そして、筋書きに抗う者。
当然、選考会の知らせはプランテッド家にももたらされていた。
「ということなんだが、どうだねジョウゼフ」
「まあ、正直に申し上げれば、お断りではあるんですが」
ラフウェル公爵の問いに、ジョウゼフは苦笑しながらも率直に返す。
そう、この知らせはラフウェル公爵が自ら足を運んで伝えられた。ジョウゼフの反応を見るため、という目的もあったためだ。
そして、公爵の予想通り、ジョウゼフ、そしてプランテッド家はニコールが王太子妃になることを全く望んでいないのは間違いないだろう。
念のためしばしジョウゼフの顔を確認していた公爵は、ふぅ、と安心したような溜息を吐いた。
「やっぱり、そうだよなぁ。陛下にもそのように申し上げたんだが」
「ああ、例のチェステ殿ですか? 彼女の影響力も中々抜けませんねぇ」
ラフウェル公爵の様子に、察したジョウゼフが一つ頷いて応じる。
中央での権力闘争にあまり積極的ではないジョウゼフだが、そんな彼でも知っているくらいに、件の占い師は良くも悪くも有名だった。
「残念ながら、先王陛下がご存命の間は取り除けんだろうな。まあ、今となってはこの王太子妃騒動くらいしか悪影響はないから、そこまで問題でもないんだが」
「いやいや、大問題でしょうに。……ああ、社交の場での振る舞いさえ取り繕えることが出来るなら、後は権限の調整でどうにでも、ということですか」
「必要とあれば、な。出来ればそうはしたくないから、選考会だなんて面倒なことをすることになったんだぞ?」
そう言いながら、ラフウェル公爵は会議中に見た貴族達の顔を思い出す。
全員が揃いも揃って、面倒くさいと顔に書いてあった。
選考会などという前例のない、しかも何か大きなトラブルがあってはまずい伯爵家以上の令嬢を集めてのイベント。
その運営にどれだけの準備時間、人員、予算が必要となるか、想像するだけでも頭が痛い。
何しろ令嬢一人に最低でも侍女一人、メイド三人、侍従一人、護衛騎士二人から三人は必要になるはず。
さらにそれだけの人員を集めることが出来る場所が必要になるし、そこで食事を始めとする人々の世話をする人員も必要となる。
そこまでやって、王太子の婚約者が一人選ばれるのみ。随分と無駄なイベントに思えてならないところだろう。
「それについてはお気持ちお察しいたします。その負担を減らすためにも、うちのニコールは不参加ということで」
「ああ、チェステ殿もニコール嬢を選べとは言ってなかったみたいだからな、ここまでお膳立てした上で不参加であれば、これ以上文句も言えないだろう」
「……逆に、これでニコールを無理にでも参加させようとするならば、何某かの企みがあると見ていいかも知れませんね」
そう告げるジョウゼフの顔は、穏やかな中にも圧があった。
いかに人が良くとも貴族、それも侯爵になろうという人間だ、お人好しなだけで済むはずがない。
そんなジョウゼフの姿は、ラフウェル公爵から見ても頼もしい。
「むしろ何の企みもない方が拍子抜けではあるが……それはそれで、『結局ただの占い師でしかなかった』で終わる話になるから構わんのだが」
「そうであることを願うばかりですが、ね」
などとラフウェル公爵は冗談めかして言うが、二人が二人とも、きっとそうではないだろうと考えている。
占い師チェステの、先代国王への取り入り方は絶妙だった。
平素は然程存在感がないのに、ここぞという時には出しゃばり、しかもそういう時に限って占いが当たるから先代には重宝されるし周囲も蔑ろには出来ない。
そのくせ私利私欲に走るような進言、自身の地位を高めるような立ち回りもなかったのだから、排除対象にするのも微妙な存在。
偶然というにはバランスが良すぎ、狙ったにしては欲が見えない。
その不思議な立ち位置に、ラフウェル公爵もどうしたものか決めあぐねていたものだ。
だが、少なくとも偶然たまたまということはありえないだろう、というのが多くの貴族達の見解だ。
「ま、何か腹に抱えているのならば、今回のこれである程度見えるだろうよ。娘もいない身だ、わしはそちらに備えさせてもらうとしよう」
「ふふ、閣下が備えていてくださるのであれば、私としても安心です」
物理においても情報戦においても、ラフウェル公爵に優る存在はそうはいない。
その彼が目を光らせるのであれば、少なくとも国が揺らぐような事態にはならないはず。
であれば、後は。
「後は、ニコール嬢の辞退を陛下に伝えるだけ、だな。……そういえば、そのニコール嬢の顔を見ないのだが、どうしたんだね?」
と、今更気付いたように公爵は周囲を見回す。
親しくしていることもあって、こうしてラフウェル公爵が尋ねてくればニコールは必ず挨拶に出向いてきた。
今は彼の弟であるアンカーリヤ伯爵がプランテッド領で働いているのだから、なおのこと兄であるラフウェル公爵に挨拶をしないなど、ニコールの性格からはありえない。
ニコールを知るラフウェル公爵からの、当然とも言える問いに対してジョウゼフが返したのは、苦笑だった。
「それがですね、間の悪いことにシャボデー辺境伯のところに出かけておりまして」
「シャボデー辺境伯のところに? 一体何の用事が? 観光旅行に行くような場所でもあるまいに」
ジョウゼフの答えに、ラフウェル公爵は首を傾げる。
シャボデー辺境伯領は、その名の通り辺境にあるためプランテッド領からそれなりの距離がある上に、役割が役割だけに軍事施設ばかりで観光地などまるでない。
そんなところに、年若い彼女がわざわざ行く理由がラフウェル公爵にはわからなかったのだが。
「それがですね、我が領で働いてくれてる者達の家族を迎えに行くことになりまして。
今まで世話をしてくれていた辺境伯に、どうしてもお礼をと」
「……ああ、そういえば辺境伯領の被災した村から出てきた難民達を雇っていたのだったな。
先だっての治水工事でも大活躍だったそうじゃないか」
「ええ、おっしゃる通りでして。お陰様で生活も安定してきたので、家族を迎え入れても全く問題がなくなりましてね。
ただまあ、その分仕事が忙しくなりすぎて、今の今まで迎えに行くことが出来てなかったのですよ」
「なるほど、それはまた嬉しい悲鳴というかなんというか。しかしまあ、それで家族を迎えて、心身の安定に繋がって、更に労働意欲が増すことになりそうだが」
そこまで言って、ラフウェル公爵は言葉を切り。
それから、小さく首を横に振った。
「ニコール嬢は、そんなことおくびにも出さないんだろうなぁ。いや、彼女だとほんとにそんなこと考えてないように見えるから困る。
そんな態度でいられたら、彼女のためにといくらでも働くのは出てくるだろうなぁ」
自分や弟であるアンカーリヤ伯爵含めて。
言外にそんな本音を滲ませれば、ジョウゼフは穏やかな微笑みを返すばかり。
いくら懇意にしているとはいえ、あまり上位貴族である公爵家に甘えているような言葉を発するわけにはいかないのだ、例え実情がどうあれ。
そのことはラフウェル公爵もわかっているから、笑って返すのみだが。
「ま、そういうことなら二重に仕方ないな。伯爵令嬢……もとい、侯爵令嬢としても、その理由で挨拶に伺うのは適切な行動だし、咎める奴もおらんだろう」
もしもいたら、自分が抑えればいいだけのことだ。
目でそのことを伝えれば、ジョウゼフは少しばかりの苦笑と共に小さく頷いてかえす。
これで文句を付けられるのは国王くらいのものだが、その国王もニコールが王太子妃になることには消極的なことを考えると、問題にはならないはず。
「しかし、ほんと良いタイミングで挨拶に伺ったもんだなぁ」
「ええ本当に。実に良いタイミングで助言をもらったものでして」
感心したように言うラフウェル公爵へと、ジョウゼフは端的な言葉で返す。
彼に、そしてニコールに『シャボデー辺境伯領へしばらく行く』ことを助言したのは、最近ニコール付の侍女となりその才覚を発揮しているサーシャ。
そのことを、ジョウゼフは意図的に伏せたのだった。




