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三つ子の魂はいずこへ。

「ま、敗北者である私が語れるのはこんなところだ。聞きたいことは聞けたかね?」

「そうね、おかげで納得したよ」


 胸の内を吐露したせいか、さっぱりとした顔でベイルード伯爵が問えば、こくりとワンも頷いた。

 その表情に、先程いきなり現れた時に比べてしんみりしたものがあるように思うのは気のせいだろうか。

 存外……いや、あのニコールに仕えているのだ、かなりのお人好しらしい。

 

「ならば話は終わりだ。ここまで完膚なきまでに負ければ思い残すこともない。……一思いにやってくれ」


 そう言うとベイルード伯爵はワンに向き直り、両手を広げて見せる。

 敗北も死も受け入れたような顔で目を閉じるその姿は、殉教者のような敬虔さがあった。


「そう、潔いことね」


 答えたワンが、すっと腰だめに拳を引き。


「って、いやいや、おかしいね!? ワンさん別に、あんたのこと暗殺しに来たわけじゃないよ!?」


 場の空気に飲まれ掛けたワンが慌てて拳を緩めれば、ベイルード伯爵はチッと小さく舌打ちをした。

 ワンの鋭敏な耳は、もちろんそれを聞き逃すわけもなく。

 1秒の沈黙の後、その意味するところを察した。


「うっわ、ほんと怖いねこの人! 流れと空気でワンさんに自分殺させる気だたよ!

 自分の命を捨て駒にするとか、大した肝の太さね!」


 ワンが、大きな声を上げた。

 プランテッド家の者が見れば驚くであろう光景に、しかしベイルード伯爵の顔は少しも動いていない。


「……何のことかな?」

「とぼけても無駄よ、あんたわざと殺されるつもりだたね、最初から。通りで不用心にベランダに出てきたはずよ。

 そんでもって、あんたが暗殺されたら、絶対うちの関与が疑われて捜査が入るね。どうせ、机か金庫かに匂わせる手記か何か捏造して残してるよ。

 そしたら、あんたんとこの跡継ぎなりが上手く立ち回れば、勝負が白紙に戻る可能性が僅かだけど残ると考えた、違うね?」


 びしっとワンが指を突きつければ、ベイルード伯爵の顔に苦笑が浮かぶ。

 くっく、と小さく一度二度、喉を鳴らして笑い。

 それから、両手を上に上げながら肩を竦めて見せた。


「やれやれ、本当にお手上げだ。上手いこと空気に飲み込めたと思ったんだがな」

「いやほんと危なかたよ、そんな気まったくなかたのに、何か流されそうになってしまたね」

「踏みとどまられた上にそれだけの洞察力があるんだ、相手が悪かったとしか言いようがない」


 残念そうに言っているが、否定しないということはつまり、ワンの推理が当たっていたということ。

 実際のところ、もし本当に彼が暗殺されれば、どちらを昇爵させるのかという結論が出るのは先延ばしになることだろう。

 捜査の進む方向によっては、どちらも侯爵に叙せられない可能性も出てくる。

 プランテッド家の昇進欲の無さを考えれば、むしろそうなる可能性の方が僅かに高いかも知れない。

 そこまで持ち込むことが出来れば、あるいは次代でこそ。

 残念ながら、その目は潰えてしまったが。


「本当に、相手がお前達でなければ、な」


 ふぅ、と息を吐く。

 諦めはついた。相手が、悪かった。

 それでも、幾ばくかの未練は残るが。


「うちが相手でなく、この街を手に入れたら、何したかたね?」


 問われて、口籠もる。一つ、したいことがあるにはあるが。

 少しばかり口にするのを躊躇われるそれを、まあいいかとどこか投げやりな気分で口にした。


「そうだな、さっき言った祖母の墓を移し替えたかったかな。亡くなる前に言ってたんだ、よく遊んだお気に入りの丘があると」

「……まず出るのが、それね?」


 完全に意表を突かれたワンは、少しばかり驚いた顔になる。

 返ってきたのは、随分とさっぱりした笑みだった。幾分、諦めたが故の色も強かったが。


「そんなもんさ、わざわざ聞かれるとな。

 金稼ぎだ利権だ、貴族らしいあれこれは、口にするまでもなかろう?

 おまけに、やろうと思えば今の領地でも出来ること。この街でしか出来ないことなんて、浮かぶのはそれくらいだ」

「なるほど、そんなもんね」


 相づちを打ってまた、今度は長めの沈黙が訪れる。

 ざぁ、と庭木の葉を揺らす風は、秋の色が濃い。

 この景色も、さて、いつまで見ていられることか。少なくとも、来年の秋を見ることは出来ないのだろう。

 感傷に耽りがちなのは、風の冷たさ故か。


 払い落とすかのようにふるりと小さく首を振ったベイルード伯爵の隣で、沈黙していたワンが口を開いた。


「東の方の文化で、分骨いうの、知ってるか?」

「……何?」


 唐突な問いに、思わず聞き返す。

 分骨、言葉の響きから、何となくはわからなくはないが。


「いや、知らんな」

「そう、こっちじゃあんまりやらないだろしね」


 頷いたワンが、ベイルード伯爵へと向き直る。

 その表情を見て、一つの憶測が……いや、希望的観測が浮かぶ。

 まさか。


「東の方では、ご遺体を燃やして天国に送る風習あるとこもあるね。

 その時に残ったご遺骨をお墓入れるけど、全部は入れずに一部を他のとこに持ってくことあるよ。

 海が好きだた人なら海に撒いたりもあるし。その人が好きだた場所にもう一つお墓作て埋めることもあるね。それが分骨よ」

「いやまて、まてまて。分骨はわかった、わかった、が……それは、ないだろう? いくらなんでも、そんな馬鹿な」


 ここまで説明されれば、ベイルード伯爵でなくともわかってしまうだろう、ワンが何を言いたいか。

 それはひどく彼にとって都合のいいことで。


「そんなことをする益がないだろう、そちらには」


 むしろ迷惑でしかないだろうに。

 目の前の男は。ワンは、にっかりと朗らかな笑みを見せた。


「損して得取れ、商売の基本よ。何がどう回り回ってうちの得になるかわからないし、お嬢様なら間違いなくそこから得を引き寄せるね。

 それにほら、ある意味人質みたいなものだし? だから旦那様もうんと言うと思うよ」

「そんな馬鹿な……いや、そう、なのか……?」


 一度だけ直接相まみえた、ニコールの顔が浮かぶ。

 あの、何も考えていなさそうで、全てを見通しているかのような瞳。

 彼女であれば、こんな馬鹿な話すら飲み込んでしまいそうな気がしてくるのだから、不思議なものだ。

 きっと、プランテッド家の面々にとっては、当たり前のことなのだろうが。


「そうと決まれば善は急げね、早速旦那様に相談してくるよ」

「あ、ちょっとまて、まだ何も決まっとらんぞ、私はいいとも悪いとも!」


 慌ててワンに手を伸ばすも、その気になったワンを止めることなど出来るわけが無い。

 それこそ秋風のようにするりとベイルード伯爵の指先をすり抜け、ワンはその姿を消した。

 あまりに鮮やかな消えっぷりに、今までのやりとりは幻だったのかと思うほど。

 幾度か瞬きをしたベイルード伯爵は、大きく息を吐き出した。


「はは……なんだっていうんだ、本当に。こんな馬鹿な話があるものか」


 自分に言い聞かせるように呟くそれは、ぼやきというにはほんの少しばかり明るく軽い、僅かに希望が滲んだ声。

 まさか。まさか、そんなわけがない。

 何度も同じ言葉を頭の中で巡らせながら、空を見上げる。

 秋の澄んだ空気の向こうに見える星空は、いつもと違う輝きのように見えた。




 それから数日後。

 ジョウゼフの許諾を得たとワンがわざわざやってきて。

 馬鹿笑いを弾けさせたベイルード伯爵は、期日を前に、王家へと投了を告げたのだった。

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