06 サポート発動
夜になった。
昼食後のミニコンサートの後、泣きじゃくってしまうという醜態を晒した俺は、みんなに慰められながら、「急にどうした?」「故郷のことを思い出したのか?」「無理に演奏させてすまなかった」などと様々な心配をかけてしまった。
ほんと、情けない。
その後、夕食になるまでの時間は自由時間だったので、俺はミック、カンジ、ロロの3人と近くの広場で遊んで過ごした。3人からは色々質問責めにあったが、なんとかのらりくらりと誤魔化した。答えられることはちゃんと答えたけどね。
夕食の準備の時間には家に戻り、アンナさんの指導のもと、夕食の準備のお手伝いをした。
夕食後には、ロロのたっての希望でもう一度ミニコンサートをやった。今度は泣かなかった俺、えらい。
曲は、また有名なアニメソングの「真っ赤なれんげ」という歌と、ロロお気に入りの「お寿司のトロットロ」にした。
またまた拍手喝采だった。
それから夕食の片付けを終え、カンジの洗い物も手伝った後、子供部屋に移動した。
俺たち孤児4人は、同じ部屋で寝ることになっているらしい。
「それにしても、シグマのギターはすげえよなあ!オレ、あんなに楽しい歌、久しぶりに聴いたわ!あ、シグマの寝床はここな!」
子供部屋には、大きなベッドが2つ置いてある。1つで子供3人ぐらいは余裕で寝られるくらいのサイズのベッドだ。
ミックはそのうちのひとつに腰掛け、となりをポンポンっと叩いて言った。
「わかった。ありがとう!」
俺はそう言うと、ギターケースを奥に置き、ベッドの上に座った。
「シグマさんは、やはり相当な修練を経て、あの領域にまで達したんでしょうねえ。ボクには真似できません」
カンジがまた、小難しい言葉で言ってくる。
「いやいやいや、大したことないって。大袈裟だなあ」
俺は照れ笑いしながら、またちょっと嬉しい気持ちで満たされていた。
「ロロも、シグマおにーちゃんのお歌、すきー」
「ありがとね、ロロ」
俺はロロの頭をポンポンっと撫でた。
すでにロロはちょっと眠そうだ。
「じゃあ寝るか。カンジはそっちでロロを寝かしつけてやって」
「了解しました」
「やーだー。ロロ、シグマおにーちゃんと寝るー」
なんだかすっかり懐かれてしまったな。嬉しいけど。
「あ、あはははは。いいよ、大丈夫だよ。ロロ、一緒に寝ようなー」
「やったー!」
「まったくしょうがねえなあ!じゃあ俺とカンジはそっちで寝るから、こっちでロロとシグマが寝るってことにするか」
ミックは苦笑いしながら言った。
「じゃあおやすみー」
ミックが部屋のランプを消す。森の集落は、夜になると真っ暗だ。街灯なんかないからな。
暗くなったら寝る。太陽が出て明るくなったら起きる。
これこそ自然と共に生きる、本来の姿なのかもしれない。
俺は、ロロと一緒にベッドに入る。
ものの数分で、ロロは可愛い寝息を立て始めた。
さすがは子供だ。寝るのが早い。
俺も、ロロの隣で毛布をかぶる。
考えてみたら、今日は激動の1日(?)だった。
今日のことを思い返す暇もなく、俺もストンと眠りに落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
………。
………。
………あれ?。
夢を見ているのか?
確かに、ベッドの中で眠りについた記憶があるので、今俺は寝ているのだろう。
でも、こんなに意識がはっきりしている睡眠はおかしいぞ。
なんだこれ。なんかデジャブ。
そう思った瞬間。
ブゥン!!
また、古いブラウン管のテレビのスイッチが入ったような音がし、目の前が赤一面に染まった。
お、おう、またこれですか。
カシャカシャという音と主に、目の前に文字が浮かび上がる。
《違う世界での生活はいかがですか?》
「いかがですか?って聞かれてもなあ。まだ初日だし。よくわかんねえや。ああー、でも、出会った人たちはみんないい人だった。それはよかったかな」
そう言うと、文字は消え、またカシャカシャと文字が浮かび上がってくる。
《こちら、初回サポートです。1日過ごしてみて感じられた疑問点などにお答えいたします》
「ぷっ。初回サポートって。そりゃまあご丁寧にありがとうございます」
ちょっと吹き出してしまった。そんなサービスあるのね。
「え、初回ってことはこれから毎晩こうなるの?」
《いいえ。毎晩ではありません。今回は初回ですので自動的にサポートモードに切り替わりましたが》
《今後、サポートが必要な時は、就寝前に「サポートオン」と10秒間念じてください》
「ほえー、そういうシステムなのね。ありがたい」
《さて、何か疑問点等ございますか?》
「そうだなー、あ、そうそう。俺のチート能力って何? 転生の時にお願いしたと思うんだけど」
《あなたに付与された能力は、『自動翻訳』です》
「自動翻訳? ……え、え、え? それってもしかして……」
《どこの世界のどの国の言語でも瞬時に翻訳して理解し、かつ話す言葉も読み書きも、瞬時に翻訳して発することができる、画期的な能力です》
「か、画期的な能力ねえ……そう言われても……。そういうのって、暗黙の了解でなんとかなってるもんじゃねえの?」
でも、考えてみたらそうだよな。異世界に転生したとして、そこで使われている言語が日本語な訳ないしな。
普通にリィサさんとかと会話してたけど、これってすごいことなんだよな。
でもなあ、なんか納得いかねえなあ。チートってそういうことじゃない気がするんだが。
《ご不満ですか?今からでも変更は可能ですが》
「変更? ……でもさあ、今から変更するってのもなあ……。それって、変更したら『自動翻訳』は解除でしょ?」
《そうなります》
「朝起きて、いきなりみんなの言葉がわかんなくなるのも困るなあ。しかも、俺もわけわかんない言葉しか喋れない状態になるわけでしょ?1から言語を覚えるのって大変だろうし、みんなびっくりするだろうしなあ」
せっかくダズワルドさん家っていう住むところも決まったのに、急に異国人モードになるのはやだなあ。
「うーん……。いや、このままでいいや。『自動翻訳』継続でお願いします」
《承知いたしました》
贅沢は言えねえ。ギターと年齢は希望を通してもらってんだし。考え方によっては『自動翻訳』って、いずれすごく役に立つ気がする。
《他に、何か疑問点等ございますか?》
「疑問点ねえ……」
なんかあったかな。いや、聞きたいことなんて山ほどあるにはあるんだけど。こっちの世界のこととかな。
でも、サポートに聞いて知るというより、これから俺はそれこそ死ぬまでこっちの世界で生きていくんだから、わかんないことも、おいおい自分で調べていけばいいと思ってるんだよな。
だって、まだ俺子供だし?
あ、でも、これは聞きたいかな。
「あのさあ、俺、こっちの世界で魔法って使えるの?」
《…………》
あれ?
返事がない。
聞き方が悪かったか?
「あ、今すぐどうこうということじゃなくてさ、こっちの世界の人って、魔法を普通に使うわけ。だから俺もこれから魔法を覚えることはできるのかなって思ってさ」
《転生時に、そちらの世界に順応する身体に組成しなおしております》
「組成しなおしてる……あー、つまり、元々の体じゃないってことね。そりゃそうだよね」
《故に、そちらの世界での生活に対応した身体になっておりますし、魔法を使用することも可能です》
「お、おー。そうかそうか。よかったよ。でも、この髪の色の意味って、わかる? なんで黒いのかって」
《それは、元々の身体に合わせて違和感のないように組成したからです》
うーん、元ニッポン人だから黒髪ってだけ?
こっちの世界でめっちゃ浮いてるんですけどー。ありがた迷惑だなあ。
「まあ、いいや。こっちで普通に生活できて、魔法も覚えたら使えるってことがわかっただけでも、よかったよ」
《他に、何か疑問点等ございますか?》
「まあ、今のところそのぐらいかな。また何か聞きたくなったら、呼び出すよ」
《了解しました。それではお休みなさい》
「ああ、ありがとねー」
そう言った瞬間、ブツン!っと電源が切れるような音がして、俺は深い眠りに落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝。
俺は子供達の中で一番に目が覚めた。
俺の隣ではまだロロが可愛い寝息を立てている。
隣のベッドではカンジとミックがものすごい寝相でいびきをかいている。
どうなってんだこれ、ミックの足がカンジの頭の上にあるぞ。
なんか、微笑ましいなあ。
俺はムクっと起き上がって、のそのそと手洗い場に向かう。
バンダナをしたまま寝ちゃったので、頭の中が痒い。
軽く頭も洗っちゃおうかな。
手洗い場に着くと、頭に巻いている緑のバンダナを外し、顔を洗うと同時にガシガシと頭も洗った。
あー気持ちいい。さっぱりしたー。
「シグマ!おはよ……って、えええ!」
背後からミックの声がした。何かに驚いているみたいだ。
「お、ミック、おはよう。どうしたんだ?」
俺は振り返って、手洗い場の入り口で立ち尽くしているミックに尋ねた。
「どうしたんだ、って。お前、その髪の色」
「あ、あー。これな。生まれつきこんな色なんだ。珍しいだろ?」
俺は、事もなげにミックにそう言った。だって、別に隠すようなことじゃないしな。
「めっずらしいなあ!黒い髪なんて初めて見たぞ」
「そうなんだよ。でもさ、珍しいから変な噂とか立てられても困るだろ? で、ダズワルドさんに頭にバンダナ巻いとけって言われたんだ。だから、このことは、家族以外にはナイショな」
「お、おう!わかった!」
その後、ミックは残りの二人にも見せたいと言って、俺をそのまま子供部屋に連れていった。
カンジはそれなりに驚いていたが、ロロは何が珍しいのかあんまりわかっていなかった。ただ、「シグマにーちゃん、かっこいー!」って言ってくれた。
さて。
これから、俺の異世界生活が本格的に始まるのだ。
不安もあるが、やさぐれていた前世の二の舞にはならないように。
改めていい人生になるように。
がんばって生きていこうと思う。