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第一話 お前を追放する!

対戦よろしくお願いします。

「――お前を追放する!」


 歴史と伝統に基づく、形式美がそこにはあった。





 モルンネン伯領、迷宮都市カイネ。北部諸侯レーテ加盟都市であり、都市中央にヨーデル運河が流れ、重要資源である天然魔石を算出する迷宮群を有し、芸術と文化を寵愛する情緒豊かなこの都市は王国でも随一の冒険者が滞在するとして名を馳せている。


 都市の興りは遡ること八十四年。カイネ家太祖の"踏破者"エーンがモルンネンにある迷宮カイネを踏破し、その踏破迷宮遺構を丸ごと都市拠点としたところから始まる。当時の四大迷宮として名を上げられたカイネ迷宮は魔石採掘のために冒険者らが周辺に天幕を張り、それを食い物にする商人らが大勢いた。迷宮遺構の中央を走る大河はなおも産まれ続ける迷宮群から吐き出される膨大な魔石を運搬するのに最適で、ここに都市を築くのは合理的であった。


 エーンはモルンネン一帯を伯領と称し、当時の王、アンバシリに保護と忠誠の封建的契約を持ちかける。


 アンバシリもこれを承認、モルンネン一帯を伯領と称したのを認め、モルンネン伯領の保護を宣言した。エーンは家名を踏破した迷宮であり新たな都市カイネから名を取って、カイネ家を興した。モルンネン伯エーン・カイネの誕生である。


 その歴史と伝統から都市カイネでは、常々冒険者が徒党を組んで迷宮に挑んだりとしているが、人が二人いればそれだけで問題が起きる現実から鑑みて、当然その徒党間で問題を起こすこともよくある話だった。


 つまりはこのイザコザも、よくあることだった。




 都市カイネの冒険者ギルド前、有事には動員招集の場ともなる此処は広場のように開けた土地になっており、人の往来も活発な場所である。


 その中央で、狼の耳を生やし、前の開いた革の服を着用した軽装の青年が、胸甲と兜を着用したこれまた青年に向かって指を突きつけ、高らかに宣言した。


 発言の内容は追放、これも様式美の一つだ。


「汝、アリウスを『餓狼の牙』より追放とする!」


 アリウスと呼ばれた男は半笑いになりながらも、両手を上にあげ、大袈裟に動揺する素振りを見せて返す。


 獣人の後ろでは徒党の面子が並び、この形式美を眺めていた。女が二人、そのすこし後ろに男が二人。


 辺りにはこの騒ぎを面白半分に見る都市の人間が人だかりを作る。一般的に追放という劇はこうして衆人に感知されることが大事だった。


 と、いうのも当たり前で、追放処分を受けた人間がその時点をもって該当する徒党に属していないことを明らかにするのは法的であったり、今後のトラブル除けとして必要な行為だからだ。


「な、なぜだっ!? 二年と二ヶ月と二日くらい共に戦って協力してきたじゃないか! 小規模迷宮も踏破したり、これからって時に!」

「自分の胸に手を当てて考えてみろ!」


 アリウスは胸に右手を当て、瞼を閉じる。冷たい胸甲が手のひらの熱でわずかに温まる。季節は春、麗らかな風が流れた。


「パーティ名決める時、餓狼の牙って発情馬の逸物みたいな名前だな、って言ったことか?」

「ちげぇよ!」

「ガルーガのお気に入りの娼婦、俺も指名したからか? そのあと周りの連中にもオススメしたからだな?」

「それはムカつくしキモいからやめろ。でも違ぇ」

「えーっと、時々酔って騒いでパクられたのを迎えに来てもらった……のは違うか。じゃあ水浴びのときタルタンシアを覗きに行ったのがバレた? それともルクレツィアにマッサージと称してきわどいところ触ったのが教会にバレたのか? あー、いやあれか、タルタンシアの頭皮の臭いを嗅いですげーフェロモンするって酒場で言ったのが……」

「反省しろ馬鹿!」


 じっと冷たい視線で女の内の一人、赤髪ショートカットの少女が叫ぶ。家紋が入ったややほつれてローブを纏い、伝統的な魔術師の三角帽を頭に載せている。発育の良さげな体格で釣り目の少女。名をタルタンシア、家名をコートウェンという大学出の魔術師にして無官の貴族であった。


「違う! もっとあるだろ!」

「心当たりが多くて……いや本当にどれだ? 前に女用の胸部下着を王都で流行ってる筋肉補助着って言って渡して、ウキウキで着けてたのを横目に何日で気付くか賭けてたやつ?」

「……なんでもっと早く追放しなかったか疑問だよ」


 ガルーガは溜息を吐く。黒髪に白髪の混じる灰色狼の氏族である彼は、アリウスとの生活で白髪が増えてないかが目下の悩みであった。


 周りに集まる衆人がくすくすと笑いだす。はぁともう一度溜息を吐いた。はやくこの形式的儀式を終えて酒を煽りたい気分だった。


「汝アリウスはパーティに対して横領の罪を犯した! 徒党に対する財物への侵害、これはその罰である!」

「あー」


 観衆がざわつく、何を隠そう横領の咎である! 迷宮踏破は命を賭けた鉄火場であり、即ち命を対価に得たものを奪う行為は極めて重い罪である。


『アリウスさん"また"やったの? 前回もそうだったよな』

『前回もやってたけど、前回の追放理由は名誉に対する侵害だったな。手癖も悪いけど性格が一番悪いからな』


 誰もそこまで驚いていなかった。むしろようやく気付いたのか連中は、といった感じで先行きを見守る。騒動を見守っている衛兵も呆れた様子であった。


 カイネにおいて知らないものが少ない名物冒険者であるアリウスは、多くの場合悪評の方で知られている典型的ごろつき冒険者の一人である。


「『餓狼の牙』の探索で得た資源を不正に隠し持ち、個人の所得として不当に報酬を横領した! これは明らかな横領である!」


 こうした追放劇もこれで四度目、追放をされるプロだった。だから追放儀礼の弁明もそれはもう慣れたもの、胸を張って言い返す。


「私、アリウスはいわれなき咎であると弁明する。『餓狼の牙』とその構成員たるアリウスは報酬に対する契約の成文化を行っていない!」


 自力救済に基づく追放処分、それに対する弁明権は古ウロナ帝国から受け継がれるウロナ法典に基づく権利の一つ。彼はそれを知って弁明する。


「よって徒党活動内で得た物品の処分権はアリウスが有するものである、と弁明する」

「通るか! そんなもん!」

「反論がなければ冤罪に対する咎を押し付けるぞ。ガルーガを追放する」

「お前本ッ当に性格悪いな! ルクレツィア! 言ってやれ!」

「うん」


 ルクレツィアと呼ばれた小さな金髪の少女が一歩前に出る。キューティクルの輝く黄金色の髪を腰まで伸ばし、破邪顕正をモットーとする教会の黒コートを着込む回歴聖職者、神の落とし子、天使族。表情の変化に乏しい彼女は淡々と反論を開始した。


「契約の成文化を行わない場合、慣習に基づく分配であるとするのが慣例。従って教会の子ルクレツィアはアリウスの弁明を却下する」

「はいオレの勝ち! お前の負け! 金返せ!」

「ただし――」


 ルクレツィアは無表情を崩すことなく、胸元にあるイアハートの聖印が刻まれた胸章を撫でる。


「――『餓狼の牙』結成当時、アリウスを除く構成員のすべては迷宮踏破活動における新規参入者であり、踏破活動の多くをアリウスに依存した事実を鑑みる必要があると言わざるを得ない」

「ルクレツィアさん?」

「能力の差による報酬の差は正当である。よって、徒党の財物を隠蔽し、私物化した横領の罪に対する追放処分は妥当と判断する。が、報酬の不平等は不当と判断するには至らない」

「おいおいおいおい」

「以上。アリウス、弁明は?」

「待った! 待った! ルクレツィア! そんなのアリかよ!」


 ガルーガはルクレツィアにそう問うが、ルクレツィアは顔色一つ変える様子はない。


「法と秩序は公正。たとえ自身に不利益をもたらそうとも、神の御名によってわたしは正しくあらねばならない」


 ふぅ、と軽く息を吐く。


「弁明は?」

「是非も無し」

「よろしい。ガルーガは?」


 アリウスは唯々諾々と従って、ガルーガを見る。


「……ない」


 教会権威に渋々ガルーガも受け入れる。これにて判決は成った。


 最後に一度、形式美としてガルーガが叫ぶ。



「――アリウス、お前を追放する!」


ここはフリースペース。あることないこと書いたりします。

感想とかで質問があったら答えるかもしれないし、しないかもしれない。

返答がすごいネタバレ含んでることがあるかもしれないですけど、ままならないものですよ人生は。


――――――

存在しない質問

Q.なんでルクレツィアが裁判官的なことやってんの?

A.教会権威が係争に仲裁したということです。

 明らかにルクレツィアも係争中の人物ですが、教会は表向き絶対的公正であり"正義(ジャスティス)"なので裁判官やれる未開の時代です。そもそも自力救済が認められてる時点で法的公正さは期待してはいけないということですね。力が法の野蛮な時代だやったあ。


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