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15 ひとすじの光明

 リドリー先生の家での一件があってから、先生はちょくちょく俺を訪ねてくるようになった。

 と、いうのも「シグマくん、ここはなんて書いてあるかわかるかい?」と、古文書を持ってきては俺に読ませるためだ。


 だったら、もう最初から最後まで全部読んで、書き写しましょうか? と言ったんだけど、それはなんか、嫌らしい。

 学者の誇りとして、自分で解明してくのが楽しいんだそうだ。

 でも、どうしても確信が持てない時だけ、俺に確認に来るんだと。


 なんでそんなめんどくさい事するんだろうか。学者さんの考えることはよくわからない。



 数日後、ようやくリィサさんと俺の予定が合って、2回目の打ち合わせをすることができた。

 今回は、リィサさんのお父さん、メイドウさんに初めて会う事ができたので、ご挨拶できた。優しそうないいお父さんだったな。


「じゃあ、ひとまず伴奏しますので、5曲通しで歌ってみましょうか」


 まずは、『神木の歌』からだ。


 俺がギターを弾き始めると、リィサさんが困ったような顔をする。

 ん? ああ、どこで歌に入ったらいいのかわからなかったか。


 俺は一旦演奏をやめた。


「あ、リィサさん、ごめんなさい。わからなかったですね。歌に入るところで、合図しますんで」


「うん、わかった」


 再度、演奏を始める。そして、前奏部分が終わるところで目で合図すると、リィサさんは理解してくれたようで、スムーズに歌に入った。


 何度聞いてもいい声である。

 しかも、自分で言うのも何だが、今回は完璧な伴奏付きなので、めちゃめちゃ良い。なんて言ったらいいのか、とにかくめちゃめちゃ良い。


 『神木の歌』が終わる。


 すると、隣の部屋からメイドウさんとテレサさんが興奮気味になだれ込んできた。


「お、おい!すごいな!リィサの歌もすごいが、君のその演奏、大したもんだ!」


「ええ、隣の部屋にいたら聴こえてきたんだけど、すごく良いわ!シグマくん、あなた上手ね!」


 ご両親から大絶賛を受けた。


「いやー、それほどでも」


「もう!父さんも母さんも!恥ずかしいじゃないの!」


 リィサさんは照れていたが、何だか誇らしげだった。


 それから残り4曲。ご両親の前でのミニコンサートになってしまった。


 初めて聞く伴奏に合わせて歌うというのに、リィサさんは完全に俺の意図通りに歌を合わせてくれた。やはり、歌の上手い人は、勘もいい。


 すべての演奏が終わり、ご両親の拍手を受けると、俺はリィサさんに提案した。


「リィサさん、完璧です。もう、練習は本番までしなくても良いと思います」


「え!本番まで? 大丈夫かしら」


「はい、どの曲も一度も間違えずに歌えてましたし。まあ、もし不安なら、直前に一度合わせましょう。それから……」


「それから?」


「どれも甲乙つけがたいので、歌う曲は、直前に決めましょう」


「直前に?」


 リィサさんは、思い悩むような表情を見せた。すると、メイドウさんがこう言ってきた。


「うむ、リィサ。シグマくんの言うことも一理あるぞ。幸い、お前の出番は最後なんだ。他の候補者が何を歌うか聞いてから選べるんだ」


 そう。他の候補者の選曲や場の雰囲気で、歌う曲を決めればいい。

 俺もそう思って提案したのだ。それほどまでに、すべての完成度は高いし、どの曲でも勝負できると感じたわけだ。


「……うーん、わかったわ。シグマくんに任せます」


「はい。ありがとうございます。あと、お祭りの日まで2週間ほどですが、それぞれ自主練しておくってことで。あ、でもあんまりやりすぎない方がいいと思います。やりすぎると、本番で緊張しちゃうかもしれませんし」


「了解」


「じゃあ、一応聞きますけど、なんか分かりにくかった所とかあります?」


「あ、あの、『狩りの歌』の途中のところなんだけど……」


 それから俺たちは、お互いの不明点など、細かい部分の調整をし合い、その日の打ち合わせは終わりにした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 深く薄暗い森の中。



 黒いローブに身を包んだ女。


 その背後から、同じような黒いローブを身に纏った男が声を掛ける。


「……レイダ。首尾はどうだ」


 レイダと呼ばれた女は、振り向きもせずに答える。


「……順調よ。わざわざ様子を見に来るなんて、あなた暇なの? ボルグロイ」


 ボルグロイと呼ばれた男は、薄笑いを浮かべてレイダに近づく。


「王都の犬が何やら嗅ぎ回っているって聞いてな。お前に任せておいて大丈夫かと、上も心配してるぞ。ククク」


 レイダは、不快極まりないというような表情を浮かべ、ボルグロイに毒づいた。


「うるさい。お前に言われたくはないわ」


「……ククク。まあいい。そろそろ結果を出さないと、お前の立場が危ないぞ? ククク」


「黙れ」


「どっちにしろ、あんまり悠長に考えられんぞ」


「……チッ」


 ボルグロイは、またクククッと薄笑いを浮かべてから、闇に溶けるように消えていった。



 残されたレイダは、悔しさを噛み締めてつぶやいた。


「……私がどんな思いで、こんな森に長い間潜伏したと思ってるの」


 そして。


 意を決したかのように森の奥深くへと歩き出すのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 とある日。俺はリドリー先生に呼ばれて、先生の家に来ていた。


 そこには、マーロンさんも呼ばれていて、3人で例のポグの死体の前に集まっている。


 シェイナさんは、一度王都に戻って、レイダという人物について調べているらしい。


「さて。今日、お二人に来ていただいたのは、ちょっと試したい事があったからです」


 リドリー先生が話し出す。


「先日、解読できたこの魔法陣ですが。効力としては、人間を見つけると無条件に襲いかかるようになる、呪いのようなものでした」


 人間を無条件に? なんでそんな非道いことを。

 呪いっていうのなら、かけられた動物もかわいそうだよ。


「レイダという人物がどのような目的でこんなことをしているのかは分かりませんが」


「非道いことをするもんだな」


 マーロンさんも、やるせない表情を浮かべている。

 

 すると、リドリー先生は少し間を置いてから、重大発表をするみたいな勢いでこう言った。


「そこでです!この魔法陣を打ち消す事ができたら、凶暴化している動物を、元に戻す事ができると思いませんか?」


 魔法陣を、打ち消す?


「え、そんな事ができるんですか?」


 俺は二人に尋ねた。


「ああ、理論的には可能だね。その魔法陣と真逆の効果がある魔法陣を上から描いてやればいいんだ」


 マーロンさんが言う。


 へえ!上書きするってことか!


「ただ、そう簡単な事じゃない」


 聞けば、魔法陣魔法というのは、描かれた魔法陣から効力が発生するため、反対の魔法陣をその上に重ねてやれば、打ち消しあって消滅するという事らしい。

 ただし厳しい条件がある。

 まず1つ目は、全く同じ様式で描かなければならない事。

 魔法陣にも、いろんな様式があるらしく、それこそ時代や地域、描く人によって、様々な種類があるらしい。

 その様式を合わせなければ、打ち消す効果がないという事だ。

 そして、2つ目。刻まれた魔法陣と同じ大きさで、空中に描いて、それを対象に重ね合わせなければならないという事。

 例えば、紙に先に描いておいてそれを貼り付けるとか、そういうやり方ではダメで、空中に魔法陣を描かなければならないのだ。

 マーロンさん曰く、それって実はとんでもなく高度な技術で、王都でも宮廷魔術師以外はできないだろうという事だった。


 なるほど。


「つまり、僕はできるんだけどね」


「はいはい、天才天才」


 もう、こういう時くらい仲良くしてほしいよ。まったく。


「そこでです。このポグに刻まれた魔法陣を徹底的に解読しましてですね。ついに、その反対の魔法陣の描き方がわかったんですよ!」


「なに!リドリー、それは本当か!!」


「先生、すごい!!」


「ふふん!それがこれです!!」


 リドリー先生が一枚の紙を取り出す。そこには、複雑に線と線が絡み合った紋様と古代文字が円形に配置された、いわゆる魔法陣が描かれていた。


「おぉー!!」


 俺とマーロンさんが拍手する。


「では、天才魔術師、これをちょっとこのポグの魔法陣に重ねてみておくれ」


 リドリー先生がマーロンさんに紙を渡す。


 しかし、それを受け取ったマーロンさんの様子がおかしい。


「あのねえ、そう簡単に言うけど。これって、そんな簡単な話じゃないんだよ」


「え? そうなんですか?」


「つまり、この魔法陣の通り、そっくりそのまま空中に僕が描ければいいんだけど、君は例えば有名画家の絵画を一瞬で模写できるかい?」


 あ、そういうことか。そりゃそうだ。


「ここに描かれているのは、見たこともない古代文字だし、これを僕が描くとなると、相当練習しないと無理だ」


「ええーー!!!天才魔術師なのに!!」


「うるさいなあ。……例えば、そうだな、こんな感じで」


 と言いながら、マーロンさんは空中に手をかざした。

 そして、手を細かく動かすと、空中に綺麗な魔法陣が描かれた。


「僕がすでに知っている様式の魔法陣なら、すぐに描けるんだけど」


 と言って、その魔法陣をリドリー先生に向けて発射した。


「ちょ、君!なにをす………!!!………!!!………!!!」


 リドリー先生の胸のあたりに達した魔法陣が貼り付くと、先生から声が消えた。


「これは、『沈黙』の魔法陣だ」


 マーロンさんが俺に向かって、悪戯っぽく笑う。


 おおー、すごい。


「空中に魔法陣を描く作業っていうのは、精霊魔法とはまた違うから、そうだな、どちらかというと無属性魔法なんだよね」


 ん? 無属性? あれ? じゃあ、それって俺向きじゃない?


「………!!!………!!!………!!!」


 リドリー先生が何か言いたげだ。


「もう、しょうがないなあ」


 マーロンさんはそう言いながら、もう一度空中に魔法陣を作り、先生に飛ばす。


「……!……おい!ひどいじゃないか!マーロン!」


「やれやれ、やっと名前で呼んでくれたね」


「だいたい、君はいつも急に…」


 二人がじゃれあっている間に、俺はリドリー先生が描いた魔法陣の紙を見つめた。


 ほうほうほう。なるほど。よくわかる。『自動翻訳』さまさまだよな。俺には何が書いてあるか、きっちり理解できる。


 と、ここでサポートさんの言葉を思い出した。


《どこの世界のどの国の言語でも瞬時に翻訳して理解し、かつ話す言葉も読み書きも、瞬時に翻訳して発することができる、画期的な能力です》


 読み書きも……瞬時に……発する事ができる……。


 あれ? いけそうな気がしてきた。


 俺はバンダナを外し、試しに手に魔力を集める。そして、さっきマーロンさんがやったように空中で手を動かし、紙の魔法陣を真似て描いてみた。


 お、思ったより上手くできたな。

 で、それを。


「えい!!」


 ポグの魔法陣に向かって放ってみた。

 俺が描いた魔法陣がポグの魔法陣に重なった瞬間。


バシュ!!!




 一瞬、光を放ったかと思うと、ポグの体から魔法陣がキレイさっぱり消え失せていたのだった。

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