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02 森の民の長

 リィサさんが先導し、二人で森の中を進む。


 まず驚いたのはその歩くスピードだ。

 リィサさんはさすが森の民といったところか、足場が悪いのも物ともせず進んでいく。

 背中に洗濯物が入った大きなカゴを背負っているにもかかわらず、木々の間をスルスルと抜けて、まるで平地を小走りしているくらいの速度で進んでいくのだ。

 俺も、体は若くなって、体力はあると思うのだが、ついていくのがやっとだ。

 みるみるうちにどんどん離されていく。


「……ちょ、リィサさん……ま、待って。待ってください!……はぁ、はぁ」


「あ、ごめんごめん、ちょっと速かったね」


 リィサさんは、振り返って俺のところまで戻ってきてくれた。


「……さすが、森の民ですね……」


「ごめんねえ、うっかりしてたわ。いつものペースで歩いちゃった」


 リィサさんは、ちょっと自分の頭をゲンコツで小突き、テヘッと笑った。


 うわあ、美人がやるとすんげえかわいいな、この仕草。


「いえ、すみません、情けないです」


「そんなそんな!私たちは特に慣れているだけなのよ、なにしろほとんど森から出ずに暮らしてるからね」


「あ、そうなんですか?」


「ええ」


 リィサさんは俺の歩く速度に合わせてゆっくり歩いてくれた。


「この国〈モスフェリア〉は沢山の民族が住んでいる多民族国家なんだけど、私たち森の民は他の民族とほとんど交流がなくて、自分の集落から出ずに暮らしてる人が大半なの。ただ代わりに全国を飛び回っている行商人っていうのがいてね。その人たちに自分たちの得意なものを売ったり、必要なものを買ったりして生活してるのよ」


「ここは〈モスフェリア〉っていう国なんですね」


「ええ、そうよ」


 道すがらリィサさんは、この国のことや他の民族のことなどをいろいろ教えてくれた。


 十五分ほど一緒に歩いた後、若干の登り道を経ると、少しずつ木々がひらけてきた。


「そろそろ着くわ」


 リィサさんに連れられ、最後に大きな茂みをかき分けると、ちょっと整地された街道のような道に出た。

 さらに、その街道をしばらく歩いていくと、木造の家々が立ち並びはじめ、リィサさんと同じような緑の髪の人たちが行き交っている村のような光景になってきた。


「ここが私たちフォーレンの森の民の集落よ」


「わあ、結構大きな集落なんですね。森の民というのでもっとこじんまりした感じを想像してました」


「そうね、ここにはだいたい二千人くらいの森の民が住んでるの。ちょっとしたものでしょ?」


「そうですね」


 集落に入ってから、二人でしばらく歩く。リィサさんは集落内でも結構顔が広いのか、出会う人出会う人に声をかけられ、挨拶している。

 森の民の人たちはほとんどがリィサさんと同じような緑色の髪をしていた。ただ、ごくたまに赤い髪の人や、茶色の髪の人を見かける。


 若干俺に対する森の民の方々のギョッとしたリアクションが気になったりはしたが、気にしないでおこう。


 程なくして、ひとつの大きめの家の前に到着した。


「ここが(おさ)のダズワルドさんの家よ。ちょっとここで待ってて」


 リィサさんはそう言うと、俺を入り口の脇に待たせて、一人で長の家の中に入っていった。


 俺はリィサさんが入っていった長の家を見上げた。

 さすがは森の民の長の家だ。他の家よりも立派な作りをしている。

 ただ、見たところやはり木造だ。

 森の民は、森の民というだけあって、この豊富な森の木々を利用して生活してるんだろうなあ。

 そんなことをぼんやり考えていると、リィサさんが家の中から顔を出した。


「話は通してきたわ。どうぞ中に入って」


「あ、はい」


 リィサさんに連れられて長の家に入ると、中は想像していたのとちょっと違っていて、受付のようなカウンターといくつかのテーブルセットがあり、そこに人が座ってなにやら相談したり談笑したり、まるで個人宅とは思えないような感じだった。


「す、すごい人がいますね」


「……? あ、ああ。ここは長の家であると同時に、民の相談所でもあるからね。こっちよ」


 リィサさんに連れられて部屋の脇から伸びている階段を上がる。


 相談所、か。なるほど。役所みたいな機能も果たしてる場所なんだな、きっと。


 リィサさんは、二階の奥の扉をノックした。


「リィサです。入ります」


「……ああ、入りなさい」


 扉の向こうから、低い中高年の男性らしき声で返事があり、僕たちは部屋に入った。

 部屋は結構広くて何やらいろんな荷物が雑然と置かれていた。

 手前に応接セットらしきテーブルと椅子、奥には執務机のようなものにたくさんの書類が積まれている。

 その書類の向こう側から、先程の男性の声が聞こえてきた。


「そこの椅子にでも座っててくれ。もうちょっとで仕事がひと段落する」


「はい、わかりました」


 リィサさんが返事する。

 俺とリィサさんは手前の応接セットの椅子に腰掛けた。


「すまんなあ、ちょっと事務仕事が立て込んでてな」


 書類の向こうからひょいっと顔を出して、ニコッと笑顔を見せてくれたのは、物凄く人の良さそうな緑髪のおじさんだった。


 この人が、森の民の長なんだろう。年齢はだいたい、50代後半くらいだろうか。


「よし!終わった。待たせてしまって申し訳ない」


 そう言うと、長らしき男性は立ち上がり、書類の向こう側からこちらへ来てくれた。


「ダズワルドさん、すみません、お忙しい時に」


 リィサさんが申し訳なさそうに言いながら立ち上がる。俺もつられて立ち上がった。


「いやいや、問題ないよ。で、リィサ。こちらが先ほど話してくれた、例の少年だね?……おぉ、本当に見事な黒髪だ。あ、すまんすまん、自己紹介が遅れたな、はじめまして。私がこのフォーレンの森の民の代表者をしている、ダズワルドだ。よろしくな」


「はい、シグマ・ススムです。突然押しかけてきて申し訳ございません。よろしくお願いします」


 俺は頭を下げた。と、同時に、この黒髪が珍しいのだと、ようやく認識した。そりゃそうである。この森の民の人々はほとんどが緑髪だった。

 特に染めでもしない限り、色の違う頭髪は珍しいんだろうし、おそらく毛染めの文化はないのだろう。


「おぉー、若いのにしっかりとした口調だな。感心感心」


 ダズワルドさんはニコニコしながら俺たちに椅子に座るように促し、自分も向かいに座った。


「さて、シグマくん、と言ったね。リィサから簡単に話は聞いたが、少し君から直接話を聞きたいのだが、いいかね?」


「はい!」


「ありがとう。まずは、……そうだな。君は遠い国出身ということだったが、どうやってこのフォーレンの森までやって来たんだい?」


「……それが。僕にもよくわからないというか。気がついたら、この森にいたというか。飛ばされて来たというような感覚です」


「ふむ。ちなみに君の出身国の名は……」


「日本です」


「ニッポン……やはり聞いたことない国だ。君はこの〈モスフェリア〉という国の名は聞いたことあるかい?」


「いいえ」


「……そうか」


 そう言うと、ダズワルドさんは壁に貼ってある大きな地図を指さしてこう言った。


「あれが我々の住んでいる大陸の地図だ。あの南東に位置しているのが〈モスフェリア〉だ」


 俺は、ダズワルドさんが指差す先の地図を見た。周りを海に囲まれている大陸の地図だ。大きく分けて4つに塗り分けられていて、その右下に位置するのが今いる〈モスフェリア〉らしい。


 もちろん自分では異世界に来ていることはわかってるので、驚きはしないが、全く見たことのない地図だ。


「〈モスフェリア〉という名前は聞いたことがありませんし、地図も初めて見ました。おそらく、この地図の中に日本はありません」


「なるほど……初めて見るか」


 ダズワルドさんは顎に手を当て、何か考え込んだ様子で黙りこくってしまった。


「ダズワルドさん、私、ここへ戻ってくる道中シグマくんといろいろお話ししていて、なんとなく気づいたんですが」


 リィサさんが何かを思い立ったかのように話し出した。


「おそらく、高度な転移魔法のようなもので、飛ばされて来たのではないかと」


「……飛ばされて?」


「ええ、〈外側〉から」


「〈外側〉か……」


 ん?ん?ん?なに? そとがわ? 何?外側って何?


「実はね、シグマくん」


 ダズワルドさんが俺の方に向き直して話し出した。

 要約すると、こうだ。


 〈モスフェリア〉があるこの大陸の周りの海には凶悪な魔物が住み着いており、船を出すことすら困難らしく、海の先に何があるのかは調査ができていないらしい。

 つまり、この大陸に住む人々は海の〈外側〉に何があるのか、どんな国があるのか、誰も知らないのだ。

 飛行機も人工衛星もない世界なんだろうな、しょうがない。


 「僕は実は異世界から転生して来ました」なんて言っても、誰も信じてくれないだろうし、〈外側〉のどこか見知らぬ国から来たということにしておいた方がいいのかもしれないな。

 この先、俺はこの世界で生きていかなきゃならないんだから、記憶が確かじゃないということにして話を合わせておこうと思った。


「ダズワルドさん。リィサさんにも先ほど話したんですが、僕は記憶が確かじゃありません。自分が今までどうやって生きてきたのかも、あまり覚えてないんです。だから、どちらかというと、生まれ故郷になんとしてでも帰りたいという意思はなくて、なんとかこの国で生きていく方法を探したいと思っているんです」


 俺がそういうと、ダズワルドさんとリィサさんは驚いたような顔をして俺を見つめた。


「……君は、年齢はいくつだい?」


「えーっと、おそらくですが、10歳だと思います」


「10歳か……。10歳にしてはとてもしっかりしてるね」


 ダズワルドさんはそういうと、ニカッっと満面の笑みを見せた。


「ええ、驚きました。まだ成人前の子供だというのに、とても大人びていますよね」


 リィサさんが感心したように呟く。

 当たり前だ。中身は30代のおっさんだからな、俺。

 変に子供のフリをするのも自分的に恥ずかしい。


「少し話は変わるが、シグマくん。少し髪の話をしよう」


 髪の話? そうそう。気になってたんだよな。なんでそんなに髪の色にこだわるのか。




 そこから聞かされたダズワルドさんの「髪の話」は、俺にとって、すごく興味深い話だった。

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