ニコール式リストラクチュアリング
「ずば~っと、はわかりましたけど……実際、どうなさるおつもりですか?」
何とか立ち直ったエイミーが問いかければ、ふふんとばかりにニコールが鼻を鳴らして笑う。
あ、ちょっと悪役令嬢っぽいなどとサーシャがちょっとずれたことを思って……ある意味一瞬現実から逃げて。
逃げられない現実の発言がやってくる。
「そうですね、とりあえず関連商会を半分に削りましょう!」
「「半分!?」」
まさかの発言に、エイミーとサーシャは揃って悲鳴のような声を上げてしまった。
半分削るということは、つまり商会の数を半分に減らすということです。
どこかの某政治家のような言葉が二人の脳裏を巡る。
そして不幸なことに、この二人はそれがどれだけとんでもないことかわかってしまうのだ。
「半分って、半数にするってことですよ!?」
「そうですわよ?」
「いや、確かにそうなんですけども! ああもう、どう言ったらいいの!?」
躊躇うエイミーに先んじてサーシャがツッコミを入れるも、さらりと受けるニコール。
確かにそうなのだが、そうではない。
そういうことではないのだと言いたいのだが、言いたいことが上手く言葉にならない。
葛藤しているサーシャの横でしばし考え込んでいたエイミーが、その後を継いだ。
「土木関連商会だけでもざっくり三十程、それを半分ということは十五ということで……現場の人足さん達を除いても従業員は三百人くらいになりますよ?
それを廃業となれば、大量の離職者が出ることになるのですが……」
自身も務めていただけあって、流石に現状の把握が早い。
事務作業その他、内勤の従業員だけでもそれだけの数に上る。
更に現場までとなると、どれだけの人数に影響があることか。
そんな当たり前とも言えるエイミーの懸念に、しかしニコールの笑みは崩れない。
「大丈夫です、解雇は致しません! 例えそれが、サインするしか能が無い方だとしても!」
「割と本音がダダ漏れですよ!? もうちょっとこう、穏やかな表現を!」
爽やかな笑顔と声音でニコールが言うことに、同意しそうになるからこそエイミーは強く言い切れない。
確かに彼女のかつての経験からしても、ろくな上司はいなかった。
発注、手配、その後の調整、いずれにおいても全てエイミーがなんとかせねばならず、そして実際何とかしてきた。
その結果は全く報われず、上司連中だけが美味い思いをしてきたわけだが……それでもまだ、ばっさりといくにはためらわれてしまう。
そのくらいには、エイミーはお人好しだった。
そしてその上司たるニコールは。
「大丈夫です、何とかなりますから!」
あっけらかんと、無責任だった。
「いや、何とかって、割と結構大事だと思うんですけど!?
商会そんだけ減らしたら、大混乱ですよ!?」
絶句したエイミーの代弁をするかのようにサーシャが追求する。
ある意味この二人は、良いコンビなのかも知れない。
逆に言えば、二人がかりでようやっとニコールへのツッコミが成立しているとも言えるのだが。
「大混乱にならなくすればいいのです! 人を減らさなければ何とかなりますから!」
「いや、え、ええ!? それは……え、そう、なのかな……?」
「サーシャ様、落ち着いて! 多分普通はそうならないです!」
言いくるめられそうになったサーシャへと、エイミーの援護射撃が入る。
もっとも、エイミーでもこの後どうツッコミを入れたらいいのかわからなかったりするのだが。
それを知ってか知らずか、ニコールは良い笑顔のままだ。
「そう、普通はそうならないでしょう。しかし! このパシフィカ領においては、普通が普通でないのです!
何しろ多くの商会が身内意識で取引をし、なあなあで大体のことを流してきたのですから!」
「割と否定出来ないですけど、容赦ないですね!? 確かにその通りなんですけど……って、え、そこ、ですか!?」
ニコールの勢いに押されかけていたエイミーが、何かに気付いたように書類へと目を戻す。
ばさり、ばさりと猛烈な勢いで中身を確認して。
やがて読み終わったのか、がばっと顔を上げた。
「確かにこれなら、余計な中間管理職をかなり削減できます……」
「え、どゆこと!?」
一人取り残されたサーシャへと、ぐん、とエイミーが顔を向ける。
「こちらの書類をご覧ください。土木関連の商材の流通を纏めたものなのですが、現場に到着するまでにいくつもの商会を経由しています。
ただ、それはどれも単に受け取って流すだけの定型化した流れ。ろくにチェックしなくても品物は流れていくシステムになっています。
しかも!」
説明していたところで、びしっとエイミーが書類のある部分を指し示した。
それを目にしたサーシャは、即座にその意味するところを汲み取る。
「ええと、五割を利ざやとして乗せて、次に送る、と。これは、割と普通じゃない?」
何とか声を落ち着かせようとしているサーシャの返答に、こくりとエイミーも頷く。
確かに、そこは特に問題はないのだ。そこだけならば。
「はい、そこは問題ありません。原価三割と言われる飲食店と違い、こういった耐久消費材はそこまで利益を乗せずとも回せます。
ただ、次も五割乗せたら最初の2.25倍、次は3倍強、更には5倍近く……」
「え。……あ、ほんとだ!? うわっ、えげつなっ!? 何、こうやって途中途中で抜いてったわけ!?」
「ええ、帳簿の数字からしても、恐らくそうなのではないかと。正確には、これから細かく検証しなければ、ですが……」
エイミーの解説を受けて、サーシャが改めて帳簿を見直せば……一つ一つの取引は不自然ではないのに、一連の最初と最後を見比べれば明らかにおかしな取引になっている。
これこそが長年王国の目を欺いていた仕組みであり、パシフィカ侯爵が心を改める前に暴利を貪っていた元凶であって。
今、プランテッド家に襲いかかってきている、とんでもない無駄という名の経済的害悪だった。
「なので! 商会を統合してしまい、あくまでも同じ商会内の移送という形にすれば、無駄な値上がりも抑えられ、かつ現場の必要な人員はそのままという形に出来るのです!」
「な、なるほど?」
半分勢いに乗せられる形で、サーシャなどは頷かされてしまうのだが。
「いえ、そこはお待ちください、ニコール様」
プラテッド家の金庫番たるエイミーは、簡単には頷いてくれなかった。
遮った後、自身の考えを固める為に書類を改めること1分弱。
顔を上げてニコールへと向けた視線は、いつものニコールには若干甘いそれではなかった。
「確かにそれであれば中間コストは下げられますけれど、結局人件費は変わりません。
現在中間管理職にある面々の給与を削るというのであれば、大筋においては大量解雇と変わらないかと」
きりっとしたエイミーの顔に、迷いの色はない。
例えそれが、かつて自身に苦汁をなめさせた連中を救済することになろうとも、彼女は公平であろうとしている。
それはある意味青臭く、しかし、だからこそ好ましい。
我が意を得たりとばかりにニコールは、今度こそ目の奥から楽しそうに笑って。
「わかっております、お任せください! 大量解雇をせずとも仕事をしていなかった中間管理職の皆様を何とかいたしましょう!」
「だから、もうちょっとこう、言い方を!!」
サーシャがツッコミを入れる中、ニコールはきっぱりと言い切ったのだった。




