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第十六話 金に飢える狼

 酒場のある一角を占めるというのは冒険者の一つのステータス的憧れがあるもので、例え酒場の片隅でも賊一歩手前の冒険者が占拠出来るというのはある程度認知と承認を得て出来ることだった。


 治安に対してそれを許させる暴力を有していることは、名誉である。


 今をときめく『餓狼の牙』にはそれが出来た。……少なくとも、今は。


「収入が減っている」


 小声でつぶやくのはタルタンシア・コートウェン。伝統的な魔術師の三角帽を頭に載せた赤髪短髪の少女は、更に注がれた粥を匙でかき混ぜながら悩ましそうな顔をしている。


「そりゃ、そっしょ」


 何をいうのかと『餓狼の牙』新参であり、徒党長ガルーガの幼馴染であるグルルはそう言った。


「人一人分増えてるんすから、多少の減りはあって当然っすよ。戦力単位としての目減りはないっすよね?」


 至極当然の摂理である。四人パーティが五人になって、稼ぎ方が同じなら分配によって利益は減る。成程当然だ。


「見込み額以上よ……三分の一にまで落ち込んでるの」

「そりゃなぁ」


 ガルーガは仕方ないだろ、と言って、ナイフで肉を切りわける。


「三日に一度の休みから、二日潜って一回休むペースになったんだ、当たり前だろ」

「それでも稼働は多いよね~」


 はぁ、とタルタンシアは溜息を吐いた。


「その分潜る時間を長くしたでしょ。なのに半分未満に落ち込むのは計算おかしいわよ」


 タルタンシアの匙がぐるぐる粥を掻きまわす。


「ほんでも相場より高いと思うよ」


 へらへら笑いながらちゃらちゃらとした小物を付けているウェーラも言う。実際のところ、減った減ったと言ったところでカイネの冒険者の中では儲けている方だった。


 そもそもからしてアリウスという男を抜いたところで、彼はあまり戦闘を真面目にこなす方ではなく、従って継続戦力はそこまで低下していない。依然としてカイネでは『餓狼の牙』がトップクラスの冒険者であるのは疑いようもない事実である。


「そうだけど、……足りないのよ」


 貧民粥を見つめて、タルタンシアはしょんぼりとした雰囲気になる。


「そうだなぁ。たしかに減ったわな」


 言って肉を口に入れるガルーガは咀嚼しながら少し悩む。最近商人も露骨に態度を変えてきたと。都市では冒険者ギルドを通して冒険者依頼が出る。名指しでの依頼のいくつかが減ったし、徒党の入れ替わりを理由に今までの報酬額から減額を申し出すものも出てきていた。


 ガルーガ達とて馬鹿ではなく、ある程度の根回しをして追放処分を下したし、収益に関しても多少の低下は目を瞑ることにしていたのだが、想像以上に減ってしまっている現状には少し参った。


 上がった生活水準を下げるのは難しいのである。


「なんすか、俺たちが稼げねぇのが悪いとでも言いたいんすか?」

「いやいやいや、そうじゃねぇけど、そうじゃねぇけどな。なんでだろなぁ、ってことだよ」


 文句を言われてるのかと不満顔をするグルルをガルーガは宥める。香辛料のたっぷり乗った肉をグルルは割いて、これが食えるだけでもかなり稼いでいるとは思うっすけどね、とぼやく。


 一方ウェーラはへらへら笑いながら、なんで中抜きしてる人抜いたのに収益減ってるんだろう、なんかアレなら次のパーティ探さないとな、と思考する。緩そうな頭と発言に反比例して、現実主義的なところがあった。


「うぅん、どうしたもんか」

「まったくね」


 さほど金銭面で苦労していない新参二人を他所に、古参の二人が唸って悩む。最も古参と言っても二年程度の年数で、冒険者の暦は短い。


 とはいっても、二人は大体その得られる金銭の差額の原因に見当がついていた。魔物溜まりに遭遇する頻度が激減しているのだ。むしろ今までが異常であったのだが、それに気付けたのは追放処分をしてからであった。


 しかしそれを二人とも事実として認めたくないところがあった、ガルーガは結局稼げていたのは着服野郎のお陰だったのを認めるのが嫌だったし、タルタンシアは大学出として魔物溜まりが予測できるとは思いたくはなかった。地脈水脈人流天候全てが絡むマナの流れを見切るという複雑系の計算がそう容易く出来るものではないからだ。


「なんすか、そんな金が必要なんすか?」

「まあな……金は幾らでも欲しいだろ」

「ははぁん、あの娼館の娘、身請けするつもりなんすね」


 ぴくりと眉が動いた、無言でまた肉に向かうガルーガ。ビンゴだなと納得する幼馴染。ちらりとタルタンシアを見るグルル。


「タルタンシアの姉貴も、今まで結構稼いでると思うんすけど、何に使ってるんすか?」

「…………投資よ。あと、姉貴って呼ぶのはやめなさい。グルルのが年上でしょ」

「カードっすか? どこ通ってます?」

「博打じゃないし。べつに何に使おうがいいでしょ」

「ま、過干渉はらしくないっすね」


 と言いつつちらりとタルタンシアを見る、年季の入ったローブに三角帽、いまいち装飾品に金をかけているようにも見えない姿。


 金銭を貨幣の形で大量に持つというのはある一定の領主や定住するものの振舞いである。貨幣は重く荷物になる。ついでに防犯を考えれば財産は装飾品や道具の形や持ち運びしやすいものするのが一般的である。


 タルタンシアにはそれがないように見受けられた、となると賭博か、はたまた本当に投資か。過干渉は冒険者として好ましくないが足を引っ張られるのもまた困る。グルルはまあ借金か何かが妥当なところだろうと思ってそこまでに留める。


 そういえばいつにもまして黙っているとルクレツィアに視線をやると、うとうとと眠そうに船をこいでいた。


「……なんかルクレツィアさんも最近眠そうなこと多いっすね」

「たしかに。ちゃんと寝るのも大事だぞ。寝不足で命懸けの仕事とか笑えんからな」


 しぱしぱと目をまたたかせて、うんと頷くルクレツィア。


「最近は夜に司教との"おつとめ"があるの。教会への貢献が減ったから」

「あぁ……そう、大変だな」


 僅かに服の裾からちらりと見える痣に、それ以上踏み込むのを全員がやめた。教会内は俗界の秩序は通用しないのである。


 一体何が行われているのか、想像に苦しくはない。あのでっぷりとした油樽のような司教が孤児らを含む教会の子らに"おつとめ"と称してやっているのは都市では嫌でも耳に入る。


「やっぱ、稼ぐにはそろそろあるっていう氾濫期なんだろうな」

「あ、それ、どうするんすか? 倍給兵(ドッペルゾルドナー)やるんすか?」

「ぼくは死ぬのはいやだなあとおもっています。つねに、長生きしたい」

「ウェーラは後方でいいんじゃないか、氾濫期への参加はいずれにせよ避けれないだろうが、パーティ単位での轡を並べるのは推奨であって義務じゃない」


 後方向けのやつは後方へ、は基本である。かくいうルクレツィアも神聖なる回復魔法が使えるので、状況に応じて前線行ったり後方いったりと忙しかった。


 ウェーラも軽業を生かした活動は最前線では行わない。ポジショニングでどうにか悩むのは、タルタンシアとガルーガ、そしてグルルである。


「私は最前線に行くわ。……貴種たるものの務めよ」


 金が無いからである。


「『餓狼の牙』のリーダーが前に行かないなんてことはねえだろ」


 金が無いからである。


「……んー、じゃあ自分も志願しとくっすかね」


 幼馴染の懐を知るが故である。またグルルも自分の腕試しがしたいなあ、という欲が見えた。


「でも、あれだな」

「そうね」


 二人は示し合わせるかのように言った。


「アイツと顔を合わせるのは、嫌」

「……やっぱ自分氾濫前に一回挨拶しておきたいっすね」





Q.お金って何に使うの?

A.酒ぇ! 女ぁ! あと宝石とかぁ! 魔道具とかぁ!

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