男子禁制女子オンリー。
「そうそう、こんなこともありまして~」
「なるほどなるほど、本当にご苦労なさったのですね、エイミーさん……」
つらつらと語られるエイミーの苦労話に、ニコールも思わず目尻を拭う。
聞くも涙、語るも涙なあれこれに、ベルは言葉も無くグラスを握りしめている。
最初に出会った日に聞いてはいたが、あれが全てではなかった、むしろ氷山の一角だったのだとわからされて言葉も無い。
救いがあるとすれば、それらを語るエイミーの表情が以前とは違う、ということ。
彼女に取ってはもう過去のことと割り切れたのか、かつてのような陰鬱とした表情ではないのだ。
それはそれで、もちろんいいことではあるのだが。
「は~……しかし、こう聞くと、エイミーさんが勤めていた商会はかなりの部分をエイミーさんに任せていたわけですから、今頃は大変なことになっているはず!
ざまぁかんかんとは、このことですわ!」
「お嬢様、お言葉が少々お下劣です。お気持ちはわかりますし、全く同意ですが」
得意げに胸を張るニコールへと、窘めるような窘めていないようなベルの言葉がかかる。
ベルもまたエイミーの働きぶりは認めており、その彼女が色々な意味で本来されるべきだった扱いをされていなかったことに腹を立ててはいるのだ。
ただ、そんな主従の言葉を受けて、当のエイミーは思案顔を見せる。
「ん~……多分、今はまだ、そこまで困ってないと思いますよぉ?
何しろ、退職の前に向こう二ヶ月分以上の仕事はさせられてましたし」
「……は?」
何でも無いことのように言うエイミーに、流石のニコールも絶句。
ベルなど、氷のような表情で固まってしまっている。
今まで聞いた話だけでも法外にも程があるというのに、更にそれ以上。
こんな酷い話があってたまるものかと憤慨しそうなところに、追い打ちがかかる。
「その気になれば、その二ヶ月分で三ヶ月とか四ヶ月もたせることも出来ますからねぇ」
「待ってくださいエイミーさん、それは一体どういうことですの?」
「ええっとですねぇ、パシフィカ侯爵の土木事業って、不審に思われない程度のギリギリまで長く工期を設定しているんですよぉ。
その工期分のお金を国から頂いて、でも人足は最低限だけ雇ってちんたらちんたら工事を進めて、浮いたお金をピンハネしてるっていう。
あ、資材も一級品の単価で二級品を仕入れて、補修が短い期間で必要になるようにもしてましたねぇ」
ニコールの問いに答えたエイミーの発言の、あまりにあまりな内容にニコールもベルも絶句する。
お気楽な性格ではあれど基本的に仕事は真面目にするプランテッド領の気質からすれば、聞いた話は最早理解不能なもの。
手を抜くことで儲けをひねり出すなど、言語道断ですらある。
おまけに。
「待ってくださいエイミーさん、その資材を扱う商会だったのですよね、以前勤めてらしたのは。
そして、その商会もパシフィカ侯爵がオーナー、ということですわよね……?」
「そうですよぉ。ついでに言えば、人足の斡旋をやってる商会も持ってますねぇ」
「なるほど……つまり、自領内で不当な利益を貪るための仕組みを完成させているのですね……」
エイミーの話を聞いて、ニコールは大きく溜息を吐いた。
その隣に座るベルなど、わなわなと身体を震わせてすらいる。
「そ、それは……横領だとか背任だとか、何某かの犯罪にあたるのでは……?」
「いえ……今聞いた内容であれば、極めてアウトに近いけれどギリギリ合法の範囲だわ。
腐っても侯爵だもの、法律の専門家を雇って、その辺りは確認しているはずよ」
愕然とした表情でベルが言えば、沈鬱な表情でニコールが首を横に振る。
自分の事業のために、関連する商会を自領内に置くこと自体は当然合法だ。むしろ雇用創出のためには推奨されることすらある。
そして、互いが合意しさえすれば、どれだけ利幅がおかしな取引であろうとも、成立はしてしまう。
これで公正取引委員会でもあれば当然指導だとか是正勧告もあるだろうが、この国にまだそんなものはない。
であれば、パシフィカ侯爵達の振る舞いを、法的にはどうしようもないのだ。
「そんなのって……そんな不正が許されるのはおかしいでしょう!? それも、多分何年も……それで私腹を肥やすだなんて……」
「ええ、おかしいです。でも、どうにかする方法もない……法的にはギリギリセーフなのですから」
思わず声を上げてしまうベルへと、ニコールは頷きながらもそう言わざるを得ない。
法的にはセーフ、それは間違いのないことなのだから。
これでどうにかしようと思えば政治的に何とかするしかないのだが……あいにくとプランテッド家は伯爵でしかなく、侯爵家をなんとか出来るような政治力は無い。
そこまで説明した上で。ニコールは、その顔に笑みを取り戻した。
「ただまあ……それらは全てあちこちに手を回した上でバランスが取られていたもの。
エイミーさんがこうして放出された今となっては、どこかでバランスが壊れてもおかしくないでしょう。
恐らく、発注のタイミングだとかも色々と気を遣わないといけないのでは?」
「そうですねぇ……確かにそこのさじ加減は必要でした。
先輩達もその辺りは、以前はわかってましたが……」
エイミーが入社してからの数年で、事業の規模も変わり微妙に発注タイミングだとかのさじ加減も変わってきていた。
それらは最終的に全てエイミーへと回ってきて、今この状況でのさじ加減は、エイミーしか最早知る者はいない状況。
綻びは、いつか必ずやってくる。
「でしたら、もう少し待っていればあちらが勝手に自爆してくれるでしょう。
できれば、そのタイミングで何某か政治的な圧力を加えられれば、すっとするのでしょうが……」
いかなニコールと言えども、身分は伯爵令嬢。
侯爵相手に向こうを張るだけの政治力はない。あるとすれば……。
と、そこでいきなり三人が飲んでいるエイミーの部屋の扉がノックされた。
「もしもしエイミーさん、ちょっとよろしいかしら?」
「え、あ、奥様!? そ、その、今ちょっとこう、寛いだ格好をしてしまっておりまして……それでもよろしければ……」
聞こえてきた声は、ニコールの母でありジョウゼフの妻、つまり伯爵夫人であるイザベルのものだった。
慌ててエイミーが返事をし、ベルがそこかしこに散らばっていたつまみの残骸をあっという間に片付ける。
動じていないのはニコールくらいのものだ。
「ええ、もちろん構いませんよ、こんな時間ですもの。むしろこちらこそ申し訳ないわね?」
断りを入れてから、ゆっくりと扉を開くイザベル。
娘であるニコールと同じく波打つ金髪で、しかし顔立ちは柔和でたおやかな造り。
ボディラインはニコール以上にメリハリがあり、薄い部屋着の下からこれでもかと自己主張していて、若干目のやり場に困る。
三十半ば過ぎだというのに若々しく、それでいて成熟した色香を纏うその姿は、ニコールの目標でもあった。
「何やら三人で楽しくやってるらしいと聞いて、ついつい顔を出してしまいたくなったのよ。
ニコってば、最近はとんと私に構ってくれなくなってしまって……」
「お、お母様、それはこう、なんというか親離れというかでしてですね?」
「まあまあ、まだまだ親離れなんてしなくていいのよ? もっともっと甘えて欲しいくらいなのに」
「いえ、わたくしも成人しましたし、流石にもうちょっとこう、自立した方が、と言いますか」
切なげに言うイザベルへと、珍しく狼狽えた様子で返すニコール。
時に傍若無人、時に無責任な彼女であっても、実の母はやはり手強い相手らしい。
「それで奥様、一体どんなご用件で……?」
エイミーが知る限り、イザベルはこんな時間にやってくるような無神経さも非常識さもないはず。
であれば、何か火急の用でもあるのか、と思わず身構えたのだが。
「いえ、そのね? ニコやベルがエイミーさんと部屋飲みをしてると聞いて……ちょっとこう、仲間はずれにされた気がしてね?」
「はい??」
「気心の知れた女同士の飲み会だなんて、気楽で素敵じゃない? でも、私の立場だと中々そんなことはできないし……。
なのにニコってば私に何も言わずにこうして三人で集まって、だなんて。
いえね、流石にケイトは呼べないと思うのよ? でも、私を呼んでくれたっていいじゃない?」
「むしろ奥様こそお呼びだてなんてできませんよ!?」
恥ずかしそうに、しかし若干拗ねたように言うイザベルに、思わず可愛いなどと思いながら。
しかし、お世話になっている伯爵家の夫人をこんな部屋飲みに誘うなど、以ての外である。
いや、好き好んで押しかけて来ているニコールの母なのだから、確かに受け入れる、むしろ喜ぶ可能性はあったのだと今こうしてやっと気付かされたが。
「んもう、奥様だなんて堅苦しい。今だけはイザベルって呼んでちょうだい?」
「恐れ多すぎてお呼びできるわけないですよ!?」
「というかお母様、本気で参加するつもりなのですね……よく見ればグラスにワインまで持参なさっているとは」
「あら、だって手ぶらで参加だなんて申し訳ないじゃない?」
むしろ参加そのものを申し訳無いと思って欲しかった、と思いはすれど、口に出来るわけもないエイミーは、ぐっと飲み込んだ。
その横で、若干あきらめ顔のベルはテキパキと片付けたりクッションを用意したり新たな取り皿を用意したりと、受け入れ態勢を整えている。
「……ベルさん、もしかして奥様も……?」
「ええまあ。お嬢様のお母様ですから……」
恐る恐るエイミーが尋ねれば、どこか達観した顔で答えるベル。
つまり、もうこうなってしまえば、押し切られるしかないのだろう。
「それでは、改めて乾杯といきましょうか♪」
「もう、仕方ないですねぇ……お母様とゆっくり飲むのも久しぶりではありますし」
しぶしぶ、と言った体でニコールもグラスを手にすれば、最早抵抗可能な勢力は存在しない。
もうどうにでもな~れ♪
そんな心持ちで、エイミーもまたグラスを手にした。




