第十一話 魔石を売ったりする
ヨーデル運河の流れは穏やかであったが、そこにいる商人らは穏やかではない。川辺には舟が並び、取引することための荷を運んではきびきびと動いていく。最北はノーザンフォーゼンへ、最南はコルコンバーグへ。運河を降りては更に進み、王都周辺の都市へと魔石が運搬される。
運ばれた魔石は加工され肥料として農村に持ち込まれ、土を肥やす。人や動物が神々に加工されたように、植物も手をつけられてマナを栄養とする。
ここから北に行った魔の森と呼ばれる食人森では、木が根を動かして歩いて回り、動植物を捕食する。腕自慢の木こりが伐り倒し、異様に丈夫で火にも強いそれを加工してまた運河に載せる。
また北方の港町で獲られたサカナが魔術士らによって凍結されて運河に載り、我らの食卓へと並ぶ。
この運河を使う商人らこそ、カイネ発展の理由である。とも言える。
迷宮から出て、屋台で小麦を練って棒状に、揚げて砂糖をまぶした菓子を食いながら都市中心へと向かう。
同じものを買い与えてやったツェーリは、おぉと感嘆符を漏らしながら、物珍しそうに菓子と町並みを交互に見ていた。行儀は悪いが、親でもないし指摘はしない。ガルーガだったらケツに蹴りかましてやっただろうが。
しばらく歩けば、目的の場所へと辿り着く。魔石の買取施設は流通に応じて幾つかあるが、ここは懇意にしている商人の店である。
他の施設より大きめの建物へと入り、近くの賃労働者に買取だと告げると、すぐ案内される。いくつかの机が並べられ、それぞれに魔石の値段を確認するものたちがいる。何人かの冒険者がボケっとした間抜け面で査定額を待っていた。
案内された机の上にツェーリと潜った分の魔石が入った袋を出して、目の前の阿漕な商人を早くしろよと言う。
「や、これはこれは、いつもお世話になっております」
デコの広い出っ歯の男がへこへこと頭を下げる。ちらりとツェーリの方を見る。
「アリウスの旦那、こちらの方はお噂のツェーリさんで?」
「おう」
「や、や、口さがない連中はまた女衒でも始めたのかと噂をしておりましたよ」
「あれは儲けたが、今は気分じゃないな。あれやんの手間なんだよ」
袋から魔石をざらざらと取り出し、出っ歯はせこせこ魔石を確認する。
「ぜげん?」
「女を集めて売春婦にする仕事だ。六年だか五年くらい前に売春宿の運営とかピンハネ業を手広くやっていた時期がある。まあ親方の娘に手を出して追ん出されたが」
それでもキタには未だ地盤がある。行ったら親方が怒鳴ってくるから行かないんだが。
ツェーリは意味が分かっているのか分かっていないのか、そういう仕事もあるのだな、とつぶやくだけだった。タル子のように嫌そうな顔してピーピー鳴いたら面白かったが、世の中楽しいことばかりではない。
「ほら、よく見てろよ。こいつらはよそ見したらすぐに魔石をちょろまかすからな」
「や、旦那みたいにはやれませんよ」
「抜かしおる」
こういった一言が多いからこいつは出世しないのだ。
「へへ、綺麗な魔石ですな。ツェーリさん、旦那のこれを覚えた方がいい。これが上物ってやつでさあ」
ころんと一つ取って魔石を転がした。澄んだ海の色が固まったような滑らかな傷の無い握りこぶし一つ分の魔石だった。また同じくらいの大きさのものを一つ掴んで並べると、ツェーリはそれを見る。
あとに取られたものは少し白く濁っていて、形も凹凸が少し見えた。
「む」
形の良い唇に手を当てて目を細める。差が分かるか、目ざとい種族。ぴくりと耳が動く、むむ、ともう一度唸った。
「や、旦那はあともう少し自分で頑張ってくれれば、査定も高くになるってもんですが」
「今日は良くしゃべるな」
「新しいお客さんの前ですから、多少は目利きのところを見せんとクビになっちまいます」
「目利きといっても俺の腕が一目でわかるくらいに良いだけだろ」
「やぁまったく、その通りですね。旦那はカイネ一でさあ」
ツェーリは魔石を手に取り、見つめている。出っ歯の目利きはゴロゴロと並べて分別していく、形、色、それぞれ適したものがある。俺は魔石の目利きではないのでここら辺の選別は出来ない。相場感から大体の額が分かるくらいだ。
だから慣れて信頼の出来る店に任せるわけだ。この魔石の等級判別は人によってブレが生じるもんである、ということになっていて愚図は安く買いたたかれる、強ければ屑魔石も高く買い取られる。暴力はあらゆるものの価値を担保する。
平和に金を稼ぐのは性に合わなかった。馬鹿騙すよりも殴る方が気分がいい。暴力性を抑えられないのは神々がそう定めたもうたから、つまり神意である。
最後はあっという間に換算が終わる。俺の冒険者歴よりも長くやっているだけあって手の速さは一流だった。
「取り分はどのように?」
「八、二」
「えっ、ああ……さいですかい」
ボッている分け前だが、俺の手前言えないので黙って金を用意する。魔石は免状がある人間にしか売れないが、冒険者間の物々交換はその限りではない。
魔石本位制ともいえる交換で高額なものをやり取りする場合もある、取り締まりが厳しいのは持ち出すときが主で、内部で取って内部で使う分には規制はない、というか規制を掛けても取り締まれないだけだが。迷宮は密室であるからして、そこに行政官を派遣するのは配置だ。
金を受け取ったらもうここには用はない。
「こんな大金もったことはない」
「端金だ。ツェーリ、次だ次。こんなところとっとと出てくぞ」
「分かった」
きびきびやらねば何事も進まない。とくにこの時間から店も閉め始める。蹴り起こしてもいいが、商人はあとが面倒だ。
「旦那」
「んだよ」
出ようとしたところで声をかけられる。話があるなら出る準備するまえにってしろとは思う。
「最近、大物の魔石が増えてきてやす」
「……迷宮禍が近いか、スパンを考えれば氾濫期はまだだと思っていたが。楽に魔物溜まりが見つかると思っていたし、有りうるか」
「キタの方でも魔石の出荷分を減らすか検討しているという話がありやす。工場の稼働率をあげるとも」
「分かった。倉庫の備蓄を確認しておく。駄賃だ」
換金した貨幣から幾つか取って手渡す、へへと耳に障る笑いで恭しく受け取って下がる。
倉庫に集めている水薬と魔道具の在庫を確認して……やるべきことを決めて歩き出す。後ろをついてくるツェーリが尋ねてくる。
「何の話だ?」
「金儲けの話」
「アリウスは金が好きだな」
「多分、相思相愛だ」
「人より金に好かれていそうな振舞いだ」
「合ってるし、俺も人より金が好きだね」
エルフらしい皮肉めいた話し方に不快感はそこまでない。単純に見た目がいいからだろうが。
「人が死ぬ気配がする。それで儲けるつもりか」
「命の為替レートが高くなる。貨幣ベースで命の価値が値上がりする気配だ。良いことだろ」
「……私は好ましく思わない」
「そうか。俺は好ましく思う。我慢ならなきゃお前はいつでも俺との関係を手切れにしてもいい。そういうところだ、ここは」
暫くスノウエルフは黙った。長命種は命を貨幣で交換出来ないと考える癖がある。時間は金で交換するのに。ゆっくりと死んでいく彼女らにはヒトの生き方が早すぎて生き急いでいるように見えるのだろう。
「そうか、そうだな。鳥にも獣も自分の狩り方がある。私の口出す領分ではない」
「まあムカついたら死ぬこと覚悟で横車でも押せよ。俺は鳥も獣も好き嫌いしないで食べる」
「そうする。ちなみに私は鳥の方が好きだ」
「俺も殺すなら自由に飛ぶ鳥の方がすっきりする」
「なら私は殺してもすっきりしないな。使命があって自由ではない」
そう言ってツェーリは足を動かした。声にも感情を出さない彼女であったが、どこか寂寥感を感じる言葉だった。
Q.何話くらい想定してる? 長くなりそう?
A.100話はいかないくらい。