33 鍛冶屋の兄弟
マーロンさんは取り出した魔導書を開くと、こう続けた。
「これにはね、どんな劣悪な環境のなかでも普段通り行動できるようになる、すっごく便利な魔法が解説されているんだ」
「え、すごい!」
「ああ、すごいんだ。……ただね、使われている古代文字がまた独特な様式でね。他の古文書と照らし合わせても、どうも解読できない。どうやら、少し暗号が含まれているみたいなんだよ……」
そう言った後、マーロンさんは俺の顔をじっと見つめた。
「……」
「……」
「ん? マーロンさん? どうしました?」
「あ、いや、あははは。いやいや、なんでもない。あははは、そうか、なるほど」
「……?」
どうしたんだ? なんか変だな、マーロンさん。
「シグマくん、そこで君にお願いなんだ。この魔導書の中でどうしても読めない数カ所を、君に読んで欲しいんだよ」
「……え? シグマ、そんなことできるの?」
「あ、まあ、多分な。読めると思う」
そうか、レイは俺が『自動翻訳』でどんな文字でも読めるということを知らないんだったな。
「なんでかはわからないんだけど、読めちゃうんだよね」
「へえ!シグマ、すごい!」
レイは、素直に感心してくれた。彼女は、なんで俺がそんなことできるのか、全く疑問に思わないみたいだ。もしかしたら、自分が特殊な能力を持って生まれてきたせいなのかもしれない。特殊な能力を持つ人に対して抵抗がないんだろうな。
「申し訳ない、早速なんだが、ここと……」
そう言ってマーロンさんは、魔導書のページをめくり、数カ所を指差しはじめた。
「えーっと、そこは『森羅万象の理』です。……あと、それは『光に覆われし天地の法』ですかね。あとは……」
俺は、指定されたところを次々と読みはじめた。俺からすると、普通の文字に見えるからな。造作ないことだ。
「なるほど。なるほど……ふむふむ。そうか、そう繋がるのか!」
マーロンさんは俺が読んだ言葉を聞いて、何やら必死にメモを取っている。そして、その表情はどんどんと明るくなっていく。
「ありがとう!シグマくん!やっぱり思った通りだ!君はすごいな!これで大丈夫だ。〈全適応〉の魔法は完成させられる!」
「お役に立てて俺もうれしいです。じゃあ引き続き、調査がんばってくださいね。俺たちはこれで失礼します」
俺たちはそう言って、マーロンさんの部屋を出ようとした。
「ちょちょちょ、ちょーっと待って。何言ってるんだい。協力してくれるって言ったじゃないか!君たちはもう調査隊の一員なんだよ?」
「「え?」」
俺とレイは顔を見合わす。あれ? 協力ってこれだけじゃないんだ。
「頼むよー、シグマくん。そんな冷たいこと言わないで、火山地帯の中の調査も付き合ってよ」
マーロンさんが俺たちをすがるような目で見てきた。ああ、ホイッスルさんと二人っきりだと不安なのかな。
「ねえ、お願いだからさ。もし、今回の調査がうまくいったら、それ相応の謝礼も出すし、レイさんの監視もワンランク緩くするよ?」
「え、ほんとに!」
先にレイが食いついた。
まあ、いいか。マーロンさんにはいろいろと世話になってるしな。あと、それとは別に俺個人的にも火山地帯の異変は気になるし。
「わかりましたよ。マーロンさん。協力します。ただ、ちょっと用事があるんで、火山地帯に入るのは明後日にしてもらえませんか?」
先に鍛冶屋さんに部品を発注しておきたいんだよな。
「ああ、ありがとう。それは全然かまわないよ。僕のほうも、この魔法の最終調整をしておく時間が必要だからね。じゃあ、明後日の朝、ここにまた来てくれるかい?」
「わかりました」
俺たちは明後日の再会を約束して、ライオネル亭を後にしたのだった。
次の日。
レイが知っているという腕のいい鍛冶屋さんに案内してもらう日だ。
そこは、南地区にあるということだったので、早速乗合馬車を利用してみた。
南地区で乗合馬車を降り、大通りを歩き出す。そこは、鍛冶屋の工房がたくさん立ち並んでいた。どうやらこの辺りは鍛冶屋が多く住んでいるエリアみたいだ。
大通りの左右に立ち並ぶ立派な工房を無視し、レイはどんどんと進んでいく。あれ? この辺の鍛冶屋じゃないのかな。
「レイ? 目的の鍛冶屋さんはこのあたりじゃないのか?」
「うん、もうちょっと先。あ、こっちよ」
そういうと、レイは言われなきゃ気づかないぐらいの細い脇道に入っていった。
「え、ここに入るの?」
レイは細い路地をクネクネと右折左折を繰り返して進んでいく。
大丈夫か? こんな裏路地みたいなところに、本当に腕のいい鍛冶屋さんいるの?
すると、しばらく進んだ先で、レイは突然立ち止まった。
「お、どうした、着いたのか?」
「ううん、もうちょっと先なんだけど。ちょっと準備する」
「準備?」
「うん、ちょっと待ってね」
そういうと、レイは目を閉じて集中しはじめる。
お? 「反転」するのか? そう思った瞬間、レイの体はスゥーっと大きくなって大人の女性、いわゆる「レイダ」の姿になった。そして、最後に髪の毛の色が赤髪に緑のメッシュから緑髪に赤色のメッシュに変わる。これはいわゆる「ミック」のカラーリングだな。
しかし、久しぶりに大人の姿を見たけれど、なんか色っぽいな。目のやり場に困る。
「はい、お待たせ」
「お、おう。……えーっと、その姿で仕事してたんだな、ここでは」
「そうそう。この姿じゃないと、わかってもらえないと思うから。一応、名前も「ミランダ」っていうことでよろしく……って、あれ? シグマ、なんか赤くなってない?」
「は? なに言ってんの? は?」
うわー、我ながらなんてわかりやすい動揺をしてるんだろう、俺。
「じゃあ、さっさと行くぞ!」
「はーい。そこを左ね」
言われた路地を左に曲がると、そこには質素な小さな建物があった。看板も出ていない。
「ここよ」
そう言って、レイが扉を開ける。中は薄暗く、奥の方から金属と金属がぶつかり合うような、カン!カン!という高い音が聞こえてくる。
「ごめんくださーい」
レイがそう声をかけると、音が止み、一人の年老いた竜人が奥から出てきた。
「はいはい、どなたかな。お、おや? ……もしかして、ミランダちゃんか? 久しぶりじゃなあ」
「キンベエさん!ごぶさた!元気にしてた?」
「おお、おお、儂は元気じゃよ。おおーい、カンベエ!ミランダちゃんが久しぶりに遊びに来てくれたぞ!」
キンベエさんと呼ばれた竜人が奥に向かって声をかけると、もう一人の年老いた竜人がのそのそと奥からやってきた。二人はそっくりだ。
「おおお!ミランダちゃん!突然顔を出さなくなったから、心配してたんじゃよ。元気そうじゃな」
「カンベエさんも!元気そうだね!あの時はごめんね、急にダスカを出ることになって、別れの挨拶もなしにいなくなっちゃって」
レイは、二人の年老いた竜人と手を取り合って再会を喜び合っていた。
俺は、その光景を眺めながら、レイの言っていた友達ってずいぶん年が離れてるんだなあ、と思っていた。
「あ、今回はね、二人にお仕事お願いしに来たの。いいかな?」
「おお、おお、ミランダちゃんの紹介なら、お安い御用じゃ」
「こちら、私の友達のシグマっていうんだけど」
「あ、はじめまして。フォーレンの森から来ました、シグマと言います」
俺は、竜人のお二人にペコっと頭を下げる。
「キンベエさんとカンベエさんはねえ、ダスカで1番の腕前をもつ鍛冶屋兄弟なのよ。こんな路地裏に工房を構えてるのも、余計な依頼を断るのが大変だから、敢えてそうしてるの」
あ、そういうことか。ひっそりと構えてないと、依頼が殺到してしまうほどの腕前なんだな。
「いやいやいや、ミランダちゃん、大袈裟じゃよ、単に儂らが人付き合いが苦手なだけじゃ」
「そうじゃよ、まあでも儂らに作れない物はないがな。とにかくシグマくんと言ったかな、キンカン工房へようこそ」
謙遜はしているが、自信に満ち溢れている。この二人は本当にすごい職人なんだろう。
「じゃあ、早速ご説明させてもらってもいいですか?」
俺は、懐からイサクさんが書いてくれた図面と、ギターから外して持ってきた部品のサンプル、それから弦のサンプルを取り出し、二人に説明を始めた。
どうやら兄のキンベエさんは刀鍛冶が専門、弟のカンベエさんが金属加工専門みたいだ。なので、主にカンベエさんに詳しく説明する。
「素材の方はお任せしますが、なるべく丈夫な金属でお願いします」
「いやあ、しかしこの部品はよくできてるな。こんな細かい加工、よほどの腕がないとできんぞ。特にこの弦はすごい。お前さんの故郷にはすごい職人がいるんじゃな。これらが楽器の部品だって?」
カンベエさんが感心している。
「はい。……難しそうですか?」
「む、舐めてもらっちゃ困るな。儂なら造作もないわい。まあ、ダスカ中探してもこれが再現できるのは、儂くらいのもんじゃろうけどな」
おお、カンベエさん、かっこいいっす。
「それで、お代のほうなんですが、これで足りますか?」
俺は、ダズワルドさんから預かってきた代金をお二人に見せる。
「おぉ、おぉ、おぉ、こんな大金いらんわい。この半分で十分じゃ」
「え、本当ですか?」
「ああ、ミランダちゃんの紹介じゃしな。特別価格じゃ」
ありがたい!レイのおかげだ!
レイにお礼を言おうとして振り返ると、彼女はキョロキョロあたりを見回して、何かを探しているようだった。
「ん? レ……ミランダ。何か探してるのか?」
「あ、うん。キンベエさん、カンベエさん、ミルラはどこにいるの?」
「ああ、ミルラなら隣の部屋にいるぞ」
キンベエさんが答える。
ミルラ?
「え? ミルラって?」
「ああ、私の会いたかった友達の名前よ」
あ、友達ってこのご老人兄弟じゃなかったんだ!勘違いしてた!
「シグマにも紹介したいから、ちょっと一緒に来て」
「お、おう」
俺は、レイに連れられて一緒に隣の部屋に入った。
「あれ? 誰もいないぞ」
その部屋はがらんとしていた。奥に立派なドラゴンの彫像が飾ってあるだけで、人の姿がない。
「お、おい。レ……ミランダ。誰もいな……」
そこまでいった瞬間。奥に飾ってあったドラゴンの彫像の目がキラッと光ったような気がした。
そして。
バサッ!と翼を広げるやいなや、レイに方に向かって一直線に飛んできた。
俺が彫像だと思っていたのは、小さな本物のドラゴンだったのだ。
『ミランダちゅあーーーーん!!会いたかったでーーーーー!!!』
は?




