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20 過去と暴走

◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 私は大陸の最西端、ラピスト国で生まれた。


 ラピスト国の住人は、皆生まれながらにして特殊な能力を持っている。

 それは一人一人違っていて、ある者は遥か遠くを見ることができ、ある者はどんな些細な物音も聞き逃さない。

 一人一人が特殊能力者であるが故に、悪用されることを恐れ、他国との交流はほとんどない。


 私が授かった能力は、「反転」というものだった。


 自分の体をあらゆる意味で思うがままに「反転」させる事ができるのだ。


 簡単なところから言うと、左右を反転させたり。

 髪の色を反転させたり。

 「女性」を反転させて「男性」になったり。

 「反転」させることによって、さまざまな見た目に変化する事ができた。


 だけど、それもずっとできるわけじゃない。魔力を使って見た目を変えているに過ぎないのだ。

 それから、自分で認識している言葉じゃないと、うまく反転はできない。


 この能力は、便利なようであまり役には立たない。なぜなら、見た目が変わるだけだから。


 もともと赤い髪に緑のメッシュが入った自分の髪。これを反転させて緑の髪に赤いメッシュに変える。

 「大人」を反転させて「子供」になる。

 「女性」を反転させて「男性」になる。

 せいぜい、これくらいが関の山だ。


 でもこの3つを同時にやれば、完全に別人に擬態する事はできる。



 私の両親は私が小さい頃に流行病で亡くなった。

 一人、とり残された私は、親戚の家を点々とした挙句、奴隷として他国に売られてしまった。

 あの頃のことはもう思い出したくもない。ひどい日々だった。


 ある時、私のこの擬態能力に目をつけた一人の老人が私を買った。


 老人に連れられてやってきたのは、お金さえ貰えばどんな仕事でもする、ある組織だった。


 その組織で、いろんなことを叩き込まれた。

 魔法、戦闘術、窃盗術など、さまざまな仕事をこなせるように、短期間で徹底的にしごかれた。


 私は、生きていくためにそれらを必死に身につけた。

 それしか、方法がなかったから。


 組織に属してから数年後、私はある1つの仕事を任された。

 それは、私にとっては簡単な仕事だった。


 誰かを殺すわけでもなく、何かを盗むわけでもなく。

 単純に、長期間ある場所に止まって、支給された魔道具を発動させるだけ。


 ただただ退屈な、そんな仕事だった。


 組織の命令には逆らえるはずもなく、私はその仕事を淡々とこなした。

 でも、やはり単純作業っていうのは飽きてくる。

 なんとか退屈を凌ごうと、私は自分を「反転」させて過ごすことにした。


 ある時、「反転」して森の中で過ごしていた私は、とある女性に見つかってしまった。

 すぐに逃げても良かったのだが、退屈しのぎにその女性について行くことにした。

 森の中で彷徨っていた理由を聞かれたので、でまかせを言った。

 でも、その女性はそれを全く疑いもせずに信じた。


 あれよあれよという間に話が進み、私はその女性の家に住むことになった。

 でも、私は焦っていなかった。なぜならその時、私は私じゃなかったから。


 普段はここで暮らしていれば、食事の心配もないし、寝床も確保できる。

 森で生きている民の集落に入り込んでしまえば、情報も手に入る。

 仕事をするときだけ、森に行けばいいのだ。

 こんな退屈な仕事、これくらいの遊びがないとやってられない。


 そうして、私は新しい「家族」の一員となり、生活し始めたのだ。


 生活が始まると、あらゆる体験が新鮮だった。

 物心つく前に家族を亡くし、ずっと孤独だった私は、はじめて「家族」という物の温かさを知った。

 それが例え一時の偽りの生活だとしても。


 段々と私の中で偽りの私と本当の私が「反転」していくのを感じていた。


 それにつれて、仕事のペースも落ちていった。

 自分の仕事が、この生活を脅かしていることになるのだから。


 まあ、バレないだろう。


 そう思っていた。


 でも、それは甘かった。


 そんなこと、組織が許すはずがない。


 私がバカだった。本来の使命を疎かにするなんて、言語道断だったんだ。


 仄かに甘い偽りの日々に、一瞬でも絆された自分が愚かだった。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 許してください。許してください。許してください。


 許されるのなら……何でも……なんでもしますから……。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 レイダが悲鳴にも似た叫び声を上げる。そしてその胸には、凶暴化の魔法陣が刻まれている。

 レイダの目は赤く光り始め、その表情がみるみる険しくなっていった。


「……うそ、だろ? 人間にも効くのか? それ」


「あーっはっはっはっは!いいザマだな!レイダ!襲え襲えー!はっはっはっは」


 ボルグロイと呼ばれた男は、大笑いしながら黒いモヤの中に消えていった。

 あ!くそ!逃げられた!


「うがあぁぁぁぁぁ!!!!」


 レイダが雄叫びを上げる。もう、そこには人としての意識がないように見えた。


 これは、非常にまずいぞ。凶暴化した人間、か。

 襲ってくる相手に、解除の魔法陣を当てるなんて、できっこないぞ。


「シグマくん!大丈夫ですか!」


 遠くの方から、リドリー先生の声が聞こえる。先生が駆けつけてくれたみたいだ。


「先生!すみません!助けて欲しいです!」


 駆けつけたリドリー先生が、レイダの方を見て驚く。


「うぉ!なんですか、この人は!」


「……はい、この事件の首謀者、レイダです」


「なんですって!でも、どうして凶暴になってるんですか!」


「それが、どうやら仲間割れみたいで……それよりすみません、この火、消してもらえませんか?」


 リドリー先生の水魔法で俺の周りで燃え盛っていた火を消してもらう。


「……と、いうことは、あの方も同じ魔法陣で凶暴化してる、と。そういうことですね?」


「はい」


「じゃあ、問題ありませんね!」


「え!」


「私が編み出した解除の魔法陣を叩き込んでやれば、すぐに問題解決じゃないですか!」


「それができるんなら、もうやってますよ!」


 と、俺たちが悠長に話していると、凶暴化したレイダが飛びかかってきた。

 俺たちは、慌てて左右に避ける。


「先生!麻痺とか、行動制限系のなんか、魔法ありませんか!とにかく、動きを止めないと!」


「でしたら……氷牢獄(アイスジェイル)


 リドリー先生が放った氷が、レイダの足元に命中する。と、同時に氷がパキパキと音を立て、足の周りに固まった。


「うがあぁぁぁぁぁ!!!!」


 レイダは叫びながら動こうとするが、足元が固まって身動きがとれないようだ。


「今です!シグマくん!」


「はい!」


 俺は、足をとられてジタバタもがいているレイダの元へ走った。

 そして素早く空中に魔法陣を描き、至近距離にまで近づいた。


 あ、泣いてる。


 近くでレイダの顔を見たら、彼女は泣いていた。

 いや、わからない。単に凶暴化の影響で目に涙が出ていただけなのかもしれない。

 それは、定かではない。


 でも、俺には、彼女が泣いているように見えたんだ。


 俺は空中に浮かんだ魔法陣を、彼女の胸に刻まれている魔法陣に向かって放った。


バシュ!!


 閃光とともに、魔法陣が消えた。

 と、同時に、暴れまくっていたレイダは大人しくなり、その場に倒れ込んだ。


「……やったか?」


「大成功ですね、シグマくん」


 リドリー先生が氷牢獄を解除し、倒れているレイダの様子を見て、そう言った。


 俺も、ヘナヘナとその場にへたり込んでしまった。


 ちょっと思考が追いつかない。


 ミックのこと、レイダのこと、謎の男のこと。

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 しばらく茫然自失となっていると、遠くの方からマーロンさん、シェイナさん、リィサさんが駆けつけてきてくれた。


 どうやら動物たちの方も、あらかた片付いたみたいだ。


 さて、何て説明したらいいのか。


 考えがまとまらず、俺が黙っていると。


「おや!おや!おやおやおや!これは、びっくりです!!!」


 リドリー先生のとぼけた声が響いた。


「なんだ、リドリー。どうしたんだ?」


 マーロンさんが、呆れてリドリーさんに尋ねる。


「このレイダさん、なんか、若返ってますよ!」




 確かに、リドリー先生が抱きかかえているレイダは、小さな少女の姿になっていたのだ。

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