歪みゆく筋道と起死回生の一手。
これで話が終われば、きっと各方面にとって幸せな終わりだったのだろう。
しかしそうはならなかった。
ならなかったのだ。
「……王妃選定を、延期しろ、と?」
「い、いえ、命令口調ではなく、した方がいい、という言い方ではございましたが……」
「大して変わらんさ。強いて言えば、体面的には違うのだろうが、な」
報告を持ってきた侍従へと、どこか諦念の滲む顔で国王ハジムが言う。
実際のところ、こうなるのではないかと予測していたところはあった。
明確な言葉にするところはなかったけれども、占い師チェステがニコール・プランテッドを王妃候補へと仕立て上げたいと思っているのは透けて見えていた。
今までは回避出来ていたし、先だってもまるで見計らっていたかのようなニコールの動きによって回避出来た。
そのはずだったのだが。
馬脚を滲ませながら、それでもギリギリなんとか隠しつつ、ニコールを参加させろと遠回しに言ってきている。
そんな態度は、もちろん国王であるハジムからすれば不遜の一言なのだが。
明確に不敬と言える言い回しはしていないのだから、対処に困る。
こんなところも、ハジムが占い師チェステを信頼出来ないところでもあった。
彼女は、浮世慣れし過ぎている。
占い師という浮世離れした職業でありながら、浮世の酸いも甘いもかみ分けたかのごとき立ち回り。
まるで一度どころでなく修羅場を見てきたようなその言動が、ハジムからすればどうにも面白くない。
人であるはずなのに、どこか人と違う時間を生きている化け物のような違和感を感じるのだ。
もっとも、それはハジムの直感でしかない。
明確に、何かがおかしいという証拠を彼女は掴ませていないのだから。
「……女狐の癖に尻尾は掴ませない、か」
「陛下、その……お気持ちはわかりますが……」
国王が口にするにはどうにも下卑た表現に、冷や汗を垂らしながら侍従が口を挟む。
言うまでもなく、彼とて同じことを思ってはいるのだが。
だが、立場上、諫言せざるを得ない。
そして、そんな彼のことを理解出来る程度に、ハジムは頭が回った。
「ああすまん、言い過ぎた。だがまあ、流石に出しゃばり過ぎではあるのだよなぁ」
嘆息しながら、零す。
王政を採用しているクリィヌック王国において、国王の意向は絶対である。
はずである。少なくとも、建前上は。
だが、例外はある。
ニコールのような好ましい例外もある。
だがしかし、このチェステは明らかに好ましくない例外だ。
前国王の贔屓と、的中させた予言の数々がなければ、とっくに首を刎ねられているだろうに。
そうではないから、彼女は今も意見を申し出てくる。
国王が代替わりしたことなど気にした風もなく。
そこに考えが至った瞬間、ハジムは呟きを零した。
「……あやつは、誰を見ているのだ? いや、誰だ、と認識しておるのか……?
あやつはワシを、いや、親父殿も、『陛下』としか呼んでおらぬ。それ以外の呼称を知らぬかのように」
どうにも意味を取りにくい言葉。
けれども、彼に使える侍従は、しばらく考えた後に、ハジムの意図するところを理解した。
「陛下と、前国王様の区別がついていない、とおっしゃいますか……?」
そんなまさか、とも思う。
けれども、そうとしか思えない瞬間も多々あった。
彼女が謁見の間に居た時、どこを見ていたのか。
国王ハジムの御前であるというのに、玉座のその向こうを見ているかのような視線。
今更ながら、そんな違和感があったのだと自覚する。
「ありえぬことだが、そうとしか思えぬ。
あやつは、ワシを見ていない。……いや、むしろ、誰も見ていないのではないか?
あやつは……人を人として扱っていない。さながら駒であるかのように語っておらんか?」
「それ、は……否定、できませぬ……」
侍従は、言い返すことが出来ない。
むしろ、今ようやっと、感じていた違和感の答えが出た気がする。
占い師という立場だから見過ごされていたところもあろうが……チェステの言動は、明らかにおかしかった。
そこに気付けば、当然更なる疑問が湧いて出る。
「何故私達は、チェステの言動に疑問を抱けなかったのでしょうか……?」
その言葉に、ハジムは小さく首を横に振って見せた。
「疑問を抱かなかったわけではない。それぞれに違和感を覚えていたし、言動がおかしいと指摘する声もあった。
だが、一時的なものでしかなかったのだ。いつの間にか消え去っていた。
それがあやつによるものかはわからんが……無関係ではないのだろう」
ブルリ、とハジムの背筋が震える。
貴族社会のあれやこれやに揉まれ、それでもラフウェル公爵やジョウゼフの上に立つ国王として揺るぎない彼の心胆が、冷やされた。
それは屈辱的でもあり、同時に、一種の開き直りを生じさせるものでもあった。
「これで、はっきりした。あやつは、ただの人間として扱っていい存在ではない。
あやつ自身か、その背後にいる存在かはわからぬが……人間が見ることの出来ない何かを見ていると考えていいだろう」
「そんな、魔物か化け物かのような……あやつには幾度も探査魔術をかけておりますが、ただの人間だとしか」
「であれば、あやつ自身が宮廷魔術師すら欺ける存在なのか、あやつの裏にいる存在がそうなのか、だろうよ」
淡々と語るハジムの言葉に、侍従の顔色が悪くなっていく。
そんな存在が、宮廷に入り込んでいる。今や、排除することも容易でないほどに。
それは、絶望的な状況だと言えるくらいであるはずなのに。
彼の主であるハジムは、あくまでも淡々とした表情あった。
「そして、一つわかったことがある」
その言葉に、侍従は驚いた顔を向けた。
彼からすれば、どうにも不気味な超常的存在、としか思えなかったのだが。
彼が使える主、国王ハジムは確かに何かを掴んだ顔をしていた。
そしてそれは、正しかった。
「その存在は、全知でもなければ万能でもない。現にわしらがこうして疑問に思っておるし、この場に介入もしておらん。
であれば、その裏をかくことだって必ずや出来るはず」
「な、なるほど……それは、確かに……。し、しかし、どうやって、ですか?」
ハジムの言葉に、納得はする。
しかし、対処法など欠片も思い浮かばない。
残念ながら、それはハジムも同じだったようだ。
「そこまでは、まだわからん。だが……何とかはなるじゃろう。
なんせこちらには、こと裏をかくことにかけては天才的なご令嬢がおるからなぁ」
「……あ、なるほど!」
悪戯小僧の顔で笑うハジムを見て、侍従の脳裏に閃く一人の令嬢。
なるほど、彼女であればなんとかしてくれるに違いない。
「……そうなると、あの方には是が非でも参加していただかなくてはなるのが、申し訳ないところではございますね」
心優しい彼などは、そんなことも気になってはしまうけれども。
「いや、ことがこうとなれば、かえって面白そうだと参加してくれるかも知れんぞ」
まだ多少はその令嬢のことを知っているハジムなどは、少しばかり肩の荷が下りたか、表情に余裕が戻ってきている。
そして。
彼の言う通り、その令嬢は……ニコール・フォン・プランテッドは、王妃選定への参加を快諾したのだった。
※こちらも長らく更新しておらず、申し訳ございません!!
何とか週一は更新できたらと思っておりますので、またお読みいただけたら幸いです!




