46 モスフェリア正教
それから数日間、俺はレイ、カンジ、ロロとの時間をなるべく大切に過ごすように心がけた。
なんだかんだ言って、この世界に来てからの俺の大切な家族だからな。
カンジとは、また一緒にリドリー先生の話を聞きに行った。
ロロは、いつも俺のギターと歌に合わせて楽しそうに踊ってくれる。
俺は、そんな大切な時間を目一杯楽しむようにした。
そして数日が経ち、あっという間に王都に連れて行ってもらう日がやって来た。
「じゃあ、本当に今回はすぐに帰ってくるから」
見送りに来てくれたのは、子供たちとアンナさんだ。ダズワルドさんは仕事でどうしても手が離せないということだ。
「フィオレさん、シグマをよろしくお願いします」
アンナさんが若い騎士に頭を下げる。
「は、はい。お任せください」
フィオレさんが緊張気味に敬礼する。
俺は、カンジとロロの頭をそっと撫でてから、レイに「二人のこと、頼むな」と言った。
レイは、無言でうなずいた。
『あと、ミルラ。レイのことよろしくな』
俺は久しぶりにミルラにドラゴン語でお願いしておいた。
『おぉ、あんちゃん。気ぃつけてな』
ミルラはそう言うと、大きく一声鳴いた。
今回は本当にすぐに帰る予定なので、荷物はギターケースだけだ。
俺はギターケースを背負うと、フィオレさんに連れられて竜車に乗り込んだ。
「じゃあ、行ってきます!」
御者さんが鞭を入れると、竜車は勢いよく走り出した。
あっという間にみんなの姿は見えなくなった。さすがのスピードだ。
「王都までは、二日ほどでしたよね」
「はい、だいたいそれぐらいです」
俺は、竜車の中でフィオレさんと向かい合って座った。
「……」
「……」
会話がない。
なんだろう、フィオレさん、人見知りなのかな。全然話題を振ってこないぞ。
俺も、そこまで社交的な性格じゃないしなあ。
「……」
「……」
なんか、気まずいなあ。
俺は別にお互いに無言でも平気な方なんだけど、流石にいきなりこの空気は嫌だなあ。
なんか、なんか話しかけてみようか。
俺の目の前で固まっているフィオレさんの方を見て、俺は頑張って話題を探した。
「あ、あの!」
「は、はい!なんでしょうか!」
「フィオレさん、その、首から下げている首飾り、キレイですね」
フィオレさんは、首にキレイな首飾りをかけていた。小さな丸い石を連ねたような、そう、例えるなら数珠のような首飾りだ。ペンダントトップには、何かの紋章のような金属のチャームがついている。
「あ、こ、これは!首飾りじゃないんです」
「え、そうなんですか?」
「はい、これはお祈りする時に使うもので、信者は皆つけています」
「信者? あぁ、フィオレさん、何かの宗教の信者さんなんですね?」
「はい、モスフェリア正教の、信者です、はい」
モスフェリア正教?
モスフェリアってこの国の名前だよな。国の名前がついてるってことは、一般的な宗教なのかな。
これは、旅の間の話題にちょうどいいな。よし。
「あ、フィオレさん、俺、この国に来てまだ日が浅くて。知らないことばっかりなんですよ。その、モスフェリア正教について、いろいろ教えていただけませんか?」
「は、はい。僕でよければ!」
それから、俺はフィオレさんにこの国の宗教事情について教えてもらった。
ざっくり言うと、こんな感じだ。
モスフェリア正教というのは、このモスフェリアという国の国教に定められているほどの宗教で、この国では最も一般的に信じられているらしい。そもそもこの国は、そのモスフェリア正教という大きな信義の元に生まれた国なんだって。
でも、宗教っていうのは生活に馴染めば馴染むほど、意識しなくなるもので。
今では、国民のほとんどの人がいわゆる「信者」とは呼べないほどになってしまっているんだそうだ。そのくせ、結婚式やお葬式なんかはモスフェリア正教の様式で行うことが多く、教会の仕事はそれがほとんどらしい。
なんか、前世でも似たような現象が起こってたよな。結婚式はチャペルであげて。人が亡くなったらとりあえずお坊さんを呼んで。よくよく考えたら、それもおかしいもんな。
「あ、そういえば、フォーレンの森の集落の外れにも1軒、教会がありますよね」
「はい、あれはモスフェリア正教の教会です。おかげで僕、お祈りを捧げにいくことができました」
なるほどねえ。全然意識してなかった。
「じゃあ今は、きちんとした信者さんっていうのはどれくらいの割合なんですか?」
「そうですね、正確には把握できていませんが、国民の約1割程度だと思います」
「あ、そんなに少ないんですね」
「はい、しかも王都から遠ざかるほど、宗教離れしている傾向にあるので、信者はほとんどが王都の住民です」
なるほど。そうだよな。フォーレンの森だけで考えてみても、どっちかっていうと森の精霊に感謝して生活しているスタイルだし、集落で信者さんは見たことないもんな。
「なるほど。勉強になりました。ありがとうございます!」
「いえいえ、こんな事でよければ、いつでも」
フィオレさんも、話してみたらとても話しやすい、好青年だった。
それからは、適度に談笑しながら、王都までの短い旅を楽しく過ごした。
翌日。
今日の夜には王都につくらしい。すごい。速い!
「あっという間ですね、王都は」
「そうですね、この竜車がまた特別速いっていうのもありますが」
そうだよな。一般的な馬車や、キャラバンだったらもうちょっと時間がかかってたんだろうな。
そう言われてみると、車窓から見える景色も、少しずつ都会に向かっている感じがしてきた。ポツリ、ポツリと建物や畑が増えてきたのだ。王都の郊外で農業に従事している人たちの家だろう。
「民家も増えてきましたね」
「あ、シグマくん。これ、よかったらどうぞ」
フィオレさんが、荷物の中から一本の水筒のようなものを取り出し、俺に差し出してきた。
「これは?」
「はい、あの、僕の生まれは、海沿いのキマゴという街なんですが。そこの特産のお茶です。いつも、故郷からたくさん送ってくるので、常備してるんです。おいしいですよ」
「おぉ、キマゴ!そうだったんですね。じゃあ遠慮なくいただきます」
ちょうど喉が渇いていたところだ。フィオレさん、気が利くなあ!
俺は、水筒を受け取り、口を開けて一口飲んでみた。
「うわぁ、すごい爽やかなお茶ですね!美味しい!」
予想以上に美味しかった。俺は遠慮せずにゴクゴク飲んでしまった。
「あ、ごめんなさい。こんなに飲んじゃって」
「いえいえ」
「ごちそうさまで……ひ…は…」
あれ? 呂律が回らない。なんだこれ。
水筒がゴトンっと床に落ちる。
頭の中がクラクラする。
目の前の景色が、上にいったり下にいったり。
ぐるぐる回っている。
「な……ふぁ……」
俺はそのまま、……意識を失ってしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王宮内、宮廷魔術師の執務室でマーロンはひとり、仕事をこなしている。
今日の夜には、シグマが王都にやってくる。彼との再会を心待ちにしながら、山盛りに積まれた書類を淡々と処理していた。
そこへ、大きな音を立てて扉を開き、大股びらきでシェイナが入ってきた。
「おい!マーロン!シグマを王都に呼んだっていうのは本当か!」
「なんだい、シェイナ。騒がしいなあ。呼んだよ? それがどうかしたのか?」
「やっぱりお前が呼んだのか。……参ったな。念押ししておくべきだったか……」
シェイナは頭を抱えて、へたり込んでしまった。
「おいおい、どうしたんだい。何かまずかったか?」
「あぁ、すまない。……マーロン、落ち着いて聞いてくれ。……シグマが、王都へ向かう途中、騎士団に拘束された」
「え? 拘束? ど、どういうことだい? 彼が何かやらかしたのか?」
「いや、……彼は何もしていない」
「じゃあ、どうして!」
「……彼の、シグマの、……髪の色だ」
「髪の、色? 黒髪がどうかした……あっ!」
マーロンも何かを思い出したかのように声を上げ、そしてヘナヘナと椅子に座り込んでしまった。
「しまった!そうだった!失念していた!」
「そうなんだ。彼はいつも戦闘時以外はバンダナを巻いているから、我々も油断していた。だが今回、何かの拍子に黒髪だということがバレてしまったのかもしれない」
「そうか、これは、……失敗したな。僕のミスだ」
マーロンは、安易に王都までギターを見せに来てくれ、なんて言ってしまった自分を悔やんだ。
「で、拘束されたって? 今は拘置所にいるのかい?」
「あぁ、どうやらそのようだ」
「僕、騎士団長に話をしにいくよ」
「いや、まずは私が行こう。ちょっと今回はデリケートな話でもあるからな」
「あ、まあ、そうか」
そうなのだ。なぜ、そこまで黒い髪がバレるとまずいのか。それは、モスフェリア正教というこの国に根付いている宗教が絡んでいるからなのだ。
「騎士団長は、特に敬虔な信者だからな」
「あぁ、今まで彼が熱心な信者に出会わなかったことのほうが、逆に運が良かっただけなのかもしれない。黒髪が何を意味するかについては余程の信者でない限り、知らないことだしな。とにかく一度私が話をしてくる。シグマは、森や火山での問題解決の功労者でもあるんだ。きっとわかってくれるさ」
「そう、願っておくよ」
シェイナが執務室を後にする。
マーロンは机に伏せ、頭を抱えた。
「シグマくん、すまない」
迂闊だった。モスフェリア正教の信者が大勢いる、この王都に彼を呼ぶべきではなかったのだ。
万が一、今回のように黒髪の持ち主だということがバレたら、こうなることは明白だった。
なにしろ、モスフェリア正教の教典には「この世に災いをもたらす悪魔の手先は「黒い髪」をもつ」とされているのだから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆




