明暗はくっきりと。
こうして、エイミーが色々と拗らせる羽目になったりもした飲み会ではあったが、彼女はその後もその能力を惜しみなく発揮し、プランテッド領のために尽力した。
二ヶ月ばかり過ぎて夏から秋へ向かう頃には各種業務の最適化も終わり、多くの処理が円滑に流れていく。
「この分だと、年末の大仕事、収穫後の徴税もスムーズにいきそうだねぇ」
「そうであることを願うばかりです、そのために今から準備もしてますけど……」
プランテッド家の執務室で、ジョウゼフとエイミーが和やかに話す。
急ぎの仕事は既に終わり、一息入れてから残りを片付けるべく午後のお茶と洒落込めるくらいに、今現在ジョウゼフとそれを補佐するエイミーの仕事は余裕があった。
その余裕で以て勤勉なエイミーは次の仕事、更にその次の仕事の仕込みをするので、万事滞りなく進行している。
徴税の処理はもちろん初めてだが、税法などはしっかり頭に入っているので、必要と思われる準備も想像でき、それを更にジョウゼフ達に確認した上で進めるため、ジョウゼフも心配していない。
このまま豊かな実りの秋へ、とのんびり思っていた、その時。
「旦那様、ご休憩中に失礼いたします。国王陛下からのお手紙を届けに、使者の方がいらしております」
「……なんだと?」
ノックをして入ってきた執事エルドバルの言葉に、ジョウゼフは眉をひそめ、エイミーは思わず固まってしまった。
曲がりなりにも伯爵なのだ、ジョウゼフあてに国王から手紙が来ることはあるだろう。
ただ、男爵家の末娘からすれば雲の上のお方であるのも間違いなく、動揺してしまうのも無理はない。
「ふむ、まさかお帰りいただくわけにもいくまい。お通ししなさい」
「はい、かしこまりました」
エルドバルが深々と一礼してから去れば、執務室に沈黙が訪れた。
互いに物言わぬこと数秒。
「……い、一体何事なんでしょうね……?」
おずおずと、エイミーが口を開く。
彼女宛の手紙でもないというのにすっかり萎縮してしまったエイミーへと、ジョウゼフは大げさに肩を竦めて見せた。
「さて、ね。夏の社交も一段落したこの時期に、別段陛下のペンフレンドでもない私のところへ、となると予想もつかないよ」
和ませようと軽いジョークを交えてみるが、真面目なエイミーを和ませるには至らなかったらしい。
エイミーからまだ硬さの取れないうちに使者が来て、儀礼通りの挨拶を済ませて手紙を受け取れば、使者は失礼でない程度にそそくさと辞去した。
なんでも、まだ複数の領地に手紙を届けないといけないのだとか。
そんな彼が届けた手紙には、確かに王家の封蝋が刻印されている。
確認したジョウゼフは手紙の封を破り、一読すると、ふむ、と眉を寄せた。
実際の所、領地を問題無く経営、なんならニコールの人材発掘のおかげもあってここ数年は急速に領地を発展させているジョウゼフ相手に、悪い知らせなど早々来るわけもない。
そして、この手紙は確かに悪い知らせではなかった。
しかし、良い知らせかと言うと、それもまた違う。
「旦那様、一体何事です?」
使者を送り出したエルドバルが戻ってきて尋ねれば、ジョウゼフは困ったような笑みを見せた。
「緊急会議の招集、だそうだ。それも」
そこで一度言葉を切り、エイミーを見る。
釣られたエルドバルのと合わせて二人分の視線を受けてたじろぐエイミーは、思わず額に冷や汗など浮かべてしまう。
「あ、あの、私が一体何か……?」
「いや、エイミーくんに直接関係があるわけじゃないんだが……いや、微妙にあるかも知れないなぁ」
そう言うとジョウゼフは、ひらりと手にした手紙を振って見せる。
「パシフィカ侯爵閣下の、土木事業に関する緊急会議、らしいからねぇ」
「はい?」
「ああ、ついにやらかしてしまったというわけですね」
ぽかんとしたエイミーの横で、辛らつな言葉を平然と述べるエルドバル。
何しろエイミーの身辺調査で、かの商会の『どうしようもないアホ』な資料をこれでもかと見てしまっているのだから仕方が無い。
おまけに、この数ヶ月のエイミーの働きぶりも見ているのだから、その思いは尚のこと強まっていさえするのだし。
そんなエルドバルへとジョウゼフは苦笑を見せる。
「まあ、恐らくそうだろうねぇ。御前会議になるくらいのやらかしだというのだから、相当なのだろうけど。
ということで、エイミーくん。急ぎの仕事を少し頼めるかな?」
「え、あ、はい、もちろんです!」
慌てて返事をするエイミーへと。
珍しく、なんとも貴族らしい、腹の底が見えない笑みをジョウゼフは見せた。
その頃のパシフィカ侯爵領では。
「お前ら一体何をやっとるんだ!? こんな工期の遅れを出して、どうするつもりだ!!」
初老の、いかにも貴族でございといった人相のパシフィカ侯爵が、所有する商会の責任者達を集めて激怒していた。
問いただされ、しかし商会の責任者達は首を竦めるばかり。
下手なことを口にすれば、物理的に首が飛びかねないのだから、彼らが押し黙るのも無理はない。
そんな彼らへと当たり散らすかのように侯爵は語気を強めていく。
「確かに急ぐ必要は無いとは言ったがな、いくらなんでも遅すぎだろうが!
その上何だこの資材の供給状況は! どう考えても工期内で必要な分が集まらんだろうが!!」
問い詰める怒鳴り声に、答えられる者はいない。
困ったことに、エイミーのいた、つまり資材の発注をしていた商会の会頭ですら。
彼からして、発注をかけたのに何故か在庫が不足してすぐには手に入らない状況である、としかわかっていないのだ。
当たり前だが、資材の準備には時間がかかる。
例えば木材は切り出し、加工し、ものによってはしばらく置いて乾燥させる必要があるものもある。
なのでエイミーは、本発注の前から事前に連絡して調整を付けてから発注をかけていた。
だが現在担当している者はそれを怠った上に、エイミーの代わりに入った室長の愛人が誤発注を幾度かやらかして資材を浪費、在庫がだぶついているところを数多く生み出した上、必要なところに行き届かない需給状況が発生。
結果、工事をしようにも資材がなく、予定を遙かにオーバーしてしまいそうな現場が複数発生してしまっているのだ。
「ええい、くっそ、このまま工期内に終われないとなってしまえば……」
考えたくない事態に、パシフィカ侯爵は身震いしながら歯噛みする。
元々、安全性確保のためだとか理屈を付けて、普通に工事をしていれば十二分な余裕を持たせた工期の設定。
それによって人件費を最大限入れ込んだ予算をぶんどっていたというのに、これで工期をオーバーしてしまえば、一体何をやっていたのか、という責任問題にもなりかねない。
何とかして国にバレる前に手を打たねば、と必死に頭を回転させていた、その時だった。
「だ、旦那様……お取り込み中に申し訳ございません」
執事の一人が、責任者達が怒鳴りつけられている会議室へと恐る恐る顔を出す。
「なんだ!? 取り込み中だとわかっているなら、邪魔をするな!」
血走った目で怒鳴りつけられ、執事は思わず首を竦めるが。
それでも職務に忠実な彼は、不興を買うこと覚悟で言葉を発した。
「誠に申し訳ございません。しかし……王家からの使者がいらしたものですから」
「……は?」
執事の言葉に、侯爵は言葉を失った。
今このタイミングで、王家からの使者。
まさか、と背中に冷たいものが流れる。
そして、悪い予感とは当たるもの。いや、この場合は必然とすら言えるものだっただろう。
王家からの使者がパシフィカ侯爵へともたらしたもの。
それは、王宮へ召喚する勅書だった。




