19 信じたくない事実
「シグマくん!」
リィサさんの心配した声が聞こえる。俺は、何とかこの人を助けることができたぞ。
でもこの状況、かなりやばいな。
攻撃を防がれたウォルフは、雄叫びをあげてもう一度こちらに向かって爪を振り下ろしてきた。
それに向かって、俺は折れたギターのネックを突き出す。
うまく、折れて尖った木がウォルフの腕に刺さり、血が吹き出した。
ウォルフは怯み、後退りして一旦俺たちから距離をとった。
次の瞬間。バリバリという音を立ててウォルフの体が痙攣し出す。マーロンさんの麻痺魔法だ!!
「シグマくん!今だ!魔法陣を!」
「はい!」
俺は急いで空中に解除の魔法陣を描く。そしてそれをウォルフの首筋の魔法陣に向かって放った。
バシュ!
閃光とともに、ウォルフの魔法陣が消える。
それとともに、ウォルフの目から赤い光が消える。
なんとか助かった。まあでも、こいつは元々獰猛なやつだから、このまま森まで運ばなきゃいけない。
「シグマくん、大丈夫?」
俺の後ろにいたリィサさんが、心配そうに俺の顔を見てきた。
うぉう!至近距離!
いやいやいや、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
ギターだ。俺のギター。
長年連れ添った、俺の相棒。ギブソンJ-45。
こんな最期を迎えるなんて。
……いや、でもな。
大切な人を守るために使ったんだ。
悔いはない。
………。
いや、でも、悲しいよお!
「ごめんね、シグマくん。私を守るために」
リィサさんが申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
「いや、しょうがないですよ。これは。不可抗力です。リィサさんが責任感じることじゃないですよ」
「でも……」
「さ、そんなことより!まだまだ終わってませんよ!」
俺は吹っ切れたように、壊れたギターを地面に置き、戦線に戻った。
本当は泣きたいくらい悲しいのだが、今はそんなこと言ってる場合じゃないしな。
てか、マジで黒幕ゆるさねえからな。
ギターの恨みも乗っかったからな。
「リィサさん、その薬、必要な方に配っていってください!」
「わかったわ!これ、魔力回復薬よ」
リィサさんは俺に小瓶を1つ渡すと、薬の入った籠をかかえて、駆け出していった。
俺は、マーロンさんの元に戻り、お礼を言った。
「マーロンさん、助かりました。危なかったです」
「いやあ、君は本当に無茶をするね、初めて会った時もそうだったが」
「恐縮です」
「しかし、シグマくん。レイダという人物、近くにいるんじゃないかな」
「あ、僕もそう思ってたところです」
これは、確実に集落のお祭りを狙って、動物をけしかけている。
最早、なりふり構っていられないというレイダの意志が感じられるのだ。
今までは、森に棲む動物に術をかけることで、森が危険だと認識させるにとどまっていたのに。
ついに、ターゲットを集落自体に変えてきた。
明らかに今までとやり方が違う。
「何か、焦っているのか、仕上げに入ったということなんですかね」
「シェイナの情報から考えてみると、ちょっとおかしいんだけどね。バトスがそこまでするとは思えないんだが」
「そうですよね。こんな明らかな攻撃をしちゃったら、足もつきかねないのに」
そうなのだ。単にフォーレンの森の林業の弱体化だけを狙っているのなら、こんな集落を襲うなんてことはしないはずなのだ。こんなにもあからさまに攻撃してしまったら、もちろん大きな被害が出るし、死人も出かねない。そうなると、王都も黙ってはいない。原因の追及にも力が入り、やがてバトスにも捜査の目が向いてしまうからだ。果たしてそんな危険な賭けをするだろうか。
「ひょっとしたら、レイダって人の暴走かもしれませんね」
「それはありうるな」
個人の暴走でこんな事されちゃあ、たまったもんじゃないけどな。
「じゃあ、僕は一旦この麻痺したウォルフを森に返してくる」
「わかりました。僕はちょっとミックを探します。アンナさんとの約束なんで」
「ミックくんか。そうだね。でも彼は、心配しなくて大丈夫じゃないか?」
「…え? どういう意味ですか?」
「いや、彼は回復魔法が使えるだろう?」
「え? ……いやいや、ミックは全く魔法は使えませんよ?」
「そんなはずはないよ。僕たちが最初に出会った時、彼は自分で回復していたじゃないか」
「……え? あれはマーロンさんが……」
「確かに君は僕が回復させたが、僕たちがついた時には彼の腕の負傷はすでに治っていたよ?」
………え?
………どういうことだ?
………ミックはなんで、そんな?
………え? え? え?
……それは、何を意味している?
「……マーロンさん。やっぱり僕、ミックを探します。すみません」
俺は急いで駆け出した。
そして、あちらこちらで戦っている人たちの中にミックがいないか、つぶさに探した。
今、考えている自分の考えを否定したい為だ。
「ミック!どこだ!ミック!!いたら返事してくれ!!」
俺はミックを探して、ひたすら駆けずり回った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
フォーレンの森の集落上空に、黒いモヤがかかる。
その黒いモヤは段々と形を成していき、一人の人物となった。
空中に浮かび上がったその人物は、眼下で繰り広げられている光景を見て、顔を顰めた。
「おやおやおや。美しくないねえ」
凶暴になった動物が大挙して森の集落にいる人々を襲っている。
「これは愚策だなあ。ククク」
薄笑いを浮かべた後、その人物はゆっくりと下降していくのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
手に持った水晶球が赤く光り続けている。
これは特別に支給された魔道具で、2つの機能がある。
生物を凶暴化させる魔法陣を遠隔で飛ばす機能。
そしてもう1つ。
その凶暴化した生物を誘き寄せて、特定の地点に向かわせる機能。
今、私はその2つの機能を同時に作動させている。
かなり自分の中の魔力を消費している。もう、そろそろ魔力が切れるかもしれない。
でも、どうでもいい。私がどうなろうとも。
仄かに甘い偽りの日々に、一瞬でも絆された自分が愚かだった。
本来の使命を忘れるところだった。
これでいいんでしょ?
もう、……終わりにしよう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺はミックを探した。
幸い、集落に入り込んできた動物たちの数は減ってきている。
民の皆さんの必死の抵抗によって、大部分の動物たちが戦闘不能状態になってきていた。
「ミック!どこだ!ミック!!」
俺は声を枯らして探しながらも、1つの確信を持ってある地点に向かっていた。
それは、凶暴化した動物が集落に入り込んできた場所だ。
おそらくそこに、いる。
動物たちの足取りを逆行して進み、俺は集落の外れにある森との境目に到着した。
そして、……当たってほしくなかった予測が、当たってしまった。
そこには、赤く光る水晶球を掲げて、息も絶え絶えの……。
ミックの姿があった。
「……ミック!!」
俺はミックに向かって叫んだ。
なんでだよ。なんでだよ、ミック。
ミックはこちらをチラッと見て、ニヤっと笑った。
「よう、……シグマ。どうしたんだよ、……血相変えて」
「どうしたんだよじゃないだろ!何やってんだよ!それ!」
「何って、……見りゃわかんだろ。動物をけしかけてんのさ」
「お前!!やめろ!!!!」
俺は叫びながらミックの方に向かって駆け出そうとした。
だが、ミックは水晶球を掲げたまま、もう片方の手でこちらに向かって火魔法を放つ。
足元に到達した火柱が俺の足を止める。
やっぱり、ミックは魔法が使えたんだ。
いや、そんなことより、炎に囲まれて俺は身動きが取れなくなってしまった。
「……ミック!お前!」
「ちょっと黙って見てなさいよ」
「……!!??」
ん? なんか今、明らかにミックの口調が変わった。声色も。
……ちょっと待て。
もしかしたら、俺は、大きな勘違いしていたのかもしれない。
ミックがレイダに操られている、もしくはミックとレイダが共謀している、のどちらかじゃないかと考えていた。
だけど。違うのか?
もしかして、レイダがミックに化けていたということか?
そんな事できるのか?
すると、俺の目の前で、ミックの体に異変が起こり始めた。
「……チッ。魔力切れか……とうとう擬態も……保てなくなったなんて」
悔しそうにそう呟いた途端、緑髪に赤いメッシュが入ったミックの髪が、赤髪に緑のメッシュに反転して徐々に長髪になっていく。
そして体全体が大きくなり、少し丸みを帯びて女性の体つきになった。
「……!!??」
俺は驚いて声も出なかった。
そんな……そんなことがあるのか?
「お前が、……もしかして、レイダか?」
「……あら。名前までバレてるのね……」
「お、お前、……ずっとミックになりすまして、僕たちと暮らしてたのか? 本当のミックはどこにいる!」
「……人聞きの悪いこと言わないで。……なりすましていた、なんて。私がミックよ。……まあそもそも、ミックなんて子供、存在しないけど」
「……な、なんだって!」
レイダがミックに化けて、入れ替わっていたんじゃなく、そもそもミックはレイダだというのか?
「……あなたたち、森の民がバカで助かったわ。……私の作り話を疑いもせず……全部信じ込んで……」
そんな事、可能か? いや、そうか。ミックはまだ集落に来て1年ちょっとだ。
「……おかげで……仕事も……フゥ……フゥ」
レイダの様子がおかしくなってきた。最初から息絶え絶えだったが、とても具合が悪そうだ。
ーーーその時。
「自分の素性をペラペラとバラすんじゃないよ、この無能が」
突然、頭上から男の声がした。
そしてレイダの頭上に黒いモヤがかかったかと思うと、そこに一人のローブを着た男性の姿が現れた。
男性はレイダに向かって下降していき、水晶球を手から奪ってまた頭上に上がっていった。
「……な、なにをする!ボルグロイ!!返せ!!」
「返せ、じゃないよお馬鹿さん。これは没収だ。こんな騒ぎを起こしてどうするんだ」
「……だ、だが……」
「上はカンカンだぞ。お前には、この責任を取ってもらうからな」
なんだ、この男は。レイダの仲間か?
だけど仲間にしては、なんか揉めてるぞ。
男は、レイダから奪った水晶球を掲げた。
何をする気だ?
まさか!!!
「や、やめろーーーーー!!!」
レイダの悲痛な叫び声が響く。
しかし、男が持った水晶球から放たれた赤い光は、一直線にレイダの体に向かった。
「証拠隠滅だ。この騒動の犯人として、せいぜい暴れ回って、王都の騎士にでも斬られて死ね」
俺は、目の前で繰り広げられている光景が信じられなくて、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




