつらを何人かでその場限りのパーティを組むなりでモグラをする必要がある。


 だが、その日暮らしその場しのぎを口に糊する貧乏人どもと違って、俺の懐は随分と暖かった。


「しばらく遊んでほとぼり冷めてからパーティ探すかと考えてたが、身体に染みついた朝起きる習慣がなぁ」


 都市の外れに立つ娼館を出て大路に向かって歩き出す。元迷宮だった都市の石の道は継ぎ目もなく歩きやすい。


 勤労精神がしっかりしているというのも困りものだった。早寝早起きで目が覚めて、横見たらブスがいた。最悪な目覚めだった。本当によくない。


 今腰にぶら下げているだんびらが手に届く距離にあったら血を見ることになっただろう。一発叩いて出てくと言って出てったが、ブスだけ追い出してあのままベッドで寝てるのが最善だったかもしれない。俺は美少女とヤれそうな女には優しくすると決めてるが、寝起きにブスはいかんよな。


 かといって出ていってもやることがない。カイネで普及している一般的な剣よりも幅広で少し短いこのだんびら持って、市場を歩いて周辺の治安をよくするにも早すぎる。


 モグラの代わりになにやろうか。飯食って女買って糞して寝るだけの生活がぼんやりと思い浮かぶ。


 とりあえず飯食ってまた女買うか、それか本やら劇場やら賭博とか娯楽でも貪って糞して寝るか。


 人が働くのは人生の暇潰しなのかもしれねえなぁ。なんて嘯きながら道を進む。


 まだ太陽も完全に上ったわけでもない、それでも道に点々と立つ魔石を燃料に灯る街灯が道を照らす。潤沢な量の魔石を算出するカイネだから維持できるこの恩恵を受けながら、酒場に近づいていく。前に人影、朝からご苦労なこってと通りすがろうと思ったその時。


「もし、その方」


 僅かに上方エルフの訛りが混じった声の方を見る。目が合った。白銀の髪、サウサエルフ(南のエルフ)と比べて短い尖った耳、雪に紛れる白い肌、白い印象の一点目立つ赤い瞳。雪降る土地の神ノルザ=レカンテの子、スノウエルフがそこにいた。


「道をお尋ねしたいのだが、冒険者ギルドなるところは、いずこにあるだろうか」


 着ている装束も雪絹の布で織られた丈の長い服に、赤いコートの前を開けている。伝統的なスノウエルフの貴顕だ。腰に実用性の高そうな革のポーチを着けているところが不釣り合いではあるが。


 しゃんと背筋の伸びた状態で、まっすぐに俺の目を見ている。エルフ特有の整った顔立ちが合わさって、一種のプレッシャーを感じてしまう。あるいは種族的特徴として纏っているマナに俺の身体が不快感を示しているのをそう錯覚しているだけかもしれないが。もしくは金の匂いに仕事の時間と身体が整ったのかもしれん。


「俺に聞いたのは運がいい。今から向かうところだったから付いてくると良い」


 こんな言葉に疑う素振りもなくうんと頷くような輩ではあるまいが。


「であればお言葉に甘えよう。感謝する」


 輩だった。馬鹿じゃん。


 こうなると気が抜ける。人物判断を切り替える。ヤれそうな女に分類を改める。行先修正して冒険者ギルドへ足を動かす。


「連れはいないのか?」

「いるように見えるか?」


 エルフ特有の聞き返し。こういうところがヒトに嫌われるところなんだよな。べつに怒っていたり不快にさせたいわけではないから怒るのはあほらしい。俺の深い洞察によれば、エルフの顔がヒト並だったら根絶されている。


「迷子に見えた。連れ合いから離れたのかと」

「私は一人……うん、一人だ」

「都市は初めてか? 宿は取っているか?」

「初めてで、取っていない」

「金はちゃんと持っているか? 都市はクソをするにも金がかかるぞ」

「持っている」


 問えば答える。面白いくらいにカモにされそうな女だった。それでも食い物にする決断に及ばないのは、わざとか偶然かは知らないが、だんびらの間合いに決して入らないからだった。


 俺を知らない人間で俺の間合いに入らない人間は面倒な人間だ。この間合いの中では俺は神より偉いが、その外に立つとは。


「良く喋るが、カイネのヒトは良くしゃべるのか?」

「スノウエルフよりは良くしゃべる」

「そうか、お喋りなんだな」


 昔、エルフに同じ質問に答えたとき、『喃語(なんご)()(さえず)()(けもの)()(おお)いね(いね)』と言われたことがある。


 エルフにしては随分と言葉遣いが柔らかい。きっと家にいることが少なかったんだろう。対人を含む血の流れる環境で育ったのだろう。金目の臭いよりも厄介ごとの臭いがしてきて、心なしか気分が高揚してきた。


 騒乱を嫌う人が世の中多いが、暴力を生業とする人間からすれば人の不快感と利益――金銭以外も含まれる――は比例するものなのだ。娯楽を提供するのも娯楽を提供するのも楽しいものだから、血の匂いはきっと良い香りに違いない。


 ウキウキと心が明るくなっていく。空もどんどん明るくなってきている。



「そろそろだ。カイネを楽しめよ」






 冒険者ギルドは門を閉じることがない。迷宮禍にも、外からの異変にも常に対応出来るように人が誰かしら張り付いている。深夜の時間はギルド組員の新入りの仕事として眠たげな顔したやつらが受付でぼんやりと座っている。


 広場を通ってギルドに入る。まず感じるのは臭いな、というところだった。魔物の血と汗のにおい。早朝だからまだマシだが、夕方頃の冒険者が集まると悪臭が匂い立つ、それに不満を唱えるようでは冒険者として半人前である。


 どうやら後ろを歩くスノウエルフは悪臭にむっと顔を一瞬歪めたが、すぐに元通りの澄ました面に戻った。


 入ってすぐに長机越しに受付の人間が座っている。こっくりこっくり船をこぎながら、眠たげにしている若いヒトの男。涎を垂らしていないからまだマシか。


 革靴の足音で目を覚ましたのであろう男がハッとして、またうとうとと顔を下に向けかけてすぐにもう一度こちらを見直した。


「ぁっ、あ、アリウスさんっ!? どっ、どうも。お疲れ様です!」

「おはよう。良い夢見たか」

「いや、はは、はい。おかげさまではい。……しばらくおやすみじゃなかったんですか?」

「俺がどこに行くのも俺の自由だ。仕事の有無なんて関係ないな」


 頭を掻きながら、こちらの顔色を伺う男にニヤニヤ笑いながら一歩二歩と近づく。完全に間合いに入った。顔を引き攣らせるようにしている新人に嗜虐心がそそられてくる。ここまで暴力に期待されちゃ答えない方が無粋なんじゃないか、なんてサービス心を落ち着かさせる。


 もし、とスノウエルフが言った。振り返る。変わらず無表情のままの彼女が小さく頭を下げた。


「案内感謝する」

「ん。気にするな」

「分かった」

「慣用句だ。感謝はしろ」

「分かっている」


 ふふ、とスノウエルフが笑う。たぶん俺はちょっぴりばかり驚いた顔をしていただろう。スノウエルフがとかじゃなく、不意打ち気味に可愛かったので、つい、魔が差した。


「俺はアリウスだ。お前は?」

「ツェーリ、今はそう名乗っている」


 名乗ったときには、既に彼女は笑っていなかった。


Q.エルフ性格悪くない?


A.獣に正しい言葉が必要ですか? という文化。まずは獣でないか、立場を分からせるなりしましょう。

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