35 装備をそろえる
翌朝。
早く起きた俺たちは、青空亭の食堂で朝食を食べている。
ここの朝食は、決して豪華ではないが、素朴でとても美味しい。
「あれ、ミルラは食べないのか?」
目の前に積まれたパンやスープを前にしても、ミルラは見向きもしない。
『ああ、ワイらドラゴンはほとんど食事はとらんのや。気にせんでもええで』
そう言ってミルラは机の上で丸まって休んでいる。
そういうもんなのか。へえー。面白いな。
あ、わかった事がある。ミルラは人間たちが話している言葉は理解しているらしい。だから、敢えて俺がドラゴンの言葉で話さなくてもいいみたいだ。普通に人間の言葉で話しかければ答えてくれる。もちろん、ミルラにだけ話したい時はドラゴン語使うけどな。
「ミルラは、なんて?」
「ああ、ドラゴンはほとんど食事しないんだってさ」
「あ、そうなんだ!だからか!不思議だったのよ。いくらお菓子をあげようとしても、見向きもしなかったのよね」
レイが納得したようにそう言った。
こいつ、ドラゴンを餌付けしようとしてたのか?
「さあ、今日は火山の調査だ。さっさと食べちゃおうぜ」
「うん!」
俺たちは食事を終えると、簡単に準備を整えて、東地区行きの乗合馬車に乗り込んだ。
ミルラは、そこが定位置だと言わんばかりにレイの肩に乗る。ほんとに女好きだよな。
乗合馬車を降り、ライオネル亭の前まで歩いていくと、またまた入口前で待つマーロンさんと、ホイッスルさん、そして馬車が停まっているのが見えてきた。
「マーロンさん、おはようございます!」
「やあ、シグマくん、レイさんおはよう。って、レイさん!その肩のドラゴンは何!」
マーロンさんがミルラを見て驚いている。ホイッスルさんに至っては柄に手をやり警戒している様子だ。
「あ、マーロンさん!この子は!悪い魔物じゃないです!私の友達で!ミルラって言います!」
レイが慌てて説明する。そして、一応今回の調査に協力してもらうことになった経緯も。
「え? シグマくん、ドラゴンの言葉までわかっちゃうの?」
「いや、まあ、はい」
「あははは!すごいな君は!こちらの想像の上を行くなあ!」
マーロンさんは笑って納得してくれた。
「いやあ、さすがの僕も、ドラゴンと一緒に仕事するのは初めてだなあ」
『シグマのあんちゃん、このスカしたイケメンが今回の仕事の依頼主か?』
「ああ、そうだよ。宮廷魔術師のマーロンさんと、王国騎士のホイッスルさんだ。ごあいさつして」
そう言うと、ミルラは大きく一声鳴いた。
「マーロンです、よろしくミルラくん」
「で、マーロンさん。この馬車は?」
「ああ、これはこちらで用意した馬車だよ。調査する地域も遠いからね。早速行こうか、……っと思ったけれど。君たち、そんな装備で大丈夫か?」
見ると、マーロンさんもホイッスルさんも、しっかり武器を携えてるし、防御力の高そうな装備を着ている。
それに引き換え俺たち二人は、普通の普段着だし、武器もない。
「これから行く火山地帯は、魔物がウヨウヨいるんだ。ちょっとその装備じゃ心許ないな」
「あ、そうですよね、すみません」
「いやいや、こっちから協力を依頼してるんだ。それくらいはこちらで出すよ。幸い、ダスカはいい装備が揃ってる街だからね。早速買い物に行こう」
そうして俺たちは、マーロンさんたちが用意してくれた馬車に乗り込み、昨日行った南地区へ向かった。
南地区で馬車を降り、鍛冶屋や武器屋が多く立ち並んでいる大通りを歩く。
「さて、どの店がいいかなー」
マーロンさんがショーウィンドウを見ながら物色を始める。
ん? 待てよ。どうせ買ってもらえるんなら、信頼できるところで買いたいよな。
「なあ、レイ。キンベエさんって、刀鍛冶って言ってたよな。あそこの工房で武器売ってくれないかな」
「ああ、基本的に小売はしてないって言ってたけど、頼めば売ってくれるかもね」
「え、ちょっと待って。今、キンベエさんって言った?」
マーロンさんとホイッスルさんが俺たちの会話に食いついてきた。
「キンベエさんって、ひょっとしてあのキンカン兄弟のキンベエの事ですか?」
「はい、レイが知り合いなんですよ。昨日、部品製作を依頼したところです」
「なんですって!キンカン兄弟って言えば、ダスカ随一の腕を持つ幻の鍛冶屋じゃないですか!みんな仕事を依頼したくて躍起になって居場所を探してるのに、全然見つからないって評判の!」
珍しくホイッスルさんが興奮している。
「ええ、はい」
「ちょっと待ってくれよ。すごいな君たち。その……その場所に案内してもらうことはできるのかい?」
「レイは、どう思う?」
「うーん、あの二人、王都の人たちと昔いろいろあったみたいだから、あんまり会いたがらないと思うなあ」
『あんちゃん、やめといたほうがええで。キンベエもカンベエも人と会うのは苦手やねん。ミランダちゃんやから会ってくれてたみたいな所あるさかいな』
そうか、一緒に暮らしてたミルラがそう言うなら、あきらめたほうがいいか。
「マーロンさん、ホイッスルさん、ごめんなさい。やっぱり彼らの考えを尊重して、お二人を工房に案内するわけにはいきません」
「そうですか。残念です」
「いや、それは仕方がないよ。無理に居場所を突き止めようとしてたわけじゃないんだ。少し興味があっただけだよ」
マーロンさんはそう言うと、いいことを思いついたかのようにこう言った。
「じゃあ、僕たち二人は馬車の中で待ってるからさ、二人でキンカン兄弟のところに行って、装備を整えてきなよ。資金は……とりあえず、これだけ渡しておくから。足りなかったらまた言ってくれたらいい」
そう言って、お金の入った麻袋を俺に渡してくれた。
俺たち二人と一匹は、マーロンさんとホイッスルさんと別れ、昨日行ったキンカン工房に向かった。
レイはまたミランダへと姿を変え、扉を開ける。
「ごめんくださーい。また来ちゃいましたー!」
そう声をかけると、奥からカンベエさんがのそのそと歩いてきた。
ミルラはヒョイっと飛び上がり、いつもの定位置なのか、梁の上に止まって休んでいる。
「どうした、お前たち。部品ならまだできとらんぞい」
「ああ、ごめんなさい、何度も押しかけて。違うんです、今日はキンベエさんにご相談があって」
「おぉ、そうかそうか。おーい、キンベエ!ミランダちゃんとシグマくんが来とるぞ!」
そう言って奥に引っ込んだカンベエさんと入れ替わりでキンベエさんが出てきてくれた。
「キンベエさん!何度もお邪魔してごめんなさい!」
「いやいや、それは構わんのじゃが、今日はどうした?」
俺とレイは、キンベエさんに、今から魔物がウヨウヨいる火山地帯に行くこと、そのための装備が欲しいことを説明した。
「うーん、装備か。じゃあ今手持ちのもので、譲ってもいいような物をいくつか持ってこよう。ちょっと待っとれ」
そう言うとキンベエさんは一度奥に引っ込んでいった。
しばらくして奥から、キンベエさんが武器をいくつか持って帰ってきた。
それらを無造作に机の上に置く。
長剣が2本、短剣が2本、それと、槍が1本。それから刀身が少しカーブしている日本刀みたいな曲剣が1本。
「取り急ぎ、こんな所じゃ。使えそうなもんはあるかい?」
つ、使えそうなものか。正直言って、俺はない。なにしろ、こんなでっかい刃物、前世では持ってるだけで銃刀法違反で逮捕だ。使ったことがない。もちろんの事ながら、剣術・剣道の類も一切未経験だ。
て言うか、よく考えたら、俺の戦闘手段って魔法なんだよな。無理して武器を携帯しなくてもいい気がする。それよりもちょっと良い防具が欲しいところだ。
「レイは、どうする?」
レイは、机に並べられた武器類を1つ1つ手にとって見ていた。彼女は一通りの戦闘訓練を受けているらしいので、どれでも扱えるのかもしれない。
「これ、この刀にする」
あ、それはやっぱり刀なんだな。こっちでは日本刀とは言わないだろうけど、刀というものは存在してるんだ。
「おぉ、ミランダちゃん。良いところに目をつけたな。それは儂の自信作じゃぞ。特によくできた一振りじゃったもんで、手元にずっと置いていたんじゃ。レアもんだぞい」
「わあ、やった!すごい!」
「え、そんな貴重なもの、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。いつまでも儂が持っていても仕方がない。使ってもらわなくては、道具も可哀想じゃ」
なるほど。そういうことなら。
「じゃあ、俺はこの短剣にします」
短剣なら、護身用にも使えるし。多分使う機会はないだろうけど、持っているだけで安心だしな。
「よしよし、それも相当の業物じゃぞ。じゃあ後は防具じゃな。しかし、すまんが儂は刀鍛冶じゃ。防具は大通りで買うと良い」
「はい、ありがとうございます!これだけで十分です。で、お代なんですけど……」
俺がそう言って、お金の入った麻袋を取り出すと、キンベエさんはその中から銀貨を2枚だけ取り出して、ニッコリ笑った。
「これだけ貰っとこう。お前さんは部品製作の仕事もくれたしな」
「ええ!キンベエさん!それはいくら何でも安すぎよ!」
レイがもうちょっとお金を渡そうとするが、キンベエさんは受け取らない。そういうところは頑固な職人さん気質だな。
「いいんじゃよ、ミランダちゃん。儂らは久しぶりにお前さんに会えてうれしいんじゃ。どうか儂の作った武器を大事に使っておくれ」
レイは、キンベエさんに抱きついて泣いている。
「あ、ありがどおおお……ぎんべえざぁぁぁん」
久しぶりにレイの泣き虫が炸裂している。でも、本当にありがたい話だ。
こんな立派な武器が手に入ったのも、レイのおかげだな。
「キンベエさん、ありがとうございます!大切に使わせていただきます!」
「おぉ、おぉ。まあしかし、刃物っていうのはメンテナンスも大事じゃ。たまに、ここに持ってくると良い」
「はい!わかりました!ありがとうございました!……ミルラ!行くよ」
俺たちは、何度もキンベエさんにお礼を言い、カンベエさんにも声をかけてキンカン工房を後にした。




