活用される人材達。
こうして、ケイト達によってリストラ対象の管理職達が教育という名の訓練を受けている頃。
「さあ、わたくし達はわたくし達のお仕事をいたしましょう!」
というニコールの音頭の元、エイミーやサーシャは組織改編に奔走していた。
「ええ、今回プランテッド伯爵家が代理統治する関係で、今後はこういうルートで発注しまして、納品はこちらの方に……」
「なるほど、色々新しくしないといけないわけだ、あんたも大変だねぇ、エイミーさん。
任せときな、他ならぬあんたの頼みだ、きちっと対応させてもらうよ!」
「あ、ありがとうございます!」
「なぁに、良いって事よ。なんせあんたと代わった奴が酷すぎたからなぁ……こっちがありがたいくらいさ!」
土木事業関連の資材を納品していた業者の元へとエイミーが直接出向き、今までの詫びと商流の変更について説明して回ることになったのだが、現地での反応は、概ね良い。
元々エイミーが一人で信頼を築いて、彼女の放逐と共にグダグダになったのだから、エイミーが復帰したとなれば願ったり叶ったり、というものだろう。
何より、プランテッド伯爵家という後ろ盾を得たにも関わらず、全く偉ぶるところのないエイミーの姿勢が快く受け入れられた要因であることは間違いない。
プランテッド家としても、結局パシフィカ侯爵から引き継ぐことになった土木事業において、資材の流通をまっとうな状態に戻すことは急務である。
初夏から夏に降水量が増える地域も多く、何より今年の冬こそ各地域の治水工事を完成させねば、雪解け水に今度こそ耐えられず大きな被害が出るかも知れない。
現場は頭領であるダイクンや現場リーダーのカシムが回すにしても、資材がなければどうにもならない。
というわけで、エイミーはプランテッド家のバックアップを受けながら、あちこちを駆け回って急速に流通を回復させていった。
「いやぁ、身体がいくつあるんだってくらいの活躍ぶりですねぇ、エイミーさん」
馬車に揺られながら、サーシャがのんびりした口調で呟く。
天気は晴天、夏に向かおうとする空気はまだ暑いとまではいかない、そんなちょうど良い気候とあっては少々気も緩み気味になろうというもの。
おまけに馬車のペースも程よく、振動もリズムよくとあれば尚更だ。
「あはは、そういうサーシャさんも大したご活躍だと思いますけどねぇ」
同じく気楽そうな口調で答えたのは、御者席に座るマシューだった。
本来であれば彼はニコールの護衛兼御者として彼女につきっきりなのだが、事務作業やら何やらの書類仕事でニコールが旧パシフィカ侯爵家別邸に釘付けになっている今、あちこち飛び回る仕事が多いサーシャに付けられているのだ。
ちなみに、エイミーは元々旧パシフィカ領で働いていて土地勘があるため、他の御者が付けられている。
「いやいや、あたしなんてまだまだ。……まあ、何とかそれなりに成果は上げられてるかな、と思いますけど」
「それなり、ねぇ……強面な商会の会頭相手に豪胆な交渉を繰り広げて、一日で商会を支店として傘下に入れることに合意させたのが、それなり、と。
いやはや、こうなるとサーシャさんの精一杯の成果がどんなものか見てみたいもんですよ」
「あ~、そう取られちゃいますか。でもほんと、ニコール様が色々と裁量をくださったのが大きいんですって」
「その裁量も使い方次第、ですけどねぇ」
わざとらしくマシューが驚いてみせるも、しかしサーシャはやはり恐縮してみせる。
この辺りは、前世の日本人気質が大きいのかも知れない。
まだ納得していないようなマシューへと、サーシャは笑いかけて。
「それにほら、マシューさんをわざわざ付けてくださったんですもん、頑張らないとって思いますし」
「俺ですか? 俺こそただの御者、大したことなんて出来ないですって」
思わぬ言葉に後ろを振り返ったマシューは、へらりといつもの軽薄な笑みを見せるのだが。
サーシャは、ゆるりと小さく首を振って見せた。
「だってマシューさん、多分騎士出身か、少なくとも正規の訓練を受けたことあるでしょ? それもかなりきっちりと」
「……はい? え、いやまあ、それは否定しないですけど。え~……俺、そんなこと言ってないですよね?」
正鵠を射られて、少しばかり動揺するマシュー。
爪を隠しておきたかった彼としては、腕を見せたこともないサーシャにあっさりと言い当てられたのは、少なからず驚きだった。
その当てた当の本人は、それこそ大したことのないような顔をしているのだが。
「いやぁ、歩き方や身のこなしから、出来る人なんだろうな~とは思ってたんですけどね。
一番の決め手は馬具の付け方とか点検の仕方かな~」
「馬具、ですか? え、いや、あんなの普通のことしかしてないでしょ?」
納得のいってない顔でマシューは首を傾げるが、そんな彼へとサーシャは小さく指を振って見せる。
「普通のことを普通でないくらいに丁寧にしてるというか。
手付きや目の真剣さが、馬に命を預けることを知ってる人の目だな~って。
となると、騎乗して戦った経験がある人か、その訓練をしたことがある人かな、と」
「は~……自分じゃわからないもんですが、そうなんですねぇ。いやお見事、お見それしました。
確かに俺は騎士学校を出てて、騎士資格も取ろうと思えば取れるんですが……そうと言わなきゃ気付かれないことの方が多いんですがねぇ」
やれやれ、とマシューは肩を竦める。
そして同時に、なるほどお嬢様が引き抜くわけだ、と改めて納得もしてしまう。
この若さの令嬢で、この観察力。身のこなしの違いがわかるだけの経験もあるらしい。
考えてみれば、交渉においても彼女はその観察力を存分に活かして優位に話を進めていたような場面も幾度かあった。
「は~、こうも簡単に見破られると、ちょっと考えちゃいますねぇ」
「え、別にばれても問題ないんじゃ……あ、相手を油断させられないから、とか?
でもそれだと、余計な襲撃とか増えそうだから、良くないですね……?」
「そういうのも無くはないですけどね、何よりも仕事の邪魔になりそうで。
ほら、俺みたいな色男が腕も立つってなったら、キャアキャア騒がれそうでしょ? サーシャさんもくらっときません?」
なんて言いながら、マシューは顎に手を当ててあちらを向いたりそちらを見たりと、顔の角度を変えながらサーシャにアピールをしてみるのだが。
「あ~……詳しく知らない人はそうかも知れないですけど、ごめんなさい、あたしはなんかこう、ピンとこないっていうか」
「くぅぅぅっ! どうしてどうしてっ! ベルさんといいどうして皆そうなのっ、おせ~てっ!」
さっくりとした返事に、マシューは身を捩らせながら嘆くも、サーシャの目は白い。
「いや、そういうところじゃないですかね? なんかこう、すっごく残念な空気が……」
「まだ会って間もないサーシャさんすら、とってもきびし~! もういやっこんな生活!」
容赦の無い追撃に、マシューは身をくねらせ、一人嘆くのだが。
残念ながら、サーシャの顔には同情の欠片すら浮かんでいない。
「はいはい、気持ちはわかりますけど、でも働かないとお給料もらえないですからね~安全運転でお願いしますよ~」
「世知辛いっ! 憎いわ憎いわっ、こんな世の中が憎いわっ!」
物騒な台詞と裏腹なオネエ言葉に、サーシャは苦笑する。
彼が本気で憎んだり嘆いたりしているわけではないことは、明白なのだから。
「……後ろ向いたままこんだけしゃべったり騒いだりしてるのに、馬はまっすぐ進んでるし馬車の揺れもさっきまでと変わらないんだもんねぇ……大した腕だわ」
マシューには聞こえないように、小さな声で呟く。
ということは、こちらを見ながら馬にも進行方向にも気を配っているということで。
それは、自分で馬車を動かすこともあるサーシャからすれば、神業にも等しいものだ。
「ほんと、底が見えないわ~、プランテッド家の皆様……」
などと楽しげに零しながら、サーシャは未だ独演会を続けるマシューを楽しげに眺めるのだった。




