28 キャラバン出発
ダスカに向けて出発する日がやってきた。
前日から行商キャラバンがいる広場には、いつものごとく多くの資材や商品が積まれ、集落の商人たちが集まって商談に勤しんでいる。
そして俺たち家族も勢揃いでその広場にやって来ていた。
「やあ、シグマくん!ダスカに行くんですってね!何か面白いことがあったら教えてくださいね」
久しぶりに会うリドリー先生が、俺に声をかけてきた。毎回先生はキャラバンに新しい本を探しにやってきているのだ。
「はい、先生。向こうでマーロンさんに会う予定ですけど、何か伝えることはありますか?」
「私が天才魔術師に? 特にありませんよ」
相変わらずだなあ、リドリー先生は。
忙しそうに働いていたピピンさんが、こちらへやって来た。
「そろそろ取引も終わる頃ですし、もうちょっとしたら出発するっスよー」
「わかりました!」
長期にわたって集落を離れるので、必然的に荷物は大きくなった。
主に衣類なんだけど結構な大きさの麻袋に詰め込んである。
そんな、大きな荷物を、俺と、……レイは背負った。
「じゃあ、ダズワルドさん。アンナさん。行って来ます」
「ああ、気をつけてな」
「無茶はするんじゃないよ、二人とも」
さて、俺とレイはどんな裏技を使ったのか。
簡単な話だ。
あの翌日。朝一番に王都へ帰る直前のシェイナさんを捕まえ、マーロンさんと連絡をとってもらった。騎士の駐屯所には通信器があるので、それを使わせてもらったのだ。
俺は、マーロンさんに事情を話し、レイもダスカに連れて行きたいとお願いした。もちろんタダでとは言わない。ダスカで行っているマーロンさんの調査に全面的に協力する代わりにだ。
マーロンさんは二つ返事で了承してくれた。マーロンさんからしたら渡りに船だったのだろう。すぐにマーロンさんはダズワルドさんに俺たち「二人」に調査協力を依頼すると約束してくれた。幸い、レイの監視をしているのはマーロンさんだし、ダズワルドさんも王都の宮廷魔術師からの依頼ならばと、了承してくれたのである。あと、ついでに帰りの手配まですると約束してくれた。
「しかし、マーロン殿がダスカに滞在しているとは、いい偶然だったな。あちらに行ってからも安心だよ」
「いいかい? くれぐれも周りにご迷惑をかけないようにね。ピピン、二人のこと、よろしくね」
「任せといてくださいっス!」
ピピンさんが胸板をポンッと叩いた。
何回か会ってわかったが、ピピンさんはその口調とは裏腹に、とても頼りがいのある人だ。仕事もそつなくこなすし、商会の中での信頼も厚い。
ダズワルドさんもアンナさんも、ピピンさんだから安心して俺たちのことを任せてくれたんだと思う。
「あと、道中もし魔物に遭遇したら、逃げてくださいよ」
リドリー先生が釘を差してきた。俺はもちろんですよ、とうなずいた。
そうなのだ。ダスカに向かう途中には魔物が出現するエリアもあるらしいのだ。
俺はまだこちらの世界に来て、ちゃんとした魔物というものに遭遇していない。魔物にちゃんとしたも何もないけど。
前にリドリー先生に教わったことがある。フォーレンの森に棲息しているポグやウォルフはあくまで動物。魔物というのはまた別物らしい。動物と魔物で何が違うのかというと、一番の違いは体内に魔力を持っているかどうか。動物は魔力を持っていないが、魔物は魔力を持っているのだ。だから、魔物の中には魔法を使うやつもいるんだって。また、平均的に動物よりも知能が高く、人を襲うことも多いらしい。
それは怖いよなあ。気をつけよう。
ただ、ピピンさんの話では、行商キャラバンには魔物は滅多に寄り付かないということだ。と言うのも、魔物は知能が高いため、自分よりも明らかに強い存在には近づいてこない。行商キャラバンは、ダロンゴンという二匹のドラゴンが引っ張っているから、大丈夫なんだそうだ。やはりドラゴンは生物の中でも最強の類なのだ。
「じゃあ、乗り込むッスよ」
「カンジ、ロロ、行ってくるね」
「お二人共、お気をつけて!」
「シグマおにーちゃん!レイおねーちゃん!いってらっしゃい!」
俺たちはピピンさんに連れられてキャラバンに乗り込んだ。
さあ、いよいよ出発だ。
大きな音を立てながらキャラバンが動き出す。俺とレイは最後尾の窓から顔を出し、みんなに手を振った。
見送ってくれているみんながどんどん小さくなっていく。俺たちはみんなの姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「さて。シグマ、レイ、キャラバンのみんなに紹介するんで、ついて来てほしいッス」
ピピンさんに連れられてキャラバンの前方の居住車両に移動する。
この行商キャラバンは、ピピンさんを含めたレンベルト商会の行商人が5人、そしてダロンゴンを操縦しているドラゴンテイマーの2人、あわせて7人の人たちで構成されているらしい。
まず最初に紹介されたのは、主に調理担当のマイラーさん。赤い立派なあご髭が特徴の、やさしそうな人だ。
「おお、シグマ、レイ。よろしくな。マイラーだ。好き嫌いはよくないが、苦手な食べ物があるんだったら最初に言っておいてくれよ!」
居住スペースの一角に設けられた調理場で、野菜を切りながら俺たちに挨拶してくれた。
「マイラーさんの作る料理は最高なんッスよ! 特に肉団子は絶品ッス!」
「わあー楽しみだね!シグマ!」
「そうだな!よろしくお願いします!」
次に、在庫管理や経理を担当している、レニエさんとジュストさん。レニエさんは金髪の長身で眼鏡をかけている。ジュストさんは緑髪で小太り。レニエさんはしっかりとしてて頭の良さそうな感じ。ジュストさんはいつもニコニコしていて、商売上手なおじさんって感じだ。
「レニエです。短い付き合いだとは思いますが、よろしく」
「ジュストだ。俺っちは子供大好きなんだよ!仲良くしような!」
レニエさんとジュストさんは挨拶を済ますと、後方車両に移動していった。商品のチェックをするらしい。
そして最後に紹介されたのが、このキャラバンのリーダー、バーソロンさんだ。バーソロンさんとは実は何度か会っていて、今までにキャラバンがフォーレンの森に来た時に、ピピンさんに紹介してもらっているのだ。
「おお、シグマ。キャラバンにようこそ。それから、レイと言ったか。小さなお嬢さん、よろしくな。行商リーダーのバーソロンだ」
バーソロンさんは大柄で筋骨隆々、迫力のある人だ。年齢はおそらくダズワルドさんより少し上だろう。茶髪のロン毛を三つ編みにしているのが特徴で、そのミスマッチがなんとも言えない愛嬌を醸し出している。
「なんでも、ダスカの鍛冶屋に仕事を依頼しに行くんだって? それくらいなら、ワシらに代行を頼んでくれりゃあいくらでも引き受けたのに。……まあ、代金はいただくがな!がっはっは」
「いや、もちろんそれでもよかったんですが、どうしても自分の口で説明したかったんですよ。ちょっとややこしい部品の製作なんで」
「そうか、そうか。まあなんでもいいさ。ダスカまでは、10日ぐらいかかる。なんか困ったことがあれば、ピピンに言ってくれ。ピピン、お前のお客さんだ。ちゃんと面倒見てやれよ」
「了解ッス」
俺とレイは、バーソロンさんにペコっと一礼し、バーソロンさんの部屋を後にした。
「あと、ドラゴンテイマーのケルコフさんとドルコフさんは、今は操縦中だから次の休憩の時に紹介するッスね」
ピピンさんはそう言いながら、俺たちをひとつの個室に案内してくれた。
「ここちょっと狭いけど、二人で使って欲しいッス。普段は資材置き場にしてる所だからあんまり綺麗じゃないけど、一応ベッドも作っておいたから」
見ると、簡易的なものではあるがベッドが2つ用意されている。ありがたい。十分快適そうだ。
「ピピンさん!ありがとうございます!何から何まで!」
「いやいや、じゃあ自分は仕事があるから。なんかあったら声かけてくれな!」
そう言って、ピピンさんは後方車両に移動していった。
俺とレイは、荷物をおろしてピピンさんが用意してくれたベッドにそれぞれ腰掛けた。
キャラバンの走行中は、中にいるとさほど音も気にならない。まるで前世で言う所の、鉄道の旅、みたいな感じだ。
すると、レイが何かを思い出したかのように、フフっと笑った。
「……ん? どうした?」
「フフっ。いえね。私、バーソロンさんに何度も会ったことあるのよ。でもさっき、小さなお嬢さんって。初対面みたいに挨拶してくれたから、おかしくって」
「ああ、そうか。ピピンさん以外は、お前がミックだったって知らないもんな」
そんな話をしながら、俺たちはそれぞれベッドに横になったり、外を流れていく景色を眺めたりしていた。
……しかし。
……やることがないな。
「なあ、レイ」
「……なあに?」
「……暇だよな」
「……暇だねえ」
「……」
「……」
これは、いかんな。こんな事ではいかん。
「なあ、レイ」
「……なあに?」
「俺たちも何かお手伝いしようぜ。雑用でもなんでも」
「……え? お手伝い?」
「ああ。お世話になってるんだから、若い俺たちがこんなダラダラしてちゃダメだと思うんだよ」
「……そう、よね」
俺たちは個室を出て、ピピンさんを探した。
ピピンさんは後方車両でレニエさんと商品のチェックをしていた。
「ピピンさん!俺たち、何かお手伝いすることありませんか?」
「お、おう、なんだい、いきなり」
「なんか、ぼーっと過ごすのも嫌ですし、少しでも皆さんのお手伝いをさせて欲しいんです」
「ほほーう。それはいい心がけですね」
レニエさんがニコッと笑ってそう言ってくれた。
「しかし、お手伝いって言ってもなあ。何かあるッスか? レニエ兄貴」
「そうですねえ」
レニエさんは少し考えてからこう言った。
「まずはレイさん。あなたにはマイラーさんの調理の補助をお願いしましょうか。あなた、料理はできますか?」
「あ、はい!野菜を切ったりするくらいなら」
「上等です。じゃあ、マイラーさんのところへ、お願いします」
そう言われると、レイは調理場の方へ移動していった。家ではアンナさんの食事の準備をみんなで手伝ってたんだ。レイもある程度は料理ができる。
「あとは、シグマくんですが、この車両の後ろの方でジュストが在庫の確認をしているので、その補助を」
「わかりました」
そう言われた俺は、車両の後方で帳面と睨めっこしているジュストさんの所へ向かった。
「ジュストさーん。お手伝いすることありませんか?」
「おお、シグマっち。丁度いいや。この商品の数を数えるのを手伝って欲しいんだよ」
「わかりました!」
こうして俺たちは、行商キャラバンの皆さんのお手伝いをしながら、ダスカへの短い旅をスタートさせたのだった。




