断罪と、そして。
「で、これはどういうことなんだ、パシフィカ侯」
クリィヌック王国王都、その中央にある王宮の、大会議室。
その中央に身を震わせながら立つパシフィカ侯爵を、上座に据えられた一際豪華な椅子に座る男がジロリと見据える。
年の頃は四十過ぎ、金髪碧眼の美男子、だったとは思われるのだが、流石に歳には勝てず頬に丸みが出てきている。
しかしそれはむしろ貫禄となってますますの威厳を醸し出していた。
ハジム・ノース・クリィヌック。このクリィヌック王国の国王である彼は、普段の温厚さはどこへやら、不機嫌さを隠そうともせずにパシフィカ侯爵を問いただす。
「い、いや、違うのです、これは何かの間違いなのです」
小刻みに震える身体の揺れが伝わったか、声も震えるパシフィカ侯爵。
口にする言葉も、言い訳にすらならない有様。
そんな彼の言葉を聞いて、くわっと国王ハジムは目を見開いた。
「その何かがわからんから聞いとるんだろうが!! それとも侯は、己の責任領域も把握できていなかったと言うのか!?」
「ひぃっ!? そ、それは、そのっ! そ、そうです、部下や商会の会頭どもが報告を怠っており……」
「報告が不十分ならば、呼びつけてでも報告させるのが管理者の仕事だろうが!! 真面目にやれ!!」
ついには部下に責任をすりつけようとした侯爵を、ハジムは一喝する。
何をどう言い繕おうと、彼が数々の土木事業を管理しきれていなかったことに変わりはない。
それも、これだけ余裕のある工期であったにも関わらず、だ。
「まあ、随分とのんびり工事をされていたようですからなぁ、パシフィカ侯も気が緩んだのかも知れませんが……」
「しかし、それではまるで、国家の予算を使って国の根幹たる農業を支える水利を行き渡らせ、水害とあらば人民の命を守るという極めて重要な事業を、パシフィカ侯爵閣下が軽んじたようではありませんか。まさか、そんなことがあるはずもございませんでしょう」
フォローをしているようで全くフォローになっていない、むしろじわじわと真綿で首を絞めていくような発言に、パシフィカ侯爵は憤慨するも反論の言葉は出てこない。
何しろまさにその通り、国家の事業を食い物にしていたのだから。
言葉に窮する侯爵へと、誰も容赦はしてくれない。
「これが、単にのんびりしていただけであれば、まだ問題も小さかったのですがね」
「うん? どういうことかね、ラフウェル公」
やれやれ、と首を振りながら発言した一人の貴族へと、ハジムは声をかける。
声を掛けられたのはラフウェル公爵、この国でも最高位にあり……数ヶ月前、プランテッド領の仕立て屋ルーカスに普段使いの衣服を注文したことがある貴族である。
そのラフウェル公爵は、居住まいを正してハジムへと向き直りつつ、何やら資料を取り出した。
「結論から言いますと、パシフィカ侯爵は土木工事をわざと遅らせていた可能性がございます。
それともう一つ、土木事業で必要な資材の調達を全て領内で調達、まではいいのですが、その取引で法外な利益を出していたのではという疑惑も」
ラフウェル公爵の告発に、大会議室はどよめいた。
『まさかそんな』と隣の貴族と話す者もいれば、『やはりか』としたり顔で頷く者もいる。
……特に上位貴族達は、『やはりか』と思っている者が多いようだった。
「静かに! ……それでラフウェル公、それはまことか? ただの当て推量では済まん発言だが」
「はい、もちろんでございます、陛下。とある筋からの情報により、確たる証拠を確保しております」
騒がしくなった会議室を一喝で鎮めた後にハジムが問いかければ、ラフウェル公爵は自信たっぷりに頷いて見せる。
それに慌てたのは、もちろんパシフィカ侯爵だ。
「う、うそだ、でたらめだ! そんな証拠など、あるはずはない!」
何しろ法律の専門家を雇い、国へと報告する資料は多重チェックを経た万全のものを用意していた。
きちんと外面は整えられた膨大な資料から、彼の不正スレスレの行為を読み解くことなど出来るわけがない。
そのはずだった。
「確かに、普通ならば簡単に見つけられるものではなかったのでしょうがね。
陛下、こちらの資料をご覧ください」
「どれどれ……うん? これは……」
提出された資料に目を通したハジムは、すぐに眉をひそめ、目を見開く。
僅かな瑕疵も見逃さんと睨み付けるその表情は、戦の神もかくやと言わんばかりのもの。
その鋭い視線で、何より毎日の膨大な書類仕事で鍛えられたその目で、ハジムは事の概要を掴み取った。
「……なるほど、自領内での取引に問題は無い。だが、その更に向こう、仕入れ先の仕入れ先での取引に問題があった、と」
「流石のご賢察にございます。つまりパシフィカ侯爵が所有する商会は、途中で自領の仲介業者をはさみ、不必要な取引を増やしておりました。そして、それらの業者は全て、侯爵所有のものにございます」
「その取引の間に二級品三級品がいつの間にやら一級品の値段に、か。なるほど、随分と念入りなことだ。
そして、これだけ念入りであれば、たまたま、ということもありえんな」
ギロリ。
見開かれたハジムの視線がパシフィカ侯爵を射貫き、最早侯爵は言い訳の言葉すら浮かんでこない。
何しろラフウェル公爵の指摘はまさにその通りであり、言い逃れのしようもなかったのだから。
頭を巡るのは、どうしてそんな資料をこの短期間に用意出来たのだ、という疑念程度。そして、その答えは与えられるわけもない。
言うまでもなく、その資料はエイミーからの情報提供によるものだった。
資材調達の表も裏も熟知している彼女があれこれとそのカラクリをしゃべれば、それをジョウゼフから伝え聞いた公爵があちこちに手を回して証拠を押さえるなど造作もないこと。
更には、そこから推測できる他の不正も辿ることが出来る。
「それだけでなく、人足の雇い方にも怪しいところが多々ありますな。
これらの資料からすると、日当のピンハネが常習的に行われていたようです」
次から次へと出てくる資料に、見開いた目を通していくハジム。
その形相は鬼気迫るものがあり、誰も……パシフィカ侯爵すら、口を挟むことが出来なかった。
「……なるほど、な。これは確かに、ラフウェル公の言う通りと言わざるを得ん。
パシフィカ侯、何か言い訳はあるか?」
程なくして資料を読み終えたハジムがそう問いかければ、パシフィカ侯爵は言い逃れようもなく、その場にがくりと膝を衝く。
それを睨み付けることしばし。
はぁ、と溜息を一つ吐いた後、ハジムは重々しく口を開く。
「ならば、ラフウェル公の告発を真とする。となると、最早パシフィカ侯に土木事業を任せておくことなど出来ぬ。
責任者の任を解くと共に、不当に蓄えた私財を没収とする」
「なっ、そ、そんなっ!? い、いえ、しかし……いや、はい……」
思わず声を上げるパシフィカ侯爵だが、ぎろりと見開かれた目で睨まれれば二の句が継げない。
確かに彼のやっていたことはギリギリ法には触れていなかった。
だが、それらが故意のものであり、その結果こうして事業に遅れが出たと明かされれば、少なくとも責任者の座に居座ることなど出来るわけもないし、真っ当でない手段で出した利益も没収されるのも仕方ない。
少なくとも、正当な財産であると主張する根拠は、パシフィカ侯爵にはなかった。
「さて、パシフィカ侯に関してはそれでいいとして、だ。では後任は誰にするか……流石に今すぐには決めがたい。
しかし、だからといって雨は待ってくれんのだから、これ以上工事を遅らせるわけにもいかん」
「陛下、恐れながら申し上げます。工期が遅れている地域に関しまして、大半はまだ何とか持ちこたえさせることは出来るかと思われます。
ただ、こちら……ヌーガットゥ地方の堤防改築だけは急がねばならぬかと」
「むぅ……ヌーガットゥのこの地域か。確か冬が終われば、大量の雪解け水が流れ込むのだったな……」
指摘を受け、ハジムは考え込む。
季節は秋、今であればまだ冷え込んでもおらず、水際の工事であっても人足の身体が危険な程に冷えることもない。
だが、これが真冬となれば身も凍る寒さとなり、大量に降る雪の影響で工事もままならなくなるだろう。
「となると、何とか三ヶ月で残りの工事を終わらせねばならぬ。そのためには相応の人員と資材が必要だが……」
そこで言葉を切って、周囲を見回す。
なんだかんだ、それぞれの領地でそれぞれに人手は必要であり、余裕などとてもない。
もし、余裕がある領があるとすれば。
その視線が、一人の男へと向かう。
「……そういえば、貴公の領地では開発が盛んで、人足を始めとする人材も多く集まっていると聞くな、プランテッド伯。
おまけに、ヌーガットゥは隣の隣、それなりに近い距離だ」
問いかけられて。
プランテッド伯爵、つまりジョウゼフはいつもの穏やかな笑みのまま、ゆっくりと首肯する。
「恐れながら申し上げます。陛下のご威光により国内の平穏が保たれているおかげか、ありがたいことに良き人材が来てくれております。
……多少のやりくりは必要ですが、陛下のご下命とあらば、身代を賭してでもやり遂げてご覧にいれましょう」
そこまで言い切って、ジョウゼフは深々と頭を下げた。
さあどうやってやりくりしようか、と胃を痛めながら。




