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第十四話 氾濫前の肩慣らしの準備

 ツェーリがカイネを訪れてから、一月の月日が経過した。氾濫期に備えるべく、戦時体制へと移り変わり、物資の値段が着々と値上がりしていく。周辺領土から教会の招集も行われ、道行く人々に対して聖職者や他都市の冒険者の割合が増えている。



 有力冒険者らには領主より御手紙が届き、『元気してる? 頑張ってて偉いね、バックれたら殺す、事の次第では従士身分での取り立てもあるよ』と婉曲的に書かれたご挨拶が届き始めてくる。風流な季節の品だ。


 かくいう俺のもとにも似たような手紙が届いている。ここでバックれたらマジで殺される……つまりは普段の振る舞いが罷り通るのは務めを果たしているからで、そうでなければ王国のみならず、教会からも破門状(ぶっころせリスト)に乗ってしまう。


 宗教という国家を跨ぐ大規模組織を敵に回すのは流石の俺も自重したい。


 夏へと変わりゆく暖かな風が流れる。たっぷりと脂の乗った鮮魚の刺身と新鮮な野菜をパンで挟んだものを咀嚼する。酸味の効いた調味料と、香味豊かなスパイスの刺激が舌を満足させる。


「戦が近いと、飯が美味いな」

「味は変わらないと思うが」


 涼しげな顔をしながら、俺と同じテラス席に座るツェーリが否定する。俺と同じメニューをもくもくと食べているあたら、美味いとは思っていそうである。


 一口齧る。赤身魚の旨味に脂肪分で包んだ味わいが、歯切れの良い野菜の瑞々しさによりクドさを感じさせない。生臭さは香辛料に消され、丁寧に製粉された柔らかい小麦のパンと調和して、美味い。


 等しく神々の戦奴である人類は、殺すことに対する忌避感を取り除くべく、戦うこと、血を流す流される行為を思うことにより、報酬系が刺激する脳内物質が放出される。


 大半の種族はこれに加え、食欲抑制効果のある脳細胞の働きを阻害し、活性化物を放って食欲が非常に強くなる。受容体が快楽と認識させ、結果戦に備えて食事を摂ることが、美味しく、たくさん出来るようになる。合理的で、かつ理屈もしっかりとしている。


 他方、スノウエルフのように極地用のそれは、食料の少ない場所に合わせ、前述の機能がパージされ、代わりに排外的な領域を侵すものに対する敵視の面が強化なされている。


「スノウエルフには分からない味だ」


 最も、これを説明したところでツェーリの飯が美味くなるわけでもなければ、理解できるわけもなく。説明するだけ無駄だった。


「ふむ。ここの食事はいつも美味しいからな。人間には分からないのかもしれないが」


 ぱくりとまた一口食べて、もぐもぐと咀嚼する。こういった同種と他種への比較において排外的なのもそう定めて作られている、そう思うと本能に反抗できていない感じが幼稚で笑えてくる。


 これエルフ種同士でいがみ合わせると滅茶苦茶面白いんだよな。今度やろう。


「って、違う。そういう世間話がしたいのではない」

「あっそう」


 もぐもぐ。おいしいおいしい。戦が近くてご飯がおいしい。食事の需要が上がって俺が経営させてる食堂の利益も上がっておいしいおいしい。ポーション需要で儲かっておいしいおいしい。


「魔神を殺す進展が一切進んでいない」

「あっそう」


 ここ最近の調子はモグラとしては平常運転、潜っては殺してご飯を食べる生活。喧嘩を押し売りしたりしている、三日潜って一日休むという稼働日数やや高めな生活だ。


 何度か他人とパーティを組ませたが、程度の低さに呆れたのか儲からないのか、俺にひっついて潜っている。正式なパーティではないが、半ば固定のものとして今は機能している。


 依存させるやり方だが、よくやる手口でよく上手くいく方法だった。おつむは微妙だが、実力の方は上も上のツェーリは中々いい駒だ。


「筋道は立ててやっているはずだが、何か不満が?」

「生きるために稼ぐ以上のことが出来ていない」

「それが人生だ」


 最後の一欠片を飲み込む。茶で流し込んで終わらせる。


「まさか、定命の人間は労働だけで人生を終えているのか……?」

「あと繁殖か? まあそういうもんだが」


 泣こうが喚こうがそれが仕様である。


「魔物を殺して金を稼いで教会に献金、あるいは功績もしくは暴力を引き換えに魔神殺しをパクる。遺跡から掘ってくる、掘ったのを裏で買う。こんくらいだ」

「……受動的だ」

「その通り、魔神殺しなんて大業はよーしやろうで出来るもんじゃない。という当然のことだな」


 むぅ、と言ってまたひとつ新しい飯に齧りつく。もぐもぐもぐと咀嚼して幾らか考えているようだ。そもそも俺自体がそんなことに最後まで付き合う気がないから、根本的に俺から離れる必要があるといつ気付くだろうか。


「教会から協力を得るにあたって、どれほどの功績や金銭が必要になる?」

「伝統と安心の龍退治ならいけるかもな」

「龍? 御伽噺の生物だろう、もっと現実的な話をしてくれ」

「んじゃあ氾濫期で活躍するんだな」

「氾濫期、……最近よく聞くが、どういうものなんだ? 魔物が迷宮からでて、暴れる?」

「それじゃあ説明してやるか」


 無知を相手に講義をするにあたり、ツマミは必要だろう。追加でてきとうな摘めるものを注文してから、さてと言う。


「迷宮は魔神であり、生きたマナである。ここはいいな?」

「あぁ」

「よろしい。氾濫の仕組みは周辺のマナが枯渇化したとき、触手たる魔物が地上に現れるという現象だ。カイネでは三年に一度の早いペースで発生するな」


 これは極めて早いペースなのだが。土地柄である。


「発生する前兆から、都市は戦時体制へ移行する。そして、発生が近くなると領主からの招集がかかり、冒険者は待機、都市から出ることを禁じられる。徴兵だな」

「大人しく言うことを聞くのか? そんな勇気もなさそうなものが多いが」

「敵前逃亡は神敵である。破門とかアハト刑を食らいたくなきゃ、前兆発生の段階から逃げだしてる。前兆発生後からは集積化が進んで産出される魔石の質が上がるから、稼ぎどきだ」


 氾濫期直前の魔石掘りはとても儲かる。


「氾濫は長いと一週間程度続く、楽しい季節だ。ここである程度活躍すると、たとえばクジラゴンのような大物を屠れば教会や領主からの色良い視線が向かうことだろう。チャンスだな」

「結局は魔物が湧いて出てくるということだな」

「ただひたすらに量が多いのと、バックれたら後がめんどくさいだけで、基本は儲かるよ、まあ雑魚は沢山死ぬが、それは自然な淘汰で些細な出来事か」


 他にもいいことがある、と付け加えて。


「殺す中で中核となる精鋭が紛れているが、これを殺すと遺跡で発掘されるような異物を落とすことがある。マナの指向性と意思方向の……理論はまあ割愛するが」

「……まさか、その中に」

「神殺しの武器があるかもしれない」


 ふぅ、と一息吐く。


「ま、それに期待するのは低い確率だし、あったらいいなくらいに留めて大物狩りを楽しむべきだろう」


 ツェーリは顎に手を当て、なにやら考え込んでいる。こうやって餌をチラつかせてやる気を出させるのも、使い潰すコツだ。


「ただ今回はいつもより早く発生しているから、俺としてはその疑問を解きたいが」

「前回はいつ?」

「一年と四ヶ月、果たしてなにがあったのやら」


 俺の計算だと例年通りのペースで出ないとおかしい、迷宮内のマナ流動も収束変動も地脈水脈あたりの変数を加味しても、ここまではやくなることはない。


 うーん、極端な偏在を伴う変化が内部で起きた可能性? にしても早すぎる、迷宮内で突然変異体が産まれてもせいぜい早まるのは半年が精一杯なはずだが。


「可能性が高いのは外部からの持ち込みだけどな」

「? なんの話だ?」

「いいや、別に」


 氾濫を望むものが超純度の魔石を大量に持ち運んできたというのなら、まあ儲かるから気にしない。


「それよりも、氾濫前の肩慣らしに次は大物でも狩ってみるか」


 気にするなら楽しいことに限るな、まったく。

Q.河童とかマグロとかふざけすぎじゃない? 神様はなにを考えて作ったの?

A.

「とにかく繁殖力を強くした種を出したらびっくりするやろな! 出したろ! なんか緑色でゴブゴブ言うけど動くからよし!」

「飛び魚が空飛んだらビビるやろ! 作ったろ!」

という初期のワクワク開発時代は殺し合いという雰囲気よりじゃれ合いに近く、相手する神々もブランチをてきとうに分けずローカルで開発する(ヒト種の多様な分化である)雑な遊びでした。改造生物じゃ神々は死なないし。


しかし、ある日を境に空気の読めない一柱が神殺しの武器を作って持たせてしまったことから、真面目な開発と殺し合いが始まることになりました。


つまり、ふざけて見えるのではなく、ふざけています。

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