宴の後に。
そんなこんなで、イザベルに振り回されながらも場は盛り上がり、酒も進み。
「う、うぅん……?」
いつの間にか意識を手放していたエイミーは、小さく声を上げながら薄く目を開いた。
そのはずだ。
だというのに、視界がどうにもはっきりとしない。
「あ、あれ……? え、っと……?」
おかしさに気付いて、まばたきを幾度か。
どうやら、どこかで見た覚えのある色に視界が覆われていることに気付く。
それが近すぎるからよくわからないのだ、と見て身体を起こそうとするのだが、上手く身体が動かない。
がっちりと頭がホールドされ、首を捻ることすら困難な状況。
そして、自分以外の体温と柔らかな感触、甘さすら感じる匂いを感じて。
「んなっ、ん、んんぅぅ~~~!」
状況を理解して、思わず叫びそうになったのを必死に飲み込む。
そう、どうやら誰かの胸元に、エイミーの頭は抱え込まれている状態。
それも、彼女の記憶が正しければ、視界を覆うこの色は昨夜ニコールが着ていた夜着の色だ。
つまり今エイミーは。
『ニ、ニコール様の抱き枕にされてる!?』
抱え込まれているせいで口元を抑えることが出来ないまま、必死に唇を結んで声を出さないようにするエイミー。
しかし、ということは、頬に触れるこの柔らかな感触の正体は。
全身の血が集まったかのように顔を赤くしながら、しかしエイミーにはどうすることも出来ない。
無理矢理振りほどいてしまえば、ニコールを起こしてしまうかも知れない。
……というのは言い訳だ、ということは彼女自身がよくわかっている。
周囲の明るさからして、どうやら時刻はとっくに朝。
これが普段ならば、仕事だと慌てて飛び起きなければいけない時刻。
エイミーは休みだが、ニコールはどうだったか、そういえば聞いていない。
正式な仕事を持っているわけではないニコールだが、なんだかんだと領内のあちこちに出張ってあれこれしているのは、エイミーとてよく知っている。
あるいは昨夜の飲み会のために今日は休みにしていたかも知れないが、さだかではない。
……ということは、休みである可能性も、ある。
もしそうだったならば、起こしてしまうのは可哀想ではないか。
そんな、極めて都合の良いことを考えながら、エイミーは無理に動くことを止めた。
『あ~……あったかい……』
全身で感じるニコールの体温に、身を任せる。
既に夏真っ盛り、朝でも少し身体を動かせば汗ばみそうな陽気だというのに、こうやって感じるニコールの体温は少しも不快に感じない。
抱え込まれている頭だけでなく、密着している全身で感じる、その体温。
それを堪能していると、またゆっくりと眠りに引きずり込まれそうになる。
このまま二度寝してしまうのも、それはそれで幸せだろう。
しかし、それは何だか勿体ない気もする。
すぅ……、と、ゆっくり、大きく息を吸う。
何とも言えない甘やかな香りが肺を満たし、それだけで胸が熱くなるような感覚。
あまりに繰り返すとそれだけでニコールを起こしてしまいそうだから、遠慮がちに、後二回ほど。
密やかに、しかし、しっかりじっくりと堪能してしまって。
これはまずい、と今更ながらに実感が湧いてくる。
外側から感じるニコールの体温と、内側に刻まれたその芳香。
それらはエイミーの脳を甘く痺れさせ、これ以上ない幸福感で満たした。
ということは、もしそれなしで生きていくことになれば、とてつもない飢餓感に襲われるのではないか。
つまり。
『まずい……ニコール様に、溺れちゃいそう……』
心の中で呟きながら、なんとか抵抗しようとするが……ずるずると、抗えないまま深淵に堕ちていくような感覚。
元々、あの日あの時ニコールに拾われた時点で、恩義は感じていた。
その上、こうしてあれやこれやと気を遣ってくれた上に、あられもない姿をさらす程に親しくしてくれる。
『これで惚れないとか、無理があるでしょ……』
ぼやきながら、そぉっと、そぉっと……腕を、ニコールの身体に絡める。
抱きしめる、は流石にとても出来ない。
それでも、向こうが抱き枕にしてきているのだ、ちょっと腕を回すくらいは許されるのではないか。
むしろ、許されない方がおかしい。
これはきっと寝相だとかなんだとか、自然とそうなってしまっただけなのだ。
そんな自己弁護をしながら身体を寄せて、より一層密着して。
そして、そうしたいと思った自分を自覚して、自己嫌悪と納得の狭間で揺れ動く。
昨夜、イザベルに『気になる人は』と問われて。
真っ先に浮かんだのは、ニコールの顔だった。
まさか、それを口にするわけにはいかず。
ベルの言葉に乗って、何とかその場は誤魔化した。
だが、今こうして抱きすくめられれば、最早誤魔化すことは出来ない、と悟る。
それと同時に、昨夜、あの時のベルの目を思い出し。
彼女もまたそうなのか、という確信に至る。
『お互い、困ったものだよねぇ……』
そうぼやかずにはいられない。
何しろ、同性。
そして更にベルは主従。エイミーも似たようなもの。
障害が高く大きく、それだけで絶望的な気分にもなる。
けれど。
同性だからこそ、こうして触れあうことも出来る。それは間違いない。
『ああもう、どうにかなっちゃいそう。ていうか、どうかしちゃってる』
狂おしく感じるものと、穏やかで満たされたような感覚と。
矛盾するそれらに苛まれながら、エイミーは……それはそれで、と満たされていた。
それ自体は、確かにどうかしてしまっているのだろう。
『でも、それはそれで、まあ、いっか……』
そう結論づけて身体の力を抜き、ニコールのしたいようにと身を委ねる。
元々、縁談が来ないだとか以前に、あまりそういったことに乗り気になれなかった。
それが、こうして天職とも言える職に就けたこの場所で、心引かれる相手に出会ってしまったのだから、人生とはわからないものだ。
『こういう出会いも、やっぱりどうにもならないこと、なのかな?』
イザベルの言葉を思い出す。
もしもそうなら、これは、どうにでもなって良いこと、かも知れない。
なら、どうにかなってしまいたい。
色々な意味でそう思いながら、エイミーは襲い来る二度目の睡魔に、あっさりと身を委ねた。




