17 お祭り当日
今日は森の民が待ちに待った年に一度の『フォーレン祭』の日だ。
集落中が飾り付けで彩られ、多くの屋台が街道沿いに並び、皆それを楽しんでいる。
あれから、マーロンさんたち調査団のお二人と、一度だけ森に入った。
というのも、凶暴化した動物を生かしたまま、呪いの魔法陣を解除できるかどうか試したかったからだ。
幸い、そんなに深くまで入らないうちに、1匹の凶暴化した鳥に出くわすことができた。
クチバシ鳥という名の通り、大きなクチバシを持ったオウムのような鳥だ。
例の如く、目を赤く光らせながら、大きな鳴き声をあげて上から襲ってきた。
お二人はそれをモノともせず、シェイナさんが冷静に剣を鞘から抜かずにクチバシを受け止め、マーロンさんが「麻痺」魔法で動きを止めた。
そして地面に落ちてピクピクと痙攣しているクチバシ鳥の体に刻まれた魔法陣に、俺が解除の魔法陣を放つ。
バシュっと音を立てて光ったと同時に、クチバシ鳥の体から魔法陣は無くなった。
と、同時に目から赤い光が消える。
マーロンさんが、「麻痺」を解除すると、クチバシ鳥は何事もなかったかのように飛び去っていった。
「やはり、生きたままでも解除は成功するね」
マーロンさんが安堵の表情でそう言った。これは本当に安心材料だ。
どれだけ時間がかかるかわからないが、少しずつでも凶暴化した動物を元に戻せることがわかったのだから。
「しかし、その間にまた凶暴化させられてしまっては、いたちごっこだ……」
シェイナさんが言うのももっともだ。でも「生きたまま戻せる」というのがわかっただけでも、今回はよしとしよう。
心なしか、飛び去っていくクチバシ鳥が少し小さくなっていたような気がするけど、気のせいかな。
それから数日後の今日。祭りの本番を迎えた。
リィサさんとの歌姫コンテストは午後から行われるということなので、俺は午前中ミックたちとお祭りを見て回ることにした。
昨日、リィサさんと最後の確認のためにリハーサルを行った。
本当にリィサさんの歌は完璧なので、何も心配することはなかった。リィサさん本人も、そんなに緊張している感じではなく、逆にやる気に満ち溢れていてとても頼もしかった。
「シグマおにーちゃん!あれ!あのお菓子食べたい!」
ロロが屋台で売っているお菓子に目をつける。
それは、フォーレン祭でしか売り出されない特別なお菓子で、見た目、豪華なトッピングをしたチュロスのような感じ。
「おぉ!おいしそうだね!買おうか、ロロ」
「うん!」
俺たちは、アンナさんから少しばかりいただいたお小遣いで、そのお菓子を買う。
「一年に一度の贅沢品です。しかし、この甘味は何を原料にしているんでしょうか」
カンジが興味深そうにつぶやきながら、頬張る。
「カンジ、そんな小難しいこと考えなくても。美味しけりゃいいじゃん!」
俺はそう言って笑った。
その後、大道芸を見たり、輪投げの屋台で楽しんだり。目一杯楽しませてもらった。
そして午後。
とうとう歌姫コンテストの本番を迎えた。
集落のメイン広場に舞台が建てられていて、そこが決戦のステージだ。
家に一旦ギターを取りに行き、事前に約束していた待ち合わせ場所に向かうと、もうリィサさんは来ていた。
「リィサさん!いよいよですね」
「ええ、今日はよろしくお願いします。シグマくん」
ギターを担いだ俺とリィサさんは、意を決して控室に向かう。
控室に入ると、他の候補者ももう到着している様子で、すでに大勢の人がいた。
「リィサ、今日は負けませんわよ」
一人の女性がリィサさんに話しかけてきた。鮮やかな緑髪を綺麗に編み上げている。おお、気が強そうな人だ。候補者の一人だな。
「ベール、私も負けません」
ベールさんというのは、この集落で1番の豪商の娘さんらしい。
しかし、なんだかすっげえリィサさんに対する視線がきつい。相当ライバル視してんな、これ。
「あなた、そういえば伴奏者は見つかったの? 私はご覧の通り、大楽団よ」
見ると、ベールさんの傍には、20人ほどの人々が楽器を手入れしながらくつろいでいる。
ああ、この人が妨害してたんだな。金に物言わせて先代の伴奏者から楽器経験者まで片っぱしからかき集めたんだろう。わかりやすいことするね。
それにしても、あの楽器たち。見たことない楽器ばかりで興味あるなあ。後で見せてもらおっと。
「ええ、見つかったわ。私の伴奏者はこのシグマくんよ」
「まさか、その子供ひとり? おほほほほ、笑わせないでよ。これはもう、勝負ありね」
ベールさんは、俺を一瞥すると、高笑いしながら楽団の人たちの元へ戻っていった。
でもベールさん、あなた、多分だけど、墓穴掘ってるよ。まあいいけど。
「残りの候補者さんは、あの方ですよね?」
俺は控室の片隅にガチガチに緊張して座っている女性と男性二人組を見て、リィサさんに尋ねた。
「そうよ。あの人は先代の歌姫の娘さんで、ソフィーさんとその旦那さんよ。緊張してるみたいね」
先代の娘さんか。そりゃ、プレッシャーだろうなあ。
「ソフィーさん、お久しぶりです。今日は頑張りましょうね」
リィサさんが、ソフィーさんの方に近づいて、挨拶する。俺もそれに従ってペコっと頭を下げた。
「……あ、あああ、リィサさん、お、お、お手柔らかに……」
大丈夫かソフィーさん。そして隣の旦那さんも。そこまで緊張しなくても。
そうこうしているうちに、舞台の方では、長であるダズワルドさんが集まった聴衆に向かって挨拶を始めた。
「……で、あるからして、この、年に一度の、えー、由緒あるフォーレン祭を、華やかに彩る、歌姫が昨年、勇退なされたと、えー……」
ダズワルドさん、話なげえ。
もー。校長先生じゃないんだから、こういうのは短めにバシっと決めて欲しいなあ。
「話、長いですね」
「そうね、いつもは頼り甲斐のあるいい長なんだけどね」
俺とリィサさんは、そう言って笑い合った。
「……えー、では、歌姫候補一人目、ベールの歌をお聞きいただこう!」
ようやく、話が終わった。
と同時に、ベールさん達が舞台の方に移動し始めた。いよいよだ。
スタンバイも終わり、ベールさんの歌がはじまる。
さすがは20人ほどの大楽団。弦楽器から打楽器、角笛などが厳かに演奏を始めると、ものすごい音圧だ。
演奏技術も、みなさんすごい。俺は思わず「ほう」と感嘆の声を上げた。
「これは、『神木の歌』ね。早速本命を持ってきたのね」
リィサさんが言う。
そうだ、こんな大楽団の『神木の歌』を初っ端に持ってこられたら、やりづらいなあ。
でもだ。
これだけの大楽団を引き連れちゃった事を、ベールさんは後悔することになるだろうなあ。
ベールさんが歌い始めた。
だが、その歌声は、ほとんど聞こえない。
そうなんだ。ここ、マイク無いのだ。
俺の前世なら、ボーカルっていうのはマイクを通して歌う。もちろん、楽器にもマイクはつけたりするし、アンプ通したり、まあ色々するんだけど、音量の調節っていうのは、必ずするモノだった。いい感じで聴こえるように。
でも、この世界にはそういった音響機材はない。肉声と、生楽器の音で勝負しなきゃならない。
そうなるとだ。不相応に大勢の楽団を引き連れちゃうと、楽器の音に肉声が負けてしまうんだ。
ベールさんはそこをしくじった。そして、これは想像なんだけど、おそらく経験者をかき集めた安心感からか、ろくに全員でのリハをしなかったんだろう。一回でも合わせておけば、すぐに気づけたはずなんだから。
歌っているベールさんの表情がどんどん焦っていく。
周りの音に負けないように大きな声を出そうとして、逆に声が掠れてしまっている。
ベールさん自体の歌は、そんなに下手じゃない、というか上手い部類に入るほどの実力者なのに。
1曲目の『神木の歌』が終わった頃には、ベールさんは疲れ果てているようだった。
だがそこで、楽団の皆さんが小声で話し合い始めた。どうやら、この状況を修正しようとしているのだろう。
さすがだぜ。
そして、2曲目。
選曲は『風の歌』のようだ。
すると、楽団の皆さんは打楽器と弦楽器、笛の数人のみが演奏し、残りの皆さんは軽い手拍子をし始めた。
おお、ナイスだ。これなら、ベールさんの歌声を邪魔しないだろう。
ベールさんは、さっきとは打って変わって、伸び伸びと歌い上げている。
そして聴衆も、楽団の皆さんの手拍子に合わせて、一緒に手拍子を始めた。
おお!盛り上がってる!これこれ!ライブはこれだよな!
俺も嬉しくなってきちゃって、自然と一緒に手拍子し始めてしまった。リィサさんも手拍子してる。
ソフィーさん夫妻も、ちょっと緊張が解けてきたのか、楽しそうに顔を見合わせて手拍子している。
いいよなあ、音楽って。楽しいよなあ。
ベールさんの歌が終わると、聴衆からは万雷の拍手だ。
ベールさんは嬉しそうに一礼すると、楽団の皆さんに頭を下げながら控室に帰ってきた。
そして、すれ違いざまに、少し目に涙を浮かべながらリィサさんにこう言ってきた。
「私のミスでしたわ。悔しいけど、次の歌姫はあなたね」
いやいやいや、ちょっと待って、ベールさん。ソフィーさんは眼中にないの?




