第十八話 やるべきことをやろう
ところで気になることがあったときに放っておく人間がいる。切れ味が悪くなったかもしれないと思っても研がないアホはいるし、消耗品が欠品しても気にしないやつがいる。
別に、悪いこととは言わない。自分の命綱が繋がってるかの確認もしないで崖を登るのはいいかもしれない。だが、俺はそうではない。
「検品を行う」
「うん?」
唐突な来訪にぽかんとしているスノウエルフを立たせて不審物を持っていないか身体検査を行う。特別ないことを確認してから部屋を蹴り出し、部屋を一通り確認する。
疑うのなら徹底的に、調べるのならば隠蔽をさせる隙も与えない。俺が身元を保証するということは、すなわちこいつが良からぬものであれば俺が責任を負うということである。帰する責任は振り下ろされた処刑人の剣がごとく鋭利に人体を切り分ける。
比喩ではない。こいつがやらかしたら俺は首を斬られる。
宿のベッドからシーツを剥がし、隙間という隙間を確認する。満足できる程度に確認したら彼奴の荷物に視線を向ける。
小さな革のポーチを取っつかみひっくり返す。否やも何も言わせる余裕も与えない。
短剣、宝石の嵌った首飾り、紐で作られた腕飾り、出てきた薬液の小瓶を開けて匂いを確認する。ポーションの僅かな刺激臭を確認して蓋をする。
部屋の中身をあらかたひっくり返し終わってようやく満足した。最後の最後に散らかった惨状だけは見ないふりして部屋を何事もなく出てみれば、無表情ながらも睨んでいるのであろうスノウエルフが立っていた。
赤い双眸がじいっとこちらを見て、瞳は口ではないので言葉を発さないことに気がついたのか数秒経ってようやく口を開いた。
「終わったか?」
「今日はな」
「そうか」
それだけだった。
大して利益が上がらないのにこのスノウエルフをつるんでいるのは、実際のところこういうところが気に入っているのが理由だった。
「もう入っても?」
「きちんと片付けをしろよ」
「片付け? ……あぁ、分かった」
開いた扉から中の様子を見て納得したようで、赤い視線が映ると白銀色の髪の毛に目が行った。
寡黙なこのスノウエルフが、一体どこの雪山から出てきた雪人形なのかわからない。こうして荷物検査を通して分かったことは殆どない。腕飾りの意匠をたどれば多少は分かるのかもしれないが、生憎世界に散らばるすべての部族を把握するというのは俺にも出来ない出来やしない。
それでも有名所は頭に入れていたのだが。これがなかなか役に立たない。著名な部族の連中なぞ、こっちが察する前に自分で名乗りだす始末だ。
「散らかしたな」
「多少な、……片したら飯でも行くか。今日を逃せば落ち着いて飯食えるのは遠くなるぞ」
「なんと、それは困る」
早速散らばったポーチの中身を集めようと短剣を拾うツェーリの背を見ながら言葉をかける。
「氾濫で人も死ぬ、店も潰れるだろうから、行きたい店には今から行っとけ」
「つまり片付けは後回しにするべきということだな」
言ってすぐに立ち上がり、小銭入れだけを手に取ると散らばった小銭を集めて部屋を出た。
「稼いだ金、ほとんど飯に使ってないか?」
「血肉になっているなら正しい使い方と思っている」
「言うようになったな」
ほんの少しくすりと笑い、ツェーリは唇に人差し指を当てて微笑んだ。
「どうやらアリウスに影響されたらしい」
戦時と平時の概念が他都市よりも薄いこの都市も物々しさに満ちてきているのを感じる。往来を歩くものの中でも武装したものがいつもよりも目に見えて多い。氾濫という話を聞いて他都市からも流れ者が混じってきているのだろう。
言うなればモグラに非ざる渡り鳥、戦火の匂いを嗅ぎつけて訪れる凶鳥である。戦後に死肉の腑をかき分けて金目のものを漁る虫より遥かに上等な生き物である。
普段は丁稚奉公している小僧が身の丈に合わない獲物をぶら下げて、どこか自慢げな顔で歩く。広場に行けば神への奉仕として戦うことを賛美するような歌を唄う教会の子らがいるだろう。
「人が死ぬ気配にしては、活気がある」
「不思議なことか?」
「いや、しばらくここにいてすこしだけ考えが変わった」
スノウエルフは表情の変化に乏しい顔で街を眺める。
「ただ生きることに意味があるのではない。どう生きるかが大事なのだろう」
「エルフの裔にしては分かってきたじゃないか」
長命種は設計上長生きする為に命の価値が重く置かれる。ただ生きているだけの植物のような連中だ。索敵監視の役割を与えられたいじましい種族にしては柔軟な考えだと感心する。
思えばこれは未だに齢十六に過ぎない小娘である。ヒトであれば子供がいてもおかしくない年齢だろうが、スノウエルフからすれば童子扱いの彼女だ、ひねくれたエルフ的価値観に染まりきっていないのかもしれない。
「短い生で、何を成すかを考えられるヒトを、わたしは好ましく思うようになった」
「そうか」
「自らの命を銅貨数枚に換金する根っからの卑しい守銭奴だと父は語っていたが」
「……」
「銅貨に変えたのではなく、日々の糧を得るためだったのだ」
「そうとも取れるな」
「ほとんどはそれを意識していないようだが、今となっては嘲笑う気にはなれないな」
会話をしていればあっという間に飯屋に到着する。人が増えた街並みだったがやや早い時間帯だからか席が開いている。
さてどこに座ろうかと考えると、小さな手のひらをぴょんとあげて自己主張する生き物を発見した。
「ルクレツィアか」
「ん」
同席しろということであろう、別にそれを拒むような気分ではなかったためそうすることにする。給仕を捕まえとりあえずの注文をしてから席につくと、ルクレツィアが豆殻を更に置いて話しかけてきた。
「おはよう。アリウス、ツェーリさん」
「息災だ、ルクレツィア」
「挨拶はどうでもいいから用件を言えよ」
ルクレツィアの隣に座り、ふぅと一つ息を吐く。
「挨拶は大事」
「何を大事にするかは俺が決める」
「大事って言ったのはアリウス」
「だっけ? まあ今はどうでもいいんだよ」
なんだかんでルクレツィアとも長い仲である、キラキラと光る金髪の天使とは、『餓狼の牙』にいた頃よりも前から面識のあるガキである。
十四年もカイネで冒険者をやっていればそりゃ教会の子も成長して冒険者にもなろう。そして十四年もあればいくつか適当ぶっこくこともよくあることだ。
「でもまずは、ご挨拶」
そういって視線で促された先にいたのは茶色い毛並みの獣人だった。
「御高名はかねがね聞いておりましたっす、グルルというしがない獣人っす」
「聞いているんなら俺は名乗らなくてもいいな。用件は?」
「シマで風切って歩く旦那に挨拶を、と思いまして」
「あっそう。じゃあおしまいだな」
「あとあと、少々折り入ってご相談がありやす。倍給兵、やられるんっすよね?」
辛めの香辛料が効いた肉が乗った皿を手つけている獣人を見る。
「それで?」
「どうか、旦那の近くで戦う名誉を」
「別に、好きにすればいい」
とんとんと机を指で叩く。
「協力したりはしないぞ」
「ははあ、ご不興を買わないようにと思ってっすね」
「じゃあこれでお前の用件は終いだな。男と話す価値はないので黙ってることだな」
「……とりあえずご挨拶は出来たんで、自分としては以上っす」
はぁ、とため息を吐く。無価値な時間だった。
「で、ルクレツィア。お前は?」
「『餓狼の牙』やめるかも、いじょう」
「端的でよろしい」
……多少驚くような情報だったが、もう関係ない徒党の話だ。今は今日の飯のことだけ考えていればいいだろう。
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