査問会の始まり。
「まさか、こういう手に出てくるとは、な……」
王都を走る馬車の中で、ジョウゼフが溜息を零す。
貴族家当主としてはあるまじき態度だが、今馬車の中には向かいに座るニコールとその隣のベルしかいない。
ちなみに御者はマシューである。
「そうですわね、奇策ではありますが、ことわたくしに対してはこれ以上ないとも言える手かと。
これはまるで、わたくしのことを調べ尽くした上での策のようにも思えます」
「やはりそう思うかね。実際彼は、他の施策に関しても随分と下調べをした上で実行しているようだ。
あれだけ調べ上げるには、普通数年はかかるものだが、ね」
「であれば、下手に召喚を拒否でもすると、そこから更に追い詰めるような二の矢三の矢が打ち込まれかねませんわね~……」
「ああ、そうなることに比べたら、まだ査問会で申し開きをする方が道を開ける可能性がありそうなものだ」
そう応えるジョウゼフだが、流石にその顔色は良くない。
何しろ、先程自分でも言ったように、ベイルード伯爵は充分な下調べをしてから事を起こす。
それも、あまり表に出ていなかったニコールの、その人材確保の手法まで掴むレベルで。
であれば当然、この査問会でも様々な証拠を用意しているのは間違いない。
それらに対して、どう反論していくのか。ジョウゼフ達も、出来る限りの準備はしたが……。
「お任せください! わたくし、場をかき回して煙に巻くのは人一倍得意でございますから!」
「お嬢様、そう言われて任せられるのは、マシューさんくらいのものです」
ベルが淡々とツッコミを入れれば、御者台の方で「ヘックシュン!!」と豪快なくしゃみが聞こえた。
それに対してベルは顔色一つ変えずにスルーである。
「ベルは本当にマシューには手厳しいわよね~」
「これでも一応は手加減しているつもりなのですが……勤務に差し障りがあってはいけませんから」
「流石に私も、マシューに若干の哀れみを感じてしまうねぇ」
ニコールとベルのやり取りに、ジョウゼフは思わず苦笑を零した。
そして同時に、心の中にあった重たいものが、少しばかり軽くなったことにも気付く。
この二人の、いつものようなやり取りを見て。
「……勝算はあるのかい?」
「もちろん!」
普段と変わらぬ様子のニコールへと向けた、ジョウゼフの声音は普段のそれに近いもの。
だからそれに答えるニコールの声も、いつもの通りで。
「まったくございませんわ!」
……その中身もいつもの通りだった。
思わずガクッとジョウゼフは身体を揺らし、ベルは目を伏せながら小さくため息を吐く。
肩透かしを食らった二人から物言いたげな視線を向けられるも、ニコールは無頓着に笑っている。……いつものように。
「大丈夫、大丈夫です! きっとなんとかなりますわ!」
「……ニコールが言うと、大体なんとかなりそうに思えるから、困ったもんだよねぇ」
ジョウゼフが苦笑しながら言うと、ベルもコクコクと幾度も頷いて見せた。
二人はよく知っている。困ったことに、本当に大体なんとかなってしまうことを。
「なら、親として私も、ニコールを信じて支えないとね」
そう言うとジョウゼフは、自身の横に置いたスーツケースをポンと軽く叩いた。
それから1時間もせずに王城へと到着したニコールとジョウゼフは、しばしあてがわれた部屋で待機した後、査問会が開かれる会議室へと案内された。ちなみに、ベルは使用人のための別室にて待機である。
問われる立場である彼らが会議室へと入れば、既に大方の人間が揃っていた。
疑義を唱えたベイルード伯爵と、他数人の伯爵。後は侯爵とラフウェル公爵を含む公爵がともに数人ずつ。
自分達と同格以上の貴族達が居並ぶ場所へと入ってきたニコール達に、一斉に視線が向けられる。
疑いの眼差し、微かな敵意、見定めようとする冷たい視線。様々な視線が交錯する中、気遣わしげな色を見せたのはラフウェル公爵くらいのもの。
そしてベイルード伯爵は……特にこれといった感情の読み取れない顔で、ニコール達を見もせずに座っている。
その向かい側に揃って腰を下ろし、しばし。
「陛下のご入場です!」
と案内の声が響けば、全員が一斉に立ち上がる。
そして、扉が開く僅か前に揃って礼の姿勢をとれば、国王ハジムがゆったりとした足取りで入ってきた。
「皆の者、着席せよ」
そう告げてからハジムが座れば、それに習ってこの場にいる貴族達も椅子へと腰を下ろす。
途端、先程よりも更に張り詰めたような空気が満ちて、水を打ったように静けさが訪れた。
数秒の静寂の後。
「それでは、これよりニコール・フォン・プランテッド嬢の査問会を始める。
はじめにベイルード伯爵、疑義の内容を」
「はい、かしこまりました」
ハジムに促され、ベイルード伯爵が資料片手に立ち上がる。
ペラリ、表紙であろう一枚目をめくって、視線を落とし。
「それでは僭越ながら申し上げます。査問対象であるニコール・フォン・プランテッド嬢は、伯爵令嬢の立場でありながら複数の男性犯罪者と接触。
気安く話すだけでなく、庶民向けの酒場でともに飲食。この際、飲酒も当然しております。
挙げ句には彼らを雇い入れ、土木事業の人足として使役しております」
ベイルード伯爵が最初の数行に当たる部分を読み上げただけで、もう既に幾人もの人間が顔をしかめていた。
何しろここに集まっているのは上位貴族ばかり。
その彼らからすれば、結婚前の貴族令嬢が男性と、それも犯罪者と食事を共にしたなど、その時点で顰蹙ものである。
一瞬で彼の望む空気へと変化したのを察知しながらも、ベイルード伯爵の表情は崩れない。
「これが一度だけならまだしも、二度、三度……こちらが把握している限り、五つの都市で同様の行為を行っております。
また、飲食だけに留まらず、身体的接触まで確認されております」
身体的接触、と聞かされ、会議場内にどよめきが走る。
それはもう淑女としてあるまじき行為であり、もはや公共事業を委ねる資格以前の問題とすら思えるもの。
これだけでも十分であるところに、まだベイルード伯爵の言葉は続く。
「そのような不適切な行動によって雇い入れた不適切な人員を、彼女は各地の土木事業現場へと派遣しております。
また、雇い入れた後も犯罪者達と食事をともにするなどの行動の目撃情報も複数ございました。
これらの行動は、貴族令嬢として不適切なものというだけに留まらず、犯罪者を各地へ送り込むという危険行為を犯しているとも言えましょう。
故に私は、公共事業、すなわち国家の血税を投じる土木事業を扱う商会の会頭としてニコール・フォン・プランテッド嬢がふさわしいのか、疑義を上げた次第でございます」
ベイルード伯爵が資料の読み上げを終えても、すぐには誰も声を出さなかった。
貴族の常識からすれば考えられないことばかりの内容に、嫌悪感を示す者もいれば首を傾げるものもいて。
「ベイルード伯爵、読み上げたプランテッド嬢の行動に関して、証拠はあるのかね?」
「もちろんです。各都市での目撃証言がこちらに。複数人からの証言を得ております。
また、彼女の移動記録、街への出入りの記録も写しがございますので、日時についての矛盾がないこともご確認いただけるかと」
「なるほど……よくもここまで調べ上げたものだ」
当然と言えば当然の問いに、ベイルード伯爵はもちろんしっかりとした証拠を揃えていた。
これでもかとばかりに出てきた分厚い証拠資料に、驚きを通り越して呆れたような顔もあちこちに見られる。
それを受けて考えを巡らせるもの、近くのものと小声で話すもの……会議場の空気は、騒然としたものになった、のだが。
「うぉっほん!」
その空気を切り裂くように、大きな咳払いが一つ。
途端に、また静けさが取り戻された。
この場でこれ見よがしに咳払いを響かせることが出来る人間など、限られている。
みれば、やはり咳払いの主は国王ハジム。
静かになったと見たハジムは、ぎょろりとした目をニコールへと向ける。
「ベイルード伯爵からの訴えは理解した。
さてニコール・フォン・プランテッド嬢。何か申し開きはあるかね?」
その声は穏やかだというのに、目力の強い視線とも相まって、何故か背筋が伸びるような圧があった。
貴族令嬢はもちろんのこと、並みの貴族であってもたじろいでしまいそうな視線を受けて、しかしニコールが浮かべたのは笑みだった。
その態度に、一部の貴族から驚きの声が上がる中、ニコールは口を開く。
「おおむね事実ではございますね」
あっけらかんとした声で告げたのは、あっさりと認める言葉だった。




