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29 黒い影

 行商キャラバンに乗せてもらい、フォーレンの森からダスカに向かって出発してから、1週間ほどが経った。


 森を抜けてからは、湿地帯を通ったり、何もない草原をひたすら走ったり。

 いくつかの田舎町に立ち寄ったりして、順調に進んでいるように思えた。


 レンベルト商会の皆さんの商魂は逞しく、立ち寄った先々の町でも商売をしていた。逆にその田舎町の人たちも、このキャラバンが来るのを楽しみにしているようだった。


 俺とレイは、その都度キャラバンの皆さんのお手伝いをしながら、楽しく旅をさせてもらっていた。


「だいぶダスカに近づいて来たッスねえ。あと3日くらいで着くッスよ」


 ピピンさんと俺たち2人は、束の間の休息をとりながら、流れていく外の景色を一緒に眺めていた。


「そういえば、ちょっと景色が変わってきましたよね」


 俺は、外を流れる景色が様変わりし、ゴツゴツとした岩が多く見られるようになってきたことをピピンさんに言った。


「そうだね。ニルダスカ山脈に近づくと、大きな木はほとんど無くなるんッスよ。火山の影響ッスかねえ」


「へえー、そうなんですね」


「だから、ダスカでは木材がよく売れるんッスよ!」


 確かに緑の割合が減ってきている気がする。

 今日はあんまり天気も良くなくて、曇り空だから余計になんだか寂しい景色に見えた。


「ねえ、今日、雨降るのかなあ」


 レイがそう言った。


「ん? わからないけど、なんで?」


「だってほら、あんなに黒い雲があるよ」


 レイが遠くの空を指さした。その先は、確かに空の一部が真っ黒になっている。


 不自然なほどに。


 ……ちょっと待て。


 あれは雨雲の黒さじゃないぞ。


「ピピンさん、あれ!なんでしょうか?」


 ピピンさんは俺たちが指さした方向を見て、一気に顔をこわばらせた。


「なんッスか、あれ。……ちょ、ちょっとバーソロンさんに報告してくるッス」


 そう言うと、ピピンさんは急いでバーソロンさんの部屋に入っていった。かと思った次の瞬間、大きな音を立ててバーソロンさんの部屋の扉が開き、二人が飛び出して来た。


「ピピン、お前は残りの連中に集合をかけろ。俺はテイマーたちに緊急停止させるように言ってくる!」


「了解っす!」


 そんな短い会話を交わした後、二人は前方と後方へ走り出した。


 何があったんだ? あの黒い影は一体なんなんだろう?

 俺とレイは顔を見合わせて、首を傾げた。

 だが、あの二人の慌てっぷりからして、なんかヤバい状況なのはわかったつもりだ。俺はもう一度、空に浮かぶ黒い影の方を見た。


 よく見るとそれは、微かにちょとずつ大きくなってきているのがわかる。そしてちょっとずつ大きくなるにつれ、それが小さな黒い点の集合体に見えてきた。


 !!……あれって、ひょっとして。


「レイ、あれって何かの大群じゃないか?」


「大群? 鳥とか? 虫とか?」


「いや、わからないけど。何かがこう、集まって飛んでるように見えるんだよ」


「うーん、まだよく見えないね」


 レイが目を細めて遠くのそれを見ている。俺も、なんとかその正体を見極めようと、一緒に目を細めて見ていた。

 すると突然、ギィィィィーガタン!と大きな音を立ててキャラバンが急停車した。

 俺たちは、慣性で倒れそうになった体をお互いに支えあって、なんとか倒れずにすんだ。と、同時に、前方からバーソロンさんとテイマーの二人、後方からピピンさんたち4人が集まってきた。

 全員が揃っているのを確認したバーソロンさんは、険しい顔でこう告げた。


「みんな、あれを見てくれ」


 全員がバーソロンさんが指さした方向を見る。その間にも徐々に大きくなってきている黒い影の方向だ。


「おお、なんだありゃあ」


 マイラーさんの不思議そうな声に応えるようにバーソロンさんが言った。


「あれは、おそらく何らかの魔物の群れだ」


「魔物!?」


 そこにいる全員が一様に驚いた表情を見せる。魔物? しかも群れだって?


「ちょっと待ってくれよ、バーソロンの旦那。あれがもし、群れだって言うんなら、ものすごい数だぜ?」


 ジュストさんが言う。その通りだ。今は1つ1つが黒い点にしか見えないが、それが集まってあんなに黒い塊になってる。かなりの数だ。それが魔物だとすると……。


「これはいけませんね。しかも、だんだん大きくなってきています。かなりのスピードでこっちに向かってますね」


「ああ、そうだ。おそらくこのキャラバンの上空を通過するだろう。何とかやり過ごせればいいが」


 確かに空に見えているので、それらは飛行している。もしこの近辺を通過していくとして、キャラバンに向かって来さえしなけれな問題はないはずだ。


「一応、停止させてケルコフ、ドルコフも含め、車内に避難しておこう。そして、通り過ぎるのを待つしかねえ。手分けして木戸も閉めるんだ」


 バーソロンさんの号令で、皆が一斉に手分けして、窓という窓の木戸を閉めに向かった。

 一通り木戸を閉め終わると、車内は真っ暗になった。レニエさんがランプをつけると、またみんな一箇所に集合し、少しだけ開けた一箇所の窓から、群れの動向を確認した。


 黒く見えていた影はどんどん大きくなり、1つ1つの点もその形がわかるぐらいに近づいてきていた。


「……ありゃあ、グルルじゃねえか……」


 グルルと呼ばれたその魔物は、翼の生えた小鬼のような魔物だった。全身は黒く、コウモリのような翼で空を飛んでいる。体は人型に近いが、それほど大型ではない。ちょうど、子供くらいのサイズだ。


 グルルの群れが近づいてくるにつれ、ギャアギャアと鳴くその声がうるさいくらいに聞こえてきた。しかし、すごい数だ。


「だとすると、変だな。グルルっていやあ、火山地帯に棲息している魔物だぞ。何だってあんな大群がこんな所を飛んでいるんだ」


 バーソロンさんが不思議そうにつぶやく。


「ああ、外で休ませてるダロンゴン達、大丈夫かなあ」


 ドラゴンテイマーのケルコフさんが心配そうにそう言った。確かにドラゴンであるダロンゴンは強いので、魔物とはいえ小さなグルルごときに遅れをとるわけではない。だが、数が数だけに心配なんだろう。


「ああ、グルルたちがこっちに向かって降りてこなきゃいいけどな」


 ドルコフさんも祈るようにそう言う。


「いよいよ来ますよ」


 レニエさんがそう言った瞬間。黒い影が空を埋め尽くした。

 ギャアギャアギャアと鳴きわめく声が耳を擘く。と同時に、ゴンッ!ゴンッ!っと車両に体当たりするような衝撃がきた。


「やばいな。何匹か、攻撃してきやがった」


 バーソロンさんが苦々しくそう言う。すると、バリッ!バリッ!っと外の壁をめくろうとするような爪音も聞こえてきた。


「やばいッスよ!」


 ピピンさんが叫ぶ。


「商品がやられちまう!やべえ!」


 ジュストさんも後方車両の方を確認して報告してきた。


「ちくしょう!だが今外に出るのは自殺行為だ!少し待て!」


 そうしている最中も、バリッ!バリッ!っという爪音と、ギャアギャアというグルルの鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。

 前方からはダロンゴンの抵抗する声が聞こえてきた。


「群れ自体は通過していくはずだ。行き過ぎるまで待て!」


 バーソロンさんが皆を制し、木戸の隙間からまた外を確認する。すると、めざといグルルがその隙間から爪を差し込んできた。


「おっと!」


 バーソロンさんが慌てて木戸を閉める。

 数分経った頃、空を覆っていた大群の鳴き声が遠くなっていくのを感じた。だが、数十匹がまだ車両の周りにまとわりついているのがわかる。


「群れは行ったみたいだが、まだ何匹か周りにいやがるな。よし、出るぞ。お前ら、準備しろ」


 その声と同時にテイマーの二人はダロンゴンの元へ向かう。ピピンさんたちはそれぞれ武器を携えた。


「シグマ、レイ、お前たちはここを動くんじゃないぞ」


 バーソロンさんが俺たちにそう言ってきた。いやいや、ちょっと待ってよ。俺たちだって戦いますって。


「バーソロンさん、待ってください。俺たちも出ます。こう見えて俺たち、まあまあ強いですから」


「バカ言うな。子供にそんな危険なことさせられるか。いいからここでじっとしてろ!」


 まあ、そうなるよな。バーソロンさんは俺たちの事知らないしな。ここは大人しくしておくか。


「よし、じゃあ行くぞ!」


「うわああああああ!!!!」


 前方から、ケルコフさんたちの悲鳴が聞こえてきた。

 みんなで急いで駆けつけると、ちょうど御者席に出る扉のところで、ケルコフさんとドルコフさんがグルルに邪魔されて、ダロンゴンの元へ行けずにいた。


「少しどいてろ!」


 バーソロンさんがドルコフさんの前に出て、扉の外で爪を振り回しているグルルに向かって大剣を振るう。

 だが、いかんせん足場が狭い為か、グルルに攻撃が当たらない。他のみんなも加勢したいのだが、扉が狭く前に出られない。

 数匹のグルルがそんな俺たちを嘲笑うかのように周りをぐるぐる飛んでいる。


「くっそー!こいつらチョロチョロと!」


 その先に、ダロンゴンたちが血まみれでぐったりしている姿が見えた。


 なんてこった。俺たちを運ぶために毎日毎日一生懸命走り続けてくれているダロンゴンたちが、あんな姿に。


 これは、ちょっと許せねえな。

 俺はこっそりレイに耳打ちする。


「…レイ。行くぞ。俺が道を開けるから、お前は急いでダロンゴンの回復、たのむ」


「…オーライ」


 レイがウィンクして答えた。


 さて、毎日の訓練の成果がどこまで発揮できるか。


 俺はバンダナを外すと、ピピンさんにこう言った。


「ピピンさん、すみません。ここは俺たちが道を開けます」


「え?」


 ピピンさんの返事を待たずに、俺はみんなの足元をスルスルと走り抜け、扉の外に出る。こういう時、子供の身軽さは役に立つ。


 そして。




 扉の外に出たときには、俺は複数の魔法陣を空中に描き終わっていた。

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