サーシャ風味の添加。
「あ。……でも、そうやって統合するなら、いっそ全部統合しちゃうのもあり……?」
かなりハチャメチャでありながら実現可能性も確かにありそうなニコールの発言へとツッコミをいれまくっていたサーシャが、ふと声を落とした。
それから、手元の書類やあちこちの資料を見比べて。
「……いけるかも?」
ぽつりと、つぶやく。
そんな事をすれば、もちろんニコールが食いつかないはずがない。
「まあまあまあ、サーシャさん、何か考えつかれたのですね!?
というか、全部を統合、とは……よもや、全ての商会を統合なさると??」
それはもう、キラキラと目を輝かせながら。
ぐいぐいずずいと距離を詰め顔を寄せてくるニコールの身体を、反射的に両手で押さえる。
「ち、近いです、近いですから! そんなにぐいぐい来なくても話しますから!」
そして、ちらりとエイミーの方を伺う。
……怖い。
にっこりとした笑みを浮かべているのに、目が笑っていない。
まだほんの数日の付き合いでしかないが、察しのいいサーシャは、おおよその人間関係を掴んでいた。
特に、ニコールを頂点とする女と女と女のトライアングルに。
普段は温厚で理知的なエイミーが、ニコールを見る時だけ滲ませる感情の色。
いつ見ても冷静沈着なのに、ニコールに対してだけは色々な感情を見せるベル。
前世で色々な人間関係を、主に二次元で勉強してきたサーシャからすれば、『危険なのはわかっている、私は詳しいんだ』となる案件である。
もちろんサーシャとてニコールの魅力はわかるし、好きか嫌いで言えば好きだ。
だが、好き好んでこの修羅場に突撃するつもりはない。少なくとも今は。
というわけで、サーシャはなんとかニコールとの距離を節度ある常識的なものにしようと必死なのである。
「あらまあ、これはわたくしとしたことが、失礼いたしました」
「いえ、割といつもそんな感じですよね?」
ぽそり、ベルが小さく鋭いツッコミを入れた。
ここまでは仕事の話だからと控えていたが、流石に少々物申したくなったらしい。
そして、ニコールにはやはりそれでも効果が無かった。
「仕方ないのです、サーシャさんの提言が、とても興味深いものだったのですから!
これは今回のお仕事上、重要な予感がいたします! ということでさあさあ!」
「わ、わかりました、わかりましたから!」
サーシャが抵抗し、さりげなくベルがニコールの腕を引き。
何とか勢いが止まったところで、サーシャは咳払いを一つ。
それから一息入れて、口を開く。
「ほんとに全部を統合、というわけではないのですけど……この旧パシフィカ領の、特にパシフィカ様が出資なさってた商会って、土木事業とかその関連のものが多いじゃないですか。
ですから、土木部門の支店、資材調達専門の支店、人足調達部門の支店、っていう感じで、土木事業関連の商会を中心にひとまとめにして、一番上に経営判断をする部署を置くという形で全体の管理をするのはどうかな、と」
色々考えながら口にしたのは、言わば親会社子会社の観念。
この世界ではいまだに生じていない概念であるために言葉を選んだが、おおよそ言いたいことはそういうことであった。
本当ならば持ち株会社の概念も入れたいところだったが、流石にそれは時期尚早、かつ受け入れられがたいだろうと考えて飲み込んだわけだが。
しかし、その考え方だけでも、ニコールの興味を引くのは十分過ぎた。
「なるほど! わたくしの考えでは、一つの業種を統合して無駄を省くだけのものでしたが……土木事業という大きな括りの中で複数の業種を統合し、効率化を図ろうというのですね!
縦割りの壁を減らすことで融合と効率化の可能性が広がり、しかもそうすることで本当に適性を持つ部署に異動させることが出来て、人員の流動も柔軟に行える可能性があると……素晴らしいアイディアですわね!」
「いやなんでそこまですぐ理解できるんですか!? ちょっと怖いくらいなんですけど!?」
キラキラと目を輝かせながらまた迫りそうになったニコールを抑えつつ、サーシャは悲鳴のようなツッコミの声を上げる。
口走った内容から、ニコールが内容を掴んだ上で、全体の概要を頭の中で既に思い描いていることが伺えた。
ということは、一発でサーシャの言ったことを……この世界にまだない考え方を理解したということで。
その理解力と頭の柔らかさは、転生者であるサーシャですら舌を巻くものと言わざるを得ない。
そして、ニコールにはサーシャにはないもの……実行に移すだけの財力と権力があるのだ。彼女個人のものではないけれども。
「と、ともかく、この方式ならばダブつくはずの中間管理職の人達も島流し……もとい、飼い殺さないように動かせる可能性が少しでも増えるんじゃないかな、と」
「かなり遠回しな言い方ですけれども、おっしゃりたいことはわかります。
今居る部署ではその知識や経験、教養が無駄になっているケースもあるでしょうしねぇ。
何なら、あちこちたらい回しにした上で適性を見るという手も取れるというもの!」
「流石にそこまでは言ってませんよ!? いやまあ、場合によっては有効ですけども!」
実際の所、現代日本の企業でも新入社員をあちこちの部署に回して適性を見る、という会社がなくはない。
少なくとも、窓際において冷遇するよりはましな結果になる可能性は、ある。
「どの道お尻で椅子を暖めるくらいしかしてない方々なのです、あちこちに出向いていただいた方が、運動にもなるというもの!
……あ、そうですわ、なんなら監査業務を兼ねてと言い含めれば、その気になって真面目にやってくださるかも知れませんわね!
時々いらっしゃいますもの、人様のあらを探すことだけはとても得意という方が!」
「待って、待ってください! 何か出したらいけない毒までかなり出ちゃってますよ!?
そんな適材適所はとっても嫌です、個人的に!」
段々踏んではいけないアクセルを吹かせ始めたニコールへと、サーシャは懇願する。
これは別の方向性で悪役令嬢が誕生するのでは、とヒヤヒヤしながら止めに入った、のだが。
「……いえ、ありといえばありですね。削減したい中間管理職の方の数と、土木事業の現場の数に支店とする商会の数を比べて、一日で移動出来るようローテーションを組めば……場所によっては二人一組で向かわせる、などすれば、ほんとに実行してもいいアイディアかも……?」
「え、そうなんですか!? ……ええと、これがこうで、こうだから……ほんとだ……?」
突如割って入ってきたエイミーの言葉に、サーシャは驚き。
そして、自分でもざっくりと計算してみれば、エイミーの言う通りである現実が浮かび上がってきた。
ということは、つまり。
「なるほど、であれば実行しても問題はない、ということですね!」
とても満足そうにそう宣言するニコール。
だめだ、このままでは押し切られる。
なぜか焦燥を感じたサーシャは、それでも、と食い下がった。
「いや、問題、あります! 多分!」
「あら、多分、とはサーシャさんらしくもないお言葉。どうしたことでしょう?」
「や、あたし割と、見切り発車なこともありますよ? って、それはどうでもよくて!
監査の名目で向かわせるには、問題の中間管理職の人達は、モラルとか倫理的な部分で問題があるんじゃないかと!」
「ああ、それは、確かに……あの人達を信頼するのは、かなり無理が……」
サーシャの訴えに、頷いたのはエイミーだった。
何しろまさにその腐りきった中間管理職に搾取され振り回された身だ、実感が違う。
もっともそのおかげで今では幸せな日々を送っているのだが……あくまでもそれは、運が良かったから。
そう、ニコールとの出会いは運命……などと思考が脱線しかけて、それ以上の言葉が続かなかったのだが。
そんな思考を、ニコールの言葉が遮った。
「大丈夫です! お任せください、わたくしにいい考えがございます!」
「おお~……」
にこやかな笑顔でそう言い切るニコールに、エイミーは感心したような声を上げながら手をぱちぱちと叩いていたりするのだが。
「いやその台詞、何だか失敗フラグの匂いがプンプンします……」
現代知識があり色々見聞きしてきたサーシャは、懐疑的にそう返すのだった。




