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14 やばい能力

 翌朝。


 もう森の調査に行くことはなくなったので、特に必要はないのかもしれないのだけど、なんとなくの習慣で早朝自主練に出た俺は、改めて魔法の上達の必要性を感じていた。


 昨日のマーロンさんはすごかった。あれだけの魔法を瞬時に発動させるなんて、今の俺には考えられない。

 でも修行すれば、それも可能になるはずだ。

 昨日のような失態は、二度と嫌だ。大事な人を守るには、やっぱりそれ相応の力が必要なんだ。


 そう思うと、自主練にも力が入った。


 昨日はあれから、調査団のお二人と共にダズワルドさんに報告に行った。


 これからしばらく、調査団のお二人は集落に留まって、森の調査に入るのだそうだ。

 といっても、調査するのは主にマーロンさん。シェイナさんは護衛的な立場なのだそう。

 なんでも、マーロンさんは史上最年少で宮廷魔術師にのぼりつめた若き魔法の天才らしい。

 魔法はもちろん、呪法、古代魔法の知識もずば抜けていて、マーロンさんに任せておけば、どんな事でもたちどころに解決できると言われている、スーパー魔術師なんだそうだ。


 なるほどね。そんなすごい人だったんだね。


 それから、結果的にそうなった事ではあるのだけれど、ダズワルドさんに俺が魔法を練習している事がバレてしまった。

 叱られてる最中「シグマは、戦えないだろう!」とミックを責めた時、「いえ、魔法で応戦していましたよ?」みたいな感じで。マーロンさんからぬるっとバレた。


 独学で身につけたって言ったら、ダズワルドさんもマーロンさんも驚いていた。そういうものなのか?

 

 ついでに、ダズワルドさんはマーロンさんたちに俺の境遇についても説明してくれた。髪の色のことも含めて、調査団のお二人は納得してくれたみたいだ。


 俺とミックはというと、散々叱られた後、しばらくは集落から出るのは禁止だと言われた。

 仕方ないよな。


 ミックは結構落ち込んでいて、集落から出られないから日々の鍛錬もできず、今日は家にずっといると言っていた。


 そういうことならと俺は、少し前から行こうと思っていたリドリー先生の家を訪ねようと思った。


 朝食を終えた後、カンジと一緒に家を出る。


「シグマさん、昨日は大層叱られていましたね」


 カンジが、昨日のことについて触れてきた。


「そうだね。まあ、仕方ないよ。僕とミックはそれだけのいけない事をしたんだ」


「ですが、ミックさんとシグマさんのお気持ちもわかりますよ。ボクだって、この森が心配ですから!」


 カンジがメガネをクイッと上げて、真剣な眼差しでこちらを見てくる。

 そうだよな。森の民にとっては、この森が一番なんだ。森に何かあったら心配だよな。


「うん、僕たちにできること、何かあればいいけどね」


「はい、もどかしいですね」


 そんな話をしながら、集落の外れにあるリドリー先生の家を目指して歩いていった。


 先生の家について扉を開けた時、壁一面にまるで図書館のようにズラッと並んだ書物の量に圧倒された。

 ものすごい量の本だ。


「やあ、いらっしゃい、カンジ。今日はシグマくんも一緒なんですね、おはよう」


 リドリー先生が笑顔で迎えてくれた。

 すると、壁際から突然声をかけられた。


「黒髪の少年、昨日ぶりだな」


 シェイナさんだ。壁にもたれかかった体勢で、片手をあげて挨拶している。


「あ、シェイナさん。おはようございます。来てらしたんですね」


「ああ、マーロンも来ているぞ。昨日の獲物について、リドリーと打ち合わせだ」


「なるほど、そうだったんですね」


 すると、奥の部屋からマーロンさんも出てきた。


「やあ、おはよう。シグマくん、カンジくん」


 そして、ニコニコしながら俺に聞いてきた。


「あれから叱られなかったかい?」


「いやあ、まあ、こっぴどく」


 あははと笑いながら、マーロンさんは奥の部屋に戻っていった。


「シグマくん、せっかく初めて来てもらったのに悪いんですが、そういう事なんです。ちょっと仕事しなきゃいけないんですよ。君の相手はできないんですが、いいですか?」


「あ、お構いなく!ていうか、リドリー先生。お二人のお話を横で聞いてていいですか?」


「先生!ボクも興味があります!!ぜひ!!」


 カンジも俺の提案に乗ってきた。


「え? うーん、私は構わないんですが、王都調査団的にはいいのですか?」


 チラッとシェイナさんの方を見る。シェイナさんは手をひらひらとさせ、我関せずという感じで、奥の部屋へ入っていった。


「あれは、まあいいんじゃないの? という意味と捉えましょう」


 俺たちは、やったー!とハイタッチして、先生と一緒に奥の部屋へと入っていった。


 奥の部屋では、マーロンさんが昨日のポグを1匹取り出して、何やら難しい顔をしていた。


「おやおや、天才魔術師様が何かお悩みですか?」


 リドリー先生が嫌味ったらしくそう言う。


「リドリー、君はまったく。そういう言い方しかできないのか? 子供じゃあるまいし」


 マーロンさんがつっかかる。


 おや? おやおや? この二人、そんな感じなの?

 シェイナさん曰く、この二人は王都の魔法学校の同期だったらしい。


 マーロンさんは入学したての時から若き天才と謳われて、飛び級に飛び級を重ねて宮廷魔術師へ。

 かたやリドリー先生は独特の感性から若き変人と謳われて、森に住む変わり者の研究者の道へ。


 お互いにお互いの力を認めつつ、いいライバルみたいな感じになっているらしい。


「とにかく、ちょっとこれを見てくれ」


 マーロンさんがポグの首筋あたりを指さした。リドリー先生がそこをじっと見つめる。


「これは……魔法陣ですね」


「ああ、しかも、これは相当古い様式だ」


「見たこともない文字が使用されてますね」


 俺も遠くから、ポグの首筋に刻まれている紋様のような物を見つめた。たしかに、なんか書かれてある。


「他の二体にも、同様の魔法陣があったんだ」


「そうですか」


「……あの、リドリー先生。魔法陣というのは、あの魔法陣ですか?」


 カンジが質問する。


「はい、そうです。カンジには少し前に説明したことがありましたね。魔法陣というのは、古代魔法の時代によく使われていたもので、その文字や紋様の配列自体に魔力を持たせて、そこから魔法を発動させたり呪法を閉じ込めたりできるんです」


「え、じゃあこの凶暴化したポグやウォルフに魔法陣が刻まれてるってことは……?」


「はい、やはり誰かが動物達に魔法陣を刻んだことは、明らかです」


 ……!!やっぱり。ピピンさんの言っていた噂は本当だったんだ。


「だが、この魔法陣の様式が古すぎて、さっぱりわからないんだよ」


「さすがの天才魔術師でも…」


「もう、それはいいから」


 マーロンさんでも読めない魔法陣。もちろん、リドリー先生もわからないらしい。


 そうか、魔法陣に使用されている文字や様式が比較的新しい物なら、文献を紐解いていけば何か手がかりが掴めるかもしれないのか。


 頭を抱える二人を横目に、なにげなく俺はポグの死体に近づいていった。


 俺なんかが何かわかるわけないのだが。


 ん?


 あれ?


 あれあれあれ?


 読めるじゃん、これ。


「……大いなる神の代弁者、……レイダの命ずるは、……霊長を憎悪し、……破壊の限りを尽くせ」


 マーロンさんとリドリー先生が同時にバッと俺の方を見る。


「シ、シグマくん?」


 すると、シェイナさんが割って入ってきた。


「黒髪の少年!!!なんでだ!!なんで読めるんだ?!!」


「シグマくん、デタラメ言ってるんじゃないよな?」


「いや、ちょっと待ってください」


 リドリー先生が急いで本棚の上のほうから、いかにも古そうな書物を一冊持ってきた。


「これは、私が持っている一番古い本です。この中に、確か、……あ、あった!」


 本をパラパラとめくり、何かを見つけたようだ。


「ほら、この部分、この部分の文字だけ、意味が判明してるんですよ。ここは「破壊」という意味なんです」


「破壊……」


「今、シグマくんが読んだ文章の後半に合致するんです!これはまだ、あなたにも、もちろんシグマくんにも言ってませんよね?」


 あっれええ????なんか、大ごとになってる。

 え、だって、普通に、読めんじゃん。これ。

 なんでみんな、わかんないの?


 あ。


 ひょっとして。


 俺の最強のチート能力。『自動翻訳』か???!!!


 うっそーーーん。まじでか。


「あ、あの!自分でもよくわからないんですが!!……読めちゃいました」


 うわー、もう誤魔化しようがないじゃんかよ。


「黒髪の少年、君は一体、……何者なんだ」


 シェイナさんが少し身構える。


 一瞬、緊張感がその場を支配する。


 あ、ますますやばい。警戒されてる。


「いや、待って、シェイナ。仮にシグマくんがこちらに仇なす存在なんだとしたら、ここで読み上げるのは不自然だ」


 マーロンさんがピリッとした空気を和らげてくれる。

 そうですよ、マーロンさん。俺の中身はしがない無害なおっさんですよ!


「確かにそうです。あと、シグマくん、もう一度読んでみてください」


「はい、大いなる神の代弁者、レイダの命ずるは、霊長を憎悪し、破壊の限りを尽くせ、です」


「この、レイダというのは、魔法陣を発動した者の名前で間違いないでしょう」


 え!魔法陣って、そんな、署名みたいなシステムなの??


「古代魔法の時代では、名前というものが非常に重視されていましてね。名前を一緒に刻まないと魔法陣は発動しないとされているんです」


 リドリー先生が確信を持ってそう言う。


「しかし、シグマくん、なぜ君がそこまで古代の文字をすらすら読めたのか、そこが一番の謎です」


「え、……あの、……いや」


 なんて言えばいいんだ。なんて言い訳しても、みんなを納得させられる気がしない。


「そこのところは、どうなんでしょう?」


「あ!あの!!」


 そこで、カンジが急に助け舟を出してくれた。


「シグマさんは、記憶をなくしていらっしゃいます!正直、シグマさんの出自は髪の色も含めて、わからないことだらけなんです!でも!でもシグマさんは、そんな自分の境遇にも悲観的にならずに、この森で一生懸命、ボクたちと生きていくという決心をされたんです!!だから!……だから!なんでこれを読めたのか、一番わからないのは、シグマさん本人なんです!!シグマさんを責めるのだけはやめてください!!!」


 カ、カンジ……。お前、俺をかばってくれてんのか。ちょっと泣きそうだぜ。


「いやいや、カンジくん。別に僕たちはシグマくんを責めようって訳じゃないんだよ」


「そうです。逆にありがたいんですよ、こんなに早く魔法陣の謎が解けるなんて」


 え? そうなの?


「この魔法陣が、仮にその意味で合っているんだとしたら。古代文字の解読作業が大きく前進するということなんです!」


 リドリー先生が興奮気味に言う。マーロンさんもちょっと目を輝かしている。


 あー、研究者っていうのはこういう人種なんですね。


 そう言うやいなや。リドリー先生は、「こうしちゃいられない!」と言って、さっきの古い文献を持って自分の机に座り、それを事細かにもう一度読み始めた。


「あー、あのモードに入ると、しばらくは先生の耳には何も入りません」


 カンジが、やれやれと言った感じでそう言う。

 リドリー先生のいつもの風景なのだろうな。


「さて、……我々調査団としても、首謀者の名前がレイダだという事がわかった。これは大きな収穫だ」


 シェイナさんが言う。


「そうですね、引き続き調査を続けましょう」


 そう言うと、調査団のお二人は俺が解読できたことは不問にしてくれて、帰っていった。


 やれやれ、一時はどうなることかと思った。


「……カンジ」


「何ですか?」


「さっきは、かばってくれてありがとな」




 カンジは、照れ臭そうにメガネをクイッとあげて、少し微笑んでくれた。

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