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出会いは直感とともに。

「全く、お父様にも困ったものですわ。可愛いであろう娘に、あんな無理難題を押しつけるだなんて」


 ぶつくさと愚痴をこぼしながら、ニコールはプランテッド領都の市場を歩いていた。

 言うまでもなく、彼女としては不本意な形で仕事、つまり責任を負わされたのだから、言いたくなる気持ちもわからないではない。

 ないのだが。


「お嬢様が可愛いのはその通りですが、実際問題お嬢様がやるしかない案件ですし」

「……色んな意味でまるっとスルーしたいですわね、その言葉」


 淡々とベルが言えば、ニコールはぷいっと顔を横に背けた。

 若干、その耳が赤くなっているような気がしなくもない。

 そして、ベルが言っていることがその通りなのはわかっているので、反論も出来ない。

 だからジョウゼフの要請を断ることが出来ず、可及的速やかに旧パシフィカ領へと向かわなければならなくなったのだから。

 こうして街を巡っているのは、一旦一区切り入れないといけない案件だとかに引き継ぎをして回るのが一つ。


「ベティおばさま、ツケを払いに来ましたわっ!」

「ありゃニコールお嬢様、今月はいつもよりお早いんですねぇ?」


 ニコールが店内に入ると、ベティが驚いた顔で振り返る。

 そう、もう一つがこうしてツケを払って回ることだった。

 ちなみに、今回はジョウゼフの要請によって街を離れるため、代金はジョウゼフが立て替えてくれていたりするのだが。


 ともあれ無事に支払いを済ませたニコールは、にこやかな顔で店を出て……出た瞬間に、がくんと肩を落とした。


「はぁ~……憂鬱ですわ、しばらくベティおばさまのご飯が食べられないだなんて……」

「お気持ちはお察し致しますが、そもそも伯爵令嬢が、街中の食堂で頻繁に食事をしているのが異常なことだという自覚はございますか?」


 言葉通りに沈んだ顔をするニコールへと、容赦の無いベルの言葉が襲いかかる。

 もっとも、ベルとて本気でそんなことを言っているわけではないのだが。


「うう……わかってるわよぅ、ベルのいぢわるぅ」

「……意地悪で結構です、皆がニコール様を甘やかすのですから、誰か一人くらいはしっかり言わせてもらいませんと」

「……ケイトも結構煩いわよ?」

「なるほど、まったく堪えていないということはよくわかりました」


 一瞬口籠もった後に辛辣な言葉を続けたベルだが、落ち込んでいたように見えていたというのに、ああ言えばこう言うとはこのことかと言わんばかりの言葉が返ってくるのを聞けば「なるほど、容赦は要りませんね」などと思ってもしまう。

 確かにまあ、これくらいで本当にへこむとはベルも思ってはいなかったのだが。

 ならばもう少し言っても構わないだろう、と口を開きかけたその時だった。


「むむっ、何やらピンとくるものがっ!」


 そう言いながら、ニコールがばっと振り返った。

 これが一般的な人間であれば、ベルのお小言から逃げるための小芝居と断じることも出来るのだが……残念ながら相手はニコール。

 実際にこれまでもこんな芝居染みた反応から、様々な人材を発掘してきた実績がいくつもあるのだ、残念なことに。

 小さく溜息を吐きながらベルも同じく振り返れば、丁度乗合馬車から一人の少女が降りてくるところだった。


 日差しに透ける赤い髪が、ふわりと揺れる。

 人目を集めるような美少女というわけでもないのに、何故か視線が向くのは、そのたたずまいの端麗さからだろうか。

 乗合馬車の中でも高級な部類のそれから下りてきたのだ、ある程度以上の階級出身で、教育もしっかりと受けているのだろう。

 だが、それだけでここまでの存在感は示せない。

 あるいは、まだ年端もいかぬ……ニコールと同じくらいの年齢だというのに随分と大人びたその雰囲気がそうさせるのだろうか。


 思わず目を釘付けにしてしまっていたベルと、その少女の目が合う。

 いや、正確に言えば、彼女の目はニコールへと向いていて。


「えっ、ニコ様!?」


 思わず、といった顔でそう声を上げてしまったのだから、それで間違いないのだろう。

 ということは、彼女はニコールの事を知っているわけで。


「……お嬢様、お知り合いですか?」


 さりげなくニコールの前へと出ながら、ベルが問いかける。


「いえ、心当たりはないのだけれど……とても、興味深いわね」


 ベルへと返すニコールの瞳は、キラキラと輝いていた。輝いてしまっていた。

 はぁ、と小さくベルは溜息を零す。

 

 洗練された所作、知性を感じさせる顔立ち。

 それでいて、慌てて口を抑えている辺りニコールのことを思わず『ニコ様』と口走ってしまったのだろう迂闊さ。

 何ともアンバランスなその様子は、間違いなくニコールの興味を引くことだろうし、実際引いている。

 やらかしてしまった、と慌てふためきながらオロオロとしているその少女へと、ニコールはずんずんと近づいていって。


「ごきげんよう。失礼ながら、恐らくはじめまして、ですわよね?」


 伯爵令嬢らしい流麗な所作で頭を下げながら、極上の……夏の日差しの中、木にしがみつく大きなカブトムシを見つけた子供のように目をキラキラとさせた笑顔を向けた。

 ニコールを見慣れているベルですら、思わず「まぶしいっ」と思ってしまった笑顔だ、それが不慣れな少女……サーシャを至近距離で直撃すればどうなってしまうか。


「ふぁっ!? あ、あの、えっとぉ!?」


 覿面に顔を真っ赤に染めたサーシャは泡を食ったように狼狽え、助けを求めるように左右を、そしてニコールのお付きであるベルを縋るように見る。

 しかしこの光景に慣れている街の住民達は皆一様に暖かい眼差しを向けてくるばかり、最後の頼みの綱であるベルは『諦めてください』と言わんばかりの顔で首を横に振っていた。

 最早ニコールを止める者はなく、サーシャに抵抗する術は残っていない。


「ご存じかも知れませんが、わたくしはニコール・フォン・プランテッド。

 ここプランテッド領を治めるプランテッド伯爵家の息女でございます。どうぞお見知りおきを」


 そう言ってニコールが頭を下げればふわりとその髪も踊り、ほのかに甘いような香りが届く。

 いつのまにかそんな近い距離にまで踏み込まれてしまったサーシャは、あまりに予想外な展開に頭が動かない。

 が、動かないが故に、叩き込まれた礼儀作法が彼女の身体を動かす。


「ご、ご丁寧にありがとうございます。サーシャ・ラスカルテでございます。

 初めてお目にかかる栄誉を賜りまして、恐悦至極にございます」


 頭が回っていないが故に若干の硬さは残るが、その動き自体はよく訓練されたもの。

 一人旅なぞするお転婆令嬢ではあるが、きちんと修めるべきものは修めているという証。

 それを見て、ニコールはうんうんと一人満足げに頷いている。


「まあ、ラスカルテ子爵様の。それはそれは、遠路遙々ようこそお越しくださいました!

 ここでお会いしたのも何かの縁、是非ともお茶をご一緒したく思うのですが、いかがですか?」


 まだ顔から朱が引かないサーシャへと、さらにぐいぐいと迫るニコール。

 仮に直撃を受けていなくても、伯爵令嬢という上の立場からこのように誘われて断れるはずもない。

 そもそも、今回の旅行はニコールの様子を伺うことも目的の一つだったし、どうにか会えないものかと頭を悩ませてもいた。

 それが解決するのならばいいのでは。いやしかし、これはなんか違う。

 思考がグルグルと回り出したサーシャは。


「は、はい、是非ご一緒させていただきたく存じます……」


 と、そう返すのが精一杯だった。

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[気になる点] 前回の悪役はまだ改心の余地があった……けど、そうじゃない悪役が敵だった場合は……? [一言] 出発のタイミング的にすれ違うのかと思ったらちゃんと出会えてなにより。 原作小説なるものの内…
2022/05/21 09:14 ガイアバースト
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