時々喫茶店などで見る光景。
それは、とても実りのあるお茶会だったと言って良いだろう。
プランテッド家が旧パシフィカ領を代理統治するにあたって欲しているものと、ラスカルテ領が提供出来るものとの擦り合わせが、かなりの品目において出来たのだから。
……貴族令嬢がする話題としてどうなのか、というところはあるが。
二人とも満足げな顔をしているのだから、これはこれでありなのだろう。
「ラスカルテ様は面白いことをお考えになるのですね。大都市圏向けに、敢えて鮮度の落ちやすい野菜を大量に作るだなんて」
「あ、どうか私のことは、サーシャと……。お褒めに預かり、恐縮です。と言っても、やっと最近になって準備が整いつつあるところなので、実際にどうなるかは、まだこれからなのですが……」
感心したようにニコールが言えば、サーシャはほんのりと頬を染め、少しばかり顔を俯かせる。
ラスカルテ領は、主食たる小麦があまり育たず、そのため食料が不安定となり、ちょっとしたことで直ぐに飢饉となるような状況が続いていた。
ここ数年はサーシャの『お告げ』による助言もあって何とか立て直しつつあるが、それ以前は酷いもの。
このまま何とか凌いでいくだけではどこかで破綻が来てもおかしくない状況を打破すべくサーシャが打ち出したのが、前世での近郊農業だった。
小麦を売ることはすっぱりと諦め、すぐ近くにある大都市圏、つまりパシフィカ領へ卸すための葉物野菜などの生産に切り替える。
そしてパシフィカ領で野菜を売り、その売り上げで小麦を仕入れ、持ち帰ることで領民の主食を確保しようというわけだ。
「鮮度の落ちやすい野菜を、ラスカルテ領では消費しきれないくらい大量に作ることで単価を抑え、近場の大都市に売り込むことで輸送費を乗せても勝負できる販売価格に留めることが出来る……中々考えつくことではありませんよ」
「そうおっしゃっていただけると……後は実際に運んでみてどれくらい鮮度が落ちるのか、それで売れるのか、と確かめないとですけども。
これで大丈夫そうであれば、一度に運ぶ量を増やして更に単価を下げる、なんてことが出来ればいいな~なんて」
などと軽く言っているが、サーシャとしては大真面目だ。
何しろこれが上手くいけば、領内の食糧事情の安定、物流の活性化、税収の増加などなど様々な効果が見込めるのだから。
しかしそのためには、いくつかクリアしなければならないハードルもあり。
「なるほど、プランテッド領にいらしたのは、ニーズの確認と市場調査、商隊の確保に関税の交渉、の下準備というところでしょうか?」
まさにそこを突かれ、サーシャは口にした紅茶を吹きそうになってしまった。
例えば如何に輸送費がよそに比べれば安く済むとはいえ、領内で充分に生産されている場合は敵わない可能性も高いし、そもそも食べられていないのならば売れるわけがない。
その辺りを調べるためにも来ていたわけだが、そこを見事に看破されたわけだ。
「そ、それは、確かにそうなのですけども、こう、もう少し遠回しな言い方をしていただければありがたいな~と」
「あら、あなたもわたくしと同じく、貴族社会にありがちな言い回しはお好みでないと思ったのですけれど」
「う……それは、確かに否定しません……」
前世の記憶からか子爵領運営に携わっているせいか、サーシャは裏を読ませるような会話を好まない。
伝えようとすることが必ずしも正確に伝わらないし、何よりも時間の無駄。それよりもすぱっと話せ、というタイプである。
おかげで令嬢達との社交は肩が凝って仕方ないのだが、代わりに農家や職人達との対話・交渉は手慣れたもの。
父であるラスカルテ子爵の代理として、領内を飛び回る生活をしているくらいなのだから。
それもあって、今回はこうして彼女がプランテッド領にやってきているわけだが。
「なんと言いますか、市場調査だとかを他領でしていると、たまにスパイか何かのように思われて気分を害する方もいらっしゃるものですから」
「まあ、そんな方がいらっしゃるのですか? 痛くもない腹であれば、いくら探られても問題ないでしょうに」
コロコロと鈴を転がすような声で笑いながらの言葉に、サーシャは思わずギョッとする。
あれ、もしかしていい人なだけじゃない? 結構腹黒かったりする? などといった疑念が浮かぶも、ちらりと見たニコールの顔には裏表がないように見える笑顔。
きっとそんなことはない、はず、と自分に言い聞かせるも、ちらり、小説のニコールの顔がよぎったり。
そんな内心の動揺を何とか笑顔で誤魔化そうと、サーシャは紅茶を一口含み、喉を潤した。
「何と言いますか、そのあたりは皆様必死と言いますか……当家がもっと裕福であれば、お金を落とす相手として歓迎されたのかも知れませんが、現状では出し抜くためではと思われても仕方のないところですし」
「勿体ない話ですわねぇ、お互いに得意な分野で協力するとかした方が、長い目でみれば利益になりそうなものですが」
「利益になるまでもたせられるかわからないところも少なくないのです、正直なところ」
それこそラスカルテ領がそうだったし、子爵や男爵クラスはそういったところがむしろ多い。
伯爵ですら、困窮している家があるくらいなのだから、それ以下であればなおのことである。
「……そう考えると、プランテッド様は凄いですよね、いきなりの土木工事もこなすだけの体力があったわけですから」
「お褒めに預かり恐縮です。しかしそれはひとえに父や家臣、職人の皆様達のおかげ。ありがたいことだと感謝しきりです」
そう言いながら見せたニコールの微笑みには、驕り昂ぶったところなど欠片もない。
やはり小説のニコールとは別人、別の人格を持った令嬢なのだろう、と結論づけたサーシャは、安堵したような少し残念なような、そんな気分も感じてしまう。
などと、少しばかり感傷的な気分になりかけていたのだが。
「あ、そうそう、家名で呼ばれると、わたくしのことか家のことかわかりにくいですし、サーシャさんもどうかわたくしのことはニコールとお呼びください」
「……はい?」
唐突に投げかけられたお願いに、思考が止まったサーシャは何も考えられずに聞き返してしまった。
この国では下位貴族が上位貴族を名前で呼ぶという行為は、ある程度親しくなっていないと普通は許されない。
貴族家に仕える使用人達は職務上必要なので名前+敬称などで呼ぶことが多いが、それはある意味家の中でのこと。
出会ったばかりの子爵令嬢が伯爵令嬢の名前を呼ぶことが許されるなど、かなり珍しいことなのだ。普通は。
例外的に、子供時代に出会った場合は名前呼びをしあうことが多い。そのため、大貴族の幼なじみポジション争奪戦は密かに激しいものだったりする。
そんな立場をいきなりほいっと渡されたサーシャは、当然大慌てである。
「い、いきなり何をおっしゃるんですか、私がだなんて、とんでもないことですよ!?」
ある意味当然とも言えるサーシャの反応に、しかしニコールは楽しげに笑って。
「あら、いきなりわたくしのことを『ニコ』と愛称で呼んだ方のお言葉とは思えませんね?」
「えっ、あ、あれは、いえ、違うんです、ついといいますか、何と言いますか、それにほら、様付けだったじゃないですか!?」
「別にわたくしは構いませんよ? 『ニコール』でも『ニコ』でも」
「私が構うというか、気にするというか背後が怖くなると言いますか!」
今や時の人となったプランテッド家と縁を結びたい貴族は多いし、その端緒としてニコールとお近づきになるチャンスを虎視眈々と狙っているものはあちこちにいる。
そんな彼らにこんな偶然で名前呼びできる程親しくなりました、などと知れ渡ればどうなるか。
思わずぞっとサーシャは背筋を震わせたりしてしまうのだが。
「あら、ですが……サーシャさんの来訪目的を考えますと、わたくしとの縁は出来るだけ深い方がよろしいのでは?」
「うっ……そ、それは、確かにそう、なのですけども……想定以上過ぎる成果になりそうで、怖じ気づいていると言いますか……」
「この程度で怖じ気づいていては、今後のお付き合いが大変ですわよ?
何しろわたくしの見立てでは、ラスカルテ領一番の売り物は、あなたなのですから」
ニコールに、容赦はなかった。一度体勢を立て直したいサーシャに、さらにずずいと迫らんばかりの勢いである。
まさかの言葉、まさかの勢いに、サーシャは背筋を仰け反らせ防戦一方。
たじたじとなりながらも、何とか言葉を返す。
「……はい? 私が、一番の?」
「ええ、あなたは知識だけでなく、それと状況を組み合わせた上で行動の選択を行うことが出来る方です。
今までの会話でも、あなたが売り込みたいものではなく、わたくしどもが欲しいものを探りながらお勧めしてきたでしょう?」
「あ、あはは、お気づきでしたか、流石に……」
とてもご機嫌なニコールに、サーシャは曖昧に笑って答える。
確かにそれは、彼女の取り柄といってもいいものの一つなのだから。
「何よりも、ただお勧めするだけでなく、取り入れたらどうなるか、まで説明してくださるじゃないですか。
そんなことされたら、ついついお話を聞いてしまいます」
「そこまで気付かれるんですね……なんというか、具体的に想像が出来たら、気持ちもそっちに向かいやすいと言いますか……」
ずばりとポイントを突かれ、サーシャは降参とばかりにしぶしぶ説明をする。
彼女は、前世で営業職だった。その時の知識と経験を生かして自分なりの交渉スタイルを構築していったのだが……それが、ニコールの琴線に触れたらしい。
「ええ、おかげでわたくし、あなたが欲しくなりました!」
「はいぃ!?」
いきなりの言葉に、サーシャだけでなく傍に控えていたベルも目を見開いてしまう。
だが、爆弾発言をしたニコールは涼しい顔で。
「サーシャさん、わたくし達とともに、パシフィカ領復興のために働きませんか!」
にこやかに言いながら、手を差し伸べたのだった。




