裏方さんへのご褒美タイム。
「さあさあ、ぶわ~っといきましょう、ぶわ~っと!」
ジョウゼフ達も合流してバーベキューが始まれば、ニコールがすぐさまいつもの調子で盛り上げにかかる。
普通ならば平民の人足達はとまどうか遠慮するかだろうが、プランテッド領から離れてついてくるような連中だ、面構えが違う。
慣れたものとばかりに遠慮無く食べ、飲み、互いに移動の疲れを労い、明日からの仕事にやる気を見せている。
この辺りの光景は、現場に顔を出すジョウゼフやニコールには馴染みのもの。
そしてもちろん、エイミーにも。
「は~、これだけ楽しんでもらえてると、頑張って用意した甲斐があったなぁ」
満足感を滲ませながら、エイミーは額を拭い、会場の隅にある椅子へと腰掛ける。
今やプランテッド家のありとあらゆる数字に関わることになっている彼女だ、もちろん今回の移動に関する様々な準備、特に物品関係には大きく関わっていた。
特に今日のバーベキューは景気づけの一環、明日からの士気にも影響大とあって、出費を抑えながらも出来る限りの質と量を用意できたと自負するところ。
その結果これだけ楽しまれているのだ、達成感もひとしおというものだろう。
「あらあらエイミーさん、お疲れ様です」
そんな感慨に浸っていたところに声をかけられて、びくっとエイミーは身体を震わせて。
「あっ、ニコール様っ、お疲れ様ですっ」
ぱっと顔を輝かせながら振り返った。
それはもう、仕事終わりの社会人から恋する乙女への劇的なビフォアーとアフターで。
もしも今の光景を見ていた者がいたら、あまりの変わりように度肝を抜かれたかも知れない。
「こんな隅っこでどうしたのです。確かに物品管理はエイミーさんのお仕事ですが、それも一段落ついたのでしょう?」
「あはは、確かに皆さん程よくお腹も膨れてきたみたいで、お代わりの用意ももうほとんど必要なくなりましたけど……なんでしょうね、こうして皆さんが楽しんでるのを見てるのが楽しいんです」
「なるほど。……わたくしもそれは、わからないではないですねぇ」
手近なところにあった椅子を引き寄せると、ニコールもエイミーの隣で椅子に腰を下ろした。
ふわりと漂うのは……いつものように良い香り……ではなく、炭の匂い。
伯爵令嬢ともあろう者が、自らバーベキューコンロの近くにいって肉を焼いたり取り分けたりとしていた証。
それは、とてもニコールらしいなと思われて、思わずくすりとエイミーは笑ってしまった。
「あら、なにかおかしいことでもございました?」
「いえ、そんなことは。ただ、ニコール様が近くにいらしてくださったことが、嬉しいなって」
エイミーの答えが予想外だったのか、ニコールはきょとんとした顔になって。
それから、にっこりとしたいつもの笑顔を見せる。
「まあまあ、わたくしでそんなに喜んでいただけるのならば、いくらでもお側に参りますわよ?」
「あはは、そうしていただけたら嬉しいですけども……そういうわけにもいかないでしょうし。
ニコール様を独り占めしていたら、色んな人から恨まれそうです」
楽しげに言うニコールへと、エイミーは笑って返す。
……多分、不自然なところはなかったはずだ。
わかってはいることだけれど、言葉の響きに、エイミーが望んでいる色はない。
ニコールは友愛の表現として言っているだけど、エイミーが欲しい『二人きり』を意識してはくれていない。
今は、まだ。
だからエイミーも、いつものように笑って返すのだ。
「私一人に構っていたら、他の皆さんが気を悪くされますよ?」
「確かに、皆さんをおもてなしするのはわたくしの務め! ですが、今はサーシャさんが頑張ってくださってますからねぇ」
見やれば、子爵令嬢でありながらバーベキューコンロの近くで人足達を相手にしているサーシャ。
彼女へと向けるニコールの視線を追いながら、エイミーはちょっとだけ頬が緩む。
『おもてなしするの「は」』とニコールは言った。「も」ではなく。
ということは、こうしてエイミーのことを構ってくれているのは、お務めだからではない、のかも知れない。
なんて考えて、一人勝手に嬉しくなってしまったのだ。
けれど、浮かれてはいけない。顔に出してはいけない。
まだまだ、ニコールの心を掴むには何もかもが足りていないのだから。
だからエイミーは、いつものような顔でニコールに応じる。
「そうですねぇ、ほんと、合流されてから日も浅いのに、積極的に……いえ、もしかしたら日が浅いから、でしょうか」
「その可能性は大きいと思いますわよ。聞けばサーシャさんは、ラスカルテ領では農民の方や職人の方相手の交渉をよくしていたようですから。
相手の懐に入る手段はよくご存じのはずですし、今まさにそれを実践なさっているのではないかとっ!」
目をキラキラと輝かせているニコールは、いつものニコールだ。そう見える。
少なくとも、サーシャに一目惚れして引き込んだだとかの様子は見えない。
そのことに、ほっとする。
ただでさえベルという強敵がいるというのに、更なるライバルの登場かとエイミーは気が気では無かったのだが……どうやらそれは、杞憂だったようだ。
今は。
サーシャの様子を見るに彼女がニコールに惚れてしまったという気配もないが、油断はできない。
何しろあのニコールだ、油断したら一瞬でたらし込まれてしまうだろう。
そうならないためにも、今のうちになんとかリードを獲得したいところなのだが……。
「そうですねぇ、物怖じせずに皆さんとおしゃべりしてますし、演技っぽくもお高くとまったところもないですし。
……確かニコール様と同じくらいの歳ですよね? あの若さであれだけ話せるのは、一種の能力ですよねぇ」
口から出てくるのは、ライバルへの賞賛。
率直に言ってサーシャの振るまいが好ましい、というのももちろんあるのだが、それ以上に、ニコールは相手を貶すような言動を好まないだろうという計算が大きい。
ニコールの機嫌を損ねないように、と考えると、どうしてもこんなやり取りになってしまう。
それはそれで、もしかしたら自分の器を大きく見せられるのではないか。
自称小市民なエイミーとしては、そんな計算をしながらも顔には出さず、コツコツと好感度を稼いでいきたいところである。
「ええ、初めてお会いした時から思っていましたが、あの方のコミュニケーション能力には見るべきものがあります。
これであれば、色々とお任せしても問題ないでしょうっ!」
「……もしかして、ニコール様の代わりに渉外担当させようとか考えてらっしゃいます?」
「もちろんですとも! これからのことを考えますと、わたくしの代わりにあちこちでお話が出来る人が必要なのは自明のことっ!
サーシャさんであれば、きっと上手くこなしてくださることでしょう!」
自信満々にニコールは言うが、前の職場で色々な営業担当と顔を合わせてきたエイミーからしても、それはその通りだと思う。
後は彼女の若さがどう取られるか、だろうか。
……ニコールのことだから、そこに対してもまた何か考えを持っているような気もするが。
などと考えているところに、いきなりニコールが顔を覗き込んできた。
「などと、わたくしやサーシャさんが対外交渉に臨むためには、エイミーさんが後ろでしっかり支えてくださることが絶対条件。
ということで、お任せいたしますね?」
一片たりとも疑いのない、全幅の信頼が籠もった言葉に、追い打ちのウィンク。
至近距離でそんなものを見せられては、エイミーの顔が真っ赤にゆであがるのも致し方ないところ。
あわあわ、と慌てふためきながら。
「お、おまかせくだひゃいっ……か、かんだっ」
必死に繰り出した言葉はかみかみで、一層顔も赤くなってしまう。
そんなエイミーを見たニコールは、ますます楽しげで。
「まあまあエイミーさん、なんてお可愛らしい!」
「か、かわっ!?」
率直に出てきた言葉だからこそエイミーの羞恥心だとか照れだとか、心の柔らかい部分に直撃して一層の熱を呼んでしまう。
このままではまずい、すぐにキャパオーバーだ。
ぐるぐる回る頭の中でその結論に至ったエイミーは、おもむろに立ち上がる。
「わ、私、飲み物、とってきます!」
「あらあら、飲み物だけではなくちゃんと食べ物もお腹に入れませんと」
「わ、わかってますぅ!」
背中にニコールの声を受けながら、エイミーは逃げるような勢いでバーベキューコンロや酒樽の置いてあるところへと向かうのだった。




