39 いざ最奥部へ
翌朝。
俺たちは、青空亭の前まで迎えにきてくれたマーロンさん達を、一旦、宿の中に迎え入れた。
昨晩ミルラから教えてもらった情報をもとに、今日の方針を打ち合わせするためだ。
青空亭の食堂のテーブルについた俺たちは、あの謎の不気味な音の正体と、火山にいる魔物の異常行動の原因について、ミルラの見解をマーロンさん達に一通り説明した。
「……ふむ。なるほど。……古炎龍アグニクスか……。火山地帯に古龍がいるんじゃないかという説は、本当だったんだな」
「以前から、そういう話はあったんですね」
「あぁ。魔物が集中して棲息している地域には、古龍がいるっていうのは定説でね。大体、魔物っていうのは古龍の加護を受けようと集まってる場合が多いんだよ」
「しかし、あの音が古龍の呻き声だと断定するのは、早計なのではないでしょうか」
ホイッスルさんが、そう言う。
「確かにそうなんですが、これは、ミルラがそう感じているので間違いないと思います。……なにしろ、ミルラは古龍の子供ですから」
「な、なんと!」
マーロンさん、ホイッスルさんが驚いている。そりゃそうだよな。
「ミ、ミルラくんは、古龍の眷属なのか……。どうりで。そこはかとなく気品が漂っていたわけだ」
『せやろ? せやろ? ワイをそこらの木っ端ドラゴンと一緒にせんとってや』
マーロンさん、ぜってえ嘘だ。気品なんか漂ってないじゃん!このエロドラゴンから!
また、ミルラもおだてられて調子乗ってんじゃないよ。まったく。
「ま、まあとにかく。ほぼ間違いないと思うんです。それでですね、その古龍がいるという最奥部まではミルラが案内してくれると言ってくれているんですが、結構遠いらしいです」
「なるほど。今日行って、今日のうちに帰ってこられるような距離じゃないと?」
『まあ、そうやな。あんちゃんらの歩く速度で考えたら、片道で丸1日ってとこや』
「片道で丸1日だそうです」
「そうか、じゃあちょっと今日は長丁場になるね。少し買い物してから行こう」
今日の方針が決まった俺たちは、市場に行き、携帯食料を多めに買い込んだ。いつもは1食分ずつ持っていけば十分だったのだが、今回は長くなりそうだからだ。大量の食料をマーロンさんはマジックバッグに収納していく。何度見ても便利な道具だ。
それから、簡易的な寝袋も人数分。なんか、キャンプみたいで楽しいな。
そんな呑気なことを考えてるってばれたら、怒られるかな。
買い物を終えた俺たちは、馬車に乗り込み、火山地帯に向かって出発した。
途中、いつものようにマーロンさんに〈全適応〉をかけてもらった。これで準備万端だ。
いつものように鉱夫さんの詰所に馬車を預け、御者さんに今回は少し時間がかかりますと伝えた。
そしてまた、いつものように火山地帯を進んでいく。ただ、今回はミルラが先導して道案内をしてくれている。
……ぉぉぉぉおおおおぉぉぉん
あの不気味な音も、何度か聞こえてきた。
だが、まだまだ遠くから響いてくるような感じだ。古龍がいるであろう最奥部まではかなりの距離があるようだ。
足場の悪い道を、俺たちは進んでいく。
途中、魔物とも幾度となく出くわした。
俺は、できるだけ「戦意喪失」の魔法陣で戦闘を終わらせるように、みんなにお願いしていた。
だって魔物とはいえ、無為な殺生はしたくない。
ましてや、古龍の声によって混乱しているだけなんだ、と思うと魔物達ですら今回は被害者なんじゃないかと思えるからだ。
幸い、今回の調査団、ホイッスルさんとマーロンさんに加え、レイとミルラ、このチームはとてもバランスの良いパーティーだと思う。
どんな魔物が現れても、俺が魔法陣を準備して、相手に打ち込むまでの足止めと時間稼ぎを難なくやってくれる。
この調子だと、戦闘に関しては問題なく、目的地まで辿り着けそうな気がしていた。
……ぉぉぉぉおおおおおぉぉぉん
少し、大きく聞こえるようになってきた。
「結構はっきり音が聞こえるようになってきましたね」
「そうだね。ミルラくん、あとどれくらいだい?」
『せやなあ、ここらでちょうど半分を越えたぐらいかなあ。……お、おっと。そこの分かれ道は右や』
「マーロンさーん。私、お腹が空きましたー」
レイがお腹を押さえて、マーロンさんにそう言った。ここ数日で、マーロンさんに対してちょっと馴れ馴れしくなった気がするな、こいつ。
「あははは、そうだね。じゃあ少し休憩にして、食事を摂ろうか」
みんなで岩に腰掛け、携帯用の食料で食事休憩を取り始めた。
見回してみると、遠くの方にマグマ溜まりのようなものが見える。
「うわ。あれ、マグマですよね」
「あぁ、そうだね。こんなところまで進んできたのは、初めてだね」
ミルラの道案内によって今まで立ち入らなかったような場所まで来ていることに気づいた。
「本当だったらもうこの辺は、来るだけで焼け死んじゃいそうな場所だよね」
ですよね。だって、あれでしょ? マグマって、要は溶岩でしょ? 岩が溶けてるんでしょ? 何千度だよ!って話ですもんね。
「でも、いよいよ問題の解決に向かってると思うと、武者振るいするね」
マーロンさんは嬉しそうにそう言った。
ああ、この人は仕事としてこの調査をしているのは間違いないけど、単純に起こってしまっている問題の謎を解き明かすことを楽しんでるんだな、と思った。
「ねえ、ミルラー。ここまで近づいてきて、お母さんの声、まだ何言ってるかわからない?」
レイが肩に乗っているミルラに問いかける。
『うーん、まだようわからんねんなあー。あんちゃん、わかる?』
おいおい、俺に振るなよ。
「え、俺に聞く? うーん、そうだなあ」
思い返してみる。確かに最初は、遠いせいもあってか、単なる轟音にしか聞こえなかったあの音。
近づいてくるにつれ、何かを叫んでいるようには感じてきてたんだ。
「なんだろ、「もおおおおお」とか「だあああああ」とか、なんかやるせない感じの声に聞こえたかな」
『そうやな、ワイもそんな感じかな』
「だよな」
「そっかー。まだわかんないか」
「もう少し近づいたら、わかるかもしれないけど」
まだ道のりは半分なんだ。
「……さて。食事も終わったし、そろそろ行こうか」
マーロンさんが立ち上がってそう言う。俺たちも皆立ち上がり、再び火山地帯を歩き出した。
しばらく進んだところで、ミルラがある大きな横穴の前で停止した。
『ここから下に降りる。この穴の中に入っていくんや』
「え!これに入るの?!」
ここからは、火山洞窟の中を進むらしい。マジかー。
「ここからは、洞窟の中を進むらしいです」
俺がそう伝えると、他の3人が明らかにイヤそうな雰囲気を醸し出しているのがわかった。洞窟の中を進む。しかも、火山のだ。怖いよなあ。
『はいはい、そんなイヤそうな雰囲気出すな。中は意外と広いから大丈夫や』
ミルラはそう言うけどなあ。もしも落盤とか起こったら死んじゃうじゃん。
「まあ、しょうがない。腹を括ろう」
マーロンさんがそう言うんなら、しょうがないな。乗りかかった船だ。俺も腹を括ろう。ホイッスルさんも、レイも、なんとか決心したような表情になってる。行くしかないな。
俺たちは、意を決して横穴の中に入っていった。
中に入ると、あたりは少し暗くなった。だけど、所々にあるマグマ溜まりが赤く発光しているので、全くの暗闇というわけではない。これ、今ここの気温、何度くらいなんだろう。すごい事になってるんだろうな。
洞窟の中は、最初は少し通りにくいほどの狭さだったが、下り道を降りきってみると意外と広い空間に出た。ミルラの言った通りだ。
「下に降りると、意外と広いですね」
「そうだね、火山地帯の地下にこんな洞窟があったなんて、大発見かもしれないな」
「でも、まあ普通の人間は来ることができませんけどね」
地下洞窟は、本当に迷路のような構造になっていて、別れ道がたくさんあった。ミルラの道案内がなかったら、確実に迷子になってただろう。
しばらく進んだ時、突然またあの音が鳴り響いた。
ゔぉおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!!!
洞窟全体に響き渡るような轟音だ。これまでで一番の音量に俺たちは思わず耳を塞いだ。
これは、確実にこの洞窟の奥にこの声の主がいるということを示している。
長い長いその音が鳴り止んだ。
「すごい声だったね」
レイが目を白黒させながらそう呟く。
「あぁ、まだ頭がガンガンしてる……」
そう答えようとした瞬間。
俺は自分の目を疑った。
数十メートル先に見えていたマグマ溜まりが、大きく盛り上がっていたからだ。
「え? え? なんだあれ」
その大きく盛り上がったマグマが流れ落ち、姿を現したのは、全身がゴツゴツとした岩で出来ている、人型の巨人だった。
『な!お前は!炎巨人やないか!どないしたんや!』
「炎巨人?!」
『あぁ、あいつは普段マグマの中で暮らしとる魔物や。大人しい性格で滅多に外に出えへん奴なんやが。なんか、あいつ目がイってもうとるな』
ミルラが言うように、なんか虚な目になっている気がする。
「今の声に反応したか!」
マーロンさんが杖を構える。と、同時にホイッスルさんも盾を構え、一番前に進み出た。
俺たちが迎撃態勢を整えると同時ぐらいに、炎巨人はこちらに向かってきた。
お、大きい!
その身長は、ゆうに5メートルは越えていそうだ。炎巨人は大きな雄叫びを上げながら拳を振るってきた。
これはヤバい!
ガキィィィィィィィン!!!!!
前線で盾を構えていたホイッスルさんがまともにその拳を受け止めた。が、体ごと後ろに吹っ飛ばされ、俺たちもろとも後ろの壁に打ち付けられた。
ホイッスルさんの盾がプスプスと焦げた匂いを発している。これは、火属性を纏わせた攻撃なのか。やばいな。
壁際で一緒に倒れてしまった俺たちは、なんとか起き上がる。
しかし、顔を上げたその視線の先に、炎巨人がもう片方の拳を振り上げているのが見えたのだった。




