21 魔法陣の副作用
集落はひどい被害を受けた。
ところどころ半壊した家屋もある。
あれから、魔法陣を解除しておとなしくなった動物たちを森に返す、という作業をダズワルドさんの指揮のもと森の民総出で行った。
森の民たちは、集落をこんな状態にした動物たちを恨むこともなく、粛々とその作業に打ち込んだ。
あらためて、ダズワルドさんのリーダーシップに感服するばかりだ。
少女の姿になったレイダは意識を取り戻すことはなく、ダズワルドさんの家で眠っている。
目が覚めたときに万が一暴れだしたりする事も想定して、念の為シェイナさんがずっとそばについている。
俺とマーロンさん、リドリー先生の3人は先生の家に集まり、今回の検証をしていた。
俺は二人に、事のあらましを説明する。
するとマーロンさんが、リドリー先生に問いただし始めた。
「どういうことなんだ、リドリー!おかしいと思ってたんだよ!動物たちの魔法陣解除に走り回ってたとき、どうも解除した動物が若返ってたような気がしてたんだ。あの、解除の魔法陣は本当に大丈夫だったのか?」
「あのねえ、天才魔術師。こちらだって最善は尽くしたんです。ですが、いかんせん古代の様式です。一部間違っていた可能性は否定できませんよ」
「お前、そんな呑気な」
「あれからもう一度、シグマくんに協力してもらって検証してみました」
そう、あれからすぐにリドリー先生に呼ばれて、魔法陣の検証作業をした。そこで、とんでもないことがわかったんだ。
「どうやら、副作用がついていたみたいです」
「副作用?」
「死体で実験したときには、それは発現しなかったんです。対象が死体でしたから。でも、生きた対象に行った場合、その対象を若返らせるという副作用があったみたいです」
「な、なんだって!」
マーロンさんは絶句する。
「お前、なんでそんなことを!」
「わざとじゃありませんよ。たまたまです。何しろ手探り状態で作ったものですから」
「……しかし、若返りって、本当にそんな魔法が実現するなら、喉から手が出るくらい欲しがる連中はいっぱいいるぞ」
「ええ、そうなんです。ただこれは、複数の条件が揃ったときのみそうなるみたいです。そう、あの凶暴化の魔法陣に一度精神を支配され、それを私のあの魔法陣で解除した時に限り、若返りが副作用として発現するというわけです。凶暴化の魔法陣はある特殊な魔道具でのみ発生させることができるようなので、誰でも彼でもできる、ということではないですね」
あの、忌々しい水晶球は謎の男がレイダから奪い、持ち去ったことを二人に話す。
「そうですか。では、再現は当面不可能ですね」
「だが、これは新たな火種になりそうだな……」
マーロンさんが不吉なことを言う。でも、確かにそうかもしれない。
偶然とはいえ、若返りの術が可能だということが世間にバレたら、これはただでは済まされないと思う。
そんな話をしていると、アンナさんがリドリー先生の家に駆け込んできた。
「あんたたち!女の子が目を覚ましたよ!」
ダズワルド家のとある一室に、ダズワルド夫妻、マーロンさん、シェイナさん、そして俺が集合していた。
その対面には、椅子に拘束されてこちらを睨みつけている小さな少女、レイダの姿がある。
本当に若返ってしまったんだな、今では俺と同い年ぐらいに見える。
「さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ!どうせもう組織には帰れないんだ、いっそここで殺せ!!」
幼くかわいらしい声でレイダが毒づく。だが、子供特有の滑舌の悪さで、いまいち迫力がない。
「……なあ、本当にこの子供が犯人なのか?」
シェイナさんが俺たちに聞いてくる。
そこで、先ほどリドリー先生の家で3人で話し合っていたことを、みんなに報告した。
「な、なんと!若返りだと!そんなことが…」
ダズワルドさんとアンナさん、シェイナさんが驚きの声をあげる。ついでにレイダも驚いているようだ。
そりゃそうだろう。にわかには信じ難いことだ。
だが今、目の前でその信じられない事が起こっているのだ。
「それが真実なのだとしたら……これは、どうしたらいいんだ……ああ、頭が痛くなってきた」
シェイナさんが頭を抱える。
「犯人が若返って子供になりました、なんて、報告できるわけがない!誰が信じる!」
「いや、そもそも若返りの術がある、なんてことを公表するわけにはいかないさ。例え相手が王都の上層部だとしてもね」
マーロンさんが付け加える。
そうか、王都っていっても様々な人がいるもんな。全員が全員、善人ではないんだろうし。
下手に情報は出さない方がいいだろう。
「このまま、この子を犯人として報告したとしてもだ。こんな未成年の子供を裁く制度はない!裁判もできないし投獄なんてもってのほかだ」
どうやら〈モスフェリア〉でも、未成年者の犯罪については恩赦があるらしい。
「しかし、バトスの追及には、証言が必要なんだ」
「え、証言だけなら、今ここで聞けばいいじゃないですか」
思わず口を出してしまった。こいつに聞けばいいんだよ、今。
「フッ。わたしが簡単に口を割るとでも?」
少女はこちらを嘲笑うかのようにそう言った。
なに勝ち誇ったみたいに言ってんだ。俺は聞き逃さなかったぞ。
「いや、君さあ、さっき「組織」って言ったよね?」
「………あ」
少女が固まる。
確かに最初に言っていたんだ。「組織」って。
「組織って、何?」
「あなたは、組織に属してるということか。てことはバトスの人間ではないということだね?」
マーロンさんも追い討ちをかける。
「バトス? ……バトスってなんだ? 私は上から命令されたからやっただけだ。バトスなんか知らん」
おいおいおい、末端すぎんだろお前。
どういう目的でこんな仕事をさせられてたのかも知らないのかよ。
仕事の依頼主が誰かも理解してないということなのか?
ていうか、それよりも。バトスという地名も知らないのか?
中身、大人なんだろ? こいつ、ひょっとしてあんまり頭良くない??
ちょっと揺さぶりをかけてみよう。
俺はわざと、他のみんなに話すようにこう言った。
「その組織とやらは、もうこの人は死んだと勘違いしていると思いますよ」
「なに? どうしてだ、黒髪の少年」
「あの時。そう、レイダが最後に無理やり凶暴化させられた時、……ぼる、ぼるぐ、なんて言ったけ、あの人の名前?」
「ボルグロイ」
「……そうそう、ボルグロイ。そのボルグロイは、奪った水晶球でレイダを凶暴化させた後、事の顛末を見届けずに去っていったんですよ。なんか、騎士にでも斬り殺されろ!とかなんとか捨て台詞を言い残して。な? そうだよな?」
「……う、うぐっ」
少女の目に涙がたまる。
やっぱりあれは、悔しかったんだろうな。俺も見てて可哀想だったもんな。
「だからその、組織……、えーっと、組織の名前、なんだっけ?」
「蛇十字」
「そう、その蛇十字の連中は、レイダは死んだと思ってますよ!」
………。
「「蛇十字だと!!!」」
しばしの沈黙の後、シェイナさんとマーロンさんが同時に叫ぶ。
はい、まんまと組織の名前、ゲットです。
「………あ」
「お二人は知ってるんですか?」
「聞いたことがある、という程度の知識しかないが、この大陸全土に蔓延っていると言われている裏組織の名前だよ、それ」
意外なほどあっさりと今回の事件の裏で動いていた組織の存在が判明してしまった。
あまりにもチョロくて、心配になるわ。
「だがそうなると、これはバトスだけの問題じゃなくなってくるぞ。裏の組織まで調査せねばならんか」
「……ふ、ふん!!お前ら、蛇十字を甘く見んなよ!徹底的に痕跡は消すからな!生半可な調査で足がつくとでも思ってんのか!」
「そうだな、末端のお前には何も知らされてないぐらいだしな」
「……う、うぐっ」
またまた、少女の目に涙がたまる。
シェイナさん、なかなかに鋭く突っ込みますね。
俺は一呼吸置いてから、少女に聞いてみた。
「……で? 君はこれからどうしたいんだ? 組織に戻りたいのか?」
「……そんな、そんなこと、できるわけないじゃないか!……そ、それに、もう組織には……う、うぐっ……戻りたくない」
最後の「戻りたくない」は消え入るような声だった。
実はこの質問は、俺がここに来た時ダズワルドさんに聞かれたこと「君はどうしたい?」を真似て言ってみたんだ。
ダズワルドさんの方を見ると、こちらにウィンクしてくれた。
「戻りたくない、か。……じゃあこれからどうやって生きていくか、考えなきゃな!」
「……これ、から?」
「そうだよ。何がどうなって子供に戻っちゃったかはともかくとして。どっちみち、これから生きていかなくちゃいけないだろ?」
「……う、うぐっ」
「それを一緒に考えようよ」
「……う、うぐぐっ、い、一緒に?」
「ああ。僕も協力するからさ」
「……う、うぐぐぐっ」
「あと、君。あの時、泣いてたよね?」
レイダが凶暴化していたときのことを思い出す。あの時、確かに彼女の目には涙があった。
「君が本当は悪い奴じゃないっていうことは、わかってるよ。もう意地張らないで、正直に知ってること全て話してくれないかな」
「……ふ、ふえぇぇぇぇぇぇん!!!」
少女の涙腺が決壊した。
アンナさんが優しく頭を撫でにいく。
なんでか分からないけど、この少女は心底悪い奴な気がしないんだよな。
ちゃんと話を聞いてあげよう、俺はそんな気持ちになったんだ。
多分だけど、ミックの人柄、あれはまんざら演技でもなかったんじゃないかな?




