ケイトズ リブートキャンプ。
その日、彼らは集められた。
旧パシフィカ領東部地域のあちこちにある、土木事業に関係する商会から、ろくな理由説明もないまま、業務命令として。
集められたのは揃いも揃ってある程度以上年配でそれなりの職位にある連中であり、これが単に商会の会頭からであれば、まだ抗議することも出来ただろう。
だが会頭どころでなく、かつての出資者であったパシフィカ侯爵から債権を引き継いだ上にこの西部地域の領主代理となったプランテッド伯爵からの命令とあれば、逆らえる者など居はしない。
何しろ彼らは一番身分が高い者で子爵家出身、しかも次男坊ときている。
飛ぶ鳥落とす勢いの伯爵家当主から命じられて、否やなどあるはずもない。
……正確に言えば、その代理であるニコールからの命令なのだが、まあほとんど意味は変わらないことだ。
ともかく彼らは集められた。
それも、普段ならば大きな馬車を一人と従者で使うところを、乗合馬車のように詰め込まれて。
「おい、これは一体何事なんだ?」
「知らん、何の情報も入ってこんし……プランテッド様がついに動き出したということなんだろうが……」
顔見知りらしい中年男性が二人、こそこそと話をすれば……プランテッドの名前が聞こえた途端、びくっと身体を震わせる者が数人。
積極的にパシフィカ侯爵の汚職に関わった者、先のプランテッド家に対する工作に関わった者……そういった後ろ暗いことの多い者達にとってみれば、いつ処断があるかわからなかった状態。
そこに来てこうして集められるのだ、これはついに、と恐れを成すのも仕方の無いところ。……もちろん自業自得なのだが。
特に、かつてエイミーが在籍していた商会の上司であった男など、色々と状況がわかって来るに従って処刑台への階段を一歩一歩上っているような心持ちだったところにこれである。
最後の一段を上らされていくような心持ちで、馬車に揺られていた。
いっそどこかで事故にでも遭わないか。
そんな後ろ向きな期待すら叶うことなく、馬車は順調に進み……森を抜ける道を通って目的地に到着した。してしまった。
訝しげな顔、青ざめた顔、悟りを開いたかのような諦めきった顔……それぞれの感情を隠すことも出来ずに、彼らは馬車を降りる。
彼らが降ろされたのは大きな広場で、見れば同じように馬車で運ばれてきた面々が総勢数十人ほど。
きっとサーシャがこの場に居れば、「これがドナドナか~……」と言ったことだろう。
顔見知りもいるのか、時折声を掛け合っている者もいるにはいるが……全員が、状況を理解出来ないでいた。
そんな困惑した空気を破るかのように、朗らかな声が響く。
「さあさあ皆様、よくいらっしゃいました!」
そう声を掛けてきたのは、メイド服に身を包んだ丸っこい印象の老女。そう、ケイト・タニバレィである。
そして、彼女の後ろにはもう一人、同年代ほどの、すらっとした印象の老女が一人。
二人のマダムに迎えられ、しかしそれでも状況がわからぬ彼らは、返事をすることもできなかった。
「私、プランテッド伯爵家にお仕えしております、メイド長のケイト・タニバレィと申します。
こちらは家庭教師を仰せつかっております、セシリー・チェリウェル。
今後しばらく、皆様の『おもてなし』をさせていただきます」
そう自己紹介されるも、いまだ疑問が晴れることはない。
と、一人の紳士風の男が声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、おもてなしとは……まさかあそこでか!?」
男が指さした先にあるのは、頑丈で堅牢で、無骨な建物。
大きさこそは充分なものがあるが……しかし、そこにこの数十人が入るとすれば、かなり狭い部屋に押し込められるか、大部屋で雑魚寝か……いずれにせよ、とうてい受け入れられない住環境が待っているはずだ。
彼からしてみれば正当な抗議なのだが、質問を受けたケイトは全く意に介した様子もない。
「よくお気づきですね、その通りでございます。
皆様にはこれより、プランテッド家が有する商会の従業員としてふさわしくあるよう、私どもで教育をさせていただくことになっておりますので」
「は? 教育? わしらに、今更か?」
ケイトの返答に、はっと鼻を鳴らして男は笑う。
年の頃はケイトと同じくらい、であれば自分の方が上だと思ってしまうのかもしれない。
そんな性根の人間だからこそ、この場に集められたのだが。
「今更どころか、手遅れなくらいなのですが。
このような場所に、このような形で集められる。そのことに、誰も何も思っておられないようですし?」
鼻で笑われたというのに、ケイトは全く気にした様子もなく、周囲を見回す。
釣られて男達も周囲を見回すが、ピンときた者はいないようだ。
数秒、その様子を見て。
はぁ、とケイトがこれ見よがしにため息を吐いた。
「どうやら、おわかりになる方は一人もおられないようで。
ではセシリー先生、ご説明をお願いします」
「はい。この状況は、有名な古典文学である『覇王と始まりの騎士達』という物語に出てくる一場面をモチーフにしております。
森の中にある開けた広場、出迎える二人の女性。集められた数十人の男達には一つの共通点があり……」
そこで、セシリーは言葉を切って男達の顔を見渡す。
しばらくして、ようやく数人の男が、言わんとすることの意味を理解したのか、顔が青くなりだしたのだが……大半が、いまだわかっていなかった。
「……その共通点とは、反逆者であること。
集められた彼らは、待ち伏せていた王の軍勢に取り囲まれ、一人残らず討ち取られました」
「はぁ!? う、討ち取られ、だと!?」
答えを教えられて、一人の男が激高しつつも、慌てて周囲を見回す。
先程までは気付いていなかったが、いつの間にやら彼らを運んできた馬車は消えてしまっている。
そう言われれば、森の中に人の気配を感じなくもない。
そして何より。
反逆者と言われて、身に覚えがないような潔白な人間は、ここには居ない。
どうすれば、どうしたら。
小賢しい保身の考えだけが脳内を巡るが、答えは出てくれない。
そうこうしている内に、ケイトが話を進め始めた。
「本来ならばここで同様に処分するところですが、慈悲深い伯爵様とお嬢様は皆さんに慈悲をくださいました。
それが即ち、ここでの再教育です。
先程のやりとりでおわかりかもしれませんが……いえ、あれでもまだおわかりではないかも知れませんが、あなた方にはまず教養が足りません。
知識教養、礼節に状況判断力、何よりも倫理観が不足しております。よってここで私どもにて、プランテッド家で雇用しても恥ずかしくないよう再教育させていただきます」
「ふ、ふざけるな、何を勝手なことを! そ、そうだ、貴様等を人質にすれば、ここから逃げることだって!」
再教育を受けるか、森の中を逃げるかという二択から、別の手段を考えついた男が、ケイトへと駆け寄り、その胸ぐらを掴んだ。
その瞬間。
男の身体がふわりと飛び、ついで地面に叩きつけられる。
「ぐぁっ、な、何が……うわっ、おわぁっ!?」
運良く……というより、ケイトがそう投げたから頭を打たなかった男が、痛む身体に鞭打って身体を起こした途端、その力を利用してまた投げられ、転がされ。
コントか何かのように幾度も七転八倒、よれよれになったところで強制的に立ち上がらせられ。
その前で、ケイトが掌底を腰だめに構えた。
「ガッ!!! チョ~~~ン!!!!」
気合の声と共に突き出された手が男の胸を打ち、その身体を吹き飛ばす。
中年太りで丸くなっていた、かなり重めの身体を、軽々と。
そのまま男達が固まっている所へと飛び込めば、数人を巻き込んで倒して、やっと止まった。
あまりのことに倒れされた男達も身動きが出来ないでいると、ギラリとケイトが目を光らせる。
「お聞きなさい! 今からあなた方にNOを口にすることは許されません!
わかったら返事!」
「は、はい!」
「何をいっちょ前の人間みたいな返事をしているのですか! 口からお排泄物を垂れた後にマムとつけなさい!」
「イエス、マム!」
突然見せられた現実離れした腕力の後に鬼の剣幕でまくし立てられ、男達は意味もわからず反射的に返事をする。
立っている連中は、思わず背筋が伸びていたのだが、そんなことを自覚する余裕すらない。
「今から私達はあなた方をまっとうな人間にするための教育をして差し上げます! 嬉しいですか!」
「イエス、マム!」
「いい返事です。安心しなさい、ここでは一切の不平等はありません!」
その言葉に、エイミーの上司だった男は、一瞬だけほっとした。
だが、それも本の一瞬だったのだが。
「あなた方は等しく価値がない! 人間どころか虫けらほどの価値もない!
文句があるのですか、あるなら何が出来るか言ってみなさい!」
「ありません、マム!」
「そうです、あなた方は尻で椅子を暖め、ペンで名前を書くしか出来ない能なしです!
しかし安心なさい、あなた方がこの教育を乗り越えた暁には、まっとうな人間としてまっとうな仕事が出来るようになっているでしょう!」
「ありがとうございます、マム!」
「あなた方の今までの時間は全て無駄なものです、忘れなさい!
無駄な贅肉を落とし、血のお排泄物を垂れ流し、泥にまみれてようやっとまっとうになれるのです!」
「イエス、マム!」
酷い罵倒の嵐だというのに、脳が麻痺したかのように反感が湧いてこない。
それどころか、目の前にいる丸っこいマダムに畏敬の念すら何故か湧いてくる。
そんな空気の中、ケイトが命じた。
「まずは三列横隊! 前後三列、横に並びなさい! 早速教育の開始です!」
「イエス、マム!」
言われて、もたもたしながらも男達が並び出す。
その様を、ケイトとセシリーは満足げな顔で眺めていた。
果たして彼らの内何人が、教育課程を修了できるのか。
それは、神のみぞ知ることだった。




