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決着とそれからと。

 こうして旧パシフィカ領代理統治競争に決着がつき、プランテッド領は喜びに沸いていた。

 プランテッド家が侯爵へと昇爵することが決まったから……ではない。


「まあまあ、お母様、もうすっかりお腹が大きくなって!」


 旧パシフィカ領でのあれこれがある程度落ち着き、久しぶりにプランテッド邸に帰ってきたニコールは喜びの声を上げた。

 目の前では、ベッドの上で身体を起こしたイザベルが穏やかな微笑みを浮かべながら、大きくなったお腹を愛しげに撫でている。

 そう、つまりイザベルは妊娠していたのだ。


「ふふ、そうでしょう? 経過も良好で、お医者様も順調だと太鼓判を押してくれているわ」


 幸せそのものな顔でイザベルが言えば、うんうんと幾度もキラキラした目で頷くニコール。

 彼女の目から見てもイザベルの顔色は良く、健康そのもの。

 しかし、そんなイザベルの顔が少しばかり曇る。


「でも、おめでたいことだけれど、ジョウゼフやニコが大変だった時に動けなかったのは申し訳なかったわねぇ……」

「それは仕方の無いことですし、お母様が領地に残って代行をしてくださったからお父様もパシフィカ領で存分に働けたわけですし、気に病まれることはございませんよ?」


 しょぼんとした顔をするイザベルの頭をよしよしと撫でてニコールが慰める。

 

 そう、イザベルがプランテッド領に残って領主代行をしていた理由が、これだった。

 旧パシフィカ領代理統治が始まった頃は、丁度イザベルも妊娠初期。

 つわりこそ酷くはなかったものの、安定期に入るまでは落ち着ける環境に居る方がいいに決まっている。

 そのためジョウゼフはイザベルに領主代行という形で残し、泣く泣く旧パシフィカ領東部へと赴いたのだ。

 今も彼は、処理しておかねばならない書類仕事をエルドバルと共に全速力で片付けているが、戻ってこれるのはもう数日かかるとのこと。

 なので一足先に、商会会頭の仕事もなくなったニコールが戻って来ているのだ。


「それにしても、向こうで聞かされた時には驚きました。こんなこともあろうかと、会頭の仕事をぶん投げる準備をしておいて良かったと心から思いましたわね!」

「お嬢様、流石にそれは、他の人の前ではおっしゃらないでくださいね?」

「大丈夫よ、いくらわたくしでも、それくらいの分別はありますから!」


 爽やかな笑顔で言うニコールへと、ベルが一言物申す。

 会頭の仕事を押しつけられたアンカーリヤ伯爵とその補佐をしているエイミーは、今も絶賛仕事中。

 ニコールの切り開いた海路、ベイルード伯爵が投了したことによって通行税が最低限にまで下げられた陸路が共に流通が盛んになり、商会には次から次へと仕事が舞い込んでいる。

 メインの事業である土木事業とその資材は勿論のこと、関連する物品、船便にそれこそ便乗して積まれる物品が大幅に増えたのだ。


 ちなみにサーシャの実家であるラスカルテ領も同様であり、サーシャはそちらの手伝いもあって同等かそれ以上に忙しくしている。

 特にザワークラウトとその材料であるキャベツの増産は忙しく、領民一同嬉しい悲鳴を上げているそうだ。


 つまり、今こうしてイザベルと共にのんびりしていられるのは、ニコールとそのお付きであるベルだけなのである。

 まあ、それはそれで大事な役割ではあるのだが。


「でも、心強いのは事実ね。これからまた収穫後の納税処理があるけど、私一人だと心細いところだったし」


 はふ、と吐息を零しながらイザベルがつぶやく。

 ベイルード伯爵が投了したことで、旧パシフィカ領がプランテッド家に与えられることはほぼ確定。

 であれば今年の収穫とその後の納税処理は、ジョウゼフが一手に引き受けることになる。

 分骨の件もあってか、西部に関してはベイルード伯爵が手伝ってくれるらしいが、それでも最終的に纏めるのはジョウゼフの職分。

 当然、プランテッド領よりも広大なパシフィカ領の納税を取りまとめるのだ、とてもプランテッド領にまでは手が回らない。

 となると、プランテッド領ではニコールの手も借りたい状況になるのは当然のことである。

 今更になって気付いたニコールは、一瞬だけ固まってしまったが。


「……そうですわね、もちろんしっかり手伝わせていただきます!」

「ちょっと間が空きましたね?」

「なんのことかしら、いやねベルったら」


 とぼけてみせるニコールだが、ジト目で見てくるベルとは視線を合わせない。

 そんな二人のやり取りを見て、イザベルはくすくすと楽しげに笑う。


「ふふ、二人は相変わらずね、何だか安心したわ。パシフィカ領から流れて来たニコールの評判を聞いてたら、随分と大人になっちゃったのねとか思ってたのだけれど」

「お嬢様が、大人。やらかした仕事だけを見たらそう誤解する人もいるでしょうが、傍で見ていたら相変わらずのスーダラぶりですよ?」

「ちょっとベル? 流石にその言い草はちょっと酷いんじゃなくて? いくらわたくしでも、傷つく時には傷つくのよ?」


 大げさなため息を吐きながらベルが言えば、ニコールがむくれたように唇を尖らせる。

 もっとも、二人とも本気で言っているわけではないのが一目瞭然で。


「はいはい、ほんと仲良しさんなんだから」

「奥様、これを見てその感想はいかがかと思います」

「そうですそうです、ベルったら酷いんですのよ? こないだだって……」

「あれはお嬢様が……」


 それを皮切りに始まる、互いを非難する……ように見せようと努力していないこともない四方山話。

 イザベルからすれば二人の仲良しアピールにしか聞こえないのだが、ニコールとベルの二人は果たしてどんなつもりなのやら。

 一つだけ間違いないのは、二人の息がぴったりであること。

 そんな二人のやりとりは、イザベルにとって何よりの精神安定剤になるのかも知れない。


「生まれてくるこの子にも、こんな風に言い合える相手が出来るといいわねぇ」

「あらお母様、ベルみたいに小言が多いメイドがついたら、自分の殻に閉じこもる子になるかも知れませんよ?」

「お嬢様、手鏡をお持ちしますので、ご自分のお顔をじっくりとご覧になってください」


 ああ言えばこう言う。打てば響く。

 二人してツンケンした表情を作ろうとしているが、目は笑っている。

 そんな二人の関係は、やはりイザベルからすれば好ましいものだ。


「まずは元気な子を産まないと、ね。その頃にはジョウゼフのお仕事も落ち着いてるでしょうし」


 そう呟きながら、イザベルは自分のお腹を撫でる。

 この子の未来が良いものでありますように、と願いながら。




 プランテッド邸で女三人がかしましく過ごしていたその頃。

 

「ふ~……今日の出荷分も出し終えた~……みんなお疲れ様~」

「お嬢様こそ、お疲れ様です!」


 額の汗を拭いながらサーシャが言えば、周囲で働いていた労働者達が答える。

 日に焼けた肌、肉体労働で鍛えられた身体つき、ごつごつとした手。

 元々は農家の人間である彼らは、農作業の合間を縫ってザワークラウト作りを手伝っていた。

 小さな作業場で作っていたザワークラウトは増産に増産を重ね、今や工場と言ってもいい程の広さの加工場で作られている。

 需要は留まることを知らずうなぎ登り、人手はいくらあっても足りず、更にプランテッド流に染まったサーシャがしっかり日当を出すとあって、加工場はかなりの活況。

 おかげで生産性も質も上がってさらに評判、と良い循環に入っていた。


「おお、今日の作業も終わったかね、サーシャ」

「あ、父さん。うん、アドマウント様の追加発注分と他領からの新規分、特に問題なく終わったよ」

「そうかそうか、お疲れさん。ワシも何とか書類仕事が終わったよ。こうも忙しいと、嬉しい悲鳴とやらが出てしまうなぁ」

 

 はっはっはと上機嫌に笑うラスカルテ子爵の表情には、この騒動の前に慌てふためいた名残など欠片もない。

 それはそれで、我が父ながら楽天的過ぎないかと心配にならなくもなかったりするが。


「あまり調子に乗らないでよね。例えば増産しすぎて売れ残ったりしたら、目も当てられないんだし」

「わかっとるよ、そこはちゃんと気をつけとるともさ。

 わかってはいるんだが、それでも浮かれてはしまうなぁ。それもこれもプランテッド様のおかげというもの」


 言葉通り、少々浮かれた調子で言った後、ラスカルテ子爵ははたと何かを思い出した顔になる。


「そういえば、またお前が言った通りになったな。『プランテッド様が勝つ』と」

「あ~、そういえばそんなこと言ったねぇ。こっちとしては、当たってほっとしたけど」

「やはりお前の予言は頼りになるよ。いや、そればかりを当てにするわけじゃないがな?」


 慌てて付け加える子爵へと、サーシャは苦笑を返す。

 取り繕うとしても時折出てくる調子に乗ったところに、ではない。

 口には出さないし出せないが、その頼りになる予言が、もう当てにならないと彼女だけが知っているからだ。


「そうそう、うちみたいな零細貴族は、地道に堅実に、が一番だよ」

「う、うむ、小さな事からコツコツと、だな」


 などと自分に言い聞かせながら帰る支度を始めたラスカルテ子爵を見ながら、サーシャが考えるのは別のこと。


 彼女が以前読んでいた小説でニコールが出てきた時期は、恐らく次の春。

 だが、ほぼ間違いなく小説の通りにはならないし、進行もしないだろう。

 であれば、彼女の知識はほとんど役に立たず、今までのように『お告げ』をもたらすことも出来ない。

 

「なんせ、大前提からして違うもんなぁ……いや、もしかしたらこれから?」


 父である子爵に聞こえないように、呟く。

 

 今現在、設定とは違うこと。

 しかし、今度あるプランテッド家昇爵祝いにおいて持ち上がってくる可能性があること。


 ニコール・フォン・プランテッドはクリィヌック王国第一王子の婚約者、という現状とズレた設定。

 

 それが果たして現実のものになるのか。

 仮になったとして、今のニコールでは小説通りに進むはずもないが、何か強制力のようなものが働くのだろうか。

 それは、サーシャにもわからなかった。

※これにて2章終わりとなります。ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

 もし気に入っていただけたなら、下にある「いいね」ボタンや☆による評価、ブックマークなどしていただければ大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。


 続きに関しましては、ちょっと充電期間をいただこうと思っておりまして、しばしお待ちいただければ幸いです。

 出来るだけ早い内に再開出来ればと思っておりますが、少々時間がかかるやも知れません……すみません。

 今後とも、どうか無責任令嬢をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世代がズレまくったネタを大量に含みながらも、それはあくまでフレーバーで、話の筋や世界設定、キャラクター設定は親しみやすくわかりやすい今風。 ああ、なるほど、良い作者様はこういう作劇とキャラ…
[一言] 面白くて一気読みしました! 続きを期待してます(^ ^)
[一言] 敵役であって悪役ではないのがいいですねー、 場面場面では悪役として映る所もあるんですが……小説のニコールもそうだったのかも? とは言えこの無責任令嬢、 ちょっと癖が強すぎて王家に引き込むの…
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