47 気がつけばそこは
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「失礼します。第三騎士団、小隊長のシェイナです」
「入れ」
重々しい声に促され、シェイナは騎士団長室に入る。
中には、立派な髭を蓄えた壮年の紳士が待ち構えていた。
「ランスブルク騎士団長、お忙しいところ申し訳ございません」
シェイナは最敬礼すると、一歩前に進み騎士団長室の扉を閉めた。
「で? 何用だ」
ランスブルクは立派な作りの椅子に腰掛け、足を組んでシェイナの方を見据えている。
「は。先程、フォーレンの森よりこちらに向かっていた、黒髪の少年を拘束したと伺いましたが」
「あぁ、そうだ。黒い髪は不吉の証だからな。ちょうどフォーレンの森に駐在していた騎士から、黒い髪の少年がいると報告を受けてな。都合のいいことに王都に向かうという話だったんで、途中で薬で眠らせて拘束したというわけだ」
「な!薬で眠らせて?!」
「……ん? 何か問題でも?」
「い、いえ。では、その少年の取り調べは……」
「取り調べ? ははっ!相手は悪魔の手先だぞ? 何を取り調べるというんだ」
「……騎士団長。おそれながら、私は彼と面識があります。先だってのフォーレンの森の異変の調査では、彼と行動を共にしておりました。その時の印象からしても、悪魔の手先だとは、とても思えません」
「馬鹿なことを言うな。黒い髪が何よりの証拠じゃないか。それとも何か? 貴様は正教の教典が嘘だとでも言いたいのか?」
「い、いえ!決してそのようなことは……」
シェイナは言葉に詰まる。教典を引き合いに出されると、何も言えなくなってしまう。
「た、ただ!……まだ何もしていない少年を、髪が黒いというだけで……」
「黙れ。……シェイナ小隊長。言葉には気をつけたほうがいい。教典の教義はこの国の意志だぞ。……お前だって、せっかく出世街道に乗ろうとしていたのに、踏み外したくはないだろう」
「……!」
言葉が出ない。
シェイナは何も言えない悔しさのあまり、ぎゅっと拳を握りしめた。
「とにかく。黒髪は悪。それは揺るがん。わかれば、下がれ」
「……は、はい。……失礼します」
シェイナは、一礼して騎士団長室を出ると、真っ直ぐに伸びた廊下を早足で抜け、角を曲がったところで壁を大きく叩いた。
「私は、……無力だ」
ギリギリと食いしばっている口の中に、少し血の味がする。
シェイナは自分のあまりの無力さに、打ちひしがれるしかなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
目が覚めると、そこは牢獄だった。
って、え? なんで? 俺、なんで牢屋に入ってんの?
もうすぐ王都に着くぜーって、竜車に乗っていて、お茶飲んで、ってそこまでしか覚えていない。
うーん。自分の現状がよくわからない。
そもそも、この石造りの壁に囲まれた、牢屋っていうシチュエーションが、俺の頭を混乱させる。
俺、なんか悪いことしましたっけ?
周りを見渡す。何もない。前には鉄格子。うん、まごうことなき牢屋ですね。
あ、ギターは? 俺のニューギターは?
無いよね。そりゃ無いか。牢屋に入れられたということは、もちろん持ち物は没収ですよね。
あ、そういえば、バンダナもない!やだ、はっずかしい!
ずっとバンダナを巻いてる生活に慣れてしまったせいか、頭をさらけ出してるとちょっと恥ずかしく感じる。
いやいや、今はそんなことどうでもいい。
なんで俺は投獄されてんだよー。そこから説明してくれないと納得できないよ。
俺はひとまず、鉄格子の方へ進んでみた。看守みたいな人はいないみたいだ。
でも、とにかくちょっと説明が欲しい。俺は意を決して声を上げてみた。
「あのー、誰かー。誰かいませんかー!」
反応がない。
「あのー!誰かー!いませんかー!!!!」
やっぱり反応がない。
「あーーーー!!!!のーーーーーー!!!!!」
「うるっせえな!となり!!食事の時間になったら、看守が来るよ!それまで大人しくしとけよ!」
おそらく隣の牢屋から、ガラガラのダミ声が聞こえてきた。
「あ、すみません!お隣り、いらっしゃったんですね」
俺は咄嗟に声がした方に近づいていって、話しかけた。
「あの!俺、なんで捕まったかわかんないんですけど、何かご存知じゃないですか?」
「はあ? そんなもん知るかよ!」
ダミ声の持ち主は、めんどくさそうにそう答えた。
「人のことまで構ってられっか!」
「はぁ、すみません」
「なんで捕まったかわからんってか? ははっ!間抜けな話だな、坊主」
「はい、気がついたらここにいて」
「あぁーん? オメエみたいな小さい坊主がな。なんで拘置所にぶち込まれてんだろうな」
「拘置所?」
拘置所か。ってことは、ここはまだ監獄ではないということだ。
「あ、あの、すみません。教えてください。ここは、王都の拘置所ですか?」
「お、おぅ。そうだ、王宮の地下にある拘置所だよ。まったく。寒いったらないぜ」
王宮の地下。なるほど。王都には着いてるんだな、俺。
「オメエは、昨日の夜に運ばれてきたんだ。なんか、眠ってたぞ、オメエ」
眠ってた? 何だそれ。俺、眠らされてたのか?
「あ、そうだったんですね。教えてくださってありがとうございます」
「なんだよ、律儀な坊主だなあ。オメエ、今何歳だ」
「あ、10歳です」
「10歳!!かーーー!!!そんなに若いのか!!俺にも8歳になる息子がいるんだ」
「あ、そうなんですね。あの、俺シグマって言います。お兄さん、お名前聞いてもいいですか?」
「なんだよ、拘置所で馴れ合うつもりはねえんだけどな、……ウィルだ」
「ウィルさん!あの、差し支えなければ、ウィルさんは何で捕まっちゃったんですか?」
「あぁん?そりゃ、オメエ、あれだよ。あのー、気に入らねえ騎士を殴ったんだよ。いや、殴ろうとした、ってのが正解かな」
「え!そうなんだ!騎士に向かっていくなんてすごいですね!」
「すごかねえよ!結局奴の取り巻きに取り押さえられちまった。……おう、シグマって言ったか。ひとつ教えといてやる。一言で騎士って言ってもな。色々いるんだ。本当に国を守るために必死で働いてくれてる、立派な騎士さんもいるが、クソみてえな騎士もいる。よく覚えときな」
「わかりました!覚えておきます!ウィルさん!」
俺が今まで出会った騎士といえば、シェイナさん、ホイッスルさん、そのほかにも集落に駐在してくれていた数名の騎士さん。皆さん、立派な騎士だった。巡り合わせが良かったのかな。クソみたいな人はいなかったと思う。
……あ、あれ? ちょっと待てよ。ひょっとして。
俺は、意識がなくなる直前のことをもう一度思い出した。
ひょっとして、俺、フィオレさんに眠らされた?
あの時、フィオレさんからもらったお茶を飲んだんだ。そこからの記憶がない。
ってことは、フィオレさん、俺に睡眠薬みたいな薬を、盛った?
いやいやいや、ないないない。だって、理由がわからんもん。俺を眠らせてどうするんだ?
うーん、でも実際、今こうやって牢屋に入れられてるしなあ。俺を捕まえるために、眠らせた?
じゃあ、そもそもなんで俺は捕まらなきゃいけなかった?
結局最初に逆戻りじゃん!堂々巡りじゃん!
まあいいや。食事を持って、看守さんが来るんでしょ? その人に聞いてみよう。
だって、俺なにも悪いことしてないし。無実だし。
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シェイナが拳を壁に叩きつけ、悔しそうに下を向いていると、一人の騎士が話しかけてきた。
「おや? シェイナさん。顔色が悪いですねえ」
「は、これは。マリメンデス中隊長。申し訳ございません…お見苦しいところを」
おかっぱ頭に右半分は赤、左半分は黄色という見事なツートンカラーの髪をしたその騎士は、ニヤニヤと笑いながらイヤらしい目つきでシェイナを見ていた。
シェイナはその騎士に向き直り、なんとか敬礼する。
「あれ? 泣いてるんですか? 美しいお顔が台無しだ」
そう言うと、マリメンデスはシェイナの頬にヌメっと手を当てる。
シェイナは、全身に悪寒が走るのがわかった。
そのままマリメンデスは、舐め回すような視線をシェイナに浴びせる。
「あなたも、いい加減騎士なんてやめて、誰かと結婚したらどうです? 例えば、ワタシ!とか」
「は、はは、……また、ご冗談を」
「冗談なんて、言ってなーいですよ。ワタシはいつも本気です!女だてらに騎士なんて続けてても、たかが知れてるじゃないですか。だったら、このワタシのような優秀で出世間違いなしのイイ男に貰われたほうが、幸せというものですよ。せっかくの美貌がもったいない」
虫唾が走るわ。
シェイナは、心の中でそう呟いた。
「失礼致します」
早くこの場から立ち去りたかったシェイナは、軽く一礼し、足早に去ろうとした。
「あぁ、あなた。あの黒髪の少年を庇ってるようですが」
背後から聞こえたマリメンデスの声が、シェイナの足を止める。
「無駄なことは、しないほうがいいですねえ。立場をわきまえなさい」
「……失礼致します」
シェイナは振り返りもせずに、その場から立ち去った。
心の中で、中指を立てながら。
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