05 ギター弾いてみた
「さて、とりあえず昼ごはんにしようか。ちょっと座って待ってな」
そう言うとアンナさんは、調理場の方へ戻って行った。
俺は言われた通りダイニングテーブルの椅子に腰掛け、ギターケースを傍に置いて調理場の方を見ていた。
アンナさんがなにやら指示を出すと、3人の子供達はそれぞれ食器を棚から出し、出来上がった料理をそれぞれのお皿に盛り付け始めた。
よく教育されているなあ。
俺はなんだかその光景が微笑ましくて、思わず笑顔になっていた。
「おー!シグマくん!もう来てたか!」
入り口の方からダズワルドさんの大きな声が響いてきた。
「はい、ダズワルドさん!これからお世話になります!」
俺は立ち上がって、ダズワルドさんに再び頭を下げた。
「いやいやいや、そんなにかしこまる事はない。これからしばらくは、我々は家族なんだ。遠慮なく何でも言ってくれよ!」
「はい、ありがとうございます!」
ダズワルドさんはニッコリ笑ってダイニングテーブルについた。
と、同時くらいのタイミングで、3人の子供達とアンナさんが料理の入った器を運んでくる。
それぞれの席にテキパキと配膳すると、子供達も席に着いた。
「さて、じゃあいただくとするか。いただきます」
ダズワルドさんが皆に言うと、それぞれが手を合わせ、「いただきます」と声を合わせた。
「いただきます」の文化は同じなんだな。
テーブルに配られた料理を見ると、これもまた美味しそうな料理だ。具沢山のスープらしきもの、お米よりもちょっと大きめの穀物をリゾットのようにしたもの、それから野菜サラダだ。
使われている食材は見たことのない物ではあるが、俺が元いた世界にあった野菜と、そんなに遠くない。これは、食生活は困らなさそうだな。
スープをひとくち、口に運ぶ。
……うん、うまい。初めて食べる味ではあるが、どこか懐かしいような優しい旨味だ。
「みんな、食べながらでいいから聞いてくれ」
ダズワルドさんが皆んなに向かって話し出した。
「こちらにいるのは、シグマくんと言ってな。今日、森で迷子になっているのを我々の集落で保護した少年だ。聞けば、遠い国から不思議な力で飛ばされてきたと言う。そして、記憶の方にも少し障害が出ているとのことだった。少し話をしたのだが、行く当てがないという状況だったので、しばらくうちに住んでもらうことにした。みんな、仲良くしてやってくれ」
「あんた、そんな難しい言葉で言っても、ロロなんかには理解できないよ」
「お、おうそうか。そうだな。……じゃあ……ミック、カンジ、ロロ、新しいお友達のシグマくんだ。仲良くしてやってくれよ」
ダズワルドさんがそう言うと、3人の子供達は笑顔でそれぞれ返事した。
「じゃあシグマくん、うちの家族を紹介しよう。まずは妻のアンナだ」
「アンナです。さっきも言ったけど、よろしくね、シグマ。ここが本当の家だと思って過ごしてくれたらいいからね」
「お、おう。もう呼び捨てなのか。すごいな、お前」
「何言ってんだい!うちの子になるんだから他人行儀はおかしいだろ。ねえ、シグマ」
「はい!ダズワルドさんも、『くん』なんて付けなくていいですよ!シグマって呼んでください!」
「ああ、わかった。じゃあ、シグマ。次にうちの子達を紹介しよう」
まずは、最年長らしき、先ほど鍋をかき回していた少年。名前はミック。緑髪なのだが、前髪に少し赤いメッシュが入っている。
年齢は11歳。現在のこの家の子供の中では最年長なのだが、一番の新入りらしい。
1年ほど前に、俺と同じように森の中を一人で彷徨っているところを、アンナさんが保護したらしい。
だから出身はこの集落ではなく、森の民ではない。
なんでも、ご両親と一緒にダスカという町から、キマゴという海沿いの町に引っ越すために馬車で移動中、盗賊に襲われてご両親は殺されてしまったんだそうだ。
何とか生き残ったミックは、命からがらフォーレンの森に逃げ込み、一人で耐え忍んでいたところを保護されたという話だ。
ミック、苦労人だぜ。
「シグマ、よろしくな!」
この1年でだいぶ立ち直ったらしく、ミックは元気に挨拶してくれた。
一番しっかりしてそうだし、話しやすそうな少年だし、仲良くやれそうだ。
次に、青い髪のおかっぱに眼鏡の少年。名前はカンジ。年齢は8歳。
この家に来て3年とちょっと。彼は青い髪をしているが出身はこの集落。
母親はもともと体が弱かったらしく、カンジを産んですぐに亡くなった。残された父親はカンジを男手ひとつで育てていたのだが、カンジが5歳の時に、狩猟中に事故に遭って亡くなってしまったらしい。
天涯孤独となってしまったカンジを、ダズワルドさん夫妻が引き取ったという形だ。
「よ、よろしくお願いするのであります!」
お、おう。独特な話し方だな。眼鏡かけておかっぱでこの喋り方。うん、ハカセキャラだな。
てか、この世界、普通に眼鏡とかあるのね。
最後が、ロロ。一番ちっちゃい女の子。最初に見た時は気づかなかったんだけど、獣人の子供だ。
耳がへにょーって寝ている種族のうさぎの獣人だから、髪と同化していてわからなかったが、確かにケモミミだ。
故に、髪色はピンク。ピンクは何の精霊の加護なんですか?と聞いたら、獣人にはその法則は当てはまらないらしい。
年齢は5歳。ロロに至っては、シンプルに捨て子。5年前に赤ちゃんだったロロは森の中に手紙と共に捨てられていたそうだ。
「おにーちゃん、それなあに?」
ロロは、俺のギターケースを指さして言った。
「ん?ああ、これはね。ギターって言って。楽器だよ」
「がっき?がっきってなあに?」
「えーっとねえ、音楽を、いや、うーんと、お歌を歌う時に一緒に音を鳴らして、うーん、難しいですね、楽器の説明」
俺はダズワルドさんとアンナさんに救いを求めた。
「ギター。ギターという楽器は初めて聞いたな」
「え、それ、楽器だったのかい。へえー。あんた、そんな特技があるのかい?」
「ええ、まあ少し」
ギター歴は20年です。歴だけは長いです。とは言えないな。
「じゃあ、ロロ、ご飯を食べ終わったら、シグマお兄ちゃんに弾いてもらおうよ、……シグマ、いいかい?」
アンナさんに尋ねられて、俺は二つ返事で引き受けた。
「はい、もちろんです!」
「やったー!」
ロロが喜んでる。喜ぶと、耳がピクって動くんだな。かわいいなあ。
昼食を食べ終わると、みんなそれぞれ自分の使った食器を調理場の方へ持っていく。
あ、そういえば水道ってあるのかな。ないよな。
でも、あ、調理場に蛇口らしきものがある。
「あの、アンナさん。これ、水はどこから引いてるんですか?」
「ああ、裏手に井戸があって、貯水タンクがあるから、そこから引いてるんだよ」
なるほど。よくできてんな。
「あ、シグマ。洗い物は今はいいよ。今日の洗い物当番はカンジだ。みんな、持ち回りで家事を手伝ってもらってるから、あんたも明日から当番に組み込むよ。〈働かざるもの、食うべからず〉ってね」
「わかりました!」
それは至極当然だ。〈働かざるもの、食うべからず〉。日本と同じ教育方針じゃないか。いいことだ。
「カンジ、洗い物は後でいいよ。先に、シグマの演奏を聴かせてもらおう」
そう言うと、ダイニングの椅子を並べ直して、横一列に座った。
俺はその向かい側に椅子を持って行き、ギターケースから相棒のギブソンJ-45を取り出し、座った。
転生してから初めてギターを構える。やはり体が小さくなってる分、手も小さくなっているので心配だったが、触り始めると問題なさそうだ。
俺は軽くチューニングを整えてから、ポロポロと指慣らしに弾いてみた。
みんなから、軽めの「おぉ〜」という声が上がる。
よし、大丈夫だな。さてと、何を弾こうか。
こちらの人たちにわかる曲って言っても、おそらくはないだろうし。
まあでも、どの道わからないんだから、何でもいいか。
「じゃあ、少し明るい曲を弾きますね」
俺はそう言うと、日本で有名なアニメソングを弾きはじめた。
幼いロロがいるので、日本の子供が好きな曲がいいと思ったからだ。
「♪お隣さんの〜今日のメニューは〜トロットロのトロ〜♪」
大ヒットアニメ映画「お寿司のトロットロ」のテーマソングだ。
少し色気を出して、メロディー弾きとコード弾きを織り交ぜながら、弾き語った。
「♪トロットロのトロ〜♪トロットロのトロ〜♪」
見ると、みんな目をキラキラさせてこちらを見ている。
大人の二人は、ほぉーっと感心したような顔をして、何やらお互いに言い合っている。
ロロは、立ち上がって、「トロットロ〜♪」って歌いながら踊っている。
うれしいなあ。やっぱり誰かの前で演奏をして、聴いた人たちが喜んでくれたら最高だ。
じゃかじゃかじゃかじゃーーーーん!じゃん!
演奏が終わると、みんなは一斉に拍手した。
「すごいな!シグマ!こんなに本格的に演奏できるなんて、思わなかったぞ!」
ダズワルドさんが興奮気味に言った。
「ええ、大したもんだよ、本当に!」
「シグマおにーちゃん、すごーい!」
「端的に申し上げて、素晴らしいの一言です!」
「かっこいいな!おまえ!」
アンナさんや子供達も絶賛してくれた。拍手が終わらない。
「いやあ、ありがとうございます。こんなに褒められるなんて……照れくさいです」
俺は頭をぽりぽり描きながら、なんだか身の置き所がなくてモジモジしてしまった。
と同時に、なんとも言えない充実感を感じていた。
前世(もう、こう言ってもいいかな)では、結局俺は音楽で一人前にはなれなかった。
最初は好きで始めた音楽なのに、うまくいかないことが続くと、だんだん音楽自体を嫌いになる時もあった。
一緒に頑張ってきたはずのバンドメンバーが辞める時、「お前もいい加減、現実見ろよ」と言われた。
ひとりになってからも、ライブにはお客さんが呼べず、自主制作のCDも売れない、オーディションを受けても落ちる。
自分に才能がないという事から目を逸らし、理解できない周りが悪いんだと毒づいていた。
最初は好きで始めた音楽なのに。
言い古された言葉だが、音楽は、音を楽しむものだ。
そんな当たり前のこと、俺は忘れていたんだろう。だから売れないんだよ。今ならわかるよ。
俺には音楽の才能がある、俺の音楽を世間に知らしめてやる。そんな自分のエゴにこだわっていたけど、本当は違ってたんだ。
これなんだよ。俺の紡ぎ出した音楽によって、誰かが笑顔になるのを見たかったんだ。
そんな前世のことを思い出し、気がつくと俺は涙を流していた。