12 天性の歌声
リィサさんが歌い出した瞬間、全身に鳥肌が立った。
思い返してみると、出会った時からリィサさんの声はとても心地いいと感じていた。
いい声してるなあと、何となくは思っていたのだが。
歌になると、こんな事になるのか。
「……す、すげえ」
思わず、心の声が出てしまった。
何度も言うけど、俺は前世で売れないアマチュアミュージシャンだった。
売れなかったとはいえ、35歳で死ぬまで一応音楽業界に足を突っ込んで生きていた。
音楽を志してバンドを組んでいた若い頃から、細々と一人で活動していた30代まで、数えきれない程のライバルたちを見てきた。
一緒のライブハウスで対バンやっていたような奴らが、プロになってメジャーデビューしていったこともあった。
最近は、俺のギターの腕や音楽知識を頼って、若い連中からサポートメンバーとしてライブに参加して欲しいと頼まれることも少なくなかった。
いろんな奴がいた。
それこそ、歌の上手い奴なんて星の数ほど見てきた。
こいつは歌の天才なんじゃないかと思えるような、天性の歌声を持っている奴もたくさんいた。
そんな俺が断言する。
リィサさんはその誰よりも、歌が上手い。
幼い頃、テレビの懐メロ番組で観た昭和の天才歌姫や、平成の天才ディーバなんかにも引けを取らないくらい、いや、それ以上だ。
そして何より、その表現力がすごい。
まるで、一陣の風が森の中を駆け抜け、木々を揺らしながら一本の雄大な神木に届く様が、目に浮かぶようだった。
アカペラなのにだ。
気がつけば俺も目を閉じて、リィサさんの歌に聞き入ってしまった。
なんて心地のいい歌なんだろう。
このまま一生この歌を聴いていたい。そう思わせるような力がある。
歌は、クライマックスを迎え、そして静かに終わりを告げた。
俺は、思わず立ち上がって大拍手した。これ、お金払ってもいいレベルだ。
リィサさんは、歌い終えると恥ずかしそうに俺に聞いてきた。
「……どう、かな?」
「すごい!!すごいですよ、リィサさん!!僕、こんなに歌が上手い人、初めてです!!感動しました!!」
「……や、やだ、シグマくん大袈裟よ」
「いえいえいえ!!全然大袈裟じゃないです!!本当に素晴らしいですよ!!」
俺の興奮は収まらない。
「これは、他の候補者の歌を聞くまでもないですね!!歌姫はリィサさんで決まりですよ!!」
「もう、そんなにおだてないでよ」
リィサさんが照れて真っ赤になっている。
だが俺は、決してお世辞で言ってるのではない。それくらい、素晴らしい歌だった。
いやあ、これで納得したぞ。
他の候補者がリィサさんの妨害をしたくなる理由がわかった。ダントツに上手いんだな、やっぱ。
これで、俺も俄然やる気が出てきた。
このリィサさんが歌姫になる為のお手伝いができるのは、めちゃめちゃ光栄だ。
ミュージシャン魂に火がついた。全力でサポートしなきゃ。
「リィサさん、何か書く物ありますか?」
「あ、うん。ちょっと待ってね」
リィサさんは、作業机の引き出しから紙とペンを出して、俺に渡してくれた。
俺は、今聞いた『神木の歌』を思い返しながらギターを弾き、簡単なコード進行をメモする。
それにしても独特なコード進行だな。
所々、不確かなところはちょっと歌いながら、リィサさんに確認してもらう。
「うん、こんな感じですね」
「ねえ、これは何をメモしたの?」
「あ、これは演奏の目安にメモしただけです。最終的には覚えますけど、それまでのメモです」
「へえー、すごい」
いや、すごくないですよ。あなたの歌の方がよっぽどすごいんですよ。
リィサさんはそれから、残りの4曲『収穫の歌』『狩りの歌』『大地の歌』『風の歌』を同じように歌ってくれた。
俺はそれぞれを聴きながらメモしていった。
全5曲、とりあえず理解した。
「さて。じゃあ、リィサさん。この5曲のうち、歌うのはどれとどれにするんですか?」
「そうねえ、正直迷っているのよね。『神木の歌』は一番みんなに馴染みがある歌なの。だから歌った方がいいと思うんだけど、他の候補者の人たちも歌うと思うのよ」
「ああ、歌が被るってことですね」
「ええ。でも別にね、被ってもいいとは思うんだけど、なんか同じ歌ばっかりだとお祭りとしてちょっとつまんないでしょ?」
「確かに」
今、全ての曲を聴いてみて、一番いい曲なのはやはり『神木の歌』だ。森の民のみんなもこの曲が好きなんだろう。
でも、コンテストで歌う曲として相応しいかどうか。
一番大事なのは、リィサさんの歌声の良さが伝わるかどうかなのだ。
「わかりました。ひとまず、ちょっと持ち帰ります。5曲全部、伴奏のアレンジを考えてきますんで、それに合わせて歌ってもらって、そこから決めましょう」
「え!全部? そんな、シグマくん大変じゃない?」
「いえいえ、どうって事ないですよ」
正直、どうって事ない。曲のアレンジを考えるのはそこまで苦じゃないし、「明日のライブまでにこのセットリスト、覚えてきて」って頼まれて一晩で10曲以上アレンジを考えた事だってザラにある。
「とりあえず、任してください。また、決まったら連絡しますね」
「わかったわ。ありがとう、シグマくん」
俺はギターをケースにしまい、テレサさんにもご挨拶してリィサさんの家を後にした。
そういえば、一回もリィサさんのお父さんに会わずじまいだな。
ーーーそして、夕方。
夕飯準備の前の空き時間に、俺はダイニングテーブルで一人ギターを抱えて、鼻歌を歌いながらアレンジを考えていた。
その隣では、ロロが興味深そうにこっちを見てニコニコ笑いながら座っている。ロロは本当に音楽が好きみたいだな。
するとそこに、アンナさんが声をかけてきた。
「おや、シグマ、それはうちの集落の伝統の歌じゃないか。覚えたのかい?」
「ええ、リィサさんに教えてもらいまして。今度リィサさん、お祭りの歌姫を決めるコンテストに出ることになったんですよね。僕、そのお手伝いをするんですよ」
「へえー!そうかい!そうそう、今度のお祭りね。去年で歌姫の人、引退しちゃったからね。新しい歌姫を決めるんだったね」
「リィサさん、子供の頃から歌姫になるのが夢だったそうで、僕に伴奏を依頼してきたんです」
「そうだったのかい。リィサは子供の時から歌が大好きだったからねえ。あんたのそのギターの腕前だったら大丈夫だね!しっかりサポートしてやってね」
「はい!………あ、それはそうと、アンナさん」
「ん?なんだい」
「その、フォーレン祭っていうのは、いつなんですか?」
リィサさんに肝心なことを聞くのを忘れていたんだよね。
「ああ、再来月の月初だよ。だから、……えーっと、だいたい1ヶ月後だね」
「そうなんですね。ありがとうございます」
1ヶ月後か。余裕だな。余裕がありすぎて困るくらいだ。
「シグマ、ロロ、そろそろ夕飯の準備するから、手伝ってちょうだい」
「あ、わかりました!」
「はーい!」
俺はギターを片付け、アンナさんのお手伝いをする為、調理場に向かった。
それから数日。
予想通り、歌のアレンジはすぐに完成したのだが、リィサさんとの予定がどうも噛み合わず、2回目の打ち合わせはできずにいた。
その間も、相変わらず魔法の自主練と森の調査は毎日続けている。
成果はというと、まず無属性魔法。これが飛躍的に成長してきた。自分でも驚くほどだ。今では魔力の刃を発生させて、木の枝ぐらいならスパッと切れるようになってきている。これくらいの威力があれば、もし戦闘になってもちょっとは戦力になれるかもしれない。
あと、森の調査だが。こちらは相変わらず。
何の成果も得られていないミックは、日に日にイライラが募っているようだ。俺はこっちの方は何の成果もなくていいんだがな。
最近はあんまり被害も出ていないみたいだし、このまま収まってくれれば御の字なのだが。
でも、得てしてこう油断した時に、起こってほしくない出来事ってのは起こるものである。
とある日の朝。
いつものようにミックと俺は、森の中に出かけて行った。今日も特に異変はない。
しばらく進んで、そろそろ子供だけで行ってもいい限界点ぐらいまで到着した時、ミックが俺にこう言った。
「なあ、シグマ。今日はちょっとあっちの奥の方に行ってみないか?」
「え? あっちは行ったことないだろ? 危険じゃないか?」
「でもさ、いつも同じようなところをグルグル回っててもさ。何も変わらないじゃん」
「いや、そうかもしれないけど」
「ちょっとだけ。ちょっとだけ行ったらすぐ引き返すからさ。行こうぜ」
そう言うと、ミックはまだ俺たちが行ったことのない森の奥に向かって、どんどん進み出した。
「待って。ミック。……まずいって。……なあ。ミック!」
俺は流石にまずいと思って、必死にミックの後を追う。でも、ミックも意地になってるのだろう。結構な速さで先へ進んでしまう。
「ミック!……ストップ!!……ここまでにしよう!!ミック!!」
ようやくミックに追いついたと思った時。ミックはその場に立ちすくんでいた。
そしてその視線の先に。
「……シグマ、ポグだ」
二匹の野生のポグの姿があった。仲良さそうに体を寄せ合って地面の草を食べている。
「ああ、ポグだな。あれは……どっちだ?」
「凶暴化しているようには見えないな」
「だとしたら、……普通の野生のポグか」
俺たちが安心してフウッと一息ついた時。二匹のうちの一匹がこちらを見た。
その目は、明らかに赤く光っている。そして、こちらを睨み、どんどんと表情が険しくなっていくのがわかる。
「おい、なんか様子が変だぞ、あれってひょっとして」
俺がそう言った瞬間、その一匹が雄叫びを上げながらこちらに向かって猛突進してきた。
……やばい!!
俺は咄嗟にバンダナを外し、両手を前に出して魔力を集中させる。
いけるか? 間に合うか?
そう思いながらも、なんとか集中を切らさずに魔力を手に込め続けた。
ボグはこちらに向かって一直線に向かってきている為、狙いはつけやすそうだが。
と思った次の瞬間。
突進してきたポグの眉間に一本の矢が命中する。
ミックだ。
さすがは日々鍛錬しているだけある。ミックの放った矢がドンピシャで命中したのだ。
見事に眉間を貫かれたポグは、血を流しながら前のめりに転がって倒れた。しかし、その後ろにピッタリと付くように二匹目が突進して来ていた。
「うおっ!!矢が間に合わねえ!!」
ミックがそう叫んだ直後。俺の魔力の装填が完了した。
「行っけええ!!!マジックアロー!!」
俺の手から放たれた数本の魔力の矢は、二匹目のポグに一直線に向かい、ちょうど目の辺りに命中した。
視界を奪われたポグは、悲痛な鳴き声を上げながらあさっての方向に突進していき、木にぶつかってその場に倒れた。
なんとか。……なんとかなった。
二匹のポグが確実に絶命したことを確認した俺たちは、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。
「……ほら、だから……言わんこっちゃない」
「……危なかったな」
「危なかったなじゃないよ!今回は、たまたま二匹だったから助かったけど、これがもし群れとかだったら、俺たちやばかったぞ!」
ちょっときつめにミックに言う。ミックも、ちょっと反省しているようだ。
「……確かにな。あんなに問答無用で向かってくるなんて。まるで魔物じゃないかよ」
「そうだな。……この死体、持って帰った方がいいよな?」
「ああ、リドリー先生のところに持っていこう」
ようやく落ち着いてきた俺たちは、ポグの死体の方に向かって歩き出そうとした。
次の瞬間。
背後に先程とは比べ物にならないような殺気を感じた。
これは、確実にやばい。
俺たちは、震えながら恐る恐る振り返ってみた。
そこには。
ポグの何倍もの大きさのオオカミのような動物が、赤い目を光らせてこちらを威嚇していた。




