第十五話 肩慣らし
空気中の魔力偏在による位相発光現象により、ぼんやりと明るい迷宮深く、今日はいつもよりも奥深くの迷宮行進である。
常日頃から奥深くへと入り浸らないのは迷宮浸食を避けているのもあるが、利益最大化を目的とした場合、周辺地域の地脈水脈から土地の魔力密度差を見極め、浅い層の魔物溜まりを高頻度で潰しに行くのが一番利益が出るのである。
深い層であれば一匹当たりの単価は増えるが、端的に量が減る。高純度の魔力密度が高いものはより周辺の魔力を集めるので、理屈上は当たり前のことである。
市場の需給はそこまで高密度の魔石を必要としていない……というのは語弊があるが、そこそこの品質のものが沢山必要なのが現在の市場といったところ。低中品質の魔石量が食糧生産率に関わってくる。
「農夫の神が興したもうた農業革命は食糧生産効率を大幅に押し上げ、収穫物は神代以前から百倍以上に膨れ上がったとされている」
「っ! そうかっ!」
自分の身長の十倍は軽く超える巨大な樹木の巨人が拳を振り下ろすと、めぎめぎと大きな音を立てて地面に日々が入り込む。拳の周辺に生えた草花の中から、ぼわっと煙を――花粉を撒いた。
「激化する戦争に反して増えていく人口を支えるべく、食糧事情は改善されていったわけだが、問題になったのは食料の運搬、兵站の問題が神、魔神にとって頭を悩ませた。物を食べない生物は生産に魔力が、コストが悪かったわけだな」
緑が覆い茂る迷宮、陽の光があたらないのに良く育つ。ひらひらと飛ぶ蝶も魔物の一つ。水中における懸濁液の構成物のようなもので、プランクトンクラスの低位な魔物、迷宮における最下位の魔物である。
そんな最中、天井を覆うように林立する樹木の巨人が暴れまわる。緑の葉を身に纏い、灰褐色の花粉をばら撒く魔物である。頭上に赤い実をつけている。
「作物が増えるにしたがって、いわば遊牧民的な略奪経済のゴブリンみたいなやり方が通用しなくなってくる。略奪する人口が厳しくなってきたわけだな」
ツェーリが跳ねる。魔法剣が振るわれる、だが肝心な心臓部には行きつかず、樹木の切断面はすぐに覆い尽くされる。
「そこで、兵站を改善するうえで飯が動けばいいと考えた。そうして出来たのがコレ、ウー=ディスの"動く森"だ」
樹木の巨人は複数の群れを成して歩き回る。そして種を撒いて自然と通ったところに森が生まれる。土壌の栄養を一気に吸い上げて成長し、定住民族の環境を破壊しながら侵略していく魔物……だったが設計ミスがあった。
魔神の支配地域で作成して神々の支配地域で死ぬとなると、ひたすらに魔神の領土が荒廃していくだけだったのだ。
「失敗した"動く森"で、中期ではほぼ生産されなくなったが、迷宮にとっては外部に出ていくうえで好都合となった。氾濫期が近くになると深層でもこれの魔物だまりが発生しやすくなる」
「ぬっ、くっ」
腕と呼称しているが、それはあくまで比喩、ツタの一本一本に至るまでがやつらの触手であるため、捌かないとならない量はとても多い。大ぶりの腕に集中しすぎていると細いものが何本も死角外から攻撃してくる。
エルフ特有の空間把握で見事に対応できているが、この数ともなると中々厳しいらしい。
「講釈を語るのはっ! ふっ、いいが! 今関係があるか!?」
あくびをしながらツェーリの働きを見る。現在俺は交戦している前線からやや離れたところで戦闘を眺めている。やつらの習性を利用してなるべく戦わなくてもいい位置取りを行っている。
「この程度を捌けないのであれば、魔神狩りなど夢のまた夢だぞ」
「ふんっ、べつに倒せないわけではない――」
ぴんと一本指を立てて、もごもごと口を動かす。魔力の流れが指先に集まって小さな炎の塊が生まれる。
「"穿て、炎の槍"!」
ぴゅんと一発飛んで、巨大な木を一体貫き、内部を焼く。ごおと燃え盛る木であったが、止まる様子はない。
「あーあ。火ぃつけても暫く動くぞそれ」
「……!?」
木の巨人が炎の巨人となる。周辺の気温が一気に上がり、酸素濃度が低下する。
「生木なのに燃えやすいのは攻城戦を考慮されていてな。戦史を紐解くと走って壁を飛び越えることもあるとか」
「その知識はもっと先に教えてほしいものだった!」
無表情ながらも焦っているのか、肌に汗が浮かぶ。身体の線が分かりやすい服にほんのりと汗ばんだ肌が実に色気があってよろしい。
腰のポーチから一つポーションを取り出して飲み込む。苦甘く喉奥に残る不味い液体に顔を顰める。体温調節用の薬品だ。当然タダではない。ポーションの値段と教育費、この量の魔石の価値を頭に浮かべて計りに載せる。
「教えてほしかった、ではない。教えは乞え。お前は無知で、馬鹿で、愚かだ。知らなければいけないことの方が多いのに、自身の無能さが故に問うべきを問わずしてこうして危機に晒されている。理解できるか?」
ぴょんぴょんと跳ねて、火だるまの樹木から距離を取ろうとする。火の粉が舞う、花粉が燃えて一気に身体能力が低下していくのを感じていることだろう。
「私は何をするにおいても、まず行動の是非をアリウスに尋ねておく必要がある――っ。という解釈で理解できている、か!?」
「うーん、まあいいか。馬鹿はなあ、言うことを聞かなければいけない理由が分からなくてな。痛みで学習させてやらねばならん」
それでも結構やった方だろう。既に何体かは殺している。捌ききれなくなったのも、序盤に張り切りすぎたところがあるからだろう。
言うことを聞くようにすれば、氾濫期でも最前線で連れまわしても実用に耐えるだろう。総論としては、経験不足だな。
うーんと腕を伸ばして身体を動かす準備をする、二度三度手を握って開いて調整してから、敵の方向へと動く。
「植物類が敵の場合は、足場を信用すべきではない」
足元の力を籠めずに、一気に魔力を噴出して速度を得る。
「根は外れても暫く生きていることが多い、薄っすらと生えている草も魔物だったりする」
「成程」
足元への違和感の謎が解けたのであろう、素直に頷くツェーリ。この素直さなら痛みを与えなくてもよかったかもしれないと思いつつも、まあ痛く無ければしっかりと分かることはできない。あと、娯楽の確保が必要だ。
「次に、敵の急所を把握しろ」
高速でしなるツタをだんびらで切り裂いて距離を狭める、軽くだんびらで外皮傷をつけてその跡を手で触れる。局所的にマナを一気に集め、その部位を構成している点からマナ構成の主導権を奪取し、ばらす。液体のようなすーすーとした感覚が一瞬して、硬いものを掴む。魔石を引き出した。
「……しようとしたが、分からなかった」
「枝葉に惑わされるな。本体は中央の幹や根に近い場所だ。あと、そういうのを聞け。説教は後にして、究極的なアドバイスをしてやる」
最も、把握するにも花粉がマナ探知を阻害するので無茶振りだが。
「"これは我が血、我が肉、我が骨なれば"」
久々に呪文を唱える。最近はサボっていたので、自分の力を確認するための動作である。
「"我が意に従いて、その形を変えるべし"」
「む」
ツェーリが一気に俺から距離を取る。賢いな。焼かないように注意をしてやるつもりだったが、手加減はそこまで不要なようだ。
「"炎よ、あれ"」
じ、と音が鳴った。触れて枝葉から形を失いつつあった樹木の巨人の輪郭が一気に崩れて姿を変える。ぼろぼろと葉が乾燥し、呪文を完成させた瞬間には人型は既になく。
ごおっと一気に周辺の全てを焼き払うような炎が出現し、林立していた巨人のすべてを焼き払った。
「敵には即死するほどの火力で以てあたるべし。だ」
「……それが出来れば何事においても苦労はしないが、努力する」
「よろしい。氾濫期ではこの百倍は出るので覚悟するように」
「分かった」
無表情で頷いて、百倍? と彼女は聞き返す。ああ、と言った俺にツェーリは渋い顔をした。
Q.話いつ動くの?
A.次回ガルーガくんたちの様子を映してから氾濫期を都市全体と一緒にしばく感じになるから次々回くらいから? わがんね。