38 不気味な音の正体
行商キャラバンで夕食もご馳走になり、青空亭に戻った時にはすっかり夜遅くになってしまっていた。
部屋に戻ると、レイが頬を膨らませて不機嫌そうにベッドに座っている。
あちゃー、これは怒ってるな。
「おそーーーーい!!!シグマ、遅いよ!もう宿の夜ごはん終わっちゃったよ!」
「ごめんごめん。行商キャラバンでご馳走になってきちゃった」
「うっそ。信じられない。なんなの? 心配したんだよ? もう、シグマなんて知らない!ミルラ、寝よ!」
レイがミルラを抱きしめてふて寝してしまった。説明もせずに長時間ほったらかしにしたのは、さすがにまずかったよな。
『うっひっひっひ。シグマのあんちゃん、これはあんちゃんが悪いで。女の子をこんなに一人ぼっちで待たせたらあかんわ』
ミルラが布団から顔を出し、ニヤニヤしながらこちらを見てくる。なんか、腹立つなあ。お前のせいで俺はこんなに走り回ってるってのに。
「レイ、ごめん!本当にごめん!代わりに面白いもの見せてやるから、機嫌直してくれよー」
俺は土下座した。許してもらえるんなら土下座でも何でも、俺はやる男だ。
「……面白い、もの?」
レイがちょっと布団から顔を出す。
「そう、それを手に入れるために、少し時間がかかっちゃたんだ」
まあ、それはちょっと嘘だけど、物は言いようだからな。
「で、面白いものって、なに?」
レイが起き上がって、こちらに向き直ってくれた。
「うん、でもその前に。1つだけ確認があるんだ。……ミルラに」
『なぬ? ワイに?』
急に話を振られて動揺するミルラ。そうだよ、お前には白状してもらうぞ。
「そう。ミルラ、火山で何度か聞こえてきた不気味な音。お前は心当たりがないと言ったよな?」
『お、おう、そうや。何回も言うとるやん。し、知らんって』
「お前は何度聞いても、知らないって言った。……でも、それは嘘だよな?」
俺はミルラの目を見てそう言った。明らかにミルラは目を逸らしている。
『な、な、何言うねん!知らんもんは知らんって!』
「しらばっくれてもダメだ。お前のその態度が、自分は知ってるって言ってるようなもんだ。お願いだから、本当のこと教えてくれよ」
「え? なに? ミルラ、嘘ついてんの? ダメだよ嘘ついちゃ。私からもお願い。本当のこと言って」
レイもこちらに乗っかってきてくれた。さすがに女の子に言われたらエロドラゴンは白状するかな。
『知らんって!勘弁してくれ!いくらレイちゃんの頼みでも、知らんもんは知らんねん!』
なかなか手強いな。そんなに言いたくないことなのか?
なぜだろう。
「わかったよ。無理には聞かないよ。お前にはお前の都合があるんだろうしな」
そう言って、俺はポケットの中から竜虜香の入った小瓶を取り出した。
「これ、せっかくもらってきたんだけど、じゃあもう使わなくてもいいよな」
ミルラは俺が取り出した小瓶を見つけると、明らかに表情が変わった。
『あんちゃん!そ、それ!!ひょっとして、竜虜香か?』
「ああ、そうだよ。ドラゴンが大好きなお香だって聞いて、もらってきたんだけど」
『むほー!!竜虜香!!嗅がせてくれ!それ!久しぶりやねん!早く!はやく!』
ミルラが大興奮して、俺が持っている小瓶に飛びついてきた。俺はヒョイっとそれを避けて、小瓶をもう片方の手に持ち替えた。
「いや、だってさ。こういうのって、信頼関係だろ? お前が隠し事するってんなら、これはあげるわけにはいかないよ」
少し言い方が意地悪かったかな。
『むは!むは!いやん!いやん!焦らさないで!はやく!嗅がせて!なんでも!知ってること言うから!!』
言ったな。確かに今何でも言うって言った。
俺は、にっこり笑って小瓶の蓋を開け、ミルラの鼻元に持っていった。
『にょほほほほほほほほほほ!!!!ええ香りやああああ!!!!!むほほーーーー』
想像以上のメロメロっぷりだった。ちょっと引いちゃうくらい。本当にドラゴンはこの匂いが大好きなんだな。
「ねえ、シグマ。それは?」
「あぁ、ドラゴンテイマーのケルコフさん達からもらってきた。ドラゴンがメロメロになるっていう竜虜香っていうお香なんだ」
「あ、話は聞いたことある!それって、こんなにすごい効き目なのね」
「うん、正直驚いてる」
俺たちの目の前でミルラが床にゴロゴロ転がり、にょほにょほ言いながら何度も何度も匂いを嗅いでいる。
「なあ、ミルラ。約束は守ってくれよ? 何でも知ってること、教えてくれよな」
『にょほほほほ!!にょほほほほ!!』
ああ、ダメだこりゃ。嗅いでる間は使い物にならねえな、こいつは。
俺は、小瓶を取り上げると、キュッと蓋を閉めた。
『あああああ!!!!あんちゃぁぁぁぁん!もう終わりですか? もう終わりなのですか?』
ミルラが涙目になっている。面白いな、これ。
「いや、あとでいくらでも嗅がせてやるから。先に約束守ってくれよ」
『あ、あぁぁ、そうか。そうやな。仕方ない。わかった。しゃべるわ。何でも聞いてくれ』
「よかった。本当に言いたくないことは言わなくていいからな」
よし。改めてミルラに質問しよう。小瓶を脇のテーブルに置いて、俺はミルラの方に向き直った。
ミルラは明らかに小瓶の方を向いている。まあ、いいか。
「さて。まずは、あの不気味な音についてだな。あの音は何なんだ?」
『あぁ、あれはな。……古龍の呻き声や』
「古龍?!」
『ああ、そうや。あの火山地帯の最奥部にはな、洞窟があって、その中に古龍がいてるんや』
「え、古龍って何? 古いドラゴンってこと?」
『古龍っちゅうのはな、何千年も生きている、まあ、言うてしまえばお年寄りのドラゴンや』
「……お年寄りって。いや、まあそうか。ミルラみたいな若いドラゴンからしたら、お年寄りなのか」
「え? なに? なに? あの変な音は、お年寄りのドラゴンの声だって?」
「ああ、そうらしい」
『古龍自体は、そうそう何体も存在するもんやない。今現在、世界に数体しかおらんのと違うかな。そのうちの一体が火山地帯の最奥にいてるんや』
「へえ、そうなんだ。古龍は世界に数体しかいないんだって」
「ふうーん」
『火山の最奥にいる古龍はな、古炎龍アグニクス、ちゅう名前でな。……あのー、そのー……ワイの、お母ちゃんや』
「え!!そうなの!!」
「なになになに?」
「火山にいる古龍は、ミルラのお母さんだって」
「えええ!!ほんとに!すごいね!」
ミルラの話によると、この世界にいるドラゴンたちの中でも古龍の眷属というのは特別な種族らしく、特に知能も高い限られたドラゴンなんだそうだ。ってことは、ミルラも炎龍っていうことになるのかな。
古龍同士は互いのその強大な力をバランスよく分散させるため、世界各地に散らばっていて、お互いに干渉はしないらしい。
あと、ドラゴンは単体で卵を産むそうで、ミルラにはお父さんはいないんだそうだ。
『火山の魔物たちも、近くに古龍がおるのを知っていて、その加護のもとで生きているということを理解してるんや』
「なるほどな」
『ただ、奥地でおとなしくしている筈の古龍が、ウンウン呻き始めた。そりゃあ、近くに住んどる魔物は気が気じゃないわな。だから、焦ってしもてワタワタ移動したり、火山から出て行ってしもうたり、混乱しとるんやと思うで。多分な』
「なるほど、そういうことだったのか!……え、じゃあなんで古龍であるお母さんがあんな呻き声を出してるのかはわかる?」
『それはわからん。ワイも久しぶりに火山に入ったからな。お母ちゃんがあんな声出してるなんて知らんかったし。なんでやろな』
「そっか、わかんないか」
「ねえ、ミルラ!お母さんが心配じゃないの?」
『う、うーん。実はな……。ワイ、お母ちゃんと喧嘩別れしてるんや。だから……その……』
「喧嘩してるんだってさ、お母さんと」
「え、何言ってんのよ!あれは絶対なんか苦しんでる声だよ? 喧嘩してるとか、そんなの関係ないじゃん!助けに行こうよ!」
『う、うーん』
「お母さんに何かあってからじゃ遅いんだよ!取り返しがつかないような事だったらどうすんの!」
『う、うーん、でも……』
「もう!バカミルラ!そんなに意地張るんなら、もうこの竜虜香もあげないからね!ぎゅーってハグもしてあげない!」
『えぇぇぇぇ。レイちゃん、そんな殺生なー』
レイが一度こう言い出したら一直線タイプだっていうのは理解してるつもりだ。ミルラ、ここはもう従うしかないと思うぞ。
「まあ、とにかくミルラ。いろいろ教えてくれてありがとうな。ちょっと言い辛い事まで言ってくれて感謝してる。おかげでなんとかなりそうな気がするよ。俺たちは、その最奥部まで行って、古龍であるミルラのお母さんに会いにいくことになると思うけど、一緒に来るかどうかは、ミルラに任せるよ。レイも、それでいいだろ?」
「うん、……まあいいわ」
『すまんのう』
ミルラはうなだれている。
だけど、しばらくしてミルラは、決心したかのように首を持ち上げてこう言った。
『あんちゃん、……やっぱりワイも行くわ。最奥部までの道のりは、ワイの案内がないと、多分無理や。あんちゃんらだけやとたどり着かれへんと思うわ』
「え、そんなにわかりにくい場所なの?」
『ああ、火山地帯は先に進めば進むほど、迷路みたいになっとるからな』
「レイ、ミルラが道案内してくれるってさ」
「え、ほんと? ありがとね。ミルラ」
レイがミルラに頬ずりして、竜虜香を渡す。
『にょほほほほほ!』
まあ、とにかく光が見えてきたな。全く糸口が掴めなかった今回の問題も、なんとかなりそうな気がしてきた。




