49 魔術師の告白
「まずは、謝らせてくれ。本当にすまなかった。僕が君を王都に呼んだばっかりに、君にこんなに辛い思いをさせてしまった。本当にごめん!」
マーロンさんが深々と頭を下げている。俺は慌てて言った。
「マーロンさん!頭を上げてください!そんな、マーロンさんのせいじゃないですよ」
「いや、僕が浅はかだったんだ。……シグマくん。君がなぜ拘束されてしまったのか、理由は聞いたかい?」
「……あ、多分。この髪のせい、ですよね?」
「あぁ、そうなんだ。黒い髪。それはモスフェリア正教では悪魔の手先の髪色とされていてね」
「いやぁ、なんかそういうの聞くと、ちょっと凹みますね……」
「これは僕の憶測なんだけど、多分この世界には黒い髪の人が存在していない。だからこそ、そういう教えが生まれたんじゃないかと思ってるんだ」
「あぁ、逆に」
「そう、おそらくね。でも、ありえないはずの黒髪を持つ、君という存在が現れてしまった。信者の人たちも、混乱したと思うよ。何せ、歴史上初めてのことだから」
「ですよね」
「とにかく。敬虔な信者である騎士団長を説得するのに、めちゃめちゃ時間がかかってしまって。それも謝らなきゃいけない事なんだ」
「…え、説得? じゃ、じゃあもうここから出られるんですか? 俺」
「……いや。説得は、……失敗したんだ」
「……あ、そうなんですね……」
マジか。宮廷魔術師の説得でも、ダメなのか。
「実は騎士団長から、ひとつ、条件を出されたんだ」
「条件?」
「あぁ。とにかくモスフェリアの国内では、黒い髪の人間の存在を許すことはできないと。それは揺るがないらしい」
「……と、いうことは?」
「……国外に出ていくのなら、……君を釈放すると」
国外? モスフェリアから出ていけってことか。おいおい、マジかよ。国外追放ってか。
「いや、もちろん、僕やシェイナが必死に説得したんだよ? でも、……それが許せるギリギリのラインらしい」
シェイナさんも、動いてくれてたのか!嬉しさと共に申し訳なさが込み上げてきた。
「マーロンさん、ありがとうございます。いろいろ説得していただいて。あと、シェイナさんにもお礼を言いたいです」
「……そ、それが……シェイナは最後まで食い下がってくれたんだ。国外に出ていけなんて、家族を引き離すつもりか!とね」
最後まで? え? どういう意味だ?
「……シェイナはそのことが原因で降格処分になってしまって。当面の間……自宅での謹慎処分にされてしまったんだ」
「な!……そうなんですか!」
何てことだ。俺が原因でシェイナさんが降格処分になってしまった。
俺のことなんて庇わなくてもいいのに。なんてこった。
「……え、なんで、俺なんかのために……」
「……シグマくん。……僕たちはね、君や君の家族、森の民の皆さんが大好きなんだよ。君たちのためなら、そりゃあ立場をかえりみず、そうするさ」
「……ちょっと待ってください、マーロンさん!ひょっとしてマーロンさんまで、何か立場が悪くなったりしてませんか?」
「いや、僕の方は幸いまだ大丈夫だ。基本的に騎士団と宮廷魔術師はそれぞれ独立した組織だからね。でもまあ、時間をかけてしまうと、僕の立場も危うくなってくるだろうね」
「もう、もうやめてください!俺なんか、どうなったっていいですから!」
「まぁまぁ、落ち着いて。シグマくん。自暴自棄にならないで」
「でも!」
「だからこうやって、僕は君に会いにきたんだ。すぐに行動しないとバレちゃうからね」
バレ……ちゃう?
「とにかく、ここから逃げよう。そして王都から離れて、しばらく身を隠してさえいれば、みんな黒髪のことなんて忘れてしまうだろう。今までだって、バンダナを巻いて生活していたら、特に問題なかったんだから」
「に、逃げるって言ったって。それじゃあ、マーロンさん、脱獄の手助けみたいなことになりませんか?」
「なるだろうね」
「じゃあ、ダメです!俺はもう、マーロンさんにも、シェイナさんにも、他の誰にも迷惑をかけたくないです!」
これは、偽らざる俺の本心だ。
俺は真剣にマーロンさんを見つめた。マーロンさんはそんな俺を見て、少し微笑んでこう言った。
「大丈夫だよ。僕たちの心配はいらない。とにかく、君は何も悪くないんだ。こんなところに閉じ込められているだけでも、おかしいんだよ。だって、髪が黒いだけなんだから。そんなの、ニッポン人なら当たり前じゃないか」
「そうですよね!……ん?」
……ニッポン人? 今、マーロンさん、ニッポン人って言った?
「ニッポン人? ニッポン人って言いました?」
俺がそういうと、マーロンさんは満面の笑みでこう言い放った。
「本当はもうちょっと黙っていようと思ってたんだけどね」
『私も、日本人だよ』
明らかに「自動翻訳」を通過していない「日本語」で、マーロンさんはそう言った。
『私も、君と同じく転生者なんだ』
「あぁぁぁぁぁぁ!!!やっぱりぃぃぃぃぃぃぃ!!!??」
そう、俺も薄々気づいてはいた。マーロンさんの言動の中に、時々にじみ出ていたからだ。
いや、でも、今このタイミングで、そのカミングアウトはどうなんでしょうか、マーロンさん。
「こうなってしまっては、隠しておくのも野暮かなって思ったんだよ。お互い共通認識として知っておいたほうが、何かといいと思ってね」
「マジですか。え? いつからこの世界に?」
「僕はね、転生して、赤ん坊からこの世界で生きてるんだよ」
マーロンさんは自分の出自を語ってくれた。なんと前世は女性だったらしい!それが、高校生の時に不慮の事故、いわゆる予定外の死亡でこの世界に転生することになった。マーロンさんはサポートさんに、魔法の天才になりたいと願ったそうだ。なるほど、その才能はチートだった訳か。
「もう、生まれ変わってからの期間のほうが前世よりも長くなってしまったよ」
「え、そう言われてみれば、マーロンさんの年齢ってお聞きしたことなかったですよね? おいくつなんですか?」
「今、17歳だよ」
ん? 17歳? 確かさっき16歳で転生したって言ってたよな……。
うわぁ、マジか。トータルしても俺の方が年上じゃん。言いたくねぇー。
「実はこの間、失礼だとは思ったんだけどダスカで会った時に、シグマくんを鑑定させてもらったんだ」
「鑑定?」
「あぁ。実はそういう魔法があって、最近やっと習得したんだ。対象となる者の細かいステータスやスキルなんかを読み取ることができるんだけど」
「え、すごい!そんな魔法が!」
「そう。それで君を鑑定させてもらったんだ。そうしたら、そこに「自動翻訳」っていうスキルを見つけてね。それで今までの君の能力、全てが納得いった。まあ、君が転生者だっていうことはもっと前から確信してたけどね。……ふふっ」
マーロンさんが何かを思い出したかのように笑った。
「ふふっ。シグマくん、君、名前、本名なんだね。……しかも、名字」
「ええ!鑑定ってそんなことまでわかるんですか!」
「あぁ、ごめんごめん、名前は一応本名になっていたよ」
「ちょ、ちょっとそっちだけズルくないですか? せめてマーロンさんの本名だけでも教えてくださいよ」
「え、僕の前世の名前かい?そんなの聞いてもどうにもならないと思うんだけど、まあいっか」
『佐々木美結っていいます』
佐々木、美結さんか。……あ、確かに。それを聞いたところで、マーロンさんはマーロンさんだな。今更、本名で呼ぶのもおかしいしな。
「まあ、とにかく。そういうことなんだよ。僕たちは同志なんだ。シグマくんはこの世界に来てまだ日も浅いんだろ? 僕は君の力にならいくらでもなるつもりだよ」
「あ、ありがとうございます!」
なんて心強いんだ。それでなくても、天才魔術師であるマーロンさんはとても頼りになる素晴らしい人なのに、転生者の先輩だったなんて。俺にとってはこんなに心強い味方はいない。聞きたいことは山ほどあるけど、今はとりあえずいいか。
「よし。じゃあともかく時間がない。あまり時間をかけすぎると、僕も怪しまれちゃうからね。急いで行動しよう。まずはこれだ」
マーロンさんは懐から小さい袋を取り出した。
「これ、僕の予備のマジックバックだ。君にあげるよ」
「え、いいんですか!」
「あぁ。中に君の押収品が入ってる。と言ってもギターケースに入ったギターと、バンダナだけだけどね。あ、マジックバックの使い方なんだけど、入れたり出したりをイメージしながら魔力を流してみるといい。君ならすぐに使えると思う」
俺は、試しにマジックバックに魔力を流してみた。おお!中身がわかる!早速俺はバンダナを取り出し、頭に巻いた。
「それはそうと、ギター、見せてもらったよ。すごいよね、あれ」
「そうなんですよ、すごいでしょ?」
「精霊神樹とアウラライト。どんな魔道具よりもすごいアイテムだと思うよ」
惜しいなあ。時間があればもっとゆっくりと自慢のギターについて語り合いたかった。
あ!そうか!俺が祭りでギターを弾いている姿を見た時点で、マーロンさんは同じ世界から来たことをわかってたんだな。だって、ギターはこちらの世界にはない物だから。きっとそうだ。
「それからこれ、約束の魔石だ。時間がなかったから少ししか用意できなかった」
そう言って渡してくれたのは4つの魔石だ。
「使い勝手の良さそうな魔法を仕込んでおいたよ。〈全適応〉〈絶対障壁〉〈氷槍〉〈麻痺〉だ。シグマくんの戦闘スタイルに合わせてみたつもりだけど、どうだろう」
〈全適応〉があるのは嬉しいな!
「じゅ、十分です!ありがとうございます!」
俺は4つの魔石を受け取って、ポケットにしまった。これで、リィサさんからもらった回復と合わせると、ギターから5種類の魔法を発動できるようになったことになる。
「よし、とにかくここを出よう。鍵は看守から拝借してきた」
「え、拝借って?」
「あぁ、ここら辺一帯にいる王宮の職員や騎士達は、まとめて眠らせているからね」
まとめて眠らせてるって? すごいな、マーロンさんは。やっぱ桁違いだな。
俺が感心していると、マーロンさんは鍵を使って鉄格子の扉を開けてくれた。
やった!シャバの空気はうまいぜ!
「こっちだ。着いて来て」
「はい」
マーロンさんの後について、牢屋から出ようとしたその時。
目の前にひとつの影が猛スピードで飛んできた。うわ!ぶつかる!
俺は、咄嗟に避けようとして両手で頭を覆う。するとその向こうから、聞き慣れた声が聞こえて来た。
『やーーーーっと、みつけたで!!あんちゃん!!』
「え、ミ、ミルラ? どうしたんだよ、なんでこんな所にいるんだ?!」
『あんちゃんが見つからんで、えらい苦労したわ。途中でやっとホイッスルはんに会えたからよかったものの。あんちゃんが捕まってるって聞いて、びっくりしたがな!……って、いうか、なんかここに来るまで、見張りの人とか全員眠ってたけど、あれ、なに?』
小さなドラゴンは、疲れ果てたといった表情で、俺にまくし立てる。いやいや、それよりもだ。
「ミルラ、なんでわざわざ王都まで来たんだよ。何か、急ぎの用事か?」
するとミルラはハッと何かを思い出したかのような素振りを見せたかと思うと、ガバッと頭を下げて、悲壮な感じで俺にこう言ったんだ。
『あんちゃん、ゴメン!ワイが付いていながら、大失態おかしてしもた!……レイちゃんが……、レイちゃんが誰かに攫われてしもうたんや!』




