03 髪の色の話
「君は、精霊は知っているかい?」
「精霊? いえ、よくわかりません」
「……ふむ。我々この大陸に住む者の常識ではね。髪の色というのは、精霊の加護をあらわしているんだ」
おぉー精霊。なんだかファンタジーな話になってきたぞ。
「つまり、こういうことだ。我々は生まれながらにして、精霊の加護を得ている。精霊とは万物に宿るあらゆるエネルギーの根源となる存在で、火、水、風、土、雷などの精霊がいる。人は皆、そのいずれかの加護を得て生まれてくるっていう感じだな」
「なるほど、そうなんですね」
「ああ。そしてどの精霊の加護を得ているかによって様々な色の髪になる。私たち森の民は、風の精霊の加護を得ている者が多いから、髪の色は緑が多いんだ。風の精霊の加護を得ているということは、風の魔法が得意、ということにもなる」
「魔法!そこにもつながってるんですね」
「ちなみに、火の精霊の加護を得ている者は赤、同様に水は青、土は茶色、雷は黄色という具合だ」
ほえー!なんてわかりやすいんだ。ってことは、もし俺が天然の茶髪だったら土の精霊の加護を受けてる事になってたって訳か?
「まれに、2つや3つの加護を得て生まれてくる者もいるが、そんな場合は、髪の一部が色が違ったりしているな」
そう言って、ダズワルドさんは後ろを振り向く。その後頭部の一部分に、緑に混じって黄色のメッシュが入っていた。
「あ!黄色!」
「うむ。私は生まれながらにして、風と、雷の加護を得ているんだ。まあ、雷はほんの一部分だから、それほど雷魔法は得意ではないがな」
「なるほどー」
「あとはまあ、色の濃さによって素質の大小があったりするのだがな」
確かに、ダズワルドさんとリィサさんでは、同じ緑でも色の濃さというか明るさというか、違いがある。
リィサさんは明るいエメラルドグリーンなのだが、ダズワルドさんはビリジアンに近い濃い緑だ。
「ということは、ダズワルドさんの方がリィサさんよりも風魔法が得意なのですか?」
「ええ!もちろんそうよ!私なんか足元にも及ばないくらい、ダズワルドさんは魔法の天才なの!」
リィサさんはさも当然だと言わんばかりにそう言った。そりゃそうか、この集落の長だもんな。
「それでだ」
ダズワルドさんは椅子に座り直すと、俺の方を見て、というか俺の髪をじっと見てこう言った。
「私も、長いこと生きてきた。さらにはこのフォーレンの森の民の代表者として、さまざまな民族の者たちとも交流があるが、君のような黒い髪の者は見たことがない。初めて見たよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、黒い髪の人間が存在するなんて知らなかった」
ええー。珍しいだけだと思ってたのに、そもそも黒い髪の人がいない世界だったんだー。
これはちょっとまずいなあ。周りから奇異の目で見られるのはちょっと嫌だ。
「黒い髪っていうのは何を表しているんでしょうか?」
リィサさんがダズワルドさんに尋ねる。
「ふむ。黒い髪の意味するところか。なんだろうな。……全く精霊の加護がない、魔法が使えないということなのか…」
ええ、ダズワルドさん、その予測当たってると思いますよ。だって、俺、魔法なんて使えないもん。
「あるいは……染料なんかでは、様々な色を混ぜると黒に近づく、ということを考えると……」
少し間を開けてダズワルドさんは言った。
「すべての色が混じり合って、黒い。つまり、すべての魔法が使えるということか」
「……え? いやいやいや、ダズワルドさん。それはないと思いますよ。僕、魔法なんて使えませんから!」
俺は、「すべての魔法が使える」と言われて、慌てて否定した。
そんなはずはない。
だって俺は、魔法なんて夢物語なバリバリ科学世界の人間だし、そもそもどうやって魔法を使うのか知らない。
この黒髪も、そんな意味を持たせていろいろ言ってくるけど、日本人はだいたい黒髪だからな。
だから、もしこの世界での常識にあてはめて考えるのだとしたら、ダズワルドさんの言った前者、つまり魔法の素質がないという意味に違いないと、ちょっと確信してる。
「うむ。これはあくまで可能性の話だ。君はまだ若い。これから如何様にも成長できると思うぞ」
ダズワルドさんはまた、ニッコリ笑って俺にそう言った。
「そうよ、シグマくん。使えない、なんて決めつけることはないわ。ひょっとしたら全魔法が使えるかもしれないなんて、夢のある話じゃない」
リィサさんもキラキラした目で俺を見る。
そんな期待に満ちた目で見られても困るんだけどなあ。
いや。でも、待てよ。
俺は転生する時、ギターを持ってくることと、10歳に若返ること、それからなんかチート能力つけてくれって頼んだよな。
今のところ、俺の希望は通ってるっぽいし、ひょっとしたらひょっとするぞ。これは。
まあ今のところは確かめようがないけど、いずれどこかで魔法を学んでみたいな。
「さてと、事情はわかった。では、これからの話をしようか」
「これからの、話?」
「うむ。いずれにせよだ。このフォーレンの森の中で、君のような未成年の子供を我が集落の民が保護したという事実は変わりない。この森と共に生きている我々として、そして大人の責任として、いくら君がしっかりしてるとはいえ、無責任に放り出すというわけにはいかないな。君には行く当てがないのだろう?」
「あ、はい」
「君は、これからどうしたい?」
ダズワルドさんに問われて、俺は少し考えた。
せっかく転生したのだから、この世界をいろいろ見て回りたいという気持ちはある。
でも、まだ早い気がする。
しばらくの間はこの世界に慣れる必要があると思うのだ。幸いにも10歳の子供という若さになっているし、時間はたっぷりある。
となると、やはりこの集落にしばらくお世話になるというのが一番いいんじゃないか。
まあ、ダズワルドさんに許してもらえたらの話だけど。
「僕は、これからどうしたいのかは、わかりません。先程も言いましたが、いきなり知らない土地に来てしまったので、とにかくどうやって生きていくかを考えなければならないと思っています」
「……ふむ、そうか。君がこの先どういう人生を歩んでいくのか、それは君がおいおい決めればいい。だが、じゃあがんばってくれたまえ、さようなら、というのは少し冷たいよな。……これも何かの縁だ。この集落でしばらく暮らしてみるというのはどうだ?」
「私も同意見です。シグマくんとはまだ会って少ししか経っていませんが、いい子だと思います。行く当てがないのならうちの集落で面倒を見るのが筋だと思います。……シグマくんは、どうかしら?」
おお、どうかしらも何も、ありがたい話ですよ、リィサさん。
こんなに思い通りに話が進むもんかね。
「あ、あの!この集落でしばらく生活させていただけませんか!」
俺は立ち上がって頭を深々と下げた。
「……よーし、わかった。まかせておきなさい」
「わあ!よかったわね!シグマくん!」
「ありがとうございます!!」
この世界に来て最初に知り合った人たちが、こんなにいい人達だったなんて、俺はなんて運がいいんだろう。
俺はこの人たちとの出会いに感謝すると共に、人の優しさのありがたさを噛み締めた。
盗賊とか山賊とか、それこそチンピラみたいな連中に最初に見つかってたらと思うと、ゾッとするな。
「……と、なると……そうだな、まずは……。少し待ってなさい」
そういうとダズワルドさんは立ち上がり、扉を開けて部屋を出て行った。
しばらくして、手に緑色の布を持って戻ってきた。
「これを、しばらく頭に巻いていなさい。やはりその黒い髪は目立ってしまう。この集落にはそこまで悪い奴はいないと思うのだが、皆が慣れるまでの間は悪目立ちしない方がいいだろう。変な噂とか立てられても困るしな」
「はい、わかりました」
俺は布を受け取って、頭に巻いた。バンダナみたいでちょっとかっこいいじゃん。
「それから、住むところだが、私のこの家に住むといい」
「え!ここにですか?」
「ああ、あとでうちの妻を紹介する。実はな。この集落には孤児院というような施設はなくてな。不慮の事故や病気で親を亡くした子供たちを、一人前になるまでうちで預かってるんだ。私と妻との間には子供がいないからな。その子たちの親代わりを務めてるんだよ」
「そうなんですね」
ってことは俺も孤児の一人ってことか。なるほど。寂しくなくていいかもな。
「ここには何人くらいの子供がいるんですか?」
「今は、3人だな。その子達にもあとで紹介しよう」
「ありがとうございます!」
ダズワルドさん、いい人だな。いくらこの集落の長だからって、孤児の面倒を見るなんてなかなかできることじゃない。
こうして俺は、ダズワルドさんの家に孤児としてお世話になることになったのだ。