48 捕まった理由
夜。というか、地下なので今現在の時刻がわからないから、正確には言い切れないのだが、おそらく夜。
一人の見るからに頼りなさそうな騎士が、食事を運んできた。
鉄格子の一部分に備えられている金属の小窓を開け、食事が差し込まれる。
「おい、食事だ。食べろ」
看守であろうその騎士は、めんどくさそうにそう言うと、その場を去ろうとした。
俺は慌ててその騎士を呼び止めた。
「あ、ちょ!ちょっと待って!待ってください!ひとつ聞いてもいいですか!」
「……ん? なんだ」
看守の騎士は立ち止まると、こちらに目を向けようともせずにこう言った。
「こっちは忙しいんだ。答えてやる義理はない」
うわあー。態度、わる!こんなに態度の悪い騎士もいるんだな。昨日のウィルさんの話が早速身に沁みる。
だが、俺としては少しでも情報が欲しい。なんとか食い下がらないと。
「すみません!では、本当にひとつだけ!僕は、何の罪で拘置所に入れられているんですか?」
とにかく、少しずつでも聞いていくしかない。まずは、一番知りたいことをぶつけてみた。
「……」
看守の騎士は、何も言わずにゆっくりと振り向き、俺の方をじっと見つめる。
なんだ? 俺、睨まれてる? そんなに悪いことしたか? 俺。
「……チッ。知らねえよ。そんな事、俺が知るかよ。……ははっ!そんな気味の悪い色の髪をしてるからじゃないのか?」
そう言うと、その騎士は隣の鉄格子にも食事を差し込み、去って行ってしまった。
うわぁ。髪の色、貶された。気味の悪い色だって。黒ってそんなに気味が悪いかね。
まあでも、あの人は本当に俺が何の罪で捕まっているのか、知らないんだろうな。そんな見た目を貶すようなことしか言わないんだったら。これ以上聞いても無駄か。
とにかく、少し腹が減っている。食事を摂ろう。
俺は、運ばれてきたそのトレイを見て、愕然とした。
堅そうなパン1個と、水。以上。
「う、うそだろ……」
こんなもんなの? 俺、前世でも警察のお世話とかなったことないから、拘置所とか刑務所とかでの食事がどうなってるのかは知らないけれど。こんなに、質素な感じ? え、扱いがヒドくない?
しかし、背に腹は変えられない。俺は腹が減っているんだ。ないよりはマシだ。とにかく食おう。
俺はその堅そうなパンにかじりついた。うん、期待を裏切らない、見た目通りの味気ないパンだ。堅いし、ポソポソしてるし、お世辞にもうまいとは言えない。
俺は水を口に含み、なんとかふやかして喉に送り込んだ。水に、少しだけ塩味がついている。
「くっそ。なんだよ、これ……」
でも、とにかく腹を満たさなければと思い、必死にパンと水を口に運んだ。
なんで俺は、こんな仕打ちを受けているんだろう。本当にわからない。
「おーい!シグマの坊主!どうだ? ここのメシはまずいだろ?」
お隣からウィルさんのダミ声が聞こえてきた。
「はい、この世のものとは思えないです」
「がっはっはっは!そうだろ?」
暗い牢屋にウィルさんの豪快な笑い声が響き渡る。それを聞いてると、俺は少し元気が出てきた。
「ウィルさん、結局看守さんも俺がなんで捕まったのか、知らなかったみたいです」
「おぅ、そうみてえだな。だがあの看守、オメエの髪の色がどうとか言ってたよな?」
「あぁ、はい。髪の色が気味が悪いって言われたんですよ。ひどい話ですよ。ただ黒いというだけで」
「なに? オメエ、髪が黒いのか?」
「はい、珍しいとはよく言われるんですが、気味が悪いってどういうことなんでしょう」
「……ほ、ほーう、オメエさん、髪が黒いのか……」
急にウィルさんの声が小さくなっていく。何かを考えているような感じだ。
「ウィルさん? ウィルさん、どうかしましたか?」
「……いや、俺もよ、噂に聞いた程度の話なんだがよ」
「はい」
「正教ではな、黒い髪は悪の象徴、みたいな教えがあったと思うんだよな」
「……え!?」
正教? モスフェリア正教のことか?
「俺もよ、全然まっとうな信者じゃねえからよ、そこの所はよく知らねえんだが。なんか、昔そんな話を聞いたことがある気がするんだなあ」
マジか。その話がもし本当なら、「髪が黒いから」という理由で俺は捕まったってことか?
「ウィルさん!もし仮にその話が本当だとして、黒い髪の人間が現れたとしたら、捕まる理由になりますか?」
「多分な。今の騎士団長は、ものすごい信者だからな。悪の象徴が現れたとなると……」
「おい!!そこの二人!!囚人同士で会話をするな!!」
突然、俺とウィルさんの会話の間に、大きな制止する声が割り込んできた。
鉄格子の隙間から覗くと、3人の騎士が入ってきたみたいだ。
見ると、真ん中で一番偉そうにしている騎士はおかっぱ頭で、頭頂部から綺麗に左右に真っ二つに塗り分けられたように赤と黄の髪をしている。あんなに綺麗に2分割のツートンカラーの人もいるんだな。面白い。残りの二人はそのツートンおかっぱのお付きの部下っぽい。
その3人が隣のウィルさんの牢屋の前に立つと、ウィルさんの怒鳴り声が聞こえてきた。
「テメェ!マリメンデス!あれから、うちの女房に手ぇ出してねえだろうな!」
「ふっ。あなたのような下民が騎士様に向かって、なんという口の聞き方をするんです? あなた、まだ自分の立場をわかってなーいみたいですね」
「ウルセェ!テメェだけは絶対許さねえからな!」
「あーっはっはっは。許さないって、じゃあどうするんでーす? また私に手をあげますか? その拳は、私のところには一生届かなーいですよ? あーっはっはっは」
あぁ、このツートンおかっぱが、ウィルさんが殴ろうとしたクソ騎士なんだな。いかにもクソっぽい喋り方だ。
「そもそも、私はあの美しい女性をあなたのような下卑た男から救って差し上げようとしてるんですよ。なぜそれがわからないんでしょうねえ」
「ケッ!反吐が出るぜ」
「しかし、あなたも意固地ですねえ。一言「奥さんと離縁する」と言ってくれさえすれば、今回は釈放して差し上げますのに。何をそんなに我慢するのか。あなたの奥さんもそうですよ。一言「旦那と別れて私の世話になる」と言えば、あなたは助かるのに、頑なにそうは言わない。馬鹿なんでしょうかねえ」
うわぁ、このクソ、ウィルさんの奥さんに手を出してるのか。クソの中のクソじゃないか。
こりゃ、ウィルさんじゃなくても、怒って殴りかかるのは当たり前だ。
「クソが!!」
「そうやっていつまでも意地を張ってると、最終的には本当の監獄に移送されることになりますよ。あなたの処遇なんてどうにでもできますからね。まあそうなってもご安心なさーい。奥さんは私が養って差し上げますから。あ、子供は孤児院行きですけど」
こいつ、マジもののクソ人間じゃねえか。っていうか、ウィルさん全然悪くないのでは? 不当に逮捕されてんじゃないの?
「まあ、頭を冷やしてよーく考えることです。おい、この者を懲罰房へ連れていけ」
「は!」
そう言うと、ツートンクソおかっぱ騎士は先に出て行った。
「おい!なんだよ!離せよ!」
隣で鉄格子の開く音が聞こえた。ウィルさんが激しく抵抗しているのがわかる。どうやら残りの二人の騎士に連れられて、別の場所に移動させられるようだ。さっき、懲罰房って言ってたな。
そしてそのまま、騎士達はウィルさんを連れて出て行ってしまった。
なんて胸糞の悪い話だ。
俺はもう、すっかり食事をする気も無くなってしまった。食べかけのパンを皿に戻すと、俺は牢屋の隅っこに膝を抱えて座り込んだ。
あんな理不尽もあるんだ。
奥さんに手を出してきた騎士。それに怒って殴りかかり、捕まってしまったウィルさん。そしてさらに、離婚するように強要されている。
俺はやるせない気持ちになった。騎士が自分の立場を利用して、あんなことやっていいのか?
だけど、だからといって、俺に何かできるわけじゃない。俺は何の力もない子供だ。しかも今は牢屋の中だ。
「とにかく、何とかここを出なきゃな」
さっきウィルさんから聞いた話では、俺はどうやらこの黒い髪が原因で捕まったっぽい。「黒い髪が悪の象徴だ」という宗教の教えがあるらしいから。
仮にそれが本当だとして。俺はどうしたらいいんだろう。
髪を染める? いや、それは根本的な解決じゃない。それに、すでに黒髪の人間として認識されてしまっている。染めようが何しようが、この国にいる限り、いずれついて回る問題であることに変わりはない。また、技術的に完全に染められるとも限らないし。
では、黒い髪が悪の象徴じゃない、ということを説得でもして、わかってもらうか?
そんなことが可能かなあ。宗教って生活に根付いているもんだしなあ。その教えのひとつを覆すことなんて出来るんだろうか。
「うーん」
俺は頭をガシガシ掻きむしった。
そもそも、俺は元々考えたりするのが得意な方ではないのだ。頭も良くはなかった。
今は、転生してきたおかげで「子供の割には大人っぽい考え方ができている」だけだ。当たり前だ、中身はおっさんだから。
考えてみたら、俺は転生してから後は本当に恵まれていたんだ。いい人たちに出会い、助けてもらって。
でも、転生する前の俺は何をやってもうまくいかない、生き方がド下手な、ただのアマチュアミュージシャンだった。
人から見て、秀でていることなんて、結局何もないんだ。
「だめだ、だめだ。ネガティブの連鎖が起こってる」
前世の俺の悪い癖が出てきてしまっている。いかん、いかんぞ。
ダメだとは思うのだが、連鎖は止まらない。考えれば考えるほど、自分の不甲斐なさと頭の悪さを痛感し、ズーンと落ちていく。……俺はダメな奴だなあ。
そんな鬱々とした気分のまま、数日が過ぎた。おそらく。
というのも、ここにいると本当に時間の感覚がわからない。運ばれてくる食事の回数で、おそらく2〜3日過ぎたんだろうと思うだけだ。
あれから、ウィルさんは戻ってこない。懲罰房から、本当の監獄へ連れて行かれてしまったんだろうか。
あぁ、人のことを心配している場合じゃないか。まずは自分のことだ。
なんで、こんなに放置されているんだろう。何かの罪に問うなら問うで、取り調べなり裁判なり、何かしてくれても良さそうなものなのに。
放置が一番辛い。
だが。
世の中は捨てたもんじゃない。
こういう時、やっぱり救世主ってのは現れるものなんだ。
俺の救世主って言えば、もうこの人しかいない。そう、あの人だ。
「シグマくん、遅くなってすまない!」
俺は、息を切らして鉄格子の前に現れたマーロンさんの顔を見た瞬間、本当に後光が差しているように見えたのだった。




