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やさしい雨の日曜日。  作者: おぐら あん
* *  火曜日の夜会で。 * *
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 コンビニの看板に灯が入り、辺りが薄闇に染まりかけた頃、アタシたちはどこからともなくこの駐車場に集まって来る。

 アタシが勝手に「夜会」と呼んでいるこの集まりは、誰かが声を上げて始めたわけでもなければ、事前に打ち合わせたわけでもなく、そしてまた学校や塾なんかの仲良しグループの集まりなわけでもない。

 ただなんとなく。

 そのヒトコトで説明できるものだった。

 ぽつり、ぽつりと勝手にやってきて、駐車場の片隅、白々とした水銀灯の下に、思い思いのカッコウでぼやっと立ったりしゃがんだりして、頭に浮かんだことを取りとめもなくぼしょぼしょと喋る。自己紹介なんて一度もしたことがない。勝手にニックネームをつけて勝手に呼んで、それが気に入れば返事をするし、気に入らなければ無視するだけ。

 こんなふうにアタシたちは、夜の数時間を特に大きな意味もなく空費し、些細な新しい発見などもないままに過ごし、やがて「保護者」という名の「誰か」が待つイレモノへといやいや戻って行くのだ。

 アタシがここに来るようになって、かれこれもう十か月近く経つ気がする。はっきりした時間の感覚なんてないんだけど。

 最初の頃は何の目的もないけどコンビニに来て、マンガを立ち読みして新作とか季節限定のお菓子やデザートを眺めて、トイレに入って、それからまた立ち読みして、気が向いたらポテチのひとつとかジュースなんかを買って出て、駐車場に座って食べてた。アタシなんかどう見たって中学生にしか見えないだろうに、バイトらしいおにーちゃんは何も言わない。これが本屋とかファミレスだったら、こうはいかない。何か汚いモノでも見るようなカンジで「いなかったこと」にされるか、サーカスで珍獣がやってる芸を見るような目でじっと見つめられるかのどっちかだ。

 そのうちに勝手に人が集まるようになった。

 大体が中学生や高校生。中にはフリーターもいる。誰も何もはっきり言わないけど、なんとなく想像がついた。夏休みの頃にはそういうのがうんと増えた。ヒマなコが多かったんだろう。新学期が始まって、一気に減った。それでもぼちぼち集まる人は集まるし、中には夜通し爆音と騒音を撒き散らしながら単車を転がすことに生きる道を見つけたり、とにかく誰かとつるんで手当たり次第にオヤジに絡んで金を巻き上げたりするために「夜会」に来なくなったヤツらもいる。

 アタシたちとヤツらとじゃ、どっちもどっちとは思うけど、ただなんとなく「夜会」に集うアタシたちよりも、何でもいいからとにかく目的を見つけたヤツらが「上」なような気もした。ヤツらはたまに思い出したようにここに来て、なんだか解んない「夢」を語り散らす。ウザいけど、それを拒否する理由もないので、黙って聞いてやったりする。それにイザコザが起こったらめんどい。トラブってコンビニのおっちゃんに睨まれるのもごめんだった。もう充分睨まれてはいるけど、表立った被害がないせいか、多少なりとも売り上げに貢献しているせいか、きっと面倒に巻き込まれるのがいやなせいもあるんだろう、何も言われたことはなかった。

 今夜の「夜会」の総員は四人。アタシのほかはやっことミツルとけんちゃん。このごろ寒くなってきたせいか、メンバーはちょっと目減りした上、増えることもなかった。このメンバーが揃うのは、たいてい火曜の「夜会」だった。やっこがいつだか「エレクトーンの帰りなんだ」とか言ってた。やっこは毎週火曜日、エレクトーンを習っているらしい。

「このごろますます寒いよね」

 やっこが笑う。初めの頃はばらばらに生えている前歯を気にして歯を出して笑うことはなかったけど、今は気にしてないみたい。慣れただけかもしれない。

「なんつうか、毎日タルいよな」

 けんちゃんはさっきコンビニで買った肉まんを頬張ってる。ミツルはほとんど喋らず、アタシたちの喋りをただ聞いてる。コーヒー牛乳が大好きで、いつも同じのを飲んでる。もちろん今日も。寒くないのかな?

「でもさ、ここで喋ってるとちょっとストレス解消だよね」

 やっこのコトバにけんちゃんが勢いよく頷いた。けんちゃんは今年高校受験だそうだ。

「けんちゃん、こんな時期にこんなことでだべっててだいじょぶなの?」

 アタシが聞くと、けんちゃんはホットレモンをぐびりと飲んでから答えた。

「全然。ってか余裕?」

「帰りが遅いのは?」

 今度はやっこ。それにもけんちゃんは余裕の笑顔。

「友だちん家で受験対策ってことになってんの。それにさ、なんかあったらケータイにかけてくるし」

「ケータイ! いいよねぇ」

 アタシはため息混じりに呟いた。今アタシが一番欲しいのはケータイだ。

 それからアタシたちはいつもみたいにくだらないお喋りを続ける。やっこは校則のキツさをけだるそうに喋る。最近ケータイは持込禁止になったんだって。それでもナイショで持ってくけどね、って、やっこは笑う。けんちゃんは入試の面接試験の「練習」の話をした。いい高校に合格するためには、学力よりも面接試験の出来のよさが重要らしい。やっこの話もけんちゃんの話も、アタシには新鮮な反面、うわぁメンドイことやってんだなって感じる。やっこもけんちゃんもエライなぁって、思っちゃう。

「そーいえばさぁ、サンタってぇ、いるって信じてた?」

 ふっと思いついて言ったようなやっこの言葉に、アタシたちはなんとなくコンビニに視線を送った。コンビニのウィンドウには、申し訳程度にスノウスプレーの雪の結晶が残され、今やそのほとんどがおせち料理のチラシと年末年始イベント広告に埋め尽くされている。クリスマスもイブ・イブにまでなってしまったら、もうクリスマス気分は終わってる。はがすのをうっかりしちゃったのか、小さなクリスマスケーキのチラシが、なんだかかわいそうなほど。コンビニってホント、季節が移るのが早い。

「サンタ? いるわけねーじゃん、あんなの。ただの子供騙しだろ」

 けんちゃんが言うと、本当にそんな風に聞こえるから不思議。

「そうだよね。あんなの、オトナの自己満足っていうかぁ」

 やっこも同調する。ミツルはただ聞いてるだけ。アタシの視線は三人の顔を、くるりとひと回りした。

「うそ? アタシ、小学三年まで信じてたよ?」

「うわっ。生きる化石発見」

 けんちゃんのからかいに一瞬むっとしたけれど、このごろはけんちゃんのコトバには悪気がないこともだんだん解ってきたので、何も言い返さなかった。

「なんか平和だよね、そういうのもさ」

 やっこが腕組みをしながらアタシを見た。平和、って言われるとそんな気もするけど。

「ちょっと羨ましい気がする」

 ――羨ましい? そうなのかな。

 アタシにはやっこの気持ちがよく解らない。小さい頃に、クリスマスが近づくと、しつこいくらいママに言われたことを思い出す。

「いいこにしていないとサンタさんが来てくれないわよ」

 それはちっちゃい頃のアタシにとっては、かなり重いコトバだった。ママはいつも誰かとアタシを比べる。お隣のさきちゃんがお使いをしていたわよ。お向かいのみちよちゃんはお部屋のお片づけができるんですって。イトコのマサルくんはピアノの発表会に出るそうよ。奈那子はママの言うことをちゃあんと聞くわよ。奈那子はいつもいいこね――。そのコトバのどれもが、形になったことはないけど「あんたと違って」という意味合いを含んでいて、アタシがどれほど「わるいこ」なのかを解らせようとした。

 だからアタシはがんばって「いいこ」になる努力をした。だけどママが認めてくれることもなくて、いつの頃からかクリスマスが近づいても、あのコトバは言われなくなった。ママはただじっと冷たく光る瞳でアタシの顔を見て、それからふいっと視線を逸らすようになった。そしてそっと溜息をつく。一番身近にいる奈那子と比べられるのが、何よりも何よりも苦痛だった。奈那子はママの小さい頃によく似てかわいらしくて「いいこ」で、そしてアタシは、離婚したパパそっくりでだらしない、と言われる。まる、ってニックネームの由来になったまあるい団子鼻は、パパ譲り。それもママは気に入らない。

 だからアタシは、「いいこ」になる努力をやめた。

 どうせママは、アタシのことなんてどうでもいいんだろうし。それにきっとどれほど「いいこ」になったとしても、ママが「いいこ」だって思ってくれる日は来ないに違いない。ママにとって「いいこ」なのは奈那子だけで充分なんだ。こんなふうに「夜会」に来ているアタシに何も言わないのが、何よりの証拠。

 ――そんなに長いこと物思いに耽っていたわけでもないと思うんだけど、ミツルの声でアタシははっとした。

「雪だよ――。まる?」

 アタシは顔を上げた。水銀灯の丸い灯りの下に、ふわりふわりと雪が散っている。

「どおりで。寒いはずだよな」

 けんちゃんがわざとらしくぶるりと身体を震わせて見せた。

「雪って――ゴミみたいだよねぇ?」

 アタシは顔を上げてなんとなく呟いていた。小学生の頃住んでいたアパートから見た降る雪は、薄汚れたホコリの塊みたいだった。あれからアタシには、雪はとても汚らしいものにしか見えない。

「ゴミねぇ」

 やっこがふふん、と鼻を鳴らした。

「おもしれぇこと言うじゃんか」

 けんちゃんはスタジャンの襟首に顎を埋めている。

「……」

 ミツルは相変わらず何にも言わない。

 アタシたちはそれぞれに雪を見ていた。アタシは手を差し出して、その一片を受け止めてみた。凍えた手で触っても雪は、やっぱり冷たくてだけどすぐに溶けてなくなる。アタシはちょっと笑っていた。なんで笑ったのかは解らない。だけどそれは唇の端がちょこっと引きつれたような、「ちゃんとした笑い方」ではないことだけは、アタシにもはっきり解った。

 アタシたちの周りだけ、とてもとても静かだった。ただ雪だけが降り続ける。アタシの耳には雪が降る音が聞こえていた。気のせいかと思うくらいの、微かな、音。まるで悲鳴みたいにも聞こえた。

「おうお前ら。またたむろってんのかよ?」

 駐車場の隅に固まるアタシたちに、明るい声をかけるのは、十月頃からバイトを始めた「くろかわ」だ。くろかわは最初「夜会」に集うアタシたちを訳の解らないものを見るような目でちらりと見てから、黙ってコンビニに入っていたけど、度々顔を合わせるようになってからは、二言三言、コトバを交わすようになっていた。多分大学生。アタシたちとそう年は違わないはずなのに、くろかわはとってもオトナに見える。多分目的がちゃんとあって大学に通い、そしてバイトまでしているせいだ。

「風邪ひくぞー」

 けんちゃんの頭をくしゃっと撫でて、くろかわは笑った。けんちゃんはぶーたれた顔をした。今にも文句を言いそうな、だけどそれを無理やり飲み込んだみたいな表情だった。オトナとコドモの境目にいるみたいなくろかわを、アタシたちは避けつつも受け入れていた。くろかわがアタシたちに寄れば受け入れ、オトナの側に立ったときには反発する、ってやり方で。だけど最近はくろかわもオトナサイドに立つことが多くなった。どこがどうって言うんじゃなく、なんとなく。ほんとに微妙な変化なんだけど。

「親は何にも言わねぇのかよ?」

 くろかわはアタシたちを見る度、同じ台詞を吐くようになった。

「……」

 言わないからいるんじゃんか。

 けんちゃんもやっこもアタシも、心の中で言い返す。そして多分、ミツルも。

「世の中楽しい事だって多いのに、こんなとこで時間遣ってちゃ、もったいないよ」

 くろかわの常識めいたコトバに、やっこが言った。

「たのしーこと、って、何?」

 瞳が冷たい。くろかわは笑う。

「例えば、恋、とかさ」

 アタシたちはげんなりした。えー、って声に出さずに非難する。

「音楽でも何でもいいんだ。相手は」

 くろかわは寒そうに肩をすぼめて、にやりとした。

「何かに夢中になることを、恋する、って言うだろ? オレはお前らくらいのときから、映画に恋してたな。いいぞ映画は。一回映画館に観に行けよ」

 アタシたちは言葉もなくお互いの顔を見つめあった。映画館なんて、イマドキじゃない。

「いつか後悔するぞ。あの時もっとこうしてりゃよかったな、ってさ。もったいねぇよ」

 くろかわは「もったいないもったいない」と何度か口の中でぶつぶつやって、店に消えて行った。その後姿を、アタシはぼーっと見送った。

 もったいない。そうかもしれない。いつかオトナになったら、こんな集まりでムダに時間を遣ったことを、後悔するのかもしれない。だけど今のアタシにとっては、この「夜会」は唯一の安らぎなんだ。

 安らぎ――きっと、そう……。

「くろかわって最近さ、なんか妙にぶってるよなァ」

 けんちゃんがぼそりと呟いた。やっこもアタシも勢いよく頷きを返す。

「くだらねぇ説教しやがって。大して年も変わんないくせにさ」

 やっこが口を尖らせる。

「オトナってどうして、ああなんだろうね?」

 アタシの言葉にみんな黙った。オトナはアタシたちのことを解ってくれない。そしてアタシたちには、オトナのことが解らない。境目にいたくろかわも、いつの間にかオトナに近づいてる。いつかアタシも、オトナに近づいていくのだろうか? それって、どういう感じがするんだろう?

 いつしか誰も喋らなくなっていた。それは「夜会」がそろそろ終焉する前触れみたいなものだった。今日の静寂は、だけどなんだかいつもと違ってた。気詰まりな静寂――居心地の悪い沈黙だった。そのとき突然、空っぽの駐車場に軽快なメロディが鳴り響いた。けんちゃんのケータイだった。

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