女子会特有の?
「なるほど、だからさっきは微妙な空気だったのねぇ」
ざっとではあるが一通りの話を聞いたイザベルは、うんうんと頷いて見せて。
それから、手をぽんと打ち合わせて見せた。
「そういうあれこれに関しては、私達じゃどうしようもないから、これ以上考えても仕方ないわ」
「しかし奥様、流石にこれは……」
長く努めているからかお酒の勢いが少々あるのか、ベルが言い返そうとする。
だが、つい、とその唇を押さえるかのようにイザベルの人差し指が差しだされ、思わずベルは言葉を飲み込んだ。
「いいことベル。どうにもならないことは、どうにでもなっていいことなのよ」
「は、はい??」
「つまり、自分の領分を越えている、ということね。そこにあなたの責任はないわ。
それで結局悲しいことになるケースはあるけれど……安心なさい、このプランテッド領にいる限りは、ジョウゼフがそんなことにはさせないから」
「お、奥様……」
余裕たっぷりに、そしてジョウゼフへの揺るぎない信頼に満ちた笑顔に、思わずベルは感動したように声を震わせる。
いや、隣で聞いていたエイミーもまた、胸打たれたように目を潤ませた。
「上手くいかなかったらね、最終的にはあの人のせいにすればいいのよ。
そのために貴族位を持って、税金集めて、高いおべべ着てるんだから」
「奥様、その、流石にそれは……」
とてもそこまでは開き直れないベルが恐る恐る言うが、ジョウゼフの妻であるイザベルは実に楽しげ。
それを見ていたエイミーは、はたと手を打った。
「あ。つまりそれは、伯爵様がおられる限り、最終的に上手くいかないはずがない、と信じていらっしゃる……?」
言われて、ベルははっとした顔になり。
ベルの、そしてニコールやエイミーの視線を集めたイザベルは、んふ、と小さく笑って。
「うふふ、それはもう、ねぇ? あの人のこと、信じてるもの」
はにかむように笑うイザベル。
少しばかりアルコールが回ったからか、ほんのりと赤かった頬が更に朱を帯びれば、可愛らしさの中にほんのりと色香が滲む。
それは、同性であるエイミーやベルですらドキッとしてしまう程に。
流石に娘であるニコールに効果は無かったが。
「はぁ……なんというか、旦那様が少し羨ましくなりました」
思わぬ惚気に当てられたか、ベルが頬に手を当てて小さく吐息を零す。
イザベルとジョウゼフは、領都の誰もが知るおしどり夫婦。
長くニコールの専属を務めるベルは、もちろんそれだけ長く二人の仲睦まじさを見てきている。
あれやこれやのやり取りで感じていた二人の間の信頼関係に思いを馳せたりなどしていたら。
ずずい、とイザベルから詰め寄られた。
「まあまあ、羨ましいだなんて。そういうベルはどうなの、いい人とかいないの?」
「はい!? え、いえ、私はそういうのは……」
詰め寄られ、仰け反りそうになりながら、何とかベルは答える。
そんな様子を、ベルさん大変だな~とエイミーは眺めていたのだが。
次の瞬間、しゅざっとイザベルが眼前に現れ、取り落としそうになったグラスを慌てて掴み直す。
「なら、エイミーさんはどうなの? いい人とか将来を誓い合った人とかっ」
「そ、そうですよ、男爵家令嬢であるエイミーさんなら婚約者の一人や二人……」
ターゲットが移った、と見たベルの裏切りに思わず拗ねたような視線を向けながら。
エイミーはゆるりと首を横に振る。
「いや、もう令嬢っていう歳でもないですし……それに私もそういうのはまったく。何しろ貧乏男爵家の末娘ですから、お声もとんと掛からず……」
「そうなの? 見る目のない殿方ばかりなのねぇ……」
そう言いながらイザベルは、お酒の影響で普段よりも崩れた格好のエイミーをまじまじと眺める。
「働くために髪を短く切ってるけど、それはちゃんと働くっていう意思の表れだし、お顔も理知的で素敵。
何よりこれだけ働けるのだから、領地経営を共にするならもってこいだと思うのだけど……」
「あ~……むしろそれがマイナス、なのかも知れません。
資格を取るために勉強してたころ、実権を握られそうだとか言われて勝手に恐れられてましたし」
不思議そうなイザベルへと返すエイミーの声は、あっけらかんとしたもの。
だがそれは、イザベル達の癪に障ったらしい。
「な、なんて器のちっさい……」
「まったくだわ、それは実権を握られてしまうような己の至らなさを恥じるべきでしょうに。
それか実務で敵わないならば心で繋ぎ止める。それくらい出来なくて、何が貴族の当主ですか」
ベルが率直な意見を述べれば、イザベルがうんうんと頷き同意する。
なまじっかジョウゼフという貴族家当主を間近に見て暮らしているだけに、その要求するハードルは高いようだ。
ああだこうだと吹き上がる年長者二人に対して、ニコールはまだ落ち着いたものである。
「でも、それでエイミーさんが変な男に掴まらずここに来たのですから、それはそれで幸いでは。……回り道はありましたけれど」
「あ、あはは、それは、確かに。たった一ヶ月で、ここに骨を埋めてもいいなって思ってますし」
あるいは取りなすくらいのつもりだったのかも知れないが。
ニコールにそう言われて、あっさりとエイミーは頷いてしまった。
酒の席でのリップサービス、とはまた違う、うっかり本音が零れてしまったような声音。
もちろんそれを聞き逃すニコールやイザベルではない。
二人してエイミーの前にすざっと詰め寄り、ぎゅっとその手をそれぞれに握る。
「いいのよエイミーさん、あなたが望むならいつまでもここに居てくれて構わないのよ?」
「そうですとも、最早エイミーさんは我がプランテッド領になくてはならない人材、もうここを我が家と思ってもらってもいいくらいです!」
ずいずいと、ほんのり赤くなった二人に詰め寄られ、漂う酒気とはまた違う芳香にくらりとしてしまいそうになる。
思わず顔を俯ければ、目に飛び込んでくるたわわな果実。
これはいけない、と即座に顔を上げれば、一ヶ月で見慣れたはずの天井が、見知らぬそれに見えて仕方が無い。
「お気持ちはその、とてもありがたいですけども……流石に、いつまでもご厄介になるわけには。
その、余裕で一人暮らしが出来るくらいにはお給金をいただきましたし……」
なんなら、個人的に通いのメイドを雇うことすら出来そうな給金を思い出し、それはそれでクラリとしながら。
家事を任せてしまえば、仕事には今と同じくらい専念出来るだろうか、などと明後日の方向に思考がいくのも、やはりアルコールのせいだろうか。
そんなエイミーに対して、ニコールもイザベルも不満顔だ。
「そんな遠慮をしなくてもよいのですよ? お父様も、エイミーさんが住み込みだから助かっているところがあると思いますし」
「そうそう、仕事の効率は上がっているし、おかげで家族で過ごす時間も増えてるし……あ、もしかしてそれが気まずいとかかしら?」
「あ、いえ、その、それは、大丈夫ですけれども」
イザベルの言葉に、エイミーはぱたぱたと手を振る。
いくら領地に注ぎ込みすぎているプランテッド伯爵家といえども、その邸宅はそれなりに大きく、広い。
そのため、ジョウゼフとイザベルのプライベートルームはエイミーの借りている客室からそれなりに遠く、物音なども全く聞こえない。
むしろ普段は一人の時間を満喫しすぎていて、申し訳ないくらいである。
「それならよかった、気にせずここに居てくれていいですからね?」
「はい、ありがとうございます奥様……いえ、イザベル様」
奥様、と言ったところで拗ねたような顔をされ、慌てて言い直せば、ぱぁっと嬉しそうな顔になるイザベル。
ああもう可愛いなぁ、と口に出すことは出来ずに噛みしめるエイミー。
そして、ベルも同じような顔でイザベルの表情の変化を堪能していた。
「ああでも、もしいい人が出来たら、その時は言ってね? ちゃんとそれなりのお家を紹介しますし。
……というか、気になる人とか、いないの? エイミーさんもだけど、ベルも」
堪能していたところに繰り出された、唐突な問いかけ。
思わずエイミーとベルは互いに顔を見合わせて。
計ったように同じタイミングで、ふるふると首を横に振った。
「あらまあ。……まあ、二人のお眼鏡に適うような人もそうはいないかしら……マシューとかどうかしら?」
「「ないです」」
きっぱりと、二人同時に。
それを聞いて、思わずニコールはぶふぉ! と噴き出し、イザベルすら口元を抑えて必死に堪える。
慌ててニコールが、そしてベルが床を拭き、イザベルが何とか呼吸を整えるまでに、十秒ちょっと。
まだ若干呼吸が整わない中、イザベルが口を開く。
「二人して、そこまで言わなくても……ああ見えて、有能だし、稼ぎも悪くないのよ?」
「それはまあ、否定はしませんけども……」
ベルはもちろん、一ヶ月程度の付き合いであるエイミーでも、彼が御者としても護衛としても有能であることはわかっていた。
顔もいいし背丈も高く、支配的な性格でもない。優良物件といえばそうであるはずなのだが。
「申し訳ないですが、彼はないですね。こう……人格というか根本的な部分で」
「そ、そこまで言うつもりはないですけど……でも、まあ、マシューさんはこう、恋愛対象としては……」
恋愛対象として見た時に、ぴんとこない。
どうやらそれはベルもエイミーも同じだったらしく、同じようなことを言い。
そのことに気付いた二人は互いにまた顔を見合わせ、思わず苦笑する。
「あらまあ、マシューったらだめねぇ。なら、他に気になる人はいないの?」
無理強いするつもりもなかったイザベルはそこで引いて、再度問いかけて。
また、二人は顔を見合わせ。
何故か同時に、ちらりと一瞬ニコールの方を見てしまって。
「そういう心配をなさるのでしたら、まずお嬢様のことをご心配になられては」
「そ、そうですよ、まるでそういったお話がないみたいですし」
何かを誤魔化すようにベルが言えば、こくこくと頷いてエイミーも便乗する。
そして、それはそれで正論であるため、イザベルはふむ、としばし考え込む。
このクリィヌック王国でも少しずつ婚姻年齢も上がってきてはいるのだが、それでも貴族であれば、16歳前後で婚約者が決まっていることが多い。
だというのに、いまだニコールには婚約者の「こ」の字もないのだ、まず心配するのはそこだろう。
「そもそも、お嬢様はプランテッド家の一人娘。婿養子が必要になるのでは……」
そう言いながら、ベルの胸はチクチク痛む。
だが、個人の感情はともかく、この領地が充分な素養のある跡継ぎを得なければ、今楽しく幸せに暮らしている領民達にいずれは迷惑がかかる。
であればこれは仕方のないこと、と割り切ろうとしたのだが。
「ん~……それは、もしかしたら心配しなくてもいい、かも知れないわねぇ」
若干思案げなイザベルの物言いに、ベルもエイミーも、そしてニコールも首を傾げる。
そんな三人の視線を受けて、イザベルは照れたような笑みを見せ。
「ほら、エイミーさんのおかげで最近ジョウゼフが夜ゆっくり出来ているでしょう? だから、今はまだだけど、いずれは、ね……?」
「奥様、それ以上はまだお嬢様にお聞かせになるのは早いかと思われます」
恥じらうあまり身を捩るイザベルへと、ベルが出来る限りの冷静さで突っ込みを入れた。
ちなみに、後にイザベルの期待した通りになるのだが、それはまた別の話である。