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第十話 モグラモグラ

 カイネの迷宮群、その一つ。土と緑を多分に含んだ迷宮の中、樹の巨人がマナへと還元されて消え失せた。足元は緑に覆われて、上はみっしりと草が垂れてくる草臭い迷宮だ。


 常人であれば倒すのに手間のかかる巨人を一撃で屠ると、そのままの勢いで手近なツチノコを盾で殴り、これも霧散させた。


「ルクレツィア欲しいな」


 今日も魔力溜まりへと突っ込み、幾らかの魔物に囲まれている。保護者として時折ツェーリの方を見るか、怜悧な顔を崩すことなく対応している。そのほとんどが初めて見るであろう魔物も、対処を誤ることなくサクサクと刈り倒す。


「であれば、先ほどのライナルト司教の申し出を受けるべきだったのでは」


 挙句、俺の独り言にすら反応してみせた。


 高級品は基礎スペックが違う。神々も量産を断念するわけだ。


「いるか、と問われて、いると答えたら後で高くつく。これは慈善事業ではない」


 それよりも司教の態度が気に食わなかった。もう『餓狼の牙』を見切りをつけているような素振りだ。元より俺に目をつけていたのだとしても、付け替えが早すぎる。俺が『餓狼の牙』にルクレツィアを押し付けたのが無駄になった。


 魔物の一匹を盾で叩いてツェーリの方へ蹴り飛ばす、特別合図もしていないのに、慌てることなく体勢を崩したものを斬り殺した。妖精を周りに侍らせ、死角を潰し、切れ味の鈍らない魔法剣で切り分けている。


 なにくれと手管を指示しなくて済む分楽だし、まあ連携にも困るようではないから誰に投げても使い出があるだろう。


 この女をしばらく使い倒すか考える。目標が些か大きいが、期間を区切れば利益は出るだろう。利率もそこまで落ちはしない、分け前次第ではむしろ上がるのではないか。くらいなものだ。


「そんなものか」


 何より言うことを素直に聞くのが良かった。てきとうな法螺に騙されないかが悩みどころだが、悪くはないだろう。


「次は道具屋を巡ると言っていたが、その次はどこへ?」

「教会、商人、次に顔見せしておく必要がある場所はどこか考えろ」

「……領主?」


 領主、領主か。うーん。あの紫色の筋肉達磨か。たしかに偉い順と考えたらそうなるかもしれない、下品な色彩センスのアレと話すと頭が痛くなってくる。


「アレとは基本的には会わない。次はギルドだ。何遍も顔を出すようなところではないが、あそこも多少の人事権はある。お前を一日程度、他所のパーティに出す」

「アリウスは私ともう組まないのか?」


 顔色も変えず、敵を見据えたままツェーリが聞く。不安げにしている様子がないのは自信があるからか、顔に出すのが下手なだけか。


「インスタント、あー。その日限りの一日パーティというのを覚えた方が利率がいい。パーティが潜らない日に、暇してたりとか、次の日に負荷をかけないくらいに潜るのはよくある話だ」


 そのためにギルドの仲介を利用する、だが仲介と言っても録にギルドに顔出ししていない人間にはなかなかされないもので、定期的に顔を見せるのが通例になる。あそこで魔石の時価を確認したり、依頼を見たりして仕事をする。


 俺以外の人間と組めば、俺と組む利点を嫌でも理解するであろう。都市に来て間もないツェーリの仲介が出来ないなどガタガタぬかしても、歯の一本をへし折れば笑って仲介するだろう。神は人と人が分かり合えるように一つの言葉を下さった、肉体言語である。


 ツェーリは金が目的ではないが、と呟くも、金が無ければ何もできないのか、とすぐに考えを変えた。


「冒険者が顔を見せておくべき人間は大体そんなもんだろう、あとはどうとでも生きれる」


 特に今日行く商人は重要である。


 モグラの生命線である魔石は免状なしでの売買が許されない戦略資源である。田舎者が高値で買い取ると言われて売った相手が非合法ブローカーで、市場に並ばせられる(奴隷落ち)ことになる例は多々ある話だ。悪質であれば首が晒される。


 カイネの税が比較的軽いのは、魔石への税制があるからで、闇ブローカーへの売買は都市への叛意に他ならない。俺でもやらない極悪の所業だ。


 価格操作の反面があるとはいえ、安値にならないように取り図られているのだから、やるやつはそうそういないが。それでも年に何度かは見かけるので、馬鹿はいるものである。


「何事も一足跳びにはいかないものか」

「金ならもっと早く、すぐ集める方法があるぞ」

「本当か?」


 ツチノコを切り殺し、声色高く問いかけるツェーリ。


「商人の家を押し入って殺して奪う」

「…………」

「祭りの時期がいいな。財布が緩んでいるときに手早くやれば幾つか回れるだろう。宝石を奪って逃げればいい」

「殺しは駄目だろう」


 ツェーリが言う。良い子ちゃんだ。こういうやつを泥臭い理想などない世界に引きずり落とすのは好きと言える行為かもしれない。


「やりたいことと他人の命の天秤を掛けて、どちらが下がるかでしかない。自分の命は載せれるのだから、他人の命でそうできないのはおかしなことだろ」

「だが……」

「目的の為に手段を選ぶことは贅沢だ。俺は贅沢が好きだ」


 言い争いがしたいわけではない、と言って話を区切る。言い逃げである。俺は残った残敵を蹴り殺すと、うーんと伸びをした。


「……目的の為に手段を選ぶことは贅沢、か。そうかもしれない」

「まあ、俺は他人に気に食わない"手段"をやられたら、目的が果たせないようにしてやるつもりで生きているがな」

「自分にばかり甘いな」

「他に誰が俺を甘やかしてくれるんだ。自分がまず救われていて、ようやく隣人に手が出せる。俺がツェーリに手を貸してやっているのも余裕があるからだ」

「なるほど、考え方は分かった」


 ツェーリは周囲に視線を巡らし、敵のいないことを確認すると魔法剣を収めた。贅沢、贅沢か、と何度も同じ単語を呟いている。感銘でも受けたのか、それにしては声のトーンが低い気がする。


「アリウスには何か目的はないのか。何のために生きている」


 しゃがみ込んで殺した獲物から魔石を拾う。迷宮に再回収される前に取り込まないと、不信心である。落穂拾いとも言われるこれは素人の非戦闘員を雇ってやらせることもある。俺も一番最初はこれをやったものだ、初心を思い出す。あの時のメンバーは半分以上死んだが、その経験は活かされている。


「人生の命題だな」

「ヒトの短い人生なんだ。もう考えてないと終わってしまうぞ。それとも不死術でも修めているのか?」


 不死術――魔術の奥義の一つ。魔神の教えた魔術の中で、最も難しく最も有名な魔術思想だ。死ななければ最強の駒である、というまさしく究極の解答。


 肉体の時を止めて不老とするもの、魂を別の器に入れて肉体を遠隔にて操作するもの、肉を捨てて魔力を身体とする魔人化、そもそも死んでしまえばそれ以上は死なないという方法もある。


 手法は様々であるが、死そのものを克服することは未だ叶ってはいない。神々ですら死という生の影から逃れられなかったのだから仕方があるまい。


「教会禁忌だ、やらん」


 やった人間はいるし、生きている。それが国を治めているところだってある。それでも俺はやらない。


「贅沢だ」

「ああ。だがまあ、あれも欠陥はある。成長出来ないし、思考の硬直化、脆弱な魔族になる。命は長ければいいってもんじゃない」

「その短い生で何を成すか、アリウス」


 長命種はすーぐこういうこと言うんだよな。肉体の耐用年数に対して心の作りが甘い、他人に生き方を聞いて必死こいても多くはそれの本質を理解できない。"たましい"を犠牲に作られた"いのち"の弱さよ。


「先にされてしまったから、それを探すために冒険者をやっている」


 ま、だからといって短命種が優れているとは言えないわけで、俺もまた無意味に生きているのである。




Q.なんか固有名詞多いけど説明足りなくない?

A.固有名詞一つ一つに説明入れてたら長くなりすぎるので仕方がないのです。

 王国の説明とかしだしたら護王四領の南方サウサリーン、領都ウーサウーサの太宰総領は――とかって話が伸びて征夷大将軍の話もしなければならなくなってしまいます。ながいです。馬鹿長くなります。


Q.短く説明できないの?

A.うるせえばか。

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