11 うれしいお誘い
その日から、ミックと俺の森の調査が始まった。
朝食後、森での訓練に行くミックに俺がついていくという形で出かけているので、なんとかダズワルドさんやアンナさんの目は誤魔化せてると思う。
子供2人で森を調査してるなんてことがバレたら、即刻やめさせられるからな。
とはいえ、それから数日間森の中を異変がないか調査したのだが、凶暴化した動物どころか普通の動物にさえあまり遭遇しなかった。
まあ、俺が危険なところはやめておこうと止めていたからな。ミックはもっと森の深いところまで行きたがっていたけれど。
そんなこんなで、そこからしばらくは、早朝に魔法の自主練、午前中はミックと森の調査、という日々が続いた。
家事の手伝いをしてほしいアンナさんからは、「あんたたち、鍛錬に熱心だねえ」と言われたのだが、なんとかはぐらかした。
ミックには、俺が早朝魔法の自主練をしていることは言ってある。
「シグマはやっぱ魔法を使う素質があったんだな!うらやましいぜ!」
と羨望の眼差しで見られた。でも、おかげで一緒に鍛錬しているという言い訳がたつので、ミックも早朝俺が出かける手助けをしてくれている。
そして肝心の俺の魔法の腕前はというと。
数日じゃ、大した進歩はしていない。
でも、ちょっとした発見はあった。
相変わらず、魔力の放出に属性をつけるという作業はうまくいかない。ほんのり属性がつくという感じ。
ただ、その訓練を繰り返し繰り返し行っていたため、魔力の集中と放出のコツは掴めてきた。そしてそれに伴って、威力が上がってきていた。
単純に、属性なしでも手に集中させた魔力を放つと、命中した木が削れるようになってきたのだ。
例えるなら、魔力で殴る感じ。無属性の魔法、とでも言おうか。
思うに、これを極めていけば、物理攻撃と変わらないほどの威力にまで持っていける気がする。
精霊の操作はとても難しいけど、自分の身から放出する魔力は何となく鍛え方がわかる。
ちょっとその方向で極めていってもいいかもしれない。
俺は、そう心に決め、精霊魔法はおいおいがんばるという方向で、取り急ぎ無属性魔法の訓練に勤しんだ。
そんな日々を過ごしているある日。
リィサさんが、訪ねてきた。「シグマくんに折り入って相談があるの」だそうだ。
なんか、他の家族に聞かれたくなさそうだったので、俺は初めて居住スペースではなく家の入り口付近の相談スペースを使った。
リィサさんと二人でテーブルにつくと、なんか小っ恥ずかしくて目を合わせられない。
モジモジしながらキモいムーブをかましている俺を横目に、リィサさんは話し始めた。
「実はね、もう少ししたら、うちの集落の年に一度のお祭りがあるのよ。ダズワルドさんから聞いてない?」
「お祭り……ですか? いや、初耳ですけど」
「そうなのね。年に一度のとっても盛大なお祭りで、『フォーレン祭』っていうの。みんな、楽しみにしてるわ」
ここフォーレンの森に住む森の民の皆さんは、森からの恩恵を受けて暮らしていることをとても自覚していて、森の精霊に対して深い感謝の気持ちがある。この森の精霊への感謝の気持ちを表す機会として、年に一度、盛大なお祭りを開いているらしいのだ。
「各商店の人たちもオリジナルの料理の屋台を出したり、集落中が飾り付けでいっぱいになって、みんなでダンスを踊ったり、すごいのよ」
「わあ、楽しそうですね!」
どこのお祭りもそういう感じだとは思うが、時代とともに元々の謂れから逸脱してみんなが楽しむ方向に変わってしまうことは、よくある話だ。俺が元々いた世界でも、クリスマスやハロウィンなんか、本当の意味で祝ってる人がどれだけいたか。
ただ、お祭りなんだからみんなで楽しむ、というのは良い傾向だと俺は思う。
「それでね、そのお祭りのメインイベントっていうのがあってね、森の精霊に伝統的な『歌』を捧げるの」
なんでも、集落の中でも特に歌の上手い女性から「歌姫」を選出し、祭りのメインで精霊に歌を捧げるらしい。
だが、昨年まで歌姫を務めていた女性は、年齢とともにうまく声が出なくなったということで引退を表明してしまったそうだ。
「前任者が突然引退したんで、今年はどうしようかっていう話になって。じゃあ、今年のお祭りで立候補者が歌って、みんなの投票で決めようっていうことになったのよ」
「おお!すごい!歌のコンテストってわけですね!」
「ええ。それでね。……あの……」
リィサさんが言い淀んでいる。
察しのいい俺は、何となくわかっちゃったかも。
「リィサさん、それに出場するんですか?」
「……え!あ、わかっちゃった? 実はそうなの。私、歌姫になってフォーレン祭で歌うのが小さい頃からの夢で。お祭りがあるごとに毎年、歌姫さんが歌っている姿を見に行って憧れてたの。いつかは私もあんなふうに歌ってみたいって」
「わあ、素敵だと思います!ぜひ頑張ってくださいね!」
「……いや、あの、そこでシグマくんに相談なんだけど」
「え?」
「……わ、私と一緒に、そのコンテストに出てくれないかな!!」
え、えええええ。なんですと??
俺が一緒に出る? なんで?
「ちょ、ちょっと待ってください。よく状況がわかりません。なんで僕なんですか?」
「……あの、実はね。それぞれの立候補者は、伴奏者を自分で手配しなきゃいけないの。それでね、去年まで先代の歌姫のバックで演奏していた人たちに私も声をかけたんだけど、他の候補者に先を越されてしまって。それで、他にも楽器を扱えそうな人を探したんだけど、全員に先約が入っちゃってたの」
「あー、そうなんですか」
「それでね、この間、シグマくんの……あの、……ギター?聴かせてもらったじゃない? 異国の楽器だったけど、とっても感動したの。だから……その、……シグマくんなら、……大丈夫なんじゃないかって思って」
なるほど。そういうことか。
でも、妙だな。楽器できる人全員が先約入ってるなんて、そんなことあるか?
リィサさん、他の候補者に妨害されてるって可能性もあるぞ。
「他の候補者って、何人ぐらい出場するんですか?」
「……ええーっと、私の他に2人ね」
ほら、そんなに少ないんだったら尚更おかしい。
まあでも、今そんなことを考えていても埒が明かない。妨害されるってことは、リィサさんを恐れてるってことだ。
こりゃあ、ここで勝負しなきゃ、男じゃないぜ。
俺の前世の音楽知識が活かせる機会だ。やってやろうじゃねえか。
「リィサさん。わかりました。僕でよければ、お引き受けします」
「え!ほんと!!うれしい!!ありがとう!!シグマくん!!」
リィサさんは立ち上がって俺の手を握り、ブンブン振り回して喜んでくれた。
こんなに早くリィサさんに恩返しできる日が来るなんて、俺の方こそめっちゃ嬉しい。
「で、ところで、その、歌なんですけど。僕、知らないんですよね」
「あ、そうね、そうよね。でも、お祭りまではまだ日があるし、暇を見つけて一緒に練習しましょ」
「わかりました、僕も都合が良くなったら、リィサさんの家を訪ねるようにします」
そう言ってその日は別れたが、早速次の日に俺はギターを担いでリィサさんの家を訪ねた。
「シグマくん!もう来てくれたの!いらっしゃい!」
「いやー、居てもたってもいられなくて」
リィサさんと一緒に練習できるんなら俺は、毎日でも来ますよ!
と、言いたいところだが、そんなことを言うのは流石にキモいので、なんとか平静を保った。
「じゃあ、私の部屋でやりましょうか」
リィサさんに連れられて家に入る。途中、タバサさんに久しぶりに会ったので呼び止められて長話になりそうになったが、「今日はシグマくん忙しいの!」と、珍しくリィサさんが強めな態度で制してくれた。こんな一面もあるのね。
「どうぞー」
リィサさんの部屋に入る。
が、ちょっと想像していた部屋とは違った。
もっと、女の子らしい、可愛らしい部屋なのかと妄想していたのだが、意外と質素。というか、薬草類のサンプルや書籍が所狭しと並んでいて、まるで研究室のようだ。
「うふふ、色気のない部屋だと思ってるでしょ」
「いや、そんなことはないんですけど……すごい、勉強熱心なんですね」
「うん、熱心というか、早く一人前の薬師になりたいからね。私のもう1つの夢」
リィサさんは、ニコッと笑ってそう言った。
やっぱりこの人は、すごい人だ。自分の芯というものをちゃんと持ってる。若いのに大したもんだ。
今は俺の方が年下だけど。
「さて、じゃあはじめましょうか」
「はい」
俺はギターケースを開け、相棒のギブソンJ-45を取り出した。そして、椅子を借りてそこに腰掛け、チューニングを始める。
「リィサさん、歌うのは何曲ですか?」
「ええっと、伝統の歌は全部で5曲あるの。でも、その中から2曲選んで歌うっていう感じ」
「なるほど。じゃあ、ひとまず順番に歌って教えてもらえますか?」
「わかったわ。じゃあまず1つ目の『神木の歌』からいくわね」
そういうと、リィサさんは目を閉じ、スゥーっと息を吸った。
俺はその後、リィサさんの歌を聞いて、腰を抜かすほど驚くことになるのだ。




