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第十三話 たのしくないめいきゅう

 これが平均ならばよく都市を維持できているものだ、と言いたくなるのをツェーリはぐっと我慢した。物知らずのど田舎出身スノウエルフであっても、口が災いを呼ぶというのはうっすらぼんやり理解してきたところだった。


 アリウスが去ってから、受付の男の口調は変わり、ちっと舌打ちしてめんどくせぇと呟くし、面倒ごとは起こすなよ、とツェーリに言った。


 続いて枠を開ける、という作業もなかなかのことだった。すちゃすちゃやってきた徒党に受付のものが声を掛け、理由も言わずにこれを入れろと言ったのだ。


 当然、なんのこっちゃとなった冒険者の徒党は他の人間を入れる予定が、とか見知らぬものを入れたくないと述べたが、ギルドの要請が聞けないんですか、というと不満そうに押し黙る。


 横車を押している自分もその行為の一端を担っているとはいえ、なんとも好ましくないな、とツェーリは思うが、あるがままを飲み込んだ。


 社会はパワハラを押し付け合うことによって成立しているのを知らない無知な子である。まっこと困るのは末端のものなのだ。


「はぁ……こっちもこんなことはあんまり言いたくないんですけど、アリウスさんの頼みなんですよ。で? 答えはどうなんですか? こっちも忙しいんですよ」

「……けっ、仕方ねぇな。おいエルフ、足引っ張るなよ」


 ガシガシと頭をかいて、四人組のリーダーとおぼしきものがそういうと、ツェーリは分かったと短く返事をした。




 迷宮へと向かう道すがら、冒険者に愚痴を聞かされ、アリウスの性格の悪さは人間基準で見れば平均的なのかもしれないと考えを改め出した。


「あーあー、めんどくせぇなぁ。取り分が減るじゃねぇか」

「そうか」

「愛想もねぇし、エルフだし、身体でも使って媚び売ったんだろ」

「違うが」

「娼婦でもやって方が儲かるぜ、買ってやろうか」

「金が目的ではない」


 こんな調子で無表情に淡々と答え、そういえば親族が人間は愚かだと語っていたと思い出す。


 益体のないことばかり口からついて出る無駄な語彙と多弁さに感心しつつ目的の迷宮へと辿り着く。


 都市の外にある迷宮群の迷宮は、塔のようになっているものや、単に穴があるように見えるもの、はたまた湖のようなもの、炎の柱だったりと多種多様、選べる極彩色という感じだ。


 迷宮は多く群生しており、その正確な数を知る者はいないと言って語弊がない。ある日なくなっていたり、出来ていたり、拡張されたり縮小したり、移動したり変形したりと忙しなく、ギルドも定期的に確認するものの、管理が出来るようなものではなかった。


 それでもある程度現界が安定したものは冒険者が好んで潜り、多くの場合、いやしく浅層を這い回り弱い獲物を狩っては魔石を拾うのだ。


 華々しく迷宮を攻略しようとするものもいるが、大半は日銭を稼ぐためと割り切っての作業行為で、その健気で情けないところから人は彼らをモグラと蔑称する。


 ツェーリが混ぜてもらったこの徒党も、モグラと呼ばれる集団の一つだ。侮蔑されるような謂れを受けども、都市の経済を支える大事な歯車の一つ、カイネの大事な人的資源だ。


 今回選ばれたのは水を湛える湖面のような迷宮らしく、五人のモグラは怯むことなく入っていった。




 入ってすぐの浅いところ、やや磯臭い迷宮を進む。男の一人がえんやらやと松明に火を灯し、進んでいく。警戒している素振りをしているが、どうも気を張れていないように思えてしまう。


 武器はどうしたんだ、とは問われ、魔法剣を出して見せると、はぁんと言って納得したようだった。


「見せかけじゃねえといいけどな」


 文句は口にしないと喉に詰まるのか? と言いそうになってぐっと耐えた。アリウスが軽口を言う人間を叩きのめしているのを見て、言葉が災いを運んでくるのを覚えたのだった。


 暴力は端的に人を賢くさせるのである。


 と、歩いている中、スノウエルフの長い耳がぴくりと動いた。


「……敵の気配がする。数は四つ、カジキがいる」

「はぁ? こんな浅い層に……」


 生臭い迷宮に耳を澄ませば、何も聞こえてこない。


「気のせいだろ」

「いや、前方……五、四、三――"鍛えたるは尖鋭なる不可視の剣、来たれ我が魔法剣"」


 短く呪文を唱え、魔法剣を呼び出す。その次の瞬間、曲がり角から颯爽と鋭き上顎を持つカジキが突撃してくる! 恐怖! マッグゥーロ種の中でも高い殺傷能力を有する恐るべき魔物が現れた!


「んだっ!?」


 驚愕しつつも武器を構えるも、ワンテンポ遅い。


「マ゜ッ!」


 精神を混濁させるような悍ましいシャウトを唱えながら、前衛の一人に狙いを定めたカジキが凄まじい勢いで襲い掛かる。


 ――カジキの速度は通常対空速度で時速五十五ノッテン、ただでさえ戦闘慣れた人間であっても一撃で串刺しにされる速度だが、これが、前方の空気を退けて尾びれからブーストを出す独特の空棲魚類特有の戦闘泳法になれば瞬間速度は音に勝る!


 インパクトの瞬間に頭を振るうことで鋭い上顎で切り付け、人を刺身にする破滅的脅威を誇る攻撃に恐怖する冒険者。


「そこだ」


 カジキは早い、実際早い。故に、その速度が仇となる。刃の筋を上手く合わせてしまえば力を入れる必要もなく、すぱんと鋭利な切り口を残して真っ二つに両断された。というか、ぱっと見からすればカジキが自分から両断されに来ているかのようだった。最後は両断される最後の瞬間に刃の角度を逸らして、分断されたものが狙われたものにあたらないようにずらして、一瞬の残心ののちに構えを解いた。


「私が索敵をする。問題ないか?」

「は、はい」


 そこからというもの、態度が急変し、へつらうような顔で徒党の人間が見るようになった。分かりやすいと言えば分かりやすく、また暴力で他人を脅すアリウスのやり方に一定の理解が出来るようになってしまった。


「前方、……タコ」

「はい!」


 元気のいい返事をしながらツェーリの後ろに立って剣を構える。どうやら自分で戦おうとしないのはあの男だけではないらしい、事あるごとに他人を前にして自分は動かない。そんなことを二度三度やって、ようやくツェーリは理解した。


「お前たちも戦え」


 言葉にしないと何も伝わらないのだと。


「……いやあ、俺たちは姉さんみたいに強くねーですし。もっと別の役の立ち方があると思いまさぁ」


 確かに迷宮での歩き方、探索手法は見るべきものがあるかもしれなかったが、しかしすぐにちょっと苦戦しそうな相手がいると言ったら迂回するようなものが言うと納得がいかなかった。


「戦え」

「……はいはい」


 ツェーリは心が荒んでいくのを感じた。むっとしてしまう。


 油断をすればすぐ侮る相手に、どうして穏やかにしていられるものか、という性格が悪くなる理屈である。


「普通、こんなものなのか?」

「はぁ? 普通っていうと、俺たちが?」


 中途半端な敬語、品性の無さ、行軍ひとつとっても首を傾げてしまう。


「いやあ、こんなもんじゃないっすかね。あんた……姉さんがどうかは知りゃせんが、ほとんどが農民出とかで、こっちきてから冒険者をやり始めてるんすから」

「猟の一つもしたことないのか」

「いやあ? たまーに村の近くにゴブリンが来たのを追っ払うくらいが精々でさ。御猟林なんざ入ったら俺たちが狩られますが」

「だからこの程度か」


 一人がむっとした顔になったのをみて、何か変なことを言ったかなとツェーリは思うが、思い当たらなかったので平然としたままの顔だった。


「それでも一昔前よりは大分マシになったって話でさあよ。親方のもとである程度腕つけてから来てやすから」

「……これより酷かったのか」

「へ、大分あの人には扱かれましたよ。俺たちゃあ生きていくために潜れるようになったんですから」

「そうか。――前方右、敵、来るぞ」


 その日一日、ツェーリはストレスを溜めながら迷宮を潜った。その割に先日と比して報酬は微々たる結果で、無表情ながらもほんのすこし渋い表情になるのであった。


Q.キタってこの人たちより程度が低いの?

A.ひくい。剣も握ったことないような農民としても中途半端な人間が行きつような場所。

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